サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 1)襲撃
あんなに青かった空がつと色褪せ、驚くほど早く赤に変わり始めた。
海は相変わらず輝いているけど、反射光の波長がどんどん長くなってる。
陸地を見やれば木々の緑がシルエットと化しながら、鳥たちを迎え入れてた。

2000年の間、僕は地球の何を見てきたのだろうと思った。

冷めてきた海風が髪の中に潜り込んできて気持ちがいい。海辺で遊んでいた家族連れは宿やバンガローに帰ってしまった。静かになった分、岩だらけの海岸にぶつかっては散る波音が細部までしっかりと認識できる。文字通り海と山の境目で両方の景色を独り占めして、なんだか贅沢な気分だ。

夕焼けは深くなり、周りの空気までが朱に染まっていく気がして、そこではっとした。僕はずいぶん長く、ただ風景を見てたんじゃないのか?

僕は慌てて隣を見て、微笑みを含んだ眼差しとぶつかった。陽子の色白の頬は夕陽の色を映してピンク色。だがその表情は大人びて僕を包み込むように優しく、僕はなぜか面倒見のよかった前任者の0024のことを思い出した。
「‥‥あ。あんまりきれいなもんで、つい‥‥」
僕の言い訳めいた言葉に陽子はにっこりと笑った。
「そうね。明日もいいお天気になりそうで、良かったね」

そういうと陽子はいきなり足下の岩に足をかけて伸び上がり、僕の首に手を回した。
「マゼラン、大好きよ」
「僕もだよ。君が大好きだ」
たった一ヶ月前には「好き」という言葉の意味も知らなかった僕は、少女をそっと抱きしめた。華奢でしなやかなその身体は、僕の腕に直接記憶を刻み込んでる。どちらともなく互いの唇を求め、羽が触れるようなキスをした。

僕――スタージャッジ0079――は、地球人の少女、陽子・ジョーダンと日本の小さな離島に来ていた。任務じゃない。ただ「遊びに」だ。本土から150Kmほ離れた面積20平方Kmぐらいの島。遙か昔に火山で隆起したもので、中央部の山からなだらかに続く裾野がそのまま海の中に続いている。
僕らがいる場所は岩場だけど、ちょっと行ったところは砂浜に整備されている。そこから山に続くゆるやかな斜面はキャンプ場になっており、少し登れば木々の間にバンガローも用意されていた。陽子は以前父親のジョーダン氏とここにキャンプに来たことがあって、とても気に入っていたんだそうだ。
ちなみにジョーダン氏は十日ほど前にアメリカに帰っている。陽子は結局、僕と一緒にいるのだと父親を説得しきった。たった三ヶ月だと泣いた陽子の声がまだ耳に残っている。

ひょんなことから陽子に取り込まれてしまったビメイダー用の高純度エネルギーHCE10-9は、まだ半分以上彼女の体内に残っている。エネルギーを一番安全に回収する方法は僕が陽子にキスをすること。僕がスタージャッジであることもキスの意味も判った上で、陽子は僕と一緒に居ることを選んでくれた。そして僕はただその現実に甘えている。
陽子を眠らせてできるだけ早くエネルギーを回収し彼女の記憶を消してしまうという最適解通りに動くのが僕はイヤだった。それはビメイダーとしてあり得ないことだったけど、第六感(マイニング)回路は大丈夫だと囁き続けている。僕は今、思考や出力をハイレベルにチューンされた時に似た、高揚と不安定の入り交じった状態にあった。


陽子が僕の腕を取った。
「バンガローに戻ろ?」
「ああ」
もう一度夕焼け空を振り仰いだ僕は、遥か上空にチカッと光るものを見た気がした。
「どうしたの?」
「いや‥‥なんだろ。何か‥‥」

そのとたん、頭の中にグランゲイザーのエマージェンシー・シグナルが割り込んできた。上空110Km、ものすごい勢いで地表に向かって飛行する物体がある。ほとんど「落ちて」いるに等しい。大きさから考えて人工衛星やスペースシャトルじゃなさそうだ。
「陽子、悪い! バンガローで待ってて!」

丸い目で頷いた陽子を残して、僕は三歩だけ内陸側に駆け上がると飛び上がった。宙には、陽子が以前「銀色タマゴ」と言ったカプセルが既に待機していて、僕の身体はそれに包まれて上昇する。
このカプセルは簡易電送システムを内蔵した高速移動機だ。単純移動の際はサポートスーツよりムダが少ないからこいつで飛ぶことが多い。必要になった時にグランゲイザーから呼び寄せるが、今のようにゲイザーが熱圏にいるなら数秒で到着する。
ただそのスピードで移動できるのはあくまで搭乗者がいない時だ。だからゲイザーに急いで戻らないとならない場合は僕自身を電送させる。原子レベルに分解されて再構築されるなんて、やりたくはないが仕方ない。まあ僕のようなビメイダーは、もともと設計図通りに「構築されて」生まれるわけで、自然人に比べれば電送のリスクは少ないと言える。

あちこちのチップやパーツが微妙に緩んでるような気持ち悪さを感じながら目を開けると、もうグランゲイザー内の電送機の内部だ。考えてみれば十年ほど使ってなかったよ、これ。
違和感を振り払ってハッチを開けコントロールルームに飛び込んだ時、グランゲイザーはすでに高度200Kmに到達していた。二分弱でさらに高度100Kmまで降下。それまでに僕ははっきりと目標を把握していた。長さ300mほどのずんぐりした物体。シールドは発生しているがもはや大人しく着陸できるような速度じゃない。

少なくともこれは地球外船だ。そして最近地球の周囲にいる船で僕が把握していたのはただ一つ。ラバードの船だった。

と、公宙(パブリック・スペース)航行の緊急時周波数にSOSが入った。
「地球担当のスタージャッジ0079だ。状況を説明してくれ」
「はん。坊やか。ちょっとトラブルでね」
ラバードの声は歪んでいた。通信状態もむちゃくちゃだろうし。しかし、こんな状態の船にラバード本人も残ってるとは‥‥。
「何人残ってるんだ? 高度20Kmまでに脱出できないか?」
この熱では生体波のキャッチは不可能だった。
「フラーメ達は逃がした。わたし一人だ。ちょっと動けなくてな。かまわんさ。お得意の奴で吹き飛ばしてくれていいが、その前に‥‥」
「わかった。すぐそっちに行く」
「な‥‥!?」

高度20Kmより下がったら地球の大気圏内飛行物とぶつかっちまう。ラバード1人ならそれまでに引っ張り出せるだろう。まだなんだか喚いてるフォンを切ると僕はハッチから外に飛び出す。移動カプセルに包まれて、ひたすら落下するラバードのシップめがけて急降下した。
相手はでかい分空気抵抗も大きいからすぐ追いついた。身体一つになった瞬間強い熱波を感じだが、今度はサポートアーマーが僕の身体を覆い守ってくれる。ものすごい勢いで落下する船――それも極めつけに熱い!――にとりつくのはちょっと大変だったが、ハッチは既に剥がれかかっていてすぐに中に入れた。

「ラバード、どこだ!」
コントロール区画はどっちだ。中央か、前方か。そこらじゅうが軋んで音をたててるし、外郭が崩壊してる場所もある。僕は大声を張り上げながら通路に沿って飛んだ。と、前――というか下――の角からニシキヘビのようなものがのたくってきた。ラバードの髪! 僕はそいつを掴んでぐいっと引き上げた。

