サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジII〜陽子〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジII 1) 花火の夜
「わーい、すごーい、きれい!」
「うーん、ホントにきれいだね」
「でしょ、でしょぉっ!?」
嬉しいのは花火が素敵だからだけじゃなくて、マゼランが嬉しそうだからです。

あ、あたしは陽子っていいます。陽子・ジョーダン。今日からおじいちゃんとおばあちゃんのお家に遊びに来てるの。パパとマゼランと一緒です。

ミナゾウおじいちゃんとキヨコおばあちゃんは、あたしのママのパパとママ。ママはもうこの世にはいません。あたしが生まれる時に死んじゃったから。おじいちゃんのお家は海のそばで、今夜はちょうど花火大会。日本で暮らし始めたのは半月ほど前からだけど、ここには小さい頃から何度も来たことがあるの。

それで、マゼランというのはあたしのお隣に住んでいる人で、あたしが引っ越してきた時に色々あって‥‥。自分でもよく分からないうちに‥‥その‥‥好きになっちゃった人です。
ひとことで言うと強くて優しくて頼りになるお兄さん。本当になんでも知ってて、でも人のことバカにしたりしないの。それでいて遊園地とか本気で楽しんでるから、見てると可愛いなぁって思っちゃう。一緒にいるとドキドキして、なのにほっとする感じで、とにかくずーっと一緒に居たくて‥‥。これってやっぱりフォール・イン・ラヴ‥‥なのかなぁ‥‥。

ということで今度もさりげなーく誘って見ました! もちろんキヨコおばあちゃんにお許しもらってから。あとでパパは怒ってたけど、男の子を見ると不機嫌になるのはいつものことだし、マゼラン、男の子じゃないし。だいたいパパだってマゼランのことそんなに嫌いじゃないのよ、あたしにはわかるもん。

で、花火って言ったらね、マゼランったら「そういや昔、撃墜されそうになったことあったなぁ」とか言うの。冗談じゃなくてホントね。マゼラン空飛べるから。
内緒だけど、彼、宇宙人なんです。地球を侵略しようとする人たちを追い出すために地球に居るんだって言ってました。仲間の人はいません。マゼラン一人です。どの星の人か聞いたのですが、地球からじゃ見えないくらい遠い星で、あたし達にわかる名前は無いんですって。
でも、あっさりいいよって言ってくれて、嬉しかったです! で、結局マゼランの運転で連れてきてもらっちゃったのですが(汗)、でも彼、花火ゆっくり見るのなんて久しぶりって喜んじゃって。やっぱり可愛いです。

「太堂さんの工房の花火は次だぞ」
パパがパンフレットを見てそう言いました。あたしは漢字は簡単なのしか読めないから、こーゆーのはパパ任せなの。
そして! なんとあたしのおじいちゃん、タイドウ・ミナゾウさん、は花火を作る人なのです! あ、今はもう直接作るのはやってませんが、この花火大会にもおじいちゃんの工場の人達が作った花火が出てるのです。
おじいちゃんの花火はどれも素敵ですけど、やっぱり一発だけの大きなのが好き。最初はただしゅーっていいながら上がってくだけ。もしかして失敗なんじゃないかって心配になるくらい。それがドンっっていって何色ものドーナッツが真ん丸に大きくて広がって‥‥。

「"夢菊――天と地に捧ぐ"‥‥か‥‥」
歓声に交じってパパの呟きが聞こえてきました。
「なあに、それ?」
「今の花火の名前さ」
天って言うのは、やっぱりママに見せたかったからかなー。死んじゃって18年経ったことになるけど、おじいちゃんたちが月子ママのことを忘れる日は無いと思います。パパもだけど。

マゼランがのんびり言いました。
「確かに尺玉花火は上から見てもきれいですから。空からも大地からも楽しめそうだ」
「そうなの? 上から見たら薄っぺらで、つまらないんじゃ‥‥」

あたしだって言いかけてからヘンだと思ったわよ。でもとっさにそーゆー映像が浮かんじゃったんだから仕方ないじゃないの。なのにパパとマゼランったら、同時にがくっとなって同時に顔を上げて、同時に言ったの。
「花火は空に貼ってあるわけじゃないんだぞっっ」
「あれは球なんだってば球!」

えーん、わかってますよ〜〜(滝汗)

 * * *

「おばあちゃん、ただいま!」
「おお、お帰り。綺麗だったかの?」
引き戸を開けたら、お留守番してたキヨコおばあちゃんが出てきました。おばあちゃんは心臓が良くないので、花火大会には行かないんです。
「うん、とっても! おばあちゃんは見られた?」
「2階の窓から見たぞ。夢菊、ちょーっと芯がずれとったか」
「もー、そんなのあたし、わかんないよ! とにかく大きくてきれいでとーっても素敵だったよvv」

おばあちゃんの髪は真っ白で、ちょっとくすんだ赤紫のお洋服(さむ‥‥なんとかっていうの)がとっても似合ってます。このお洋服ね、おじいちゃんとペアルックなんですよ。いいでしょう? おじいちゃんのは明るい紺色で、それもかっこいいんですよ。
あたし、子供の時からおばあちゃんが大好きなんです。とにかく優しくて、いつもにこにこしてるの。とても小さい人なのですが、ゆっくり動いているのにお食事とかお片付けとかあっというまにやっちゃって、魔法使いの小人さんみたい。ママが死んじゃったとき、おばあちゃんはアメリカまで来てくれて、パパが慣れるまであたしの面倒を見てくれたそうです。

「ガードマンさんも、いかがでしたか?」
「はい。素晴らしかったです。楽しませて頂きました」
あらあら、マゼランったらすっかり"ガードマンさん"で定着してしまいました。マゼランが今朝到着した時、おじいちゃんとおばあちゃんに「陽子さんのボディガードです」なんて挨拶したのでこうなってしまいました。まあおじいちゃんがあっさり納得してたんで黙ってましたけど、マゼラン、何考えてそんなこと言ったんでしょうね。

パパがちょっとためらいがちに言いました。
「それで、清子さん、太堂さんは‥‥」
「今日はそれこそ打ち上げで飲んでくるから、遅いじゃろ。気にせんと、先に休んでて下さい」
「はあ‥‥」
キヨコおばあちゃんは優しく笑うと、パパに近寄り、まがった腰をぐっと伸ばしました。
「じいさんのこと、あまり気にしないでやって下さい。あの人はもう本当に頑固だから、いつも貴方には申し訳ないと思っております」
「いえ‥‥」

ミナゾウおじいちゃんはあたしのことは可愛がってくれるのですが、パパには微妙にいじわるです。パパのお願いも聞いてくれません。パパはおじいちゃんの花火を遊園地で使いたいと思ってるんだけど、うんって言ってくれないの。
おじいちゃんは月子ママとパパの結婚に反対で、その上ママが若くして死んじゃったから今でも怒ってるのでしょうか。でもそんな昔のことでずるいわ、おじいちゃん。だいたいママはパパが好きで結婚したんだから、怒るスジアイは無いじゃない?


 * * *

はっと目を覚ましたら、障子の向こうがもう薄明るい‥‥。

あれ。あたし、いつの間に寝ちゃったの? お風呂のあと、おじいちゃん帰ってくるの待ってた気がするけど‥‥。

襖をそーっと開けてみました。隣のお部屋、手前のお布団ではパパがぐっすり眠ってます。その向こうのお布団はもう畳まれてます。マゼラン、起きちゃったんだ。なら、あたしも起きよっと。
そーっと着替えて、そーと階段を降りましたが、もうキッチンではかたかた音がしてます。

「おばあちゃん、おはようございます」
「おや、陽ちゃん、早いの。大丈夫かい。頭痛くないか?」
振り返ったおばあちゃんが、ちょっと心配そうな顔で近寄ってきます。
「え? ぜんぜん平気よ? 昨日あたし途中で寝ちゃったの?」
「ちっとにしとけっていうのに梅酒の梅、あんなに食べるからじゃ。タネが山になっとったぞ」
「‥‥あたし、もしかして、酔っ払って?」
思い出しました。去年おばあちゃんが漬けた梅酒、梅だけ取り出してお酒を他の瓶に詰め替えるお手伝いしてたの。でも梅酒の梅って甘くて美味しいから、つい‥‥。
「最初はかしましいぐらいに学校の話をしてたのに、赤くなるにつれて口数が少なくなって、そのうちパタン・キューじゃ」
あらら‥‥。ママもお酒は飲めたそうだし、パパはお酒強いから、遺伝的には平気とは思うんですが、あたし、お酒を飲むとすぐ眠くなっちゃうの。っていうか、それ以前に法律違反です。今度の九月八日でやっと十八歳だもん。

「しかし、陽ちゃん。あのガードマンさん、実はなかなかの男子じゃの」
「え、あ‥‥、な、なんでっ?」
「礼儀正しくて誠実そうなのはいいとして、なまっちろい優男風だしえらく物静かだし、本当に役に立つのかと思っとったんだが‥‥」
うわー、おばあちゃん、意外にチェック厳しいです‥‥
「眠ったままの陽ちゃんを子供みたいに軽々と二階まで運んじまってな。すごい腕力だの」
そっ、そうだったんだ‥‥。ぜんぜん覚えてないよ。どうしよう‥‥。

「その上酔っぱらったじいさんのことまで片づけてくれたよ。モロさんも相当の腕力だったが、それ以上だの。あれならわたしは文句なしじゃ」
「文句?」
「陽ちゃんの旦那としてさね」
「おっ おばあちゃん! な、なに、いきなりっっ‥‥」
「好きなんじゃろ、あのガードマンさんのこと」
顔がぼーっと熱くなりました。もう、おばあちゃんったら〜〜〜。

おばあちゃんはふぁっふぁっと笑ってます。
「ほれ、朝からリンゴになっとらんと、陽ちゃんも散歩にでも行ってきたらよい。ガードマンさんは、ちょっと歩いてきたいって、少し前に出かけたぞ」


|2006.10.31 Tuesday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジII〜陽子〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジII 2) 恋の魔法?
夏の朝は大好きです。特に日の出の前後のこの時間。でも空の三割を富士山が占めてるのは、慣れるまではちょっと不思議な感じです。たぶんマゼランは海だと思って行ったら、やっぱりそうでした。堤防沿いの道。まだ人は殆どいません。で、マゼランは堤防に載ってる黒猫と遊んでます。マゼランはけっこう動物が好きみたい。野良猫とか鳥とか、人が散歩させてる犬とか、なんとなく目で追ってる。あたしも同じだからなんとなくわかります。

ごく薄いパールグレーのボトムに、ブルーのジャケットがよく似合ってます。おばあちゃんの言う通り物静かな印象だから、とても大人――ジェントルマン――に見えます。あーあ。卒業式のプロムの時、マゼランとダンスしたかったな‥‥。ほんとにそう思います。
でも、こうやって一人でいるときは、なんだか‥‥寂しそうにも見えるんですよね‥‥。

「おはよう、もう起きたのかい?」
ずっと猫をじゃらしてたのに、マゼランはあたしが近づいたの、ちゃんと解ってる。こっちを見てにこっと笑いました。明るい茶色の瞳が朝日のかげんで少しグリーンっぽく見えます。髪も茶色がかってくせっ毛だから、最初、あたしと同じハーフ・ジャパニーズだと思ってたんです。‥‥まさか宇宙の人とは‥‥。
「おはよ。マゼラン、早いのね」

「大丈夫かい? アルコールって摂取しすぎると、翌日具合が悪くなるんだろう?」
マゼランが首をかしげて、そう聞きます。いかにもマゼランっぽい言い方にあたしは思わず笑っちゃいました。
「だいじょうぶよ。よく寝たもん。それより可愛い子ね」
黒猫は人なつっこくて、あたしの手にも頭をこすりつけてきます。
「首輪してるしご近所の猫じゃないかな。ん?」
マゼランが首をかしげると同時に、黒猫の耳がぴんと立ち、目が丸くなります。そのままとんと堤防を降りると、長い尻尾をぴんと立てたまま家と家の間に消えていきました。
「お皿を叩くようなカンカンって音がしたんだけど、あいつの食事の合図だったのかな」
「きっとそうね。毎朝このへんの見回りをしてるのね、きっと」

あたしにはそんな音わかりませんでした。たぶんあたし達には聞こえない音も聞こえてるんです。でもマゼランがこーゆーことを言うのは、相手があたしやパパの時だけなんだって分かってきました。他の人とは本当に必要最小限しかしゃべらないの。
マゼランが宇宙人ってことを知っている人はあたし達以外はいないそうです。ぜったい秘密なんです。そんなに秘密なのになんであたしとパパだけは知ってていいのかすごく不思議。他にもマゼランが地球で何をしてるのかとか、知りたいことはたくさんあるんです。でも、それを知る時は、マゼランとさよならする時のような気がして‥‥。秘密を知ってしまったら、あたしの魔法は解けちゃいそうで‥‥怖くて聞けません。

それはマゼランがあたしのそばにいてくれる魔法。ほんとは魔法なんかじゃないのでしょうけど、でも理由を知らない間は魔法のまま。そういうことにしておきたいです。


「そうだ。これ」
マゼランが上着のポケットからハンカチにくるんだものを取り出しました。出てきたのはほとんど同じに見える二つのバレッタ。淡いピンク色のリボンの形をしてるあたしのお気に入りで、少し前にマゼランが貸して欲しいというから貸したものなんですが‥‥。
「どうして二つあるの?」
「こっちはコピーなんだ」
手にとって見るとコピーの方は周囲に銀色の縁が入ってます。なんか元のより可愛いかも♪

「でね。お願いがあるんだ。このコピーの方、できたらずっと持っててくれないかな。前みたいに髪につけててくれたら、もっといいんだけど」
「これ、もらっていいの? どうもありがと。頼まれなくたって大事に持ってるわ!」
マゼランが作ってくれた方をとって、いつもの場所、右耳の上のあたりにぱちんと留めました。

マゼランが微笑んで、変わった響きの言葉を呟きました。
「あ‥‥あれ‥‥??」
マゼランが話したのは地球の言葉じゃありません。あたし達がウミウシ語って言ってた言葉。二週間前、遊園地であった髪の長い宇宙人のおばさん――ラバードさん――とマゼランが話す時に使ってた言葉です。で、マゼランが言ったのに少し遅れて、あたしの耳元で小さな声がしたんです。
〈遊園地、楽しかったね〉

聞こえるっていうより、頭に直接声の振動が伝わってくるみたいな、ちょっと変な感じでした。あたしはバレッタを取ってまじまじと見つめました。
「今、しゃべったの、この子なの‥‥?」

「翻訳機になってるんだ。最もよく使われてる三言語の、ごく簡単な会話だけだけどね。相手が何言ってるかわかれば、少しはいいと思って」
そういえばラバードさんが最初に遊園地に降りてきた時、離れたとこからこっちの方指さして何か言ってたんです。まさかあたしに用事とは思ってなかったんで、ぼけっとしちゃってました。わかってたら逃げられたかって言われても自信ないですけど。

マゼランがあたしの手からバレッタをとって話し続けます。
「これは通信機でもあって、持っててくれれば君が何処にいるのか僕に分かるようになってる。そしてこうすれば‥‥」
マゼランがリボンの結び目にあたる部分をくるっと回しました。
「音質は保証できないけど、なんとか話すこともできるから」
「‥‥‥‥‥‥」
「陽子?」
「あ、ごめん。うん、わかったわ。どうもありがとう‥‥」

これじゃまるで本当のボディガードみたい。適当な言い訳だと思ってたのに、どうして‥‥?

バレッタを受け取って髪に戻しながら、あたしの口は聞きたいこととは違うことを言ってました。
「そういえばおじいちゃん、何時頃帰ってきたの?」
「12時半は過ぎてたかな。だいぶ酔ってらして、お父さんに、その‥‥」
「いろいろ悪態ついてた?」
「まあ、そんなとこ」
「もー、しょーがないねー、おじいちゃん」
「朝は普通だったのにね。君が言ってたのと違うなと思ってたんだけど‥‥」
「あたしの前ではかっこつけてるの。あとマゼランもいたから。でもお酒飲むとだめなの」

マゼランがしばらく考え込んでから言いました。
「なんか、お父さんとおじいさん、似てない? 僕もお父さんには相当煙たがられると思うけど‥‥」
実感こもってて思わず笑っちゃいました。あんまり考えたことなかったですがそうなのかもしれません。

「おじいちゃん、マゼランにはなんにも絡まなかった?」
「別に。でも何度か『この坊主は誰だっけ?』って確認されたけど」
「ぼうず‥‥」
いくらなんでも坊主ってことはないと思いますけど‥‥。

あれ? でも、マゼランっていくつなんだろう。見た目はちょっと年上のお兄さんぐらいなんですが、リンカーンの演説聞いたことあるみたいなこと‥‥言ってた気がする‥‥。ってことは、もしかして‥‥
「ねえ、マゼラン? マゼランっていくつなの。もしかしておじいちゃんより年上なんじゃ‥‥」
「うん。だいぶ年上‥‥ってことになるのかな」

がーん‥‥。そ、そっか。そんなふうに考えたこと無かったです。
「じゃあ、二百歳ぐらい?」
「もうちょっと」
「三百歳?」
「もうちょっと上かな」
「‥‥じゃあ、ネッシーと同じぐらい?」

マゼランががくっとなって、笑い出しました。
「いきなり飛ぶなぁ! そこまでいかないと思うよ」
「だって、そんなに長く生きてる子、他に知らないんだもの」
「ネッシーは何万年も前に栄えた生物だからね。僕は地球人の年齢でいったら2400歳ぐらいだよ」
アメリカがまだ無い‥‥どこじゃないです。それ紀元前です。
「想像つかない‥‥」
「そうだろうね」
「地球にはどのくらい前からいたの?」

「‥‥あ‥‥。‥‥2400年ぐらい前‥‥。その‥‥大人になってすぐに来たから‥‥」
マゼランがちょっと答えにくそうな感じになって、まずい、って思いました。気をつけなきゃ。色々聞いてしつこくてうるさい女の子って思われたくないの‥‥。でもマゼランが違う話題出してくれて助かりました。

「そういえば、ネッシーはいたずらだったらしいよ」
「いたずら?」
「最初の写真を撮影した人が、あれは模型だったって告白してるんだ」
「じゃあ、ネス湖には恐竜は住んでなかったのね」
「うん。じつは僕もこっそり調べたことがあって‥‥。少なくともその時は巨大生命の反応は無かったよ」
「そうなんだ。ちょっと安心しちゃった」
「ほんとにいたら怖かった?」

あたしはゆっくり首を振りました。
「昔絵本で見た時、ネッシーはずっとずーっとひとりぼっちだったのかなって思ったらすごく悲しくなって泣いちゃったの。今の地球じゃ誰も友達になってくれそうもないし、だいたいほんとに出てきたら、絶対みんなに追っかけられちゃうし。こっそりタイムマシンで返してあげられたらいいのにって‥‥」

子供のころの悲しかった気持ちを思い出して、一気にしゃべって、それからはっとしました。じゃあマゼランは? 2400年地球に居たって‥‥。今は一人って言ってたけど、まさかずっと一人だったわけじゃないよね‥‥?

見るとマゼランはすごく優しい、でもいきなりふっと消えちゃいそうな、そんな微笑みを浮かべてます。時々こんな顔するんです。見てるとあたしまで寂しくなるような‥‥。

マゼランがぽつっと何かつぶやきました。もしかすると聞き間違いだったのかもしれません。
「‥‥君と知り合えて良かったな」
「え‥‥?」
マゼラン、今度はくすくすと笑ってます。
「なに? もう、なんなの?」
「昨日、君の寝顔を見て、初めて会った時のことを思い出したんだ。あの時、自分でもバカみたいに驚いたなーって」
「やーん、もう、忘れようよ〜〜」
思わずマゼランの上着の袖をつかんで揺さぶりました。考えて見るとあたし、いきなりマゼランのベッドで寝てたんですよね‥‥。それって、ちょっと、待って‥‥っ。

マゼランは揺すぶられながら声をあげて笑いました。
「あんなの、忘れられないよ」
「忘れよ、ねっ」
「いやだ。忘れない」
「もう〜、知らないっ」
そう‥‥。本当はあたし、覚えててくれて嬉しいの。あんなバカなことでも、あたしのこと、忘れないって言ってくれて‥‥。

と、マゼランがすっと身を起こしました。ごめんと言ってモバイルを取り出して、あたしからちょっと離れます。小さな早口で何かしゃべり始めました。ウミウシ語じゃないみたい。でもあたしのバレッタがとぎれとぎれに言葉を拾ってます。

〈‥‥ポーチャー・コンビ? なんで連中がこんな星に‥‥はい‥‥。‥‥いきなりですか? ‥‥はい。了解しました〉

モバイルを懐にしまったマゼランが、何かを確認するように、ちょっと空を見上げます。すぐこっちを見て、にこっと笑いました。
「陽子、ごめん。ちょっと仕事が入った。昼過ぎには帰れると思うから」

ものすごくドキドキしだした左胸を押さえて頷いて、普通に聞こえるように注意しながら言いました。
「わかったわ。気をつけてね」

ああ、と言って手を振ったマゼランが松林に向かって歩き出します。その姿が木の中に見えなくなったと思ったら、林の上に真珠色の小さなカプセルのような物がちょっとだけ覗きました。それは音もなく、あっというまに上昇し、空に溶けてしまいました。

|2006.10.31 Tuesday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジII〜陽子〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジII 3) ついていきたい
「あんたらは花火のことなんぞ、なんもわかっとらん! アメリカ人に見せる花火はウチには無いわ!」

あーあ。とうとうおじいちゃんが怒鳴りだしちゃった。朝食の後、パパが花火を使わせてくださいってお願いしたら話がどんどんすごくなっちゃって。パパの根性はほんとすごいと思うけど、おじいちゃんの頑固さが一枚上手なのよね‥‥。あたしはおばあちゃんに引っ張られてキッチンに避難中です。

「太堂さんは、日本の芸術品をもっともっと広めたいと思わんのですか?」
「別にそれに反対しとりゃせん。そーゆーことなら他所へ行け、他所へ!」
「私は太堂さんの花火に惚れ込んどるんです。あのグラデーション。鮮やかさ。それらが寸分の狂いも無く開花する。丁寧に作られた本物だからこその見事さだ。どうか使わせて下さい」
「はん。そんなもの分かる客がどれだけくる。径と音のでかさだけありゃ十分だ。あんたに使わせる花火なんか無い!」
「No! わたしはどうしてもあなたの花火が使いたい。それを月子だって願ってるはずだ!」

怖いほどの沈黙のあと、バン!って音がして、床が抜けちゃいそうなほどの乱暴な足音がどんどんどんと玄関の方に移動中。そして、がらがらがきいっっ!て乱暴な引き戸の音がしました。シーンとした家の中にその余韻がまだ残ってます。

キヨコおばあちゃんがふーっと溜息をつき、あたしに言いました。
「陽ちゃん。ちょっと廊下と玄関が壊れてないか、見てきてくれんか? 戸も閉めてな」
「はい」
おじいちゃんも相当の力持ちですが、さすがに床に穴を作ったりはしてませんでした。でも玄関の引き戸は‥‥レールがズレちゃって閉まらない〜。もー、おじいちゃんたら‥‥。これはちょっとパパに直してもらわないとだめでしょう。

もちろんあたしはおじいちゃんをキライじゃありません。小さい時から遊びにくる度に可愛がってもらいました。あたしの前では一生懸命パパとケンカしないようにしてるのも知ってます。パパがあたしを愛しているのと同じように、おじいちゃんも月子ママを好きだったのもよくわかります。でも二人とも月子ママを好きだったんだからもうちょっとなんとかならないものでしょうか。そこんとこが問題だとあたしは思うのです。

そーっと居間に戻ると、キヨコおばあちゃんがパパにお茶を出して慰めてました。
「どうも申し訳ない、清子さん。月子の名を出すつもりじゃなかったんですが」
「いいじゃないですか。貴方の言ってることは正しい。もし月子が空に居るならじいさんの花火を貴方が使うことを望んでるに決まっとる。じいさんもそれが判っとるから飛び出していった。まあ負けを認めたようなもんですの」
おばあちゃんはまたふぁっふぁっと笑って、パパの肩をぼんぼんと叩きました。

「なあ、モロさん、月子は確かにあの世に逝ってしまいました。それが誰かのせいというなら、あの子に関わった全ての人間を責めなきゃならなくなる。中でも一番悪いのはわたしかの?」
パパがびっくりしておばあちゃんの方を見ました。
「なぜですか?」
「あの子は生まれつき身体が弱かった。そう産んだのはわたしだから」
「清子さん、それは違う。そんなことを言い出したら、ずっと先祖をさかのぼって悪者捜しをしなければいけなくなります」

おばあちゃんはにっこり笑いました。
「ありがとう、モロさんや。わたしもそう思い至って悪いと思うのは止めた。だから貴方もわたしらに気兼ねするのはやめなされ。じいさんだって本当は判っとる。判っていても『月子がアメリカに行かなければ死なずにすんだかもしれない』という妄想に囚われとるんじゃな。だからつい貴方が悪いような言い方をしてしまって。許して下され」

なんかね、おばあちゃんの言葉はいつもじーんと来ます。こんな大人しく頷いてるパパなんてあり得ないです。パパのママの場合はどっちかっていうとパパの方が大人みたいで‥‥。あ、メリンダおばあちゃんのことだってあたしは大好きですが。
キヨコおばあちゃんは、静かーにしゃべってるだけなのに強い! パパもおじいちゃんも絶対勝てないの。月子ママがパパと結婚できたのだって、たぶんおばあちゃんが味方だったからだと思ってます。

でもそろそろ切り上げましょう。おばあちゃんもお仕事あるし、あたしも行きたいトコがあります。
「ねえ、おばあちゃん。おじいちゃんが開けた玄関の戸、閉まらないの」
「あれ、まあ。だいぶ建て付けが悪くなってきとるから。もう、しょうがないのう」
「どれ、私が見ましょう」
「じゃ、パパ、ドアが直ったらお買い物付き合って」
「どこに行きたいんだ?」
「シュガー・ドリーム!」


 * * * * * *

シュガー・ドリームはおじいちゃんの家からバスで行った商店街にあるお菓子屋さんです。いろんな砂糖菓子を売っているのですがチョコレートも美味しいの。いくらママの国とはいえ、あたしはパパみたいに長いこと日本で暮らしてたわけじゃないから、普通の町を歩く時はパパと一緒の方が心強いです。

で、あたしのためにパパが買ってくれたチョコやお菓子とは別にあたしがお小遣いで買ったチョコ。ちゃんと青いリボンをかけてもらいました。パパは機嫌悪いです。
「誰のためのチョコレートだ。あの宇宙人だな」
「そうよ」
「なんでアイツにそんなものやる必要があるんだ!」
「お返しなの。弁償っていうのかな」
「弁償?」
「引っ越してきた日、マゼランのお部屋にあったチョコレートを間違えて食べちゃったの。ホテルのお部屋のお菓子みたいに、てっきり大家さんのプレゼントだと思って‥‥」

「宇宙人のチョコを食べただと?」
「変な言い方しないで。マゼランのお食事、あたし達と同じじゃないの。気にしないでって言われたけど、本当は大事な物だったみたいなの。手作りチョコだと思うんだけど、ものすごく美味しくて‥‥。あたしじゃあんな美味しいの作る自信ないから、これでお返しするの」
パパは黙って前見て歩いてます。うわ。やな感じの沈黙だな〜。パパは口数が少ないときの方がやっかいなの。でもマゼランのことに関して言えば怒られるようなコトはしてませんよ。確かに最初にお部屋を間違えたのとチョコを食べちゃったのは悪かったので、だからこうしてお詫びを‥‥。

パパがぼそっと言いました。
「陽子。お前、あの男だけは好きになるなよ」
「え? だってもう好きになっちゃったわよ、あたし」
パパが立ち止まってあたしの顔を見ると、ふうっと溜め息をつきました。
「相手は人間じゃない。宇宙人なんだぞ」
「そうねえ。歳も2400歳だって言ってたし‥‥。ねえ、パパ。どうしたらいいと思う?」
「簡単だ。この旅が終わったらあのアパートメントは引っ越しだ。あいつにはもう会うな」

「もー、なんでそーなるの? 『好きになっちゃった』って言ったでしょ。過去形よ、過去形。あたしの聞きたいのはマゼランになんて言ったらわかってもらえるかなってことなの。パパはママになんて言ったの? パパ達も違う国の人だし、状況としては似てるよね」
「全然似とらん!」
パパが大きな声をあげてからあわてて口を押さえ、小声で言いました。
「あとは帰ってからだ。外で話すようなことじゃない。じゃあママにあげる写真でも撮りに行くか」

日本に来るたびにパパは写真をいっぱい撮ります。ママが子供の時から住んでいたこの町では特にたくさん。パパはママのかわりに「日本の様子を見て」いるのです。いつもだったらあたしも写真を撮ったりするのですが、今日は‥‥

「あたし、いい。帰る」
「どうしたんだ。それじゃお前が撮れないじゃないか」
「お仕事で来る時はいつも一人でしょ」
「なんだ、どうしたんだ?」
「どうもしないよーだ。帰って日本語の勉強したいだけ」
うそです。どうも大ありです。パパは今までも男の人と話したりしてるとうるさかったのですが、好きな人は別だと思ってた。だって好きな人と話しちゃだめって根本的にヘンでしょ? 動物が何の為におしゃべりできるようになってるか、ちゃんと考えて欲しいです。

「一人で帰れるのか? やっぱり私も一緒に‥‥」
「帰れるわよ。パパこそちゃんと写真撮ってきて。じゃあね」
あたしは手を振って急ぎ足でバス停に向かいました。ごめんね、パパ。それにママも。でも今パパと一緒にいたくない‥‥。

 * * *

家に帰ったらお昼近くで、おばあちゃんとひやむぎを作って食べました。おばあちゃんがマゼランのことをいろいろ聞いてくるので嬉しくて、ついたくさんお話しちゃいました。もちろん内緒のことは内緒ですよ。おばあちゃんもおじいちゃんもマゼランのことをパパがお願いしたボディガードって信じているので助かります。

マゼランは地球人としての仕事は持ってないので、宇宙から誰かこない限りは暇なんだと言ってました。むちゃくちゃ強いし、英語も日本語もぺらぺらだし、なんでもできそうなんですが、地球人同士のことには決して干渉しちゃいけなくて、だから地球人に知り合いはいないんだそうです。

‥‥じゃあ、なんで? なんであたしとはこうして一緒に居てくれるの?

あたしはマゼランが好きです。誰かのことがこんなに気になるのは初めてだし、これはきっと「大好きっ」てことです。で、自分のことはわかるからいいとして、問題はマゼランがあたしをどう思ってるかなんですが‥‥。
おばあちゃんは例によってふぉっふぉっと笑ってます。
「少なくともガードマンさんは陽ちゃんのこと、きらいじゃないと思うよ」
「ほんとにそう思う?」
「表面だけの親切は端から見とったらすぐわかるよ。あのガードマンさんはいつも陽ちゃんを見てるのさ。仕事だからじゃなくて本心から陽ちゃんのことを気にしとるんじゃないかな」
「だったら嬉しいけど‥‥」
「陽ちゃんらしくもない。好きなら好きってはっきり言えばよい」
「うん‥‥。そうね。勇気出して言ってみるね」

玄関の戸のあく音がしました。マゼランかと思って走っていったらおじいちゃんでした。明るいネイビーの作務衣(昨日教えてもらいました)を着たおじいちゃん。見た目はね、目がぎょろっとしてて、眉毛がバサバサ太くて、白いおひげを大事にしてて、映画に出てくるおじいちゃんみたいにかっこいいんですよ。で、そのおじいちゃん、今はちょっぴり恥ずかしそうな顔してます。今朝のこと悪いと思ってるの。こういう顔するから、おじいちゃん、好き。あたしは笑っておじいちゃんの手をひっぱりました
「おじいちゃん、おかえりなさい。ひやむぎ食べる?」
「ああ。その、お父さんは‥‥」
「パパはママにあげる写真を撮ってるからまーだ。さあ早く手洗って!」

あたしはおじいちゃんにあげようと思ってたものを部屋に取りに行きました。パパがいない今が好都合です。ダイニングに戻ったら、おばあちゃんがゆでたばかりのひやむぎを用意してました。
「ほら、陽子」
おじいちゃんがあたしに小さな紙袋を二つくれました。中を見るとチョコボールのような丸い粒が十個ぐらいずつ。あと導火線。
「わーい! 星だー!」
「こっちのは三重でこっちのはきらきら星だ」

星というのは花火に詰める火薬の粒です。いろんな薬が入っていて火をつけるといろんな色の炎を出して燃えます。三重は三色グラデーション。きらきら星はそれこそきらきらする金属がはいっているのです。
さまざまな種類の星がきれいに広がるようにするためには、ぎゅうぎゅうに詰め込まないといけません。だから形の悪い星はジャマになるので花火に入れてもらえないの。でも直接燃やすととってもきれいなんですよ。あたしは星が燃えるのを見るのが大好きなので、おじいちゃんは時々こうしてペケになった星をくれるのです。あ! でもこれ企業秘密ですから内緒ですよ。いつもパパとこっそり燃やしてそれで終わりです。

おじいちゃんは朝家を飛び出したあと、工房の様子を見にいってたようです。他の人も来てたそうです。昨日の夢菊は二番だったそうですが、作者はまだ若い人だそうで先が楽しみと喜んでました。うーん、さすがにおじいちゃんとおばあちゃんの会話を全部聞き取るのはむずかしいです。

「おじいちゃん、これ、受け取って?」
おじいちゃんが食べ終わった頃を見計らって、あたしは小さなアルバムを出しました。
「なんだ?」
「写真なの。開けてみて」
「わかった。はいすくるとかの卒業写真だろう。どれどれ」
最初のページを開けて、おじいちゃんは固まりました。そこにあったのはパパとママの結婚式の写真だったからです。おじいちゃんがあたしの顔を見たので、あたしも黙っておじいちゃんを見つめ返します。おじいちゃんは諦めてアルバムのページをめくり始めました。

家にたくさんあるママの写真のなかで、あたしが大好きな写真を選んできたものです。パパが撮ったのやパーティや旅行先などで二人で写ってる写真も。あたしの知らないパパとママですが、どの笑顔もとてもすてきです。

「ね、おじいちゃん。ママ、幸せそうでしょ?」
おじいちゃんは無言です。
「あのね、おじいちゃん。パパのこともう怒らないでほしいの。ママはパパのことがすっごく好きだったと思うの」
「‥‥‥‥」
「アメリカに来たこと、絶対後悔してなかったと思うの。パパと一緒にいられて幸せだったって」
「‥‥わかっとる‥‥」

おじいちゃんはエプロン姿のママの笑顔をそっと撫でると、アルバムをぱたんと閉じて手に持ちました。
「ちょっと寝るぞ」
「はいはい」
どかどかと出て行ったおじいちゃんを見送ったおばあちゃんがあたしを振り返ってVサインを出したので笑ってしまいました。

そう。ママはパパが大好きで、パパもママが大好きで、だからママはパパについて他所の国に行きました。もしマゼランがあたしを好きになってくれるなら、あたしだってついて行きたい。

|2006.12.10 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジII〜陽子〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジII 4) 哀しいキス
夜になってもマゼランは帰ってきませんでした。おじいちゃんとおばあちゃんにはお仕事が長引いてると言っておきましたが、ちょっと心配になってきました。なので夕食のあと、こっそりと堤防のところまで出て見ました。
何度目になるか、髪からバレッタを取ってみましたが、使う勇気が出ません。マゼランはこれで話せると言いましたがどんな感じになるのかピンとこない。普通の人じゃないからかえって邪魔して大変なことになったらと思っちゃって。

空にはうっすらと雲がかかっていてお月様もうすぼんやりしてます。まあもうすぐ真ん丸になりそうだからけっこう明るいですが。あと堤防沿いは街灯がたくさんあるのよね。海の方を見ると回り込んでる陸地の明かりや遠くの船がきらきらしてとってもきれい。浜にはカップルのシルエットがいくつかあって、ちょっぴりうらやましくなりました。

浜には太い柱と大きな屋根の休憩所がぽつぽつとあります。片隅だけ壁、というか仕切部屋みたいになってて、着替えたりもできます。炎天下の浜では日陰はどうしても必要だから。
ぼうっと見てたらちょうどあたしの右手前方の屋根の柱の向こうで何か動いた気がしました。あっと思う間もなくあたしは堤防によじ登ってました。ぽんと飛び降りてそちらに向かって走ります。砂が重くてまだるっこしい。柱に寄りかかって座り込んでいた人の前に立った時は、息がはあはあ言ってました。

「陽子? ああ、ごめん。ぼうっとしてた。どうしたの?」
マゼランはちょっとだらしなく足を投げ出したまま、あたしを見上げてそう言いました。淡い光の中にいつもどおりの優しい顔があります。でも、声も‥‥とにかくマゼラン全部が、すごく疲れた感じでした。

「どうしたのはこっちのセリフでしょう? 遅いから心配してたのよ」
怒ってるみたいな声になっちゃって自分でも驚きです。でもマゼランは立ち上がりもしません。あたしはひざをついてマゼランの顔を覗き込みました。息もはあはあ言ってるし、おかしい。いつものマゼランじゃありません。
「まさか‥‥ケガしたの!? だいじょうぶ!?」
「‥‥いや‥‥大丈夫‥‥。ただ‥‥」
マゼランはそう言ったきり、あとはただ黙ってあたしの顔を見ています。

「ねえ、ホントにどうし‥‥きゃっ‥‥」
いきなり手を引っ張られて、あたしはマゼランの胸の中に転んだみたいになりました。びっくりして顔を上げたら、すぐそばにマゼランの顔がありました。大きな手があたしの髪にふれ、マゼランがちょっと首をかしげて、あたしは自然に目を閉じました。滑らかな唇があたしの唇に触れます。触れ合った箇所から温かさが広がってくるような不思議な感じ。みんなこうなのかな? マゼランとキスすると、ほーっとなっちゃう‥‥

今までで一番長いキスに思えました。でも夜の海岸の雰囲気に呑まれただけかもしれません。ずーっとこのままだったらいいなと思ったけど、マゼランの唇はそっと離れていきます。で、次の瞬間、あたしはぎゅっと抱き締められてました。自分の鼓動が速くなったのがはっきりわかります。マゼランの胸に押し付けられた耳に胸の中で響いてる声が聞こえて、頭の上からの声と共鳴して、夢の中みたいでした。
「ありがと‥‥」
「え‥‥?」
「いきなり、ごめん‥‥」
「なぜ、あやまるの?」
「だって‥‥」
あたしはまた顔を上げて、マゼランを真っすぐに見つめました。今言わなきゃって思いました。

「あたし、マゼランのこと大好きよ」
マゼランが柱から身を起こしました。目が真ん丸になってました。
「好き‥‥? 僕を?」
「うん。あたしはマゼランのことが大好き。だからキスしたぐらいであやまっちゃやだ」
「‥‥陽子。‥‥僕は‥‥」

マゼランがぴくりとして胸に手をやります。もー、マゼランに仕事を言い付ける悪いモバイルだわ。ドラマの女優さんみたいに引き留めたいとこでしたけど、お仕事の邪魔は絶対にだめです。あたしはマゼランの上からのきました。立ち上がって建物の陰に行ったマゼランの声は低く沈んでいました。バレッタが拾った言葉には「失敗」といった単語もあって、あたしはいったい何があったのか必死で理解しようとしてました。

〈最初から拉致された生命体を見殺しにする気だったんですか!?〉
いきなり大きくなった声にあたしは窒息しそうになりました。マゼランはすぐにまた声を落としてしまい、何を言ってるのか分からなくなったのですが、声の調子は苦しげで、聞いているのが辛いほどでした。

パパがお仕事で苦労してる時のことを思い出しました。パパだって電話で怒鳴ってたり、あとはむちゃくちゃお酒に強いのに酔っ払って帰ってきて色々ぶつぶつ言ってることとか、たまにはあるんです。そんな時はあたしも胸が詰まったみたいになります。それでもパパのことは最近ちょっとずつ判るようになってきましたが、マゼランの場合は何があるのか想像ができないので余計心配です。この間のおばさんみたいに優しい宇宙人ならいいのですが、今度来てるのがもっと悪質な宇宙人だったら‥‥。

それでも最後は普段どおりの落ち着いた声音に戻ってきて、了解しました、という言葉とともにマゼランが出て来ました。マゼランはあたしの頬に触れ、下まぶたのあたりをすっと拭いました。あたしはびっくりして、あわてて両目をこすりました。
「あれ、やだ、もう‥‥」
知らない間に泣いてたみたいです。マゼランは暗いとこでもよく見えてるんだったと思ったら恥ずかしくなって、うつむいてしまいました。

そうしたらマゼランがあたしの手をとって両手で包むようにすると、膝をついてあたしを見上げました。
「本当にありがとう。君の所に行かなきゃならなかったのに、自分がずるくて嫌になってここに座り込んでた。そうしたら君が来てくれたんだ」
「ずるい‥‥?」
「この件が片付いたらちゃんと話す。だから‥‥」
あたしの目からまたぽろぽろと涙があふれました。だって、こんな言い方するってやっぱり‥‥。マゼランが慌てたようにあたしの手を揺らして、どうしたの、って言いました。

「マゼランがあたしと一緒に居てくれるのは、やっぱり理由があったのね? マゼラン、あたしのこと、ほんとはきらいなのね?」
「きらいじゃないよ!」
マゼランがびっくりしたように言いました。
「君と一緒にいられる時間が‥‥とても大事だ。僕は誰かと一緒に居たことがほとんど無いから‥‥この気持ちをどう言ったらいいか‥‥よくわからないんだけど‥‥」
「え‥‥? 一緒に居たことがない‥‥? マゼラン、まさか、地球に来てから、ずっと一人だったの?」
「うん。僕たちの仕事は普通そうなんだ」
‥‥マゼランが地球に来てから2400年‥‥。2400年‥‥ずっと一人で‥‥。そんな‥‥。

マゼランの顔がとても真剣になりました。
「陽子。僕が君に付きまとうのは確かに理由がある。きちんと話したい。僕がどうしたらいいのかも含めて。だから今の件が片付くまで、もう少し待ってて。お願いだ」
あたしはこっくりとうなずきます。あたしに出来ること、このくらいしかないなんて‥‥。でもマゼランはほっとしたように微笑みました。
「ありがとう、陽子。じゃあ、行くね」
「本当にだいじょうぶなの? 身体の具合、悪いんじゃないのね?」

マゼランが今度は大きくにっこりと笑いました。それはいつも通りの、お願いしたらなんでもやってくれそうなマゼランの笑顔でした。
「君と会えたから、もう大丈夫」
マゼランはもう一度ありがとうと言い、くるりと振り返ると走っていきます。その背中はあっというまに防風林の中に消えました。さっきの疲れてた様子が嘘みたいで、ちょっとは安心しました。

でも、マゼランがあたしのそばにいてくれるのは、あたしのことが好きだからじゃなくて‥‥。それはもちろん、何かあるんだとは思ってましたけど‥‥でも‥‥。

両手で唇に触れてみました。マゼランとの四回目のキスは、その前の三回とうってかわって、哀しい味を残してました。

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『スタージャッジII〜陽子〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジII 5) 採取
翌日はとってもいいお天気で、あたしはパパに誘われて砂浜に行ってみました。バカンスシーズンの海水浴場だから午前中の早い時間でも人がたくさん。あたし、海で泳ぐのは得意じゃないけど、海で遊ぶのは好きなんです。波とゆらゆらしてるのは面白いし、足の裏がくすぐったいような砂の感触も楽しいし。潮の匂いも好きだし、きれいな貝殻や石を探すのも。
その上、今着てるタンクトップビキニはお店で見た時声あげちゃったぐらいのお気に入りなの。肩のフリルが可愛くて、アンシンメトリーに左のウエストで結ぶ合わせもおしゃれだし。これをビーチで着られるだけでも気分晴れるかなと思ったけど、ぜんぜんだめ。昨夜のマゼランのことばかりが気になります。

マゼラン、2400年も一人ぼっちだったなんて‥‥。
それが普通みたいなこと言ってたけど、地球人の常識を押しつけちゃいけないのかもしれないけど‥‥でも、一人でいるときのマゼランが、あんなに寂しそうに見えるのは‥‥やっぱり寂しいからじゃないの?
もしマゼランがあたしと居るのきらいじゃないなら‥‥あたしが一緒にいたら‥‥だめなのかしら? ‥‥ああ、バカだわ、あたし。そういうこと以前に、マゼランがあたしのそばにいる理由がわからなきゃ‥‥。でもそれがわかったら‥‥魔法が解けて、マゼランがどっか行っちゃったりしない? あたし‥‥どうしたらいいのかしら?

少しだけ浅瀬でぱちゃぱちゃしたり、カニ見たりしながら、思考はぐるぐるしたままで、結局わりに早くパラソルに戻ったら、サングラスかけたパパが待ってました。パパはあたし以上にお日様に弱いんです。肌が本当に白いですから。で、パパのそばには小さなクーラーボックス。そうだ、おばあちゃんのスイカ!

「パパ、スイカ食べよ!」
「そうだな」
お昼までには帰ると言ったら、おばあちゃんがスイカだけ持たせてくれたのです。さすがおばあちゃん。暑い時のスイカほど美味しいものないよね。で、パパがクーラーボックスを開けた時でした。ザワザワと声が聞こえてきて、あたしとパパはパラソルから出て見ました。
堤防の上のあたり、電信柱の2倍ぐらいの高さの空に光る卵形のものが二つ浮かんでるんです。UFOか、ラジコンじゃねえのとか、みんな色んなこと言ってますけど、マゼランが昨日の朝飛んで行った時に、あんなのに乗ってた気が‥‥。

あたしは思わずそっちに向かって走り出しました。光る卵も砂浜のほうに滑って来ます。それが二つともすっと地上に降りて来たと思ったらぼわんと光って卵のカラが消えました。
「な…に、あれ‥‥?」
「映画のロケじゃない?」
「デザイン悪っ」
そこに立ってたのは、大きい、あたしの二倍ぐらいありそうな人が二人。どうみても地球人じゃなくて宇宙人です。ゴツゴツした皮膚。片方は青っぽく、もう片方は緑。足は四本。まるで胴体の短いケンタウルスみたい。手は肩らしいところから二本、胸と背中から一本ずつ。

〈多少小さいだけでよくあるタイプに見えるな。売ってもたいした金にならんだろう〉
〈でもスタージャッジに壊された船の修復にはもう少しかかるんだろう? 何匹か採取してみようや〉
バレッタが言葉を拾いました。これ、もしかしてマゼランの敵!? そのうえ‥‥
「みんな、逃げて! この人達‥‥」

「きゃあああっ」
「うわあっ」
青い宇宙人の手がひゅんと伸びて若い男の人と女の人が捕まりました。あたりは大騒ぎになってみんな堤防の方に逃げて行きます。宇宙人は袋みたいなのにさらった人を詰め込んで背中にかつぎました。

「陽子っ!」
パパがあたしの手を引っ張ります。でもあたしは堤防の上の方に現れたもう一個の光に気を取られてました。お願い、早く、早く!

〈一応、幼生体もとってみるか〉
ヨウセイタイって‥‥? 青い宇宙人がちょっと手を上げた先に、座り込んだ三歳ぐらいの子が泣いてます。

あたしは走りました。でも子供を抱き上げたところで背中に何かが刺さり、悲鳴を上げてその子を放り出してしまいました。あたしの体に青い腕が回り、すごく乱暴に引っ張られた時は頭が‥‥梅酒の梅を食べ過ぎた時みたいにぼうっとなってきて。マゼランの変身した姿を見たように思いましたが、あとは何も‥‥‥‥。



〈‥‥見つからないかな、兄貴?〉
〈これだけ深い海の底だ。それにこの船は自分の出すノイズは全てキャンセルできる〉
〈まああのいかれたスタージャッジ相手なら、来たってなんとでもなるか〉
〈確かにな。スタージャッジの管轄下に無防備で飛び込んだとわかった時はぞっとしたが、まさか担当以外の住人を助けに、わざわざ乗り込んでくるとは思わなかった〉

〈まったくだ。人質をとられて言いなりなるスタージャッジなんて聞いたこともないよな。まあオレは楽しませてもらったぜ、憎らしいスタージャッジをボコボコにしてやれたんだから〉
〈とはいえ油断するなよ、アトロス。あれはどう見てもエネルギーが切れかかってた。時間を稼いでただけなのかもしれん〉

最初は夢うつつでしたがマゼランの仕事上の名前を聞いて頭がはっきりしてきました。

あの二人、きっと昨日マゼランにひどいことをしたのです。それも人質をとって。なんて卑怯な人達なの。それで昨夜のマゼランはあんなに‥‥。別れる時は元気そうでしたが、ホントは怪我してたのかもしれません。エネルギーっていうのはマゼランが持ってるいろんな武器のエネルギーでしょうか。ガソリンを入れたり充電したりすればまた使えるのかな。

とにかくここ出なきゃ。この袋ってば、どうなってるの?

〈おい、動いているぞ〉
〈ああ、幼生体用に薬を少量にしたところに、ジャマに入ってきた奴だろう〉
そんな声がしていきなり袋ごと持ち上げられました。一部が開いて光と一緒に六本指の大きな手が入ってきます。あたしはできるだけ小さくなりましたが逃げられる訳もなく、左肩のあたりをぎゅっと捕まれて袋からひっぱり出されました。

「痛いっ、放してっ」
もがいたら二本の手で持ち直されて、あまり痛くはなくなりました。でも近づいてくるごつごつした顔には赤い三つの目と大きな口があって、あたしは心臓が止まりそうでした。

「放してよっ あなたたち、あたし達をどうする気なの!」
〈言葉のような鳴き方だよ、兄貴〉
〈どっちにしろ翻訳不能だ。まあペットとしてはちょうどいい程度の知能だろ〉
〈ストリギーダ人みたいに標準語をしゃべられても、ちょっと売りにくいよな〉
〈あれは声帯を処置してしまおう。観賞用なら十分だ〉

宇宙人達が顔を向けた方をみると大きな鳥籠があり、中に大きな鳥‥‥じゃなくてたぶん別の宇宙人さんがいます。虹色の羽根をもったフクロウみたいに見えますけどすごくキレイ。このきれいなフクロウさんが人質だったんでしょうか?
改めてあたりを見回しました。大きな倉庫みたいな場所で、動物を入れる檻のような箱がいくつも積んであります。壁の上の方がぼーっと光っているので物は見えます。さっき、海の底とか言ってた気がしますが‥‥

〈それよりその胴体を覆ってるのは皮か? 衣類か?〉
そんな言葉にはっとしたら、あたしの胸元にとんがった爪があたりました。水着を引っかけて引っ張って―――
「や‥‥っ いやあっっ!」
お気に入りの水着がびりびりと破かれて‥‥。手も上げられないあたしは身体を丸めようとしましたが、今度は足首を捕まれて引っ張られました。

〈身体に傷はないようだな。衣類か。しかし騒がしい奴だ〉
〈シンプルな見た目だがまあまあじゃないか、兄貴? それにいい感触だぜ〉
青い奴が四本目の手であたしの身体を撫でたりつねったりします。泣きたくて、でも悔しい気持ちもあって、あたしはぎゅっと唇を噛んで声が出ないようにガマンしました。そしたら横から緑の手が伸びて来て、あたしのあごをぐっと持ち上げました。
〈涙か。しかし怒っているようでもある。表情が豊かで面白いな。意外と高く売れるかもしれんぞ〉

‥‥売るって‥‥あたしを? ‥‥そんなのやだ! やだ、怖いよ、助けて‥‥


〈‥‥おい。船が‥‥揺れていないか?〉
〈海流が変わったんじゃないの?〉
二人の宇宙人があたりを見回しました。緑の方があたしから手を離し、ちょっと離れて床をどんと踏みます。床から円筒形の柱がにゅっと出て来てきました。緑の宇宙人が柱の表面を触ると丸い表面に何か模様が浮かびました。
〈浮上してる〉
〈なんでだ!?〉
〈自動修復で何かあったんだろう。とにかくその生物をパックに戻せ〉
青いのがあたしを持ち上げて袋に目をやった瞬間、目の前を何かがぎゅんと通過して、あたしは落下しました。でも床に落ちる寸前に抱きとめられて。またそっと床に降された時、初めて誰がいるのかわかりました。

「あ‥‥。マ‥‥」
「遅くなってごめんよ」
マゼランが上着を脱いであたしにかけてくれてます。涙だけぽろぽろとこぼれますが、声がうまく出ません。
「‥‥怖か‥‥た‥‥」
マゼランがちょっとだけあたしを抱き寄せて、肩をやさしく叩いてくれました。
「大丈夫だから」
少しほっとして、そしてやっと、ぎーっていう悲鳴みたいな声が響いていたのに気づきました。見ると青い宇宙人が手を2本切られてものすごく怒ってます。緑のが驚いたように叫びました。
〈スタージャッジ! なぜここが‥‥〉

あっと思った時、マゼランはもう白いグライダーにぶら下がって青い宇宙人の直前まで飛び込んでました。
「IDカノン!」
日本の鐘つきみたいに白い大砲を青い宇宙人の胴体にぶつけるように押しつけたマゼランがぐっと踏ん張ります。
「ファイアっ」

〈アトロスッ!!〉
ものすごい叫び声を残して、青い宇宙人の上半分がふっとびました。赤い血をまき散らして倒れた宇宙人の下半身は首から抉られた馬のようで、あたしは思わずぎゅっと目をつむり顔を背けてしまいました。
〈貴様! いきなりっ!〉
〈昨日言ったはずだ。プランドゥにアトロス。秩序維持省の特A級凶悪指名手配犯ポーチャー・コンビ。お前達には無条件デリートの指示が来ている。ここは未接触惑星だ。スタージャッジは秩序維持省の権限を持って処分を執行する!〉
既にあたしの脇まで戻っていたマゼランの顔はとても厳しく、凍ったように表情が無くて‥‥。いつも優しいマゼランとはまるで別人でした。
〈この‥‥!〉
〈未接触惑星含めあちこちの星から住民をさらい、ブラックマーケットで売りさばいたお前達を許さない! クラッディング!〉

|2007.02.18 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジII〜陽子〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジII 6) 大好きだから
マゼランがふわっと金色に光ったかと思うと、青い姿に変身しました。あ、厳密には戦闘服を着ているのであって、変身じゃないと言ってましたが。
まず目に飛び込んでくるのは明るいブルーのマント。大きな襟付で胸元とウエストで白い部品で留めてあるから、袖無しの長いコートのようにも見えます。大きな肩当ても鮮やかな赤でよく目立つ。頭部は真っ白なフルフェイスのヘルメットと銀のゴーグルが一体化したようなもので覆われ、その側面にも赤いラインが入っています。眉間の部分が少し高くなって光っていて、その突起から頭頂にかけて赤いマフラーみたいな布が長くなびいてる。昔の鎧の絵でみる羽根飾りのようでかっこいいのですが、これ、広がったり曲がったり動いているから、飾りじゃ無い可能性大です。
マントの中は濃紺のボディスーツを着ているようですが、脚とか腕とか殆どの部分が光沢のある白とブルーのカバーで覆われてます。すごく丈夫そう。そのうえ前腕の外側には小ぶりの盾みたいなものもついてて‥‥いや、頑丈はいいですけど、あの服、全部で何キロあるんでしょうか!!

マゼランの手に短い棒のようなものが握られています。伸びてきた緑の腕をかいくぐりざま、その短い棒を突き出すと、目が焼けそうなくらいの青白い光が一瞬だけ走り、緑の腕が途中までさくりと切れました。
〈くそ! やはり昨日はエネルギー不足だっただけか!〉
緑の宇宙人が落ちそうになったお腹側の腕を別の手で掴んで、怒鳴ります。
〈その通り。充分エネルギーのある今、お前達に勝ち目はない。大人しく降伏するなら即時デリートは勘弁してやる〉

緑の宇宙人はぶらんとした腕を自分でちぎりとり、放り投げました。血まみれでまだひくひくしている腕があたしのそばの床に落ちて、思わず叫びそうになりましたが、だめです。怖くても、声あげちゃだめ。マゼランの邪魔になる。緑の宇宙人は声も上げず、赤い三つの目でマゼランを睨み付けました。
〈ビメイダーごときが、自然人に対してそんな口を叩けると思うなよ!〉

緑の宇宙人がどこから出したのか何か槍のような物を引っ張りだして構えます。マゼランが右手で左の肩当てに触れると、赤い肩宛てがくるくるとほどけて、ぜんまいばねとリボンの中間のようなものに変わりました。それを鞭のようにぱしっと打ち鳴らし、マゼランは緑の巨体にだっと飛び込んでいきました。
身体の大きさの差も重い鎧もものともせず、マゼランは素早く回り込んでは緑の宇宙人を叩きのめしています。こんなに強いならもう大丈夫。さっきエネルギーも補給できたって言ってたし、武器も使えてたし、相手も一人です。あたしはどうしたら‥‥。そうだ。一緒にさらわれた人達は‥‥?

あたりを見回すといつのまにか部屋の隅っこまで運ばれてたことがわかりました。すぐそばに二つの袋。海岸で袋に入れられちゃったカップルです。ちょっと押してみたけど全然動きません。さっきのあたしみたいに寝てるだけだといいんですが‥‥。顔を上げたら例のフクロウさんの鳥籠が床に置かれてました。マゼランったらいつの間に? とにかくこの人を助けなきゃ。あたしはカゴに近づいてみました。

フクロウさんは背の高さは人間ぐらいだけど、あたしの倍以上太くて丸っこい人でした。よくみるとクチバシから羽根まで透明なバンドのようなのでぐるぐる巻きになっています。丸い四つの目が悲しそうにあたしを見ていました。マゼランの上着のポケットを探ってみました。ナイフ見っけ。この前植木に絡まった犬の引き綱を切ってくれたやつ。あたしの腕なら鳥籠の棒の間から入るので、フクロウさんに向かって手招きしてみました。
フクロウさんはちょっと目を丸くしましたが、すぐ近寄ってきました。頭を下げあたしに向かってクチバシを差し出してきます。賢い。あ、こんな姿ですが宇宙標準語をしゃべるそうだし、あたし達より頭いいのね、きっと。あたしはクチバシを巻いてるテープをそっと切りました。

〈ありがとう。身体のほうも切ってくれるか〉
「うん。じっとしててね」
身体の方にテープに手をかけると彼(かどうかはわからないけど)が言いました。
〈ん? 私はシリウス星圏語しかわからないんだ。できたらそれで話してもらえないか〉
あたしは困ってしまい、唇にに指をあてて首を振ってみました。
〈ああ、聞き取れるが話せないのか? 勉強中なんだな。私も昔はそうだった〉
ぜんぜん違いますが、あたしはうんうんとうなずいて、ベルトを切り始めました。ナイフの切れ味がとてもよくて、わりとすぐにフクロウさんを自由にできました。

でもこの籠からどうやって出してあげたらいいんでしょう。籠の周囲を回ってみましたが出入り口が無い。
〈やつらが触らないと開かないようになってるんだ〉
あたしは頭にきて力任せにゆすってみましたが、どうなるわけもありません。

「陽子、籠から離れて!」
マゼランの叫び声がして、言われた通りにしました。マゼランが今度は変わった声を上げます。英語でも日本語でもないしバレッタもなんにