サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 1)
==================================
こちらに掲載しているエピローグは元の作品を少し短くした短縮版になります。
完全版は(こちら)をどうぞ!
==================================



透明なガラスのドームの中で、あたしは満天の星を見ています。ずっとずっと都会から離れた山の中の月の無い真っ暗な夜よりもっとたくさんの星。でも、どんなにたくさんあっても知ってる星座の形にはつながりません。

なぜってこの宇宙船、地球、ううん、銀河系からもずっと離れた場所を飛んでるから。

「陽子。そろそろランチの時間だよ?」
「あ、マゼラン!」
ドームのてっぺんあたりに浮かんでたあたしは、天井の小さな出っ張りに掴まって向きを変え、入り口に立ってるマゼランに向かって自分の身体をそっと押し出します。が、狙いはちょっとずれて壁に衝突‥‥しそうになりましたが、手を伸ばしたマゼランがちゃんと抱きとめてくれました。

「無重力区画に長くいると、あとで身体が辛いよ」
「うん。でもここあんまりきれいだから、つい」
「それにしても短時間で、ずいぶん動くのに慣れたね」
「でしょ! こーいうの大好き!」
「まったくおてんばな君らしい」
くすくす笑いながらあたしの手を引いてくれるマゼランに軽くパンチ。

メインルームの区画にくると、急に身体が重くなってトレーニングっぽい感じになります。ただ歩くだけでもちゃんと身体使ってるんだってことがわかりますよー。だからマゼランは心配するのですが。でもねえ、無重力ってほんとに面白いんだもん♪

今、あたしたちは、小さな(といっても小さいお家1軒ぐらい大きいですが)宇宙船で、マゼランの故郷(本部?)に向かっています。地球はマゼランの先輩、0024のオーディさんが見てくれています。体感距離は3日ぐらいとマゼランは言ってましたが、外はいつも真っ暗だし、リープの間とそのあとちょっと気持ち悪くて寝ちゃったし、どこからどこまでが1日なのかわからなくなっちゃう。

でも、地球人類初の外銀河への宇宙旅行はおおむね順調に進行中です。到着してから何が起こるか不安はあるんですが、ここまで来たらなるようにしかなりません。

   * * *

本当はあの事件のあと、あたしの記憶は消されてしまうはずでした。あたしの中のエネルギーは無くなってたから。でも、そうはならなかったんです。
神月島にキャンプに行って事件に遭い、あたし自身も苦しい思いをしました。でもマゼランはもっともっと傷ついて‥‥。なのに彼は命と引き換えにあたしを助けてくれた。あたしはあの時のマゼランを絶対忘れません。たとえ記憶を消されても、あたしの中に、あの時のマゼランは残るはずです。

あの時、マゼランの船の機械の上で目が覚めて下を見たら、階段によりかかるように座り込んでいるマゼランが見えました。身体に絡まってたコードみたいなのをとって、急いで降りたら‥‥。

彼のシャツは真っ赤に染まってました。左手もちぎれたままで、傷口から金属のようなものも見えました。それでも最初、彼は眠ってるんだと思った。そう思いたかったからそう見えただけなんでしょうけど、マゼランがあまりにも幸せそうな顔をしてたから。楽しい夢を見てるみたいに本当に楽しそうに微笑んで‥‥。

でも触れた頬は氷のように冷たくて、息も無い、鼓動も無い。揺すぶって、叩いて、名前を呼んで、いくら呼んでも反応がありません。もちろんキスもしたけどエネルギーが無いことはわかりました。身体の中から温かくなるあの感じが無かったから。

マゼランの右側の床に、なんとか文字とわかるものが血で書いてありました。一緒にいられなくてごめん。君と会えたことにとても感謝してる。1日半で先輩が来るから言うことを聞いて。困ったらテーブルの上のメモを見て‥‥。脇にはバレッタもちゃんと置いてあったし、テーブルの上にはあたしの旅行バッグ含め色々置いてありました。

こんな大怪我して、すごく痛くて苦しかったでしょうに、こんなにあたしのことばっかり考えて‥‥。あたしは結局なんにもできなくて、マゼランは全部一人で抱えて逝ってしまった。そう思ったら、ただただ苦しくて悲しくて‥‥。大声で泣いて、泣いて、息をするのも苦しくなるぐらい泣いていたら、モバイルが小さく振動したんです。もしかして、マゼランがいつも連絡してた人とつながってる‥‥!

あたしはバレッタを髪につけ、モバイルを取り上げて叫びました。
「マゼランが起きないの! お願い、マゼランを助けて!」
少しの沈黙のあと鳥の声のような高い声がモバイルから聞こえてきて、少し遅れてバレッタがしゃべり出しました。
〈そこにいるのは管理対象星の娘ですか? 今エネルギーボードを送りました。0079に渡しなさい〉

そのうち部屋の隅の装置の中にいきなり銀紙に包まれた四角いものが現れました。でもどうやったら開けられるのかわかりません。
「エネルギーは届きました! でも取り出せないの!」
〈0079はどうなりましたか? そちらの言葉はまだ私にはインプットされていません〉
「お願いよ! どうやったら出せるの! 教えてくれないなら壊しちゃうよ!」

〈そろそろエネルギーボードが到着するはずです。グランゲイザーの配置は‥‥。メインルームのパネルの脇です。透過カバーの周囲を左下から右下まで撫でれば開きます。早く0079に渡しなさい!〉
急いで言われた通りにしてみました。何度かやっているうちにうまく扉が開いたのですが、今度はマゼランがどうしても口を開いてくれない。なのでもう一度チョコを食べて、キスをしました。

マゼランさえ生き返ってくれたら、あとはどうなってもいいと思いました。記憶を消されて、マゼランのことを忘れてもいい。ううん、チョコを食べた罰で殺されたっていい。とにかくマゼランに生きててほしいってそれだけ祈って。
そうして神様はまたあたしの願いを聞いてくれたんです。

   * * *

「マゼランが地球にいる間、どのくらい宇宙人って来たの?」
ランチを食べながら色々質問。訊ねたいことはいっぱいあったけど、マゼランを困らせたくなかったから聞かないようにしてたの。でもOKになったので、最近はもう質問攻めです。
「太陽系全体だと3万回ぐらいかなぁ。たいてい勧告だけでおとなしく退去したけど」
「ちょっと待って。太陽系って、マゼラン、太陽系全部カバーしてたの!?」
「他の惑星は基本保護省の自動監視システムが見てて、僕は時々フォローに行くだけ。地球人が探査機あげる時は毎度設定変えて、スルーするようにしてる」

「火星や木星にみんな何しに来るの?」
「資源狙いがほとんど。太陽系の資源は今のところ地球人に権利があるから、勝手に盗まれちゃ困るだろ?」
「え‥‥そういうものなの?」
「ここの系は地球以外の惑星に高等動物、ええと地球で言うと魚以上の動物が発生する可能性が無いから、君たちが他の惑星を採掘しても僕らの勧告対象にはならない。シンプルで助かるよ」
「もし火星や木星に動物がいたら、地球が好き勝手しちゃだめなのね?」

「その通り。たとえば火星に動物がいたら、それはそれで未接触惑星だから勝手に採掘しちゃダメ。あくまで違反するなら連合が乗り込んでくる。まあそこで宇宙の住人になってめでたしめでたしになることも多いけど、厄介なケースに発展することもある」
「無人の新しい島を見つけて、どんなに植物や虫や鳥や動物がいても欲しい物をどんどん持っていっちゃって‥‥。誰もいないから見つけた者の権利だって言い張るみたいな?」
「そうそう。まあ地球では何百年か前までは、人が住んでても勝手に自分のものにしちゃってたもんね」

マゼランは屈託無く笑ってますが、それって‥‥。
「‥‥マゼラン‥‥地球人の事、嫌いにならなかったの? たとえばあたし達の祖先は、原住民族をたくさん殺して、アメリカを作ったんだよ?」
「うん。知ってる」
「それって宇宙の法律から外れてないの?」
「なんで? 法律は他の惑星を荒らしちゃダメってことだよ。所有欲には技術を伸ばすメリットも確かにある。ただ野放しだと大変だから惑星単位を限度にするのが今の連合の基盤なんだ。惑星の境界なら重力値で厳密に引けてわかりやすし、宇宙空間は海と違って資源が無いからもめ事も発生しにくい。それに、そういうので嫌いとか好きとかは、僕には無くて‥‥‥‥」

ふとマゼランがどこか心もとない表情を浮かべました。
「‥‥そういうのを許せないと感じるようになったら‥‥、ちょっと怖いな‥‥」

大きなキャンディをうっかり飲み込んじゃった時みたいな気分になりました。「惑星の自然な進化を守る」と聞いた時はごく素直に納得できたのですが、ちょっと考えるといきなり話が複雑になります。だから厳密に法律を守るしかないわけで‥‥。マゼラン達がやった事を、あたしはこれから知るようになる。それだけでも、どこか空恐ろしいような気持ちになるのに‥‥マゼランはもっと‥‥。

|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 2)
キスで意識を取り戻したマゼランは、怪我もそのままにしばらくあたしを抱きしめていました。彼の身体のことが心配だったのですが、その息遣いも胸の中から聞こえてくる鼓動もなんだか本当にゆったりと幸せで、だから黙ってそのままでいました。
そのうちマゼランがちょっと身を起して、左手をあげてあたしに見せました。小さな泡のようなものがびっしりと傷口を覆ってました。
「‥‥これ‥‥ケガを治してるの‥‥?」
「ああ。僕の体は機械と人工細胞で作られていて、ある程度の破損ならこうやって自然に修理されるんだ。頭脳は、共通基本機構に目的別に構築した判断セットを組み込み、シミュレーションで熟成させた人工知能だ。僕らは作られし者"ビメイダー "と言われてる。普通に生まれてくる自然人とは完全に区別されてる合成人間なんだ」
マゼランが静かにそう言いました。

「マゼランがあたしたちとそっくりなのは、そういう風に作られたからなの?」
「うん。最初から地球のスタージャッジ用に作られたから。あとこの身体は未接触惑星保護省の所有物。自由人みたいに就職してるとかじゃないよ。マリスが言ったように、ある意味で僕は"モノ"なんだ。それを判って欲しくて‥‥。それでも、僕と‥‥その‥‥」

あたしはもう一度マゼランの首に手を回しました。
「一緒に居るよ。あたし貴方と一緒に居たい。マゼランが作られた人でも、誰かのモノでも、そんなことは関係ないの。あたしが先に死んじゃう事だけは怖いけど、できるだけ長く一緒に‥‥。マゼランが好きなの」
マゼランがなんだかほっとしたような笑顔を浮かべました。
「ありがとう。僕も決めてた。もう君の記憶は消さない」
「ほんとに!? そんなの、いいの? また怒られない?」
「もう、怒られるのにも、慣れたしね」
いたずらっ子みたいなその眼差しに、あたしも思わず笑ってしまいました。

マゼランがモバイルを手に取りました。そのときやっと気づいたのですが、モバイルからもバレッタからもずっと声がしてたんです。0079はどうなりましたかって。マゼランはモバイルを切ると、足を引きずるようにして、装置で埋まっている壁の方に行きました。もちろんあたしもバレッタをつけたまま付いていきました。何があっても知ってなきゃなりません。

「あれ? なぜだろう?」
マゼランはパネルを見上げて見て、不思議そうな声をあげます。モニター切り替えて船の中を見て首をかしげてましたが、そのうち諦めて椅子に座りました。
〈こちら0079です。エネルギーが間に合いました〉
パネルからさっきと同じ高い声が聞こえます。
〈ああ、良かった。心配しました〉
〈心配‥‥ですか? ‥‥どちらにしろ、処分が‥‥〉
〈貴方が命令に従わない確率を、本部は96.3%と見ていました〉
〈‥‥え‥‥?〉

〈ラバード氏からの正式な申請を経て貴方はリザーブタームに入っていました。まだ多少の手続きがありますが、秩序維持省からの報告も合わせて99.9%の確率で貴方は自由人として認定されるでしょう。そうなれば基本的な権利は一般市民と全く同じです。星籍は連合主星ですが移民もできます。労働対価は連合主星の20レボリューション分が遡って支払われます。もちろん職業も自由です。スタージャッジを辞める事もできますが‥‥できればぜひ続けていただきたい〉
マゼランンが返事をしないのでまた高い声の人が言いました。
〈聞いていますか、0079?〉
〈聞いて‥‥ます〉
〈私の言ったことが理解できてますか?〉
〈理解できた、と思います‥‥。ただその、あまりにいきなりで‥‥〉
〈自由人への移行は多くの場合"いきなり"です。なぜいきなりかはそのうち理解できるでしょう。とにかく最終認定のため0024がそちらに居る間に本部に戻ってください。これは命令です。自由人として認定されれば命令違反に対する処分は執行されません〉
〈‥‥了解しました〉

〈それから問題の原住民の記憶の件ですが‥‥〉
あたしはどきっとしました。思わず手を握り合わせてました。今すぐ消しなさいって言われちゃう‥‥どうしよう‥‥。マゼランが立ちあがってあたしの肩を抱いてくれて、大丈夫だよ、と小声で言いました。

〈もしあなたがその人間をパートナーにするなら、今すぐに記憶を消去する必要はありません。ただし‥‥〉
バレッタの言葉、夢かと思いました。でもマゼランにはもう全部わかってるみたいです。
〈陽子が連合の特殊市民になる事が条件‥‥ですか?〉
〈その通りです。なんといっても未接触惑星の住人ですから。本部に来る時に彼女を一緒に連れてきて下さい。移民局で審査が行われます。851銀河104系第3惑星人類のサンプルとしての調査にもご協力ください。不適格となった場合やパートナーを解消する場合は、記憶は消去していただきます〉

マゼランがあたしの左腕を掴んで、あたしの顔を覗き込みました。
「陽子。君が僕と一生一緒に居てくれる気持ちがあるなら、これを受けてくれ。特殊市民になったことは他の人には絶対秘密だし、君に負担をかけることは多いかもしれない。でも僕は君に幸せでいてほしいと思ってて、そのように生き続けることを誓う。それは地球人としての幸せとは少し違うかもしれないけど、もし今君が、僕と居ることを幸せと感じてるなら、これをずっと続けていこう。僕と一緒に生きて欲しい」

マゼランを見つめるあたしの目からぽろぽろと涙がこぼれました。嬉しくて嬉しくて、なかなか言葉が出てこなくて、なんども頷いて返しました。
「‥‥ありがと‥‥マゼラン。‥‥もちろんOKよ‥‥もちろん一緒に行きます‥‥」
「ありがとう、陽子」
マゼランがあたしを強く抱きしめると、また椅子に座りました。

〈わかりました。0024への引き継ぎが終わり次第連絡します〉
〈了解です。それから0079。身体の状態はどうですか〉
〈結構やられてますね。これからドックに入るつもりです〉
〈博士が貴方の身体の修復ログが欲しいと言っています〉
〈了解です。終わったら送ります。あ、そういえば問題が発生してます。僕はリプレースモードに入っていたはずなのに、次のボディが製造されてません。結果的には重複しなくてよかったのですが、これは‥‥〉

〈リプレース・バッテリーにはあのような戦闘ができるほどの容量はありません〉
〈なんですって?〉
〈たぶん貴方は極めて初期の段階でリプレース・バッテリーを全て使い切ったと思われます。そのためにモード移行の信号送信時間がわずかとなり、母船で有意とみなされなかったと推定できます〉
〈そんな、バカな‥‥。じゃあ、なんで僕は動けてたんですか?〉

〈ライプライト博士はある仮説を立てていますが、もう少し調査してみないとわかりません。そのために貴方の治療ログが必要なのです。それと可能ならば一度貴方のバックアップを送って頂きたい。自由人に対してバックアップの提出を求めることはできないので、今の状況では少々命令しづらいですが、今回貴方の身に起きた現象はスタージャッジ達の身の安全のためにもよく分析する必要があります。できれば協力頂きたい〉

〈かまいません。修復ログと一緒に送ります〉
〈感謝します〉
〈ではまた連絡します‥‥あの‥‥〉
〈なんでしょうか?〉
〈チャンスを‥‥陽子と共に歩けるチャンスをくれて、ありがとう〉
〈貴方達が2人で道を開いたのです。私の判断ではありません〉
スピーカーから聞こえている高い人の声は、なんだかコロコロと笑ってるように聞こえました。

   * * *

「昨日は簡単な挨拶と自己紹介だったね。もう一度言ってみようか」
ランチを食べ終わってから、また標準語の勉強です。マゼランがねぇ、ほんとに先生みたいです。スタージャッジのお仕事が嫌になったら、学校の先生になったらいいのではないでしょうか。

「えと、『ハジメマシテ』と『イイソラデスネ』。それから『ワタシノコトハ陽子トヨンデクダサイ』あと『アリガトウ』」
「OK。うまいうまい」
面白いでしょ? 雨が降っててもやんなるぐらい暑くても、朝でも夜でもとにかく「いい空ですね」って言うの! なぜかというと、たとえば太陽が苦手で雨が好きな人もいるし、暑いほうが調子がいい人もいる。とにかくいろんな人がいるからなんだって。

宇宙標準語は完全に作られた言語なんだそうです。「地球だとエスペラント語みたいなもの」とマゼランが言ってましたが、ごめんなさい、あたしそんな言葉あるって知りませんでした(汗)。
作られた言葉だからとても規則正しくて、同じ意味を表す単語もできるだけ一つにしたり、不規則動詞みたいなのも作らないようにしてるんだそうです。あと、標準語には何種類かあるけど、それは発声器官の形によって喋りやすいよう発音を変えてるだけで、構造や意味合いは同じなんだそうです。

「宇宙でもやっぱり握手ってあるの?」
「地球みたいな握手はないかな。友達だと別れる時、手や翼の先とか尻尾とかを少し触れ合わせたりするけど」
「フクロウさん事件の時、刑事さんがやってた掌を上に向けるのは? あれは握手じゃないの?」
「あれは尊敬を含めた感謝を示すもので、そう頻繁には使わないと思う。あの時はびっくりした」
「どうして?」
「自然人はビメイダーに対してそういうことはしないと思ってたから」
「そうだったの‥‥。あ、"彼女"とか"彼"っていうのは? 宇宙でも男性と女性はあるんでしょ?」

「宇宙でも二つの遺伝子から子孫を残すのがポピュラーだから、大きな細胞を提供するほうが"女性"になる。ごくたまに無性生殖できる種族もあって、その場合は名前で呼ぶ。ああそうだ。あと標準語だと、一人称主格つまり"I"は省略されることが多い」
「ええっ!? じゃあ『私は』って言いたいときは?」
「単純に省略する。主語がない文は主体が主語とみなされる。逆に命令は命令文頭語から始めて、二人称の省略はしない」
「じゃあ『一般的にこう言われてる』というような時は『みんなは』ってつけるのね?」
「"一般的に"こう言われてるっていう言い方はできるだけしないのが基本かな。あまりに多様だから、何が"一般"で、何が"みんな"か、わからないんだよ。伝聞は『○○博士が○○論文でこう言ったと先生が教えてくれた』みたいに、できるだけ厳密に言えって教科書には書いてある」
「‥‥た、大変だ‥‥」

多種多様な人たちができるだけ早く覚えられるように、差別的なことや無責任なことは言いにくいように、色々考えて作られてるんだなって思いました。
やっぱり宇宙ってすごい。たとえば国連が標準語を作ってくれたとして、みんな素直に使ってくれると思う? あたしだって英語が使えるからいいやって、心のどこかで思ってたもの‥‥。でもそれじゃダメなのね‥‥。

「どうした? 疲れたかい?」
「ううん。違うの。なんだかこの言葉使ってたら、みんなとても頭良くて優しい人になれそう」
マゼランがびっくりした顔をします。
「標準語に対してのそういう感想を聞いたのは初めてだ」
「そう?」
「あ、いやまあ、わざわざ感想を尋ねたことも無いけど‥‥‥。確かに言語は人の思考を規定するって言うけど、標準語をもともとの母言語とする自然人はいないんだよ。連合の職員はもちろん学習してるけど、旅行ぐらいならたいてい翻訳機を使う。それぞれの星の言葉と標準語の双方向翻訳機があれば、それで済むしね。無味無乾燥で情緒的な表現がしにくい標準語は言葉じゃなく、ただの状況記述言語だって、標準語に拒否を表明してる学者や作家も多いよ」

「そうなんだ‥‥。でもね、この言葉に比べると、英語も日本語も自分と同じ人のことしか考えてないよね。使う人の常識が前提だから、習おうとすると"常識"と"言葉"が鶏と卵問題になっちゃう。でも言葉のいちばん大事なことは、知らない人と意志疎通することでしょ? だったら規則的で味気なくても、このほうがずっといいよ。自分の常識を消すことで、逆に相手の常識のことを考えてあげてるんだと思うの。それってすごく優しいことだなって思って、感動しちゃった」

マゼランがまじまじとあたしを見つめました。
「僕は君と話してるほうがよっぽど感動する。"無常識"の話なんてしてもないのに」
「無常識? 非常識じゃなくて?」
「非常識はお互いに共通の常識があるはずなのに、それを知らないことだよね。無常識は異なる世界の人と相対した時は、常識は無いものとして考えるってこと。標準語には確かにその考え方が入ってる。君はそれを優しさの表れだって思ったんだね?」

「うん。‥‥あ、そうだ。マゼランの母国語は何語になるの?」
「ああ、僕みたいな連合のビメイダーは全部の標準語を理解するように作られてて、指示を受けたり報告するときも全部標準語を使う。他の言葉は任務の遂行に応じてあとから勉強する」

「そっか。だからマゼランは優しいのね。ずっとこの言葉で考えてきたから」
マゼランが面食らった顔をして、目をぱちぱちさせました。
「‥‥いや‥‥僕の場合は‥‥。‥‥こう作られたから‥‥じゃないのかな?」
もごもごとそういう彼の顔は妙に子供っぽくて、あたしは笑い転げちゃいました。


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 3)
「着いたよ。あの星だ」
マゼランが示した星は真っ黒と青のまだら模様。青いところは海‥‥だと思いますが、大陸部分がほとんどオニキスみたいに黒いってどういうことなんでしょうか。
「どうしてあんなに真っ黒なの?」
「ほとんどが太陽電池パネルだから。大気組成が悪くて太陽の光が強すぎるんだ。戸外に居られないどころか、変異が発生しすぎて生命として定着する確率が低い。なので逆に建物だらけにして連合の本部にしたんだ」
全部建物‥‥。全部太陽電池‥‥。考えらんない‥‥。

船はもう大気圏に入ってます。緩やかに降りていく‥‥つまり宇宙船がだんだんに飛行機になっていくような感じなので大気圏突入も楽勝。さすがに本部は出入りが多いようで、混んでて着陸までに時間かかるんだよなぁと操縦席のマゼランがぼやいてます。
「重力は地球の8割ぐらい。酸素濃度が低めだから部屋の外では必ず簡易マスクつけて、具合悪くなったらすぐ使って。あと一日が地球の32時間ぐらいあるから疲れると思う。早めに寝たほうがいいね」

宇宙でも生命は細胞から出来ていて循環に水を使うのが多数派だそうで、本質的には地球の動物とあまり変わらないそうです。たいていは水と酸素が必要。自分で栄養を作れる人もいるけど、一応食事や睡眠も必要。ただ家や衣類といった生活習慣のレベルになると本当に様々で、たとえば服を着る種族もあれば着ない種族もあるそうです。ということで、当初色々想像してたよりは敷居は低そうなんですよね、宇宙生活。

どんどん地表が近くなっていって、高速道路のような道が何本も走っている箇所が見えてきました。道は薄いグレーで黒い屋根の中に消えていきます。マゼランはそのうちの一つに船を着陸させて黒い屋根の下に入っていきました。駐車場みたいなところの一角に器用に船が入ります。
あたしは簡易マスクを付けてます。マスクと言っても薄い生地で顎から鼻までを覆ったのに小さなパックがつながってるだけ。邪魔な時は顎の下におろしておけばいいの。まったくなんでこれで役に立つのかわかりませんが、実際に苦しくないんですよねぇ。こういう小さいグッズにも、本当に驚かされます。

マゼランの後について船から降りてゲートに向かいます。途中トンネルみたいな所をくぐって出たところ、係の人にマゼランが言いました。
〈未接触惑星保護省第二十八局所属スタージャッジ0079です〉
制服を着た背の高いその人が屈んでマゼランの額に何か装置をあてました。
〈承認しました。後ろの人物が851銀河104系第3惑星の生命体ですね?〉
〈はい〉
〈あちらに担当官が来てますのでどうぞ〉

係の人が示した先にいたのは制服を着た二人の人。二人とも地球人に似ています。2m越えた人は小さな角があって目が4つ。もう一人は180cmぐらいで‥‥ほとんど地球の女性に見えます。肌がすごく白くて、目は全部紫色なのが違ってますが、とびきりの美人のお姉さんです。
〈ビメイダー管理局のアタカマです〉
角のある人が身分証を見せてそう言います。次にお姉さん。
〈ID管理局移民課担当官。医師でもあります。ルチルと呼んでください〉
〈スタージャッジ0079です。こちらが‥‥〉
〈初めまして‥‥ヨーコ、と、呼んで、ください〉
恐る恐る標準語で言ってみたら、二人が固まったので、マゼランに小声で聞きました。
「ダメ‥‥だった?」

いきなりルチルさんがあたしに抱き付いてきました。
〈ヨーコね! 貴女、標準語、もう勉強したの!?〉
あたしは手をバタバタさせて英語で叫びました。
「挨拶だけです! 挨拶だけ教えてもらったのっ」
〈ドクター・ルチル。来る途中で挨拶だけ勉強したんです。まだ意志疎通は無理です〉
マゼランが笑いながら言います。
〈でも偉いわ。気に入ったわ!〉
「あ、ありがとう‥‥」

〈じゃあまず博士からのプレゼント〉
ルチルさんが赤いちょっと派手なペンダントを出しすと、どこかを押さえてあたしに向けます。
〈なんでもいいから何かしゃべって〉
「え? あ‥‥ただいまマイクのテスト中‥‥」
〈OK。これで貴女の言うことだけを標準語にしてくれるわ。双方向だから今までの翻訳機外していいわよ〉
「ほんとに? あたしの言うこと、わかってくれるの?」
言い終わるか終らないかのうちにペンダントから標準語が、バレッタからそれを翻訳した結果の英語が聞こえてきました。

〈博士がわざわざ陽子のために?〉
マゼランの問いにアタカマさんが肩をすくめて答えました。
〈ここのところライプライト博士の"膨大にして深淵なる灰色の脳細胞"はフル稼働だった。0079、君と君の担当惑星とヨーコに首ったけでね。日々君の送ってきたデータに埋もれていたわけだ。となれば双方向の翻訳機なんて文字通り朝飯前だって、わかるだろう?〉
ライプライト博士はマゼランを作った博士だと聞きました。天才ばかり生まれる星の人。ライプライト博士って実際はご夫婦で、旦那様がライト博士、奥様がライプ博士。でも一心同体みたいなものだから普通はまとめてライプライト博士って呼ぶんですって。キューリーご夫妻、って感じなんでしょうね。

〈じゃ、0079。お嬢さんは預かるわね。2、3日で終わると思うけど、また連絡するから〉
言われてた通りここから二人は別々です。マゼランがちょっとだけあたしの肩を抱き寄せると、早口の日本語で言いました。
「怖いことないから。君の思うとおり感じたとおりに行動すればそれでいいから。頑張って」
「うん、ありがと。マゼランも気を付けてね」


エレベータのような乗り物で降りてから結構歩きました。地球のビルの廊下と違って丸くなってるとことか動く廊下も多くて、絶対一人じゃ元に戻れません。背の高いルチルさんについて一生懸命歩いてたらちょっと気分も悪くなって、慌ててマスクも使いました。
ルチルさんの部署の区画につくと、彼女はまずあたしの部屋に案内してくれて、荷物を置いてから夕食に行くことになりました。レストランは"街"にあります。"街"というのは建物の一階のことで、天井がすごく高くて、一軒家風に作られてる区画がたくさんある場所のこと。天井全体が本当の太陽の動きに合わせて明るさを変えて、まるで外にいる気分になるように作ってあるんだそうです。

この星は連合の政治の組織や団体が集まっているので、色んな大きさの人がやって来る。でも現実問題色んなサイズの人が一か所に集まると大変なので、身体の大きさごとに建物が別になってるんですって。今あたしがいる建物は身長が地球人ぐらいからオーディさんぐらいの人達向け。地球人は宇宙平均からすると小さいほうなんだそうです。

しかし皆さん、ほんっとうに色々です。身体が毛皮で覆われている人、羽毛の人、ウロコ?みたいな硬そうな身体の人もいます。そういう人たちは服を着てたり着てなかったり。でもあたしやルチルさんのような肌の人はみんな服を着てるみたい。服を着るのは、その‥‥ハダカでいることが恥ずかしいせいと思ってたのですが、ルチルさんには「保護ができればなんでもいいのよ」とあっさり言われてしまいました。な、なるほど‥‥。

入ったお店はルチルさんの故郷アナタイス風。地球人の生物学的構造は比較的アナタイスの人に似ているんだそうです。だとすると食事も普通に食べられるのかな?
店内はシンプルで機能的な感じですが、久しぶりに金属以外の壁に囲まれてほっとした気分です。案内されたテーブルは少し奥まった一角。面白いのがテーブルが菱形なこと。120度ぐらいの広い角を挟んでルチルさんと座ります。横に並ぶよりは相手が見えるし、でも正面じゃないからあまり緊張しないし、なんかいい感じです

〈ねえ、ヨーコ。あなた本当に、0079の記憶を消されたくないだけで、特殊市民の申請をしたの?〉
「はい」
〈特に宇宙に出たかったわけじゃないのね?〉
「はい。‥‥あの‥‥ごめんなさい。あたしの星だと、まだ普通の人が宇宙に行くなんて考えられなくて‥‥。宇宙飛行士になろうって頑張ってる人ももちろんいますけど、あたしはそうじゃなかったから‥‥」
〈謝る必要なんてないのよ。特殊市民ってかなりレアケースだから聞いてみただけ〉
「あたしみたいな人、あんまりいないんですか?」
〈そうね。たとえば奴隷商人に無理やり拉致されて身体を改造されて帰れなくなったとか、事故で故郷がわからなくなったとか、そんなケースかな。とにかく少ないわね〉

そこにお料理が出てきて、おっかなびっくり食べてみました。薄味ですが思ったより美味しく食べられます。でもどう見てもシチューなのに冷たいの! これは盲点でした。温度の好みもまた色々違うんですね。宇宙のアイスクリーム、ちゃんと冷たいといいけど‥‥。

ルチルさんは本当に質問上手というか、マゼランのことや地球での生活の事を色々お話しました。それ以上にマゼランには聞けないマゼランの事も教えてもらえたのが助かりました。たとえば、マゼランもいつか食事を美味しいと感じられるようになるか、とか。
マゼランが以前、味はわかるけど"美味しい"というのはわからないって言ってたんですよね。味覚や嗅覚は彼にとっては成分分析の感覚らしくて。あたし、ママいなかったからお料理は得意で、マゼランがいつかあたしのお料理を美味しいって思ってくれたら嬉しいんだけど‥‥でももしできないことだったら、そんな風に思ってちゃ悪いから。
でもルチルさんの知り合いのビメイダーの人でも、結婚してから美味しいって事がわかるようになった人がいると言ってました。マゼランが神月島で、風景をきれいと思ったの初めてだって言ってたから、美味しいもいつか判ってもらえるかな。


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 4)
そんなこんなで何時間いたんだろ。お料理もすっかり食べちゃったし、ちょっと疲れても来ました。初めて外国に到着した日、疲れてるはずなのに妙にハイテンションになってることありますけど、あれと同じですね。
お皿が片付くとルチルさんが手を伸ばしてあたしの右手に触れました。ルチルさんの手、6本指で3本ずつに分かれてるから最初驚きましたけど、こうして見てると、じゃあなんで地球人は1本4本なのかなーなんて、逆に不思議になっちゃいます。
〈ヨーコはほんとに物怖じしないのね〉
「あ。人からよくそう言われます」
〈宇宙に出るの、ぜんぜん怖くなかったの? 何百光年も離れたこんなところに来ちゃって。帰ってみたら自分を知ってる人が誰もいなくなってるとか、そういうことだってあるのよ?〉
「もちろん多少は怖かったですけど、マゼランと一緒に居るためなら何でもやろうと思ってたんです。それに何よりマゼランがこうしてくれって言ったの初めてだったから、絶対に叶えてあげたかったの」

ルチルさんが少し首を傾げました。
〈単一の個体に対する深い愛情って、わたしの生まれ故郷には無い概念なのよね〉
「え?」
〈わたしたちは仲間と繋がっていることが幸せであって、特定の個体に対する執着は無いの。ヨーコが0079のことをすごく好きだってこと、知識としては判るけど、本当に理解するのは難しいわね〉
ルチルさんがさっき言った、"パートナーが固定の星の人たち"という言葉を思い出しました。
「同じ星の人なら誰とでも幸せになれるんですか? 初めて会った人や話したことの無い人でも?」

ルチルさんがにこっと笑って、あたしに触れていた手を上げました。
〈わたしたちは接触テレパスなの〉
「せっしょくてれぱす?」
〈触れている相手の心が読めるの〉
「ええっ!」
ま、まずい。シチューが冷たくてちょっとがっかりしたこととか、ばれちゃったかな‥‥。

〈仲間とは触れれば分かり合えて、精神的に一つになっていく。星全体のためにみんなが同じ方向を向いてる。個体の独立性が低い特性を持った種族なんだと思うけど、わたしたちはこれでいいの〉
地球だったら超能力ですが、ルチルさんたちにとっては、心の中を見たり見られたりするのは、目で物を見るのと同じくらい普通の事なんでしょう。
〈相手が違う種族の場合は心に浮かんだ情景や感情がわかるだけだけど、でも嘘はすぐにわかるわ。これがわたしがこの仕事をしている理由でもあるのよ〉

ルチルさんがもう一度手を伸ばして、あたしの手を掴みました。一瞬、手を引っ込めそうになりましたが、あたしは思いとどまりました。これも検査のうち? 身体の検査で服を脱ぐなら、心の検査ではこれが普通なのかも‥‥。

‥‥あれ? でも、なんで緊張しなきゃいけないんだろう。本当に隠さなきゃいけないことなんて何にも無いんじゃない? もしあたしの中にあたしの気づかない嘘があって、それをルチルさんに見つかったのなら、そのまま不合格になってマゼランと別れたほうがマゼランのためですし‥‥。なーんだ。ドキドキする必要ないんだ。

ルチルさんがくすくす笑いました。
〈ヨーコは強いね〉
「え?」
〈わたし、本気で貴女のこと、気に入ったわ。0079は運が良かったわね、貴女のような子と会えて〉

   * * *

翌日は筆記試験みたいなことしました。簡単な計算とか幾何とか知能検査みたいなの。やはり数学は万国、じゃない宇宙共通なんですね。計算は基本的に十進法が使われてるそうで一安心です。星間取引ではこれ以外に八進法、十二進法、二十進法もよく使われるそう。たとえばルチルさんは十二進法で育ってきたので、初めて十進法を知った時はなんて中途半端なのっ!?って思ったそうです。

ショートスケッチが色々入ってる番組みたいなのも見ました。基本楽しかったですが、よく判らないのもありました。地球人タイプの役者さんが出てくる少し長いお話もあった。子供が怒られて家出しちゃうんですが、親はぜんぜん探さなくて‥‥ですね。でも子供はごく素直に立派な大人になるんですよ‥‥。う、うーん。地球人的に言わせてもらうと、オチがない? これ、ごく普通の成長ドラマなのかな‥‥。途中から、ぽかんとして見てた気がします。

ルチルさんとまた"街"にも行って、教えてもらいつつ、一人で買い物もしてみました。値札の字のところをなでると標準語で喋ってくれるし、金額を示すお金の絵に切り替わる値札もある。こんな調子だから字が読めなくても結構わかるんです。小さい使い捨てみたいな値札がスマートフォンのディスプレイ並み。なんかイヤになっちゃいます。

地球人が食べて平気なお店も教えてもらって、その上可愛いブラウスとスカートのセットアップまで買ってもらっちゃいました! もちろん地球に持ち込んじゃダメですけど、マゼランの船に置かせてもらお! ブラウスがね、実は4本手の人用なんです。ディスプレイを見て、余った2本をリボンみたいに結んだら可愛いかもって言ったら、ルチルさんと店員さんが面白がっちゃって。それでやってみたらバッチリだったんです。なんか店員さんが感動して、この線で売ってみます!って言ってました。2本手の人と4本手の人でペアルックできますし。工場の節約にもなるかも。しかし、もしこれ流行っちゃったらすごいな‥‥。宇宙に流行を生み出した地球人第一号ですよー!

   * * *

二日目は病院と実験室が混ざったような所で身体検査。地球でもこんな細かい検査を受けたことないので、かなり緊張しました。あとはマゼランに関するルチルさんの長い長いインタビュー。マゼランが見てた事はルチルさんも知ってるそうですが、マゼランが見てないこともありますし、あとよく聞かれたのが「どうしてそういう行動を選んだか?」って事。あんまり考えないで動いてたので、答えるの結構困りました。

ただ、白い人の事は‥‥、できたらあんまり思い出したくなかったな。装置のせいかもしれないけど、細かい事までひどくリアルに頭に浮かんできたから‥‥。

その晩あたしは夢を見ました。マゼランが槍で刺されて動けなくなって、血まみれの彼の身体から必死で槍を抜こうとするのですが動きもしない。そこにあの白い人が現れてあたしの肩のあたりをぐっと掴むの。するとそこが火を点けられたように熱くなって、あたしは思わずマゼランの身体から手を離してしまうのです。そうすると白い人はあたしを突き飛ばし、マゼランの左腕を引きちぎります。あたしは泣き叫んで、やめてってお願いするのですが、あいつはまたマゼランの身体に手を伸ばして‥‥。

悲鳴を上げて飛び起きました。体中汗びっしょりになってました。部屋の明かりつけて、汗拭いて、身体が中に潜っちゃう不思議な不定形お布団を丸め直してから入ったのですが、さっきの続きを見そうで怖くて眠れません。
実はあの事件のあと2回ぐらいこんな夢見たんですが、うなされてるとすぐマゼランが来て起してくれて、また眠るまでそばにいてくれたの‥‥。マゼランの声だけでもいいから聞きたい。枕元のバレッタを手に取って少し悩みましたが、結局リボンを回してしまいました。

「陽子?」
「‥‥今‥‥少し話しても‥‥大丈夫?」
「もちろんだよ。もしかして、夢見たのかい?」
「うん‥‥。怖くて、眠れなくなっちゃって‥‥」
「移民局の記録、さっき見終わったんだ。君がまた怖い夢を見るんじゃ無いかって心配になってたとこだった」

心の中にふわっと温かさが生まれました。マゼランはあたしの事を"わかって"くれてる。あたしの感じた恐怖も悲しみも全部‥‥。あたしが経験したことを"知ってる"って事と、"わかっててくれてる"って事が、こんなに違うなんて‥‥。
「‥‥ありがと、マゼラン‥‥」
「安心して。この星は絶対安全だから。そっちに行こうか?」
「‥‥ううん‥‥。大丈夫。マゼランの声聞いたらほっとした」
「そういえばドクタールチルが君の事すごく褒めてたよ。価値観が柔軟で、なんでもすぐ受け入れて、すごくいいって」
「ほんと? 嬉しい。ルチルさん、すごく優しいの。お姉さんみたいなの」
「いい人で良かったね」

「マゼランの方は大丈夫なの? あの‥‥、あたしのことで、色々怒られたりしてない?」
マゼランが笑い出しました。
「そんなことないよ。博士には面白い子を見つけてきたって褒められた。早く君と会いたいって」
「え! そんなこと言われたら、緊張しちゃうよ。マゼランもやっぱり試験みたいなの受けてるの?」
「実を言うと‥‥やっと今日オーバーホールが終わったとこで、肝心な話は進んでない気がする」
「オーバーホール?」
「身体から電子頭脳から徹底的に博士に見てもらって、悪いとこ全部治したんだ。だから今、絶好調だよ。アーマーなくても空飛べそう」
「すごーい! 良かったぁ!」

さっきまであんなに怖かったのが嘘みたい。

マゼランの声が好き。クリアにはっきりと、でも心地よく穏やかで、あの厚い胸で広がって響いてくるようなこの声が大好き。ビー玉が転がるみたいな笑みが混じったり、遠くから空気をコントロールしてあたしを包んでるみたいに優しく慰めてくれたりするの。モバイルやバレッタの向うでどんな顔してるか、手にとるようにわかる。言葉と言葉の余白にすら、あたしのこと考えてくれてるって思えるから。

こんな人は全宇宙に一人だけ。
マゼランだけ。


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 5)
三日目は検査はありませんでした。ルチルさんが急な用事が出来たから、今日は一人で街で遊んできていいわよって言われたんです。モバイルで連絡とる方法を教えてくれました。アメリカで使ってたスマートフォンと同じでナビもついてるので困ったら部屋まで案内してくれます。お金も少し頂いてしまって‥‥(汗)。

さすがに部屋を出る時はちょっと勇気が入りましたが、でも早く慣れたい気持ちもあって、なんどもモバイルの使い方を確認してから外に出てみました。
まずは一昨日教えてもらったカフェでブランチ。一人で食事できた自分に感動。この街のお店の人たち、すごく親切なんですよね。日本人もほんとに親切だと思いますけどそれと同じ。あたしは見慣れない姿の人間なわけで、それを態度に出さずに親切にしてくれるのって有り難いです。

それから一人で色々と歩き回ってみました。空の上が役所の塊ですから、街を歩いている人たちは、みんなてきぱき歩いていて、どんな姿の人でもなんとなくカッコよく見えます。夏休みにパパの会社に行った時のこと思い出しました。

公園(と思われる場所)に出ました。噴水あるんですよ、噴水! 肉体を保つ養分を運ぶのに水が便利であるのは宇宙でも同じってマゼラン言ってましたから、水を見ると安らぐ感覚は共通なのかな。なんか嬉しい。
その公園でね、どう見てもアイスクリームに見えるものを売ってたんですよ! ‥‥でも‥‥とっても残念だったのですが、我慢しました。だって地球人が食べたら酔っぱらう材料かもしれませんもの。ラバードさんの6本足君みたいにこんなとこで寝ちゃったら困る。

ラバードさん、どうしてるかな。怪我、ちゃんと治ったのかな。
マゼランが教えてくれたのですが、ラバードさんも自由人のビメイダーだったんだそうです。恋人がいて‥‥ずっとずっと昔に亡くなったって‥‥。

友達ならお前がなれ。道が開けるかどうかはお前にかかってる。愛してるなら、勇気を持て。

あの時ラバードさんに言われた言葉。バレッタからマゼランの叫び声が聞こえてきた時、行こうと決心したのはその言葉のおかげもありました。結局あたしはうまく逃げられずにマゼランに迷惑をかけたのですが、あたしの代わりにもっと多くの人に被害が出た可能性が高かったと言われて、ちょっとだけ気が休まったものです。
今回、マゼランが自由人になれたのもラバードさんが何か言ってくれたかららしく、あたしはラバードさんにとても感謝してます。地球に戻ったらまた会えるかな。そうしたらお礼言わなきゃ。
あれ? でも会える時ってラバードさんが悪さをした時‥‥? そ、それは困る‥‥(汗)

なんだか人が増えてきました。休み時間? いろいろな人がいて本当に楽しい! 何が楽しいって、全然違う形の人が連れだって歩いてるのが素敵! 熊さんタイプと鳥さんタイプとか、トカゲさんタイプの尻尾と手を繋いでる地球人タイプの二人組も! どこか映画見てる気分で、ほっぺたつねりたくなります。
ごくたまにですが、親子連れに見える人たちもいます。子供は親より小さいし、どの世界でも動きが危なっかしいんですね。うんうん、これも地球と似てる似てる。

そんなこと考えてたらパパのこと思い出してしまいました。ここに来る前、パパには電話して、また別の離島に行くって嘘つきました。でもいつまでこうして嘘をつき続けるのは無理。‥‥パパの記憶を一度消してもらって、普通の人としてマゼランを紹介する‥‥? それが一番現実味がありそう‥‥。

ごめんね、パパ‥‥。
ほんとにごめんなさい。でも、あたしにとって、マゼランはとても大事な人なの‥‥。パパにはママがいるから、今もきっとパパのそばにいるから、許してね‥‥‥‥‥‥

少し考え込んでたら、いきなりわんわん泣いている子供が抱き付いてきて驚きました。かなり地球人に似てる子供だったのですが目が4つ。あと小さな角が2本、髪の中からちょこんと出ています。神話のパーンみたい。
でも困ったことに「どうしたの?」っていくら聞いても、子供のほうが標準語が使えないくて、意志疎通ができないんです。回りの人が手助けにきてくれたのですが(おかげで、やっぱり"泣いて"たんだってっこともわかりました)、あたしから離れると大泣きするんですよ(汗) 地球人タイプの人がいなかったから、きっと怖かったんだと思う。
仕方ないので一緒に交番のに行って結局ずっと遊んであげることになりました。間が悪いことにお巡りさんまでトカゲさんタイプだったから‥‥。お巡りさんには名前と出身地を聞かれまして、ルチルさんに電話して説明してもらいました。

だいぶしてからようやくお母さん(たぶん)が来てくれたときは、ほんとにほっとしました。ベビーシッターやお守りのバイトはあたしの得意技だし、実際可愛い子だとも思ったんですけど、地球の子と同じに付き合っていいのかとか(まあ同じようにするしかないけど)、おっかなびっくりだったので。でもお母さんがすごく喜んでくれたのは嬉しかったです。

で、問題はそのあと起こりました。お巡りさんが送りますと言ってくれたのですが、あたし、一人でお食事買って帰るつもりだったので、いいです、って断ったんですよ。せっかくのチャンスだから、色々やってみたかったんです。ルチルさんに教えてもらったもう一つのお店、少し遠回りだったけどそこまで行って、緊張しながらお買い物して、これで今日のチャレンジは全部終わり!と思ったら、そこでいきなり気分が悪くなってることに気づきました。

酸素マスクの酸素が切れてたんです。子供と遊んでた時もずっと使ってたから‥‥。気が張ってたみたいで、逆に気づかなかった‥‥。一昨日とか無くて大丈夫な時もあったから予備のパック持って出なかったの。荷物になるわけじゃないんだから持ってくれば良かった‥‥。
でも、息ができないわけじゃないし、あと少しだし、なんとか行けるだろうとそのまま部屋に向かいました。エレベータに乗ったあたりから周囲がぐるぐるとぼやけてきて、部屋まであともう少しというところで、あとの記憶が‥‥‥‥。

気づいたらソファに寝かされていて、そばにルチルさんがいました。
〈ヨーコ。酸素パックの予備、持って行かなかったのね〉
ルチルさんの顔は優しかったけど、声には厳しい感じがありました。
〈適した気圧と呼吸。この二つが保持できなかったら人はすぐに死ぬの。それを絶対に忘れちゃだめ〉
「‥‥はい‥‥」
〈貴女の今日の行動は良き市民として悪くないものだったけど、小さな想定外がいきなり命に関わる事もある。トラブル・ステーションで事情を話して帰るか、パックを買いに行くべきだった。最悪、具合が悪くなった時点で助けを求めるべきだったわね〉
「‥‥ごめん‥‥なさい‥‥」

ちゃんと準備しないで山に行って、状況の把握もせずに高いところに登ってしまったと同じです。こんなことで死んじゃってたら、マゼランがどれだけ悲しむでしょう。あ‥‥。まさかこれで、試験落ちちゃたら‥‥?
「あ、あの、ルチルさん。あたし‥‥」

ルチルさんがあたしの頬を撫でて、ふっと笑いました。
〈明日はライプライト博士のところに行きましょう。おめでとう、ヨーコ。貴女は立派に連合の市民よ。そしてもう一つ。0079の検査と手続きも全部終わったそうよ〉

   * * *

翌日。
朝からちょっとドキドキしてます。ルチルさんに買ってもらった例の4本手の服を着て、リボンに結んだ袖をなんどもチェック。ライプライト博士がこの服を着たあたしが見たいって仰ったんですって。そんなこと言われたらなんだか緊張しちゃう。
そのうちルチルさんが来てくれて、モノレール?みたいな乗り物に少し乗って、別のビルに行きました。受付でルチルさんが説明してくれて、あと、ブレスレットになってる身分証を初めて使います。それで小さな個室に案内されて、ルチルさんと座って待つことになりました。

その個室には不思議なインテリアがありました。円筒形のガラスケースなんですが、中心のあたりで何色かの光の粒が増えたり減ったりしながらぱたぱたといろんな形になって動いていくんです。粒は小さくて、それがまずレゴみたいに色んな形のブロックになって、それが遠目に見ると何かに見える‥‥んだけど、すぐまた形が変わってく。

「‥‥ライフゲームみたい‥‥」
〈生命ゲーム? なあに、それ?〉
「地球にある2次元のシミュレーションで先生が見せてくれたことがあるんです。マス目の一部を塗って、あるルールで動かしていくといろんな形になって、初期値によって増えたり無くなっちゃったりするの。見てると面白いんですよ」
〈あら、同じようなのあるのね。これは粒子挙動シミュレーションって言うんだけど、粒の色が叡智の度合いを表してて、ルール+叡智の配合で動きが変わるの。ベースになってる粒子挙動論は生命の発生や進化はもとより社会学や経済学にも応用できるの。でも生命ゲームって面白い言い方ね〉

「なんのために置いてあるんですか?」
〈ビメイダーの人工知能は粒子挙動がベースになってるから。だから一人として同じビメイダーは居ないのよ。まさに人工生命。だからこれはビメイダー局のシンボルなの〉
数学や物理が共通なのは当然でしょうけど、こういうのも同じなんですね。なんとなく嬉しい。そのうえ色がついてて3次元だからすごくきれいです。

「ねえ、ルチルさん、ライプライト博士ってどんな方ですか? あたし、気に入ってもらえるかしら‥‥」
〈ライト博士は冗談が大好きで突拍子もないまさに天才的な発想をする人。ライプ博士はとにかく優しくて緻密で原則に忠実。ただ二人とも、なにげに好き嫌いが強いかしら。嫌われるとなかなか会ってもらえないのよね〉
「えっ!? ど、どうしよう‥‥」

〈ヨーコ。今日の面談は儀式みたいなもので、今日の結果で認定が取り消されたりはしないのよ。状況によっては二度と会わないかもしれないし、気に入ってもらえるか、なんて面白いこと気にするのね〉
「だってマゼランのパパとママみたいな人だし‥‥。博士がマゼランのことを思い出す時、あたしの事も思い出してイヤな気分になったら、マゼランが可哀想じゃないですか」
ミナゾウおじいちゃんが月子ママのこと思い出すたびに、パパのこと怒ってたみたいに‥‥。両方地球に居れば、パパのようにいつか分かってもらえるかもしれないけど、こんなに遠くちゃ‥‥。マゼラン、よほどのことがなきゃ百年に一回ぐらいしか帰らないとか言ってたし‥‥(汗)

ルチルさんが呆れたように笑ってます。
〈貴女の発想には参るわ。問題ない‥‥というか、たぶん"ラスカル"博士は、貴女をすごく気に入りそうよ〉
「ラスカル? 誰ですか、それ?」
〈うーん、ごめんなさい。会えばわかるわ〉
いったい誰? 息子さんもセットなの? なんかもう得体が知れない‥‥。


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 6)
と、しゅっと音がしてドアが開いて‥‥そこに立ってた人を見て‥‥いや、もちろんマゼランが立ってたんですけど、あたし、固まってしまいました。
〈お待たせしました、ドクタールチル〉
濃紺のボディスーツにブーツ。マントみたいな丈の長い上着はもっと明るいブルーで、それを前を開けたまま羽織るように着てます。
〈陽子が大変お世話になって、ありがとうございました〉

〈いえいえ、こちらも楽しかったわ。それよりおめでとう、0079‥‥じゃなくて、マゼランと呼んでいいかしら?〉
マントの大きめの白い襟が目に鮮やか。肩から上腕と胸のあたりは赤い別パーツがついてて‥‥変身した時のマントにちょっと似てるけど、もっと柔らかそう‥‥。
〈はい。まだピンときてませんが、ありがとうございます。で、陽子?〉
マゼラン、すごくかっこいいです。凜々しいっていうのかな。あ‥‥また心臓、早くなってきちゃった‥‥。

〈陽子、いったいどうしたんだ?〉
「‥‥あ、ご、ごめんなさい。服が‥‥。違う人みたいで‥‥」
〈今日だけは隊服着ろって、ヴォイスにえらく強く言われたんで、仕方なく〉
〈あら、普段着てないの? これだけでもかなりの防護力があるんでしょ?〉
〈船に居た頃は着てましたけど、地表に住むようになってから全く。もともと事件が少ないし、目立ちすぎますから。久しぶりに着るとけっこうジャマな代物ですね〉
「そんなことないよ! すごく素敵よ!」
思わず力説しちゃったら、マゼランがちょっと恥ずかしそうな顔になりました。
〈‥‥ありがと‥‥〉

〈はいはい。アナタイス出身者を照れさせるんだから大したものだわ。じゃあヨーコは確かにお返しするわよ。博士によろしくね〉
立ち上がったルチルさんに地球みたいにハグ。最初に会ったときハグされたから大丈夫よね。
「色々ありがとうございました、ルチルさん」
ルチルさんもぽんぽんとあたしの背中を撫でてハグし返してくれました。
〈わたしも楽しかったわよ、この数日。またあとで会いましょう〉


個室を出てルチルさんは出口へ、あたしはマゼランについて奥に進みました。通路を歩きながらマゼランの手に触れたら、マゼランがそっと握り返してくれました。
「陽子、ありがとう。こんなところまで来て、一人で頑張って移民局の審査を通ってくれて。これで合法的に君と一緒に居られる」
あたしは思わず吹き出しちゃいました。
「やだ、マゼラン。"合法的に"なんて、なんか悪巧みを考えてた人みたい」

「考えてたよ、色々」
「ええっ?」
「グランゲイザーで君に助けられて、本部と連絡とるまでの間、ずっと考えてた。虚偽の報告をして、データを改ざんして、僕の分身を消して‥‥。何通りもの組み合わせから実現性の高いルートを選んだ。‥‥最悪、君を連れて宇宙を逃げ回る道だって考えてた」
マゼランが立ち止まってあたしを見下ろすと、そっと頬を撫でました。
「でも合法的であれるならそのほうがずっと君を幸せにできると思った。自由人って選択肢は思いつきもしなかったけど、それで君と一緒に居られるなら自由人もいい。君なら移民局の審査は通ると思ってたから」

あたしはまた胸が一杯になりました。この人が「君の記憶は消さない」と言った時、どれだけの覚悟をしてたのか、今初めてわかったから。
「ありがと‥‥マゼラン‥‥」
「礼を言うのは僕のほうだ。君のことさんざん危険な目に遭わせたあげく、いきなり宇宙に連れだした。ただ僕のためだけに、だ」
あたしはマゼランの腕に両手を絡めて、彼に寄りかかるようにして、歩き出しました。
「マゼランのためって事は、あたしのためって事なの。あたしに何ができてるのかよくわからないけど、マゼランが喜んでくれるなら、それでいい。それで幸せ」



マゼランと一緒に部屋に入ると、とたんに身体がふわっとした感じになりました。ほとんど無重力状態になってます。奥の方に大きな人が一人座っていました。挨拶しようと一歩進み出たら、とん、とあたしの前に人が飛び降りてきました。
〈私がライト・ライプライトじゃよ〉
黒い服を着た、あたしより頭一つ小さい人‥‥。白髪のおじいさん、に見えます。
「は、初めまして。ヨーコと、呼んでください」
〈うーん、想像通りじゃ! 可愛いのう!〉
そのおじいさんはいきなりあたしの両腕を掴み、ぽんとテーブルの上に飛び上がりました。テーブルの向こう側は3m近い人。ギリシャ彫刻みたいに白くてきれいで優しい顔をしていて銀髪がきれいに結い上がっています。まるで童話のお姫様みたいに大きく膨らんだスカート。椅子はスカートの中に埋もれちゃってるみたい。しかしテーブルの上から挨拶なんて、どう考えても失礼ですが、こうなったら仕方ない。
「あの‥‥。ライプ・ライプライト博士で、いらっしゃいますか?」
〈はい、そうですよ、ヨーコ。今回はわざわざこちらまで来てくれてありがとう〉
うわー! 奥さんの方はなんて優しそうな博士なの! 素敵! 良かったぁ!

〈うーむ、これかね、キミが着こなしたという新しいアイデアは〉
見たら博士が袖のリボンを引っ張ってて‥‥。
「きゃーっっ ほどいちゃ、ダメですっっ」
慌てて後ろに下がったら、うっかりテーブルの縁を蹴ってしまって、身体が後ろに流れてしまいました。

〈いたたたた‥‥!〉
あたしの身体をマゼランが支えて着地させてくれると同時に、博士が悲鳴を上げました。見たら奥さんが博士の耳を引っ張っています。
〈尊敬すべき貴方。どれだけ興味があろうが、女の子の服のリボンをいきなりほどくなんて失礼です〉
〈愛しい妻よ。だって4本人の服を着ようとした2本人なんて聞いたことがない。どうなってるのか見たい。どうしてそんなこと思いついたのか、聞きたい!〉
〈普通に伺えばいい話でしょう? とにかくもう、戻ってくださいな〉
〈イヤじゃ。私はわくわくしとるんじゃ〉

そういうとおじいさんは奥さんの手をひょいとすり抜け、テーブルを蹴って天井まで逃げてしまいました。ライプ博士がはあっとため息をついて言いました。
「0079、いえ、マゼラン。貴方たちが来る少し前から興奮してこんな調子なの。そろそろ限界だし、お願いしていいかしら?」
マゼランが笑いをこらえた声で「はい」と返事をすると、とんと飛び上がり、逃げ回ろうとするライト博士を捕まえます。
〈ドクター・"ラスカル"ライト。ちゃんとお戻りください。疲れますよ〉
〈疲れとらん〉
〈だってもう、息が乱れてるじゃないですか〉
〈平気じゃ!〉
〈だめですってば!〉

袖を急いで結び直したあたしは、ぽかんとして小さな博士VSライプ博士&マゼランの攻防を見てるだけ。マゼランはあっさりと博士を捕まえて降りてくると、博士を奥さんの手の中に返しました。
ライプ博士は下側の4本の手でライト博士の身体を受け取ると左側の下の2本で、小さな体をスカートの中に包むように座らせます。どう見ても腹話術の人形なんですけど‥‥(汗)。ただおじいさん博士がちょっとぐったりした感じで目をつぶっているので、とても心配になってきました。
「マゼラン、博士、具合悪いの? 大丈夫?」

〈大丈夫だよ、お嬢さん〉
いきなり目を開いたライト博士があたしを見据えてそう言います。さっきまでの悪戯好きのおじいちゃんとはぜんぜん別人。どっちかっていうとロマンスグレーの紳士って感じ。どうなってるの?
「あ、あの‥‥博士‥‥。この服、あたしにはちょっと大きくて、袖をここで結んでないと脱げちゃって‥‥それで‥‥その‥‥」
〈いやいや、言い訳など無用だ。失礼をしたのは私のほうだから。レディに対して大変に申し訳ない〉

もしかして二重人格? そういえばマゼランが言ってた"ラスカル"って名前、さっきルチルさんも言ってたような‥‥。
〈では説明しよう。我々の種族は、男はある年齢になると伴侶に寄生しなければ生きていけなくなる。今のこの状態が寄生している姿だ〉
驚いて大声をあげそうになりましたが、なんとか抑えて、はい、とだけお返事しました。
〈私の身体には最小限の循環器系と少しの脳しかなく、妻から離れると長くは生きられない。私は妻から栄養の供給を受けるだけでなく、妻の体内にある巨大な脳髄を二人で使っているのだ〉
いやそれ、あっさり同意できません。こんな進化っていったい‥‥。でも、目の前に居るんだからありなんだよね‥‥。

〈で、私の脳だけだと、いささか原始的というか‥‥。長期記憶と理性が無くなるために、直感的に暴走するというか‥‥〉
「お酒を飲みすぎた時みたいな‥‥気分‥‥?〉
〈おお! うまいたとえだ。そうそう、離れてしまうといきなり酔っ払う。わかりやすいだろう?〉
「‥‥あ‥‥ま、まあ‥‥‥。で、つまり、離れた博士が、"ラスカル"博士なんですね?」
〈その通り。ただこれの飛躍した発想が研究では非常に重要でな。離れた私が最後のアイデアを出してまとまることがよくあるのだ〉

夢ですごい研究を思いつくとかそういうのかな‥‥。酔っ払ってても同じなの? まあそんなことより。
「あの‥‥もう一つ聞いてもいいですか?」
〈もちろん〉
「そばに誰もいない時に、さっきみたいにラスカル博士がはしゃいでライプ博士の手の届かないところに行ってしまって、具合悪くなって帰れなくなったりしないんですか?」

〈男たちも普通そこまでバカはしないし、いざとなれば連れ戻す他の手段もあるのよ。ただ少々エネルギーを消費するので、あまり使いたくない手なの〉
奥さんのライプ博士がそう言って、あたしはほおっと息をつきました。
「ああ、良かったです。マゼランのパパがあんなに心配な方だと‥‥、どっかで酔っ払って行き倒れてるんじゃないかって、地球に帰っても気になっちゃいそうで‥‥」

〈‥‥0079‥‥。こら、マゼラン! そんなに笑うとは失礼だろうが!〉
ライト博士が拗ねたようにそう言って、見たらマゼランが背中向けて壁に張り付いてて、声は聞こえないですがマントがゆらゆらしてて‥‥。
「マゼラン? どうしたの? あたし何かヘンなこと言った?」
〈‥‥だって‥‥。行き倒れ‥‥。ジーナスの博士が‥‥酔っ払って‥‥行き倒れって‥‥〉
あらら。なんか、笑いのツボにはまってしまったみたいですね。

〈まったく‥‥。お前が驚くほど急速な覚醒を迎えた事がよくわかったよ。私をネタに、言葉が繋がらなくなるほど笑うビメイダーなど、信じられん〉
〈す、済みません‥‥博士‥‥。でも‥‥〉
マゼランが少し赤い頬で向き直りましたが、まだくすくす笑ってます。マゼランってジョークに免疫がないというか、結構笑う方だと思うんだけど、ここまで笑い転げたのは初めて見ました。ああ、なんだか幸せ。マゼラン、楽しいんだ‥‥。

〈マゼラン。笑い事ではありません。ヨーコの言う通り、ライトはジーナス史上初の行き倒れになるかもしれません〉
ライプ博士がそう言い、マゼランが驚いて咳き込みました。ライト博士は情けなさそうに言います。
〈愛しい妻よ、それはないだろう?〉
〈いいえ、尊敬すべき貴方。前の二人の夫と比べて、貴方のやんちゃは度を越しています〉
奥さんにそう言われて、ライト博士はそんなことはないとかぶつぶつ言ってます。それを見てあたしとマゼランはまた笑ってしまいました。


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
| 1/2PAGES | >>
作品タイトル
選択内投稿一覧
| 1/2PAGES | >>
最近のコメント
ライター
リンク
作品