「レ‥‥レディの髪を、なんだと思ってる」
つり上げたマグロ‥‥もといラバードは一応文句を言ったが、いつもの勢いがまったく無い。腹部を押さえ込んでる。
「大人しく掴まってろよ」
僕はラバードの身体に手を回すとさっき見つけた破損箇所から飛び出した。グランゲイザーからのデータによれば現在の高度は約23Km。いいだろう。

「ヴァニッシュ」
水平距離にして300mほど離れてから、僕は落下する船を消滅させた。暗い夜空に一瞬のストロボ。落下物を補足していただろうNASAその他に、また「謎」を提供してしまった。でも、謎への好奇心が最後には人を宇宙に連れて行くんだ。

「大丈夫か、ラバード?」
「ああ‥。4サトゥルもあれば‥自己修復できる。それより‥‥危険なのは、お前のほうだ」
ラバードの囁くような声に、僕はぎょっとした。
「スタージャッジ。‥マリスの狙いは、お前だ‥‥。あいつは‥‥」
「どういうことだ、ラバード?」
見るとラバードは「眠って」いた。修復活動の優先順位が上がってしまったらしい。

マリスって誰だ? 僕が危険って? ラバードのトラブルとどう関係してるんだ?

長い付き合いとも言える長身の女ビメイダーを抱えたまま、僕はしばらく夜の空に立ちつくしていた。


|2008.05.05 Monday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 2)ビメイダー
意識の無いラバードと共に、僕は遊びに来ていた島の山中に着地した。キャンプ場以外での野営は禁止だから、夜の森は真っ暗でまったく人気が無い。ラバードを横たえてみると、腹部から背中のかなり広い範囲にコロイドシートがべったりと貼ってあった。どうもかなりのダメージを受けたらしい。

ビメイダーの身体は頭脳および制御系からなるコア・システムと、筐体と駆動システムを兼ねるボディ部に分けられる。強化細胞タイプのボディなら損傷しても単体独力で修復可能だし、それに要する時間も一般的な自然人に比べて速い。全身に配置されている未分化細胞のおかげだ。ちなみにコア・システムの修復は自分専用のドック(製造カプセル)に戻らないと無理だ。僕のドックはもちろんグランゲイザーにある。ラバードが4サトゥル――約5時間――で修復できると言ったのは、コアには致命的な損傷がないことが判ってるからだ。

本部とは既に連絡を取った。スタージャッジの破壊に頻繁に関わっているSJキラーとして知名度があるヤツは5名ほどいるが、それが地球圏に入ったという情報は無いそうだ。だいたいビメイダーは記憶のバックアップさえあれば生き返れる。ボディを再度構築して、そこに記憶を移せばいい。特にスタージャッジは職務上短いタイムスパンでバックアップを取るし、本部にも転送された記憶データとそれぞれのドックがある。だから本気で「消す」のはほとんど無理。それにそもそも地球みたいに売りが少ない僻地惑星の担当者を狙っても見合うようなことはあまり無い。

僕は陽子に連絡をとるとラバードを担ぎ上げてバンガローに向かった。
陽子のそばにいた方がいい。ラバードの話によっては陽子をグランゲイザーに連れて行こう。陽子のエネルギーのことを知ってる者はいないはずだけど、僕より陽子に危機が迫ってると考えた方が今は自然な気がする。幸い僕らのバンガローはキャンプ場の一番はずれのほとんど山の中だ。センサーの感度を上げてサーチしつつ、ラバードを大急ぎでバンガローに運び込んだ。

「こっちよ」
陽子が示した部屋の隅には借りたマット二枚が縦に並べて敷いてある。陽子にとってラバードは「髪の長い背の高いおばさん」で、だからこうしてくれたんだろう。
「ありがとう」
ラバードに向けられた陽子の優しさが嬉しい。僕はラバードを横たえ、でも一枚のマットは外した。これからのことを考えると陽子にはきちんと眠っておいてもらいたい。

陽子が毛布を広げてラバードに掛けてくれる。
「おばさん、大丈夫なの?」
「大丈夫。少し休めば治るよ。それより君も休んだ方がいい」
僕はもう一枚のマットと毛布をラバードから少し離れた処に敷き直すと、陽子をそちらに促した。

陽子は大人しく毛布にくるまった。普段は物怖じせずに「こうしたい」とはっきり言う子だが、僕の仕事が絡んでくると素直に言うとおりにしてくれる。人一倍好奇心旺盛なのにあれこれ聞いてこないのは、僕を困らせまいとしてるからなんだろう。陽子のそういった点にも僕はすごく感謝してた。

「マゼランは寝ないの?」
陽子の枕元とラバードとの間に座り込んだ僕を見上げて、陽子がそう言う。
「ああ。おばさんが夜中に起きて勝手に暴れたら困るだろ?」
陽子がくすくすと笑った。
「このキャンプ場、夜は騒いじゃいけないのよ。キャンプ・ファイヤーもダメなの。だから静かにしてね」
「そうだったね。治ったらすぐ帰らせるよ」
「その時は起こしてね。包帯のお礼言いたいの」
「わかった」

陽子の声は眠そうになってきた。今日はかなり山歩きをしたからね。でもラバードが傍にいて気にならないとは、ある意味剛胆だ。
「‥‥でもマゼランもちゃんと寝ないと‥‥。おばさん、きっと暴れないよ‥‥」
「そうだね。もう少ししたら僕も寝るから。安心してお休み」
陽子の髪をそっと撫でると、陽子の両手が僕の手を挟むように捉えた。ちょっとほおずりして、そのまま目を閉じる。小さな柔らかい掌から、規則正しいゆったりした息づかいが伝わってくる。

ビメイダーは毎日寝る必要はない。もちろん休息時間としての睡眠は必要だし、その時はセルフチェックや情報の再整理も行われる。でも一週間程度連続して稼働していても別段問題は無い。たとえ睡眠時でもセンサーに何かがひっかかれば即割り込みが入り、一気に正常の活動レベルに復帰できる。

スタージャッジは全てビメイダーで、だから僕がビメイダーであることは自明だ。だけど陽子はそれを知らない。というか「ビメイダー」がどういうものなのか、陽子には説明してない。ビメイダーの電子頭脳の基本判断セットは、作られるビメイダー毎に対話によって個別に作られるので、ロボットのように同じものをいくつも作ることはできない。つまり地球にはビメイダーに相当する存在は無いわけで、説明のしようが‥‥。

――いや、説明しようと思えばいくらでもできるのだろう‥‥。‥‥ただ‥‥僕が作り物であることを知ったら‥‥陽子はどんな反応を示すのか‥‥。

ビメイダーと自由人の最大の違いは、まず僕らが作られた存在であること。そして誰かの所有物だってことだ。たとえば僕の所有権は未接触惑星保護省にある。
僕はこの姿で作られて、少しの学習の後、すぐに地球に来た。宇宙に戻るのはごくたまに本部に戻ってオーバーホールしたり状況報告をする時ぐらい。だから世の中の自由人がビメイダーとどう付き合っているのか、実はあまり知らない。ただ僕が地球から追い出した違反者の多くは、僕が「ビメイダーである」という理由で侮蔑の物言いをする者も多かった。まあ実際のとこ、僕は保護省の「装備」みたいなものだから、それに捕まるのも腹立たしいのだろう。だからこの前のシリウス星系の維持省の役人のように、あんな敬意をいきなり払われると、ちょっと驚いてしまう。

実は被所有が解除されて自由人と同等の権利を得ているビメイダーも存在するそうだ。ビメイダーだからもちろん自然人じゃないけど、でも自由人‥‥ってことになるのかな? どうするとそうなれるのか、僕は知らない。自由人って言葉は魅力的だが、だからって自分が自由人になると言われてもピンと来ないしね。まあとにかく、僕にとっては、おおむね自由人=自然人なんだ。

前任者の0024が地球の担当者として作られたのはずっと昔で、どの種が地球の代表になるのかは不明だった。だから彼は僕よりもっと一般的な体型で、身長も2mを遙かに超している。でも僕が作られた頃は既に人類の文明が定着していたから、僕は0024が収集したホモ・サピエンスのデータに合わせて作られた。細胞は酸化還元作用でエネルギーを作り出すことが可能だし、人工細胞を保つ循環液も血液と同じ様に見える。僕が地表で地球人に混じって生活し、陽子と並んで歩いていても、気にとめる人は誰もいない。

それでも僕は陽子とはあまりに異質な存在なんだ。


|2008.05.05 Monday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 3)友誼
ラバードの活動レベルが上がってきたのは朝の三時ぐらいだった。瞼を開けたラバードに「大丈夫か」とスブールの言葉をかけると、彼女はは虫類を思わせるぎょろりとしたでかい目で僕の顔をしばらく見つめていた。

「なぜ、わざわざ助けに来た」
クリアな標準語だった。僕はもう一度スブール語で応えた。
「自力で脱出できるなら、あんなシップに残ってないだろ? できたら標準語は使わないでくれないか」
陽子の髪飾りはスブール語は翻訳できないから、もし目覚めても僕らの会話はわからない。

ラバードが静かに上半身を起こした。自分に毛布が掛けられていた事に気づいて不思議そうにしている。
「陽子だよ。あの子は僕らがビメイダーであることを知らない」
ラバードは少し乗り出して眠っている陽子を見た。そして身体を戻して大きな息をついた。まだ体内で修復作業が進んでいるんだろう。自然人風に言えば「疲れて」見えた。

「きれいなスブール語を聞いたのは久しぶりだ。なぜわたしの故郷の言葉を知ってる、スタージャッジ?」
ラバードの口から低い、どこか歌のようにも聞こえるスブール語が流れ出した。
「言語を学習するのが好きなだけだ。でもあんただってマスターとはスブール語で話すだろうに?」
「マスターなどいない。アーリーは3000年前に死んだ。それからずっと一人だ」
「‥‥それは‥‥。まさか、あんたは、ビメイダーの自由人‥‥なのか?」
「そうだ。アーリーが逝く少し前にそうなった」

「驚いたな。聞いたことはあるけど会ったのは初めてだ。僕はあんたが命令されて地球に来てるんだとばかり思ってた」
「ビメイダーの自由人はそうでないビメイダーに対して、己が自由人だと名乗ることを禁じられてるのさ。ある場合を除いてな」
「ある場合?」
ラバードの口元がすっと弧を描いた。それは微笑んでいるといっていい表情だった。僕の疑問には答えずラバードは続けた。

「アーリーはバランスの良い生態系がとても好きだった。スブールでその維持に生涯を捧げた。わたしはアーリーを愛し、彼もわたしを愛していて、わたしはひたすらにその仕事を手伝い続けた。アーリーとその仲間の努力で人と環境の調和を保つ道筋がつき、それは今も実践され続けている。もしアーリーが病に倒れる前にわたしが自由人になれていたら、わたしたちの在り方はもう少し変わっていたかもしれない。でもせめて死ぬ前に希望の道を見せてあげられて良かった」
僕は唖然としてラバードの独白を聞いていた。スブール語で語るラバードはとても穏やかに優しく見えて、まるで別人だった。意味や理由を尋ねたい部分もあったが、僕は黙っていた。聞いた言葉以上に深入りするのが怖いような気がした。

「アーリーの死語、宇宙に飛び出したわたしは、たまたまこの星に訪れた。ここまで幅広く多様な生命が存在する環境はあまり無い。もしアーリーが生きていたら、どれだけ紫外線があろうがここに住みたいといって駄々をこねただろう。移住してこの生態系を守るんだとな。だからアーリーの代わりにわたしがと‥‥」
「‥‥金儲けが目的じゃなかったのか‥‥」
「自然人の8割は損得勘定を動機に動くからな。生態系を保つことが"得"だと考えないと話が進まないんだよ。もしスブールがビメイダーの星だったら、アーリーはあんなに苦労しなかったろう。なにより元手がなければ何もできない。金のプライオリティはかなり高くしてる。観光地というのはその意味で悪くない手段だ」
ラバードの話が途切れ、今度深呼吸が必要なのは僕のほうだった。夏にしては涼しい夜というのに、頭が熱せられたような感じだった。

「ところでスタージャッジ。おまえ最近、誘拐された異星人を助けるために、ずいぶんと無謀なことをしたというが、事実か?」
「‥‥‥‥なんであんたがそんなこと知ってるんだ?」
「事実らしいな。今度のいきさつ、最初から話そう」
ラバードが身体の位置を変え、壁にもたれかかった。同時に僕の腕に手が触れた。振り返ると陽子が起き上がっていた。
「おばさん、声すごくかすれてない? お水飲む? チョコバーもあるけど」
「ごめん。起こしちゃったね。えーと、ラバード、地球の水、飲むかな‥‥」

「なんだ? 小さいのはなんと言った?」
「あんたが水を飲むかって。あんたのスブール語、彼女にはかすれて聞こえてるみたいだ」
ラバードが身を起こすと陽子に向き直った。区切るようにゆっくりと標準語で言った。
「ありがたい。いただこう」

陽子がぱっと立ち上がると、昼間汲んだ湧き水が入っている水筒を持ってきた。ラバードの脇に座り込み、カップを兼ねる蓋に水を入れて差し出す。ラバードは水をぐっと飲み干すとカップを陽子に返した。
「うまい水だった。お前はわたしが怖くないのか?」
「最初はね。でも包帯巻いてくれたでしょう? あとマゼランのこともそんなにいじめなかったし」
陽子が応えたのは英語だ。もちろんラバードにはわからない。
「やはり片道か。地球の言葉を標準語に変換することはできないんだな」

「陽子はあんたを怖がってないよ。包帯を巻いてくれたことに感謝してるって」
僕が標準語でそう言うと陽子が大きく首を縦に振った。ラバードが面白そうに言った。
「頭部を縦に振ると肯定で、横なら否定を示す種族が多いのはなぜなんだろうな」

ラバードが手を伸ばし、そっと陽子の腕に触れた。
「もうあの時の怪我は治ったのか?」
陽子がこくこくと頷いた。
「地球人があんなにヤワとは知らなかったんでな。悪かった」
陽子はにっこりと笑って手を振った。
「今のは?」
ラバードが僕を見る。
「気にしてないよって感じかな」
ラバードが一生懸命陽子のことを理解しようとしてるのが微笑ましかった。あまりのんびりしてる場合じゃないのだが、二人のやりとりを補助しながら、僕は妙に幸福な気持ちになっていた。

「ひとつ聞いていいか?」
ラバードの問いに陽子が頷く。ラバードが僕を指さした。
「お前は、このスタージャッジが好きなのか?」
「お、おい、ラバード、何を‥‥」
「いいから坊やは黙ってろ」

一瞬真っ赤になった陽子が、ラバードを見つめてゆっくりと大きく肯定の意を示した。ラバードはしてやったりという風に笑う。
「そうか。良かったな、スタージャッジ」
「なんなんだ。何が言いたいんだ、ラバード」
「お前も赤くなってるぞ」
「えっ!?」
慌てて頬に触ってみた僕にラバードが大笑いした。陽子も笑ってるし、なんなんだ、もう。

さんざん笑ったラバードが少し真面目な顔になり、陽子を見やった。
「ヨーコ‥‥か、お前の名前、こんな発音で大丈夫か?」
「うん」
「もう少し寝ておいた方がいいな。こいつと一緒にいるには、時として体力が必要だ。睡眠不足は大敵だぞ」
「はい」
陽子は素直に頷くと水筒を片付け、脇に来て僕の肩にちょっと頬を寄せ、それからまた毛布の下に滑り込んだ。ラバードに心を読まれた‥‥というか、僕よりずっとうまく陽子を言いくるめてる。地球人にとって睡眠は大事だ。それ以上に僕らの話を聞いて不安がらせるのは陽子が可哀想だ。

「お前がなぜ標準語を避けたのか、わかったよ」
ラバードがまたスブールの言葉で言った。
「まさかスタージャッジが担当惑星の住人に翻訳機を与えているとはな」
「色々事情があって、その‥‥陽子が狙われる可能性があって‥‥危険を知って欲しいと思ったんだ。でも、余計な心配はさせたくない。時期がくれば、この子は全てを忘れることになるんだから」
「記憶処理を‥‥お前が?」

僕はその瞬間のことを思って苦しくなった。だが、そうしなくちゃならない。拳を握りしめて、自分に言い聞かせるように、繰り返した。
「そうしなきゃ、ならないんだ」

ラバードはしばらく僕の顔を見ていたが、ふうっと息を吐いた。
「‥‥話を続けようか」
「頼む」
「カミオ星から依頼品が用意出来たから送ると言ってきた。言われた元素パックはモノと照らし合わせて納得できるものだったし、まさか"人"が来るとは思わなかったんだ」
「それが‥‥まさか、それがマリスだったってのか?」
ラバードが電送のルートを開いているとなると、よほど信頼した仲間がカミオにいるのだろう。なんせ互いの電送機の座標と設定が合っていて、かつ受信側カプセル内の元素構成が正しければ、基本的になんでも送り込めてしまう。
とはいえ、近距離電送ならいざしらず、リープ伝送路が必要な何光年もの距離で生命体を電送するなどまずあり得ない。前にも言ったが、物質‥‥とくに生体をリープ伝送路経由で電送すると変性されてしまう可能性が高い。たとえビメイダーであってもカミオから地球空域まで電送されるなど、考えられないのだった。

「そうだ。自然人かビメイダーかは不明だが、反応から考えてロボットじゃない。旧式で不格好な宇宙服を着ているように見えた。奴はいきなり地球のスタージャッジのことを教えろ、と言った。即時破壊命令の出ている犯罪者の船に、担当外の生命体を助けるために乗り込んでいったそうだがどんな奴だとな。目的は何だと聞いたら、自分はスタージャッジの買収を商売にしてて、自分を雇ってくれれば話を付けてやるとぬかした」

「わけがわからないぞ。地球に金になるような資源でもあるならいざしらず、僕を買収してどうしようっていうんだ? そんなことのためにカミオから電送されてくるなんて、信じられない」
「全くだな。だがとにかく奴はお前のことを知りたがっていた。最近会ったのはいつだ、どんな話をしたといった具合だ。そんなことに答える義理はないし、雇う気も無い。さっさと自分の家に帰れと言ってやった。そうこうするうちにカミオから緊急通信が入った。十名近くの人間が殺され、電送機が勝手に使われた。犯人がまだそっちに居るならロボット兵を電送するから逮捕に協力して欲しいとな。だが遅かった。感づいたマリスは私の船の電送機を爆破したんだ。到着した時に仕掛けたんだろう」
「なんてこった‥‥」

「結局物騒なことになった。かなりの戦闘力のある奴で、フラーメもずいぶん死んだ。お前とは古くから何度もいざこざがあったが、それでも本当に死んだフラーメはたった二体だったというのに‥‥」
フラーメはスブールの自然種を極端に品種改良した生命だ。地球で言ったら家畜にあたるか。ラバードは補助チップを埋め込んで手下のように使っているが普通はあまりそういうことはしない。小型種はペットとしている人も多いと聞く。成長しても未分化細胞を保持し続ける種なので外傷には強いが、僕だってそれなりには気を遣ってきたつもりだ。

「あんたの損傷も、マリスにやられたものなんだな」
「そうだ。船内を壊すだけ壊してから奴の身体がいきなり倒れた。見たら抜け殻だ。アーマー型の簡易電送カプセルだったようだ。船を海への落下軌道に乗せるのに苦労してるうちに脱出も不可能になった。最後の時間でお前にこの話を伝えようとしてたのに、まさかこんな形で助けられるとはな。アーリーが逝ってから、わたしはバックアップを取らなくなった。だからこの身体が失われればわたしは本当に死んだんだ。感謝してるぞ、スタージャッジ」

「‥‥礼も詫びも、言うべきはこっちだ、ラバード。あんたは巻き込まれた被害者だ。形だけでも雇うと言えば、こんなことにはならなかったかもしれないのに‥‥」
ラバードはくっくっと笑った。
「わたしだってビメイダーだ。嘘をつくのは苦手でね」
思わず笑ってしまった。ビメイダーが嘘をつけないなんてことは、もちろん、無い。


|2008.06.29 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 4)出現
ラバードがまた真剣な顔になった。
「わたしの直感だが、あいつは地球じゃなくてお前個人が狙いのような気がする。何を言ってくる気か知らないが、どちらにしろかなりヤバイ奴だ。カミオでは私の友達の一人が生死の境にいるらしい」
「わかった。今まで僕が関わった犯罪者についても調べてもらうよ。どっちにしろ本部には全部報告しなきゃいけない。あんたのことも事実をありのままに伝えたいけど、いいかな?」
「好きにしろ」
僕は軽く頷くと本部に連絡を取り、ざっと顛末を伝えた。

〈まさかカミオの件がこちらに関係するとは思いませんでした〉
ヴォイスはありとあらゆる言語を知っている。僕に合わせてしっかりスブール語で返してきた。
〈スタージャッジに買収が持ちかけられるケースは確かにありますが、それに対して隊員が乗ったこともなければ、重犯罪に至ったケースもありません。そもそも地球のような星の担当者がその対象になるのは考えにくいですね〉
「地球について何か重要な新発見があったとか、そういったことは?」
〈今のところそういった報告はありません。それから犯罪者の方はサーチ結果が出ました。ここ200年ほどで貴方が刑務所に送ったのは五件、十二人ですが彼らがカミオに行った記録は無い。所在も判明しています。一番問題のポーチャーコンビも現在厳重に拘束されています〉

「マリスがラバードの船からどこに飛んだのか、判りませんか?」
〈太陽系に一番近いリープ・ゲートを利用した伝送信号は秩序維持省が分析中です。ラバード氏の船に飛んだ記録は見つかったようですが、戻りはまだです〉
電送は空間波を使う。リープ・ゲートを使う空間波にはこういった音声通信も含まれているから時間がかかるだろう。

〈たぶん秩序維持省はラバード氏の事情聴取をしたがるでしょう。スタージャッジ本部とはいざこざはありますが、過去、犯罪申告をされたことは無いので特に問題は無いと思いますが〉
「ラバード、維持省が‥‥」
「聞こえてる。あまり会いたい連中じゃないがマリスは許せん。私は脱出艇に戻ってからカミオに行く。そこでイヤでも会えるだろう」

「ラバードはこれからカミオに行くそうです」
〈わかりました。貴方もグランゲイザーで待機した方がいいでしょう。状況の変化により迅速に対応できます〉
「そうですね」

グランゲイザーに戻るなら陽子も連れて行くべきなのか。僕と異星人たちのやりとりに巻き込まれた地球人をグランゲイザーに連れて行ったことは何度かある。大怪我をさせてしまって治療が必要になった場合だ。でもどれも連れて行くときは意識が無かったし、もちろん記憶処理もした。
マリスの狙いが本当に僕との取引なら、陽子はこのまま地表で沢山の人に紛れていた方が安全なのかもしれない。だが、僕の知らないところで陽子に何かあったらと思うと‥‥。

「スタージャッジ」
「え?」
「部下と連絡がとりたいんだがな」
「ああ、そうだったな。いくつだ?」
ラバードの言う呼び出し先の波長に合わせてから通信機をラバードに渡した。ラバードは標準語に切り替えた。フラーメは標準語しか理解できないんだろう。

「わたしだ。‥‥ああ、無事だ。‥‥‥‥わかった。わかったから黙れ。今地表に居る。カプセルで迎えをよこせ。船で来るのはやめろ。場所は‥‥」
「今、グランゲイザーが真上にいる。それを目安にできるか? 弓状の列島の真ん中あたりのごく小さな島だ。近くに来たら300nmの誘導サインが上げられる」
「助かる。いや、こっちの話だ。スタージャッジの船の真下の小さな島にいる。近くに来たらカテゴリー5の誘導サインを目指せ。今、奴と一緒にいて‥‥。なにー!? 誰が逮捕されるか!」

くすくすと笑い声がした。起き上がった陽子が立膝に顔を埋めて笑っている。
「陽子」
「おばさん、帰るの? もう治ったの?」
「ああ、今ウミウシが迎えに来るって」
「どこへ? まさかここ?」
「山の上にするよ。まだ普通の人が歩く時間じゃない」
「あたしもお見送り一緒に行ってもいい?」

僕は思わず手を伸ばし、陽子を抱き寄せた。陽子丸い目をして僕を見上げた。
「どうしたの、マゼラン?」
「いや‥‥。‥‥かまわないよ。一緒に行こう」
ラバードを見送ったらそのまま陽子をグランゲイザーに連れて行こう。そのまま陽子の記憶を奪うことになっても、この子が傷つくことに比べたら、なんだっていうんだ。

「20クロノスかそこらで着くそうだ」
ラバードが僕に通信機を返してよこした。
「わかった。出かけよう」


空一面に広がった雲のフィルターを通して月がぼんやり見えた。僕とラバードにとっては十分でも、木々に覆われた細い山道は陽子にとっては暗すぎて、結局陽子を抱えて登った。いつもながら羽根のように軽かった。
しばらく登った場所に百m四方ほどの開けた地点があった。僕はサイン・スティックを出して300nmに会わせると上に向かってなんどか点滅させた。この波長を可視光としている種は少ないが(実際僕にも見えないが)、誘導信号としてはよく使われている。

大きめのカプセルがすぐに降りてきた。普及タイプで地球の可視光に合わせてステルス加工してあるやつだ。ハッチが開き、ラグビーボール型のフラーメ一体が飛び出してきて、ラバードにすがりついた。
「ラバード様〜!!! よくご無事で〜!」
「もう、わかったと言っとるだろーが!」

「みんなおばさんのこと心配してたのね」
陽子がにこにこしてそうコメントした。あれだけの破損を抱えて、フラーメを逃がして船に残るなんて普通はありえない。フラーメだってびっくりしただろう。ラバードが僕らに向き直った。
「世話になったな、スタージャッジ」
「こっちこそ迷惑かけた」
「気をつけろよ」
「ああ」

「ラバードサマ?」
陽子がかろうじて標準語とわかる発音をし、ラバードが笑った。
「ラバード。"サマ"は敬称だ。ラバード、でいい」
「じゃあ、ラバード、さん。ええとね‥‥」
陽子は僕を指さし、ラバードを指さし、手真似で何かを伝えようとし始めたが、すぐ諦めた。
「マゼラン、通訳して。『できたらこれからずっと、マゼランのお友達で居て下さい』」
僕は苦笑した。それは難しい注文だよ、陽子。

「なんだ? スタージャッジ? ごまかさず、小さいのの言ったとおりに言え」
「可能ならこれからずっと、僕の友達でいて欲しい、と言ってる」
また爆笑されるだろうと思ったのに、ラバードは身をかがめて陽子の手を取った。

「友達なら、お前がなれ。お前がこの男を愛しているなら。その気持ちが確信できるほどに強いものなら、こいつと共に歩む勇気を持つがいい。途が開けるかどうかはお前にかかっている」
陽子はびっくりして固まったままだ。正直言うと、僕も同じように固まってた。

ラバードが重ねて言った。
「あれこれ悩むな。考えることは、愛しているのか、いないのか、それだけだ。いいな」
ラバードは立ち上がり、くるりと背を向けるとそのままカプセルに入った。フラーメも慌ててその後を追い、黒い固まりはあっというまに空に昇っていってしまった。

僕は声もなく空を見上げていた。ラバードが最後に言った言葉が耳に残ってる。いや、それだけじゃない。今夜、彼女の言った言葉の全てが、僕の中を駆け巡っていた。

でも‥‥だからといって、何か新しい解答が出た訳じゃない。陽子に、グランゲイザーに戻る話を切り出そうとした時、僕の耳に飛行音――それも高速の――が聞こえた。

その物体は音もなく着地した。くるんと一回転すると、そいつの周りから黒いアーマーがばらけるように消えた。長身の地球人と言っても通る姿だった。

「キミが、地球のスタージャッジ?」
男が一歩踏み出した。雲が切れて、相手の顔が月明かりに浮かび上がった。顔の上部にかかっていた巻き毛を風が巻き上げ、初めて目が合った。アザラシでも思わせるような大きな瞳と秀でた大きな額が幼い子どもを連想させる。長い手足とその顔がどこかアンバランスだ。そいつは握手を求めるように手をさしのべた。
「ボクはマリス。よろしく」

それは不合理な予測だった。センサーに引っかかったわけでも、ましてや見えていたわけでも無かった。陽子に向かって一直線に走った何かの軌道に僕は割り込んだ。左背から腹部に貫通して、まだ進もうとするそれを手で掴み止めた。小さなナイフ状のものだった。

もう半回転してマリスの方に向き直って座り込む。僕の背中に身を寄せた陽子が悲鳴を上げる寸前、僕は彼女の手を握りしめた。
「大丈夫だ」

「噂は本当だったみたいだね。優しいスタージャッジ。会えてすごく嬉しいよ」

月明かりの中で、マリスはにたにたと笑っていた。
この不気味な男が英語を話していたことに、僕はその時気づいた。


|2008.06.29 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 5)戦闘
「なんのマネだ!」
すぐ立ち上がってそう言った。破損はたいしたことはなかった。
「キミがその人を助けるかどうか見たかったんだ」
「なんだと?」
「怒らないでよ。ちゃんと間に合ったじゃない」
「‥‥‥何が目的だ‥‥」
「それより質問に答えてよ。キミがこの星のスタージャッジ?」
「何が目的だ、言え!!」
背後で陽子がまた怯えて竦むのがわかった。でも怒りが抑えられない。人の命をなんとも思わない犯罪者には何度か会っているけど、こんな気持ちになったのは初めてだった。

「ええと‥‥」
マリスは頭の脇で人差し指を立てて振り回した。5本指の地球人そっくりの白い手だった、少しの間ののち標準語で言った。
「あはは‥‥、やっぱまだよくわかんないや、ここのコトバ。どっかで知ってるような気がしたんだけどなぁ」
マリスは両腕を伸ばしてくるりと回ってみせた。
「さっきまで賑やかそうなトコ、ぶらぶらしてたんだ。みんなが話してたコトバ、なんか聞いたことある気がしたんだけど‥‥。もうちょっと時間あれば、覚えられるんだけどな。ボクって天才なんだよ」

「お前、ビメイダーなのか? それで地球人そっくりの姿を‥‥」
「気持ち悪い。ビメイダーなんかと一緒にしないでくれる?。ボクは自然人さ。正真正銘のね」
不愉快そうに顔をしかめたマリスが、またにいっと笑った。
「でも、キミには逢いたかったんだ。キミがどんなスタージャッジか知りたかったんだ。そのために苦労してここまで来たんだ。もっと喜んで迎えてくれてもいいのにさ」
「ふざけるな! カミオの人たちやフラーメを沢山殺したのもそのためだってのか!」
マリスがぽんと手を打ち鳴らした。
「ああ、やっぱりキミ、あの連中も助けたの? さっきのサインはその関係?」
「貴様‥‥」
「ちょっと待ってよ。ボクはこの星に何かする気はないんだ。キミの仕事には関係しないから。あの女ビメイダーの方がよっぽどキミを困らせてたんじゃない? それにあんな石ころ人間や使い捨ての作業生物、いくら殺したって‥‥」
「黙れ! みんな生きてた。生きてたんだぞ!!」

頭の中に、カミオの人たちやフラーメが殺される映像がよぎった。実データじゃない画像が浮かぶなんて、僕にとってはあり得ないことだった。でも僕は確かに見た。そしてそれが一瞬、陽子が倒れていく映像と置き換わる。僕は、僕の腕をぎゅっと掴んだままの小さな手を意識して、陽子は無事だと自分に言い聞かせなけりゃならなかった。
「キミ、本当に面白いね。ビメイダーなのに本当の"人"みたいなこと言うね。"人"みたいに感じるんだね。会うまでは半信半疑だったけど、来てみて良かった。良かったよ」

マリスの嫌みな笑顔を見ながら僕は決めていた。僕の独断でこいつを拘束する。確かにこいつは途上星侵略防止法や星間交易法に違反してるわけじゃない。スタージャッジである僕としては秩序維持省からの委任状がなきゃ逮捕できないけど、待ってられるか。あたりは明るくなり始めてるし、早朝のハイキングを始める人がいないとも限らない。

「陽子。一人でバンガローに戻れるか?」
僕はマリスの方を向いたまま小さく日本語で言った。マリスが日本語まで理解するとは思えなかった。
「う、うん。でも‥‥」
僕は陽子の手を軽く叩いた。
「大丈夫だ。あいつを捕まえたらすぐ戻る。早く行くんだ」
「はい」

陽子が向きを変えて走りだし、マリスがつられるようにそれを追った。僕の右手から飛んだワイヤーがマリスの足を絡めとる。マリスはうつぶせに倒れ込んだが、両手を地面につっぱってぽんと跳ね起き、こちらに向き直った。すかさずもう1本のワイヤーで奴の上半身を縛り上げる。
スタージャッジの使うキャプチャリング・ワイヤーは並じゃない。無理に力を加えれば身体の方が切れてしまう。さっき真上にいるグランゲイザーにシグナルを送った。フリッターがあと十分ぐらいで到着するだろう。フリッターは小型の輸送艇で、荷物や負傷者の搬送や捕獲した犯人の護送などに使ってる。"銀色タマゴ"は一人乗りだからこんな時には使えないんだ。

「ねえ、なんのつもりさ?」
縛られて棒のように直立したマリスは、相変わらず人を食った態度のまま、近寄ってくる僕を見ていた。
「マリス。お前を逮捕する」
「ボクが何をしたっていうの?」
「カミオの人を殺し、スブールの船を破壊した。そして地球人の殺人未遂だ」
マリスの身体を服の上からざっと探ってみた。右腰にでかい両刃のナイフ。ざっと調べるが純粋な金属の固まりのように見える。懐にさっき僕に穴を開けてくれたと同じ小さなナイフが3つ。

マリスはこんな時だというのに、くすぐったげに笑いながら言った。
「キミさ、こんな命令違反して大丈夫なの? ボク、正確に証言するよ? なんにもしてないのにいきなり掴まったって。あとで困らない?」
「好きにするんだな」

驚いたことに極めて原始的なナイフ以外のものが見つからない。アーマーを使ってるんだから何らかの機器は必要と思われるんだけど‥‥。でも‥‥
「身体の中にかなりの金属反応がある。お前、やっぱり‥‥」
「ビメイダーかってのかい? 冗談じゃない、謝れよ! 病気で人工のパーツをいくらか入れただけだ、ビメイダーなんかじゃない!」

こんな嫌悪感を示すということは、たぶん本当に自然人なんだろう。少なくとも脳の中身は‥‥。何も言わずに再びチェックに入ったら、一転、人なつっこい声で話しかけてきた。
「キミってもしかして、ビメイダーのくせに命令違反が好きなの? この前もそうだったんだってね」
「この前って、なんのことだ?」
知らないふりをする。フリッターが来るまで大人しくしててくれるなら、くだらないおしゃべりもいいだろう。だいたい僕はそんなに素行不良じゃない。今だってマリスを捕獲すると本部には送信済みだ。僕らは身体の端子に通信機を接続して情報を送信することができるんだ。本当は船と常時接続してればいいのだろうがエネルギー消費が激しいし、今の地球ぐらいの文明になるとゲイザーが見つかっちまう。

「ストリギーダ人を捕まえて売ろうとして地球に逃げ込んだ連中だよ。キミったら爆破命令無視して相手の船に乗り込んでって助けちゃったんだって?」
「どうしてそんなことを知ってるんだ?」
「シリウス星系の維持省本部で話題になってるって、ボクの知り合いが教えてくれたんだ。リューカー=ドゥーズって知ってる? 彼、親切なんだ。金にならないターゲットに用はないけど、もしかして興味あるんじゃないかって、わざわざ教えてくれたんだよ」
「お前‥‥リューカー=ドゥーズの仲間なのか?」
さすがにちょっと驚いた。リューカー=ドゥーズは犯罪組織ファラップの幹部として知られた名だが、秩序維持省でもはっきりした正体を掴んでない。こいつを捕まえればその手がかりが得られるかもしれない。

「仲間って訳じゃないけど時々仕事もらうから。あ、他の人から請け負うこともあるよ。僕はスタージャッジ専門の殺し屋なの。下請けだから名前は出さないけど」
「で、今回のターゲットは僕ってわけか?」
「うん」
「誰の依頼で?」
「ボク」
「理由は?」
「ふふ‥‥。あとで教えてあげる」
マリスは子どものような笑い声をたてた。

こんな物騒な目的持ってて、何が買収してやるだ。とはいえ今は喋らせておくのが一番いいのだろう。
「スブールの船を壊してからどうやって地球に入った?」
「ボクのシップも回しておいたんだよ。ちゃあんと地球に入ってるよ。スブールのシップのことでばたばたしてて、気づかなかったでしょ」
マリスはまた得意げにくっくっと笑った。
「船を持ってるなら普通に入ってくればいいだろう? カミオなんて遠距離から電送されるリスクを冒すなんて‥‥」

「そう? 電送って別に怖くないよ。ときどき体調崩すけど治せばいいんだから。そんなことよりキミのこと一番よく知ってる奴と話したかったんだよ。船で近づいて大人しく入船させてくれるわけないじゃん。いろいろ苦労したのにあの女ビメイダー、そっけないから頭来ちゃったけどさ。スタージャッジのこと調べるの大変なんだよ。だって本部以外に誰とも付き合いないだろ?」
僕の胸が少しちくりとした。マリスの言った通りだ。それがスタージャッジだ。当たり前のことだ。それを辛いなんて、考えたこともなかったのに‥‥。僕は頭を振って質問を続けた。

「なぜスタージャッジを狙う? スタージャッジを消滅させる手間を考えたら、いい商売になるとは思えないんだが」
マリスは身体を左右にゆらした。手足をぐるぐる巻きにされているのに、バランスを失うこともなく、まるで草みたいに器用に揺れている。

「仕事はおまけなんだよ。ボクはボクのために探してたんだよ、キミみたいなスタージャッジを。自由意志を持ったスタージャッジ。優しくて感情移入できる"人"みたいなスタージャッジ。ボクの望みを叶えるには、そういうスタージャッジが必要なんだ。でもいなかった。今まで何人ものスタージャッジに会ったけど、みんなコンピュータみたいに冷静だった。スタージャッジってビメイダーのなかでも特別製なんじゃないのかな。悔しがったり悲しんだりぜんぜんしないんだ。たとえ殺される寸前でもね。でもキミは違う。違うよね」

マリスが上目遣いに僕を見て、にいっと笑った。
「とうとう、見つけた」

次の瞬間、マリスの左手から何かが走った。一つが彼自身の左脚に沿って下に、そしてもう一つが左腕を遡る。それはマリスの衣類と皮膚共々にワイヤーを切り裂いた。彼の周囲に真っ黒なアーマーが現れる。その時はもう僕の身体もサポートアーマーに包まれてた。
レーザーか? それとも分解銃? こんなものを体内に仕込むなんて普通じゃない。だがリープ伝送路を電送でくぐってくる奴だ。常識なんかとうの昔にふっとんでる。

マリスの動きは速く、一直線にこちらの懐に飛び込んで来た。木の陰に回り込みながら、三回、かわした。そのたびに幹を粉砕された大きな木がばたばたと倒れた。
四回目、下から回り込むように入ってきたマリスの左肩に右手を置いた。宙返りして奴を飛び越えざま、右下腕のエッジを前方にスライドさせて、小型の剣がわりに奴の肩に思い切り突き込んだ。

だが切っ先はほとんど食い込まない。まるで棒でも突き立てたような感触が戻ってきた。
「無駄だよ。ボクのアーマー、そんなことじゃ破れない」
あざけるような声と共に脇腹に回し蹴りが入ってくる。奴の体躯からは想像できない重さ。特級品のアーマーなのは確かのようだ。それなら中身(マリス)に物理的な打撃を与える方が手っ取り早い。僕は相手の脚を掴み、その身体を思い切り大木に叩きつけた。反動で戻ってきたところに全体重を乗せて蹴り込む。奴の身体が生木を裂いて地面にめり込んだ。

再度突っ込もうとした時、背後にいきなり紡錘形の飛行物体が現出した。物体は蕾が開くようにほどけ、中から真っ黒な人型が現れる。高さは3m弱。腕が三対で脚は無い。腹部は蜂みたいに大きく膨らんでるけど顔は小さく優しそうに作ってあって‥‥。なんてこった。ジーナス星の成人女性にそっくりだ。
ロボットが三対の手を伸ばしてこちらに向かってきたので即離脱した。彼女は僕には構わずマリスのそばに寄り、マリスを助け起こした。
「ああ、フォス。ボクなら大丈夫さ。嬉しいよ。すごく嬉しいんだよ、ボクは。いい感じだ。いい感じのスタージャッジなんだ。だからあまり痛めつけるなよ」
マリスがロボットから何かの獲物を受け取って立ち上がった。忠実なる守護者といった様相の大きなロボットがふわりのその前に浮いてくる。

「IDカノン」
こっちも相棒を呼んだ。グライダー状態のカノンの中からごちゃっとした金属の固まりを取り出し、ひと振りすると一mほどの棒になる。先端は槍と鎌と斧が一緒くたになっているし、反対側は錘というには重すぎる金属球。地球人の得物を真似てごたまぜにしたからジャンブルと呼んでる。
フォスと呼ばれたロボット、もし本当にジーナス製ならかなりの性能のはずだ。ジーナスは天才揃いの星。実を言えば僕を作った博士達もジーナスの生まれだ。アーマーもジーナス製とすると厄介だぞ。

カノンに捕まるとロボットに向かって突進。二カ所の関節を持つ六本の腕が伸びてくる。彼女の「域」に飛び込むと同時に僕だけ横に逃げる。あとはカノンにやってもらおう。僕はジャンブルの刃をかざして一直線にマリスへ飛んだ。
右手に回り込んだ奴を鎌で薙ぐ。だが奴はそれをぎりぎりで避けた。なら勢いに任せて棒をくるりと回すだけだ。繰り出されたチェーンの先の金属球がマリスの背中にぶち当たった。

そのまま突っ込もうとしたが、背中のセンサーが上空に回り込んだフォスを捕らえる。向き直ろうとしたところ、何かどでかいもので横殴りに殴られた。吹っ飛ばされた先にはフォスがいて、腕がわらわらと伸びてくる。ジャンブルを伸ばして彼女の身体に突き立てようとしたが、フォスはジャンブルの先端部の根本あたりをがっちりと捕まえた。信じられない力だった。

そこにもう一度さっきの棍棒が襲ってくる。なんと太い幹! 向こうに宙に浮いたマリスが腕組みしてこちらを見ている。倒れた木に受信機と反重力駆動機を打ち込んで即席の"ラジコン"棍棒にしたってのか? 僕はジャンブルをしなわせてぐっと沈んだ。
「スライサー!」
木の幹が僕のいた空間を薙いだ直後、僕はジャンブルの弾性も利用してぽんと飛び上がり、同時にスライサーをフォスに突っ込ませた。スライサーに対して身構えたフォスは幸いにジャンブルから手を放し、僕はスライサーと共に上空に逃れた。


|2008.10.26 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 6)友達
僕は荒く息をついた。身体中フル稼働で廃熱がおっつかない感じだ。そんなときアーマーに仕込んだ通信機に信号が入り、緊張した声が聞こえてきた。
〈マゼラン‥‥。マゼラン、聞こえる?〉
「陽子、どうした?」
〈人が‥‥お巡りさんと公園の管理の人がそっちへ行っちゃったの!〉
「なんだって?」
〈大きな音がしてるから、キャンプしてた人に避難命令が出て港にいけって。バンガローに回ってきた二人が、様子見に行くってそのまま登って行っちゃったの!〉

「なに休んでんのさ?」
マリスが大型のソードを掲げて突っ込んでくる。こっちもジャンブルを突き出した。マリスはそれを巧みに避ける。ジャンブルをぐいっと引いたら、鎌の部分が奴のアーマーに食い込んだ。そのまま押しやったが、マリスは刺さった部分を中心に回転して、僕の懐まで飛び込んできた。
僕はジャンブルを手放し(カノンがキャッチしてくれた)、奴の物騒な両手を掴んで引き上げた。奴のゴーグルがちょうど僕の目の前に来る。こんな状況で奴はやっぱり笑っていた。

「キミ、すごいね。こんな平和な星のスタージャッジと思えない戦闘力だよ」
「そうかい。余計な怪我したくなかったら、あいつを止めるんだな」
僕はフォスをあごで示す。だが奴は気にした風もない。
「キミを絶対逃がさないからね」
「どっちがだ!!」
僕は奴の手首をぐっと握りしめたまま、身体を丸めて奴の両の肩口を蹴り飛ばした。腕の二本や三本もいだって命に別状無い。さっさと片付けないと。だが奴の右手のアーマーすぽりと抜け、僕の蹴りはかわされた。一度身体を開いたマリスが僕に向き直った時、生身の奴の右手が黒い銃を握っていた。

手を放したが遅い。弾丸が左膝の関節部から僕の内部に入った。離脱しながら僕は知らないうちに喚き声をあげてた。弾が内部で破裂したとかじゃない。どう考えても破損はたいしたことないはずだ。だけど脚の中の物が"痛み"‥‥つまり危険信号をまき散らしてる。

「痛い? 痛いよね? ボクが作らせた"銀の鏃"だよ。スタージャッジの神経信号にうまく合わせたんだ。ね、うまくできてるだろう?」
マリスが得意げに笑う。ロボットじゃない僕には神経信号を部分的に遮断するなんて器用なまねはできない。こんな攻撃を受けるなんて考えてもない。信号だ。これは信号だけだ。物理的には大丈夫なんだといくら言い聞かせても、センサーの全てが苦痛だけに集中しそうだった。

〈マゼラン! マゼラン!! 大丈夫なの!? マゼラン!〉
聞こえてくる陽子の悲鳴にはっとした。なんてこった。陽子の髪飾りとの回線を開けたままだ。僕は叫びを呑み込み、必死で息を整えた。
「だい、じょぶだ‥‥。‥‥切るぞ」
陽子の声がまだ聞こえていたが僕は回線を切った。今はまともに喋るのが難しい。

「あらあら。お客さんが来ちゃったよ」
マリスの声で聞こえてきた日本語に気づいた。陽子が言ってた警備員と警察官だ。僕らを見上げて驚きの声を上げている。
「さて、仕方のない犠牲ってやつがまた出ちゃうのかな、ねえ、フォス」
「あ、ID‥‥」
呼ぼうとして気づいた。カノンの反応がない。マリスの隣に浮き上がってきたフォスの手にカノンの白い翼が握られていた。

「に、逃げろ! はやく、降りるんだ!」
僕は日本語で叫びながら彼らの方に向かった。だがマリスが僕を追い越し、彼らの退路を断った。
「な、何者だ!」
二人は立ちすくんだ。それでも警官の方は銃を構えてそう怒鳴った。

「うーん、わかんないな。島だからってこんなに違うコトバ使わなくてもいいのにさ」
マリスは首をかしげながらも二人に一歩近づく。僕はその前に立ちふさがり、背中越しに二人を見やって言った。
「隙を見て逃げるんだ! こいつ、あなた達を殺すこと、なんとも思ってない!」
「あ、あんた、日本人なのか? その格好は‥‥」
「国家機密だ。さっさと山を降りて忘れなさい! みんなを避難させて!」

「やだなぁ、ボクのわかんない言葉でしゃべっちゃって。フォス。花火でも撒いちゃいなよ」
マリスがいらいらした口調でそう言い、上空のフォスが六本の腕を広げた。空中にきらきらする破片が振り撒かれる。一瞬ふわっと漂ってから急降下してきた。対生体用静電気爆弾。生身で喰らったらたまったもんじゃない。
「これかぶって伏せて!」
僕は自分のマントを外して彼らにかぶせた。多少重いが相当の防御機能を有してる。すぐにアーマー全身にバチンと言う衝撃を喰らった。大量の電荷片が僕の身体との間に放電を起こした結果だ。そのままマリスに飛びかかり、がむしゃらに奴の身体を地面に押さえつけた。
「二人とも、早く!」
地球人達がマントの下から這い出して森の中に逃げ込んだ。
マリスは僕を蹴り飛ばして飛び上がる。
「フォス。さっきの奴ら、森ごと焼いちまえ」

フォスが腕を広げた。彼女の胴体から大量の熱線が吐き出された。それが彼岸花みたいな軌跡を描いて彼らの逃げた道にもぐりこもうとしてる。僕はその先にディスクを投げた。
「クラッド・シールド!」
マントも含め分解されたアーマーの原子たちが僕の身体から離れ、コアディスクを中心に巨大な気体の盾を作った。緩やかに湾曲したシールドは押し寄せる熱をしっかりと受け止める。ディスクにコマンドを送り、エネルギーを内包したシールドごとフォスにぶつけた。いくつか爆発が起き、巨体が揺らいだ。
「フォス!」
マリスが初めて真剣な声で叫んだ。ぎゅん、とロボットに飛び寄る。だが煙が晴れればなんてことはない。慈愛に満ちた表情の女形ロボットは腕の先を三本失っただけで、しっかりと宙に立っていた。ひきかえこっちはエネルギーが残り少ない。再度アーマーを実体化させても一分は着てられないだろう。

「まさかここまでするとは思わなかったよ」
マリスがまた地表に降り立った。彼の黒いアーマーがふわりと消え、素顔のままこっちに近寄ってくる。
「こんなことであんなにエネルギーを使っちゃうなんて、バカだよ。足、痛くないの?」
「痛いさ。忘れてたんだから、思い出させないでくれ」
マリスはくすくす笑った。
「キミって最高だよ」

「マリス。お前さっき、僕がターゲットだって言ったな」
「うん」
「僕を殺せば、それで、それだけで、済むんだな?」
「済まないかも」
「なに?」
「ボクはね、スタージャッジが憎いんだよ。スタージャッジさえいなければボクは‥‥ママともパパともお姉ちゃん(キャシィ)とも別れなくて済んだ。だから‥‥」
マリスのにやにや笑いが消えた。僕を見る目はひたすらに青白く、どこか氷のようだった。

「キミが、自分がスタージャッジに生まれたことを後悔して、苦しみ抜いて死んでく。そのためだったらボクはなんだってやる。この島を沈めて見せようか。原住民、結構いるよね? そいつら、キミのために死ぬんだよ。カミオの連中もあの船も、キミのために死んだんだ。ボクのせいじゃない。キミのせいだ」

「馬鹿なこと言わないで! マゼランは悪くないわ!」
僕はその声に反射的に動いた。殆ど一飛びで、森の入り口にいた陽子を腕の中に抱いていた。なぜ陽子がここにいるのかなど、考えもしなかった。

マリスが向き直った。驚きで丸くなった瞳が、すっと細くなった。
「お姉ちゃん。ボクの言葉がわかるんだね? キミは、そのスタージャッジの、何?」
僕が制止するより早く、陽子が言い放った。
「友達よ!」


|2008.10.26 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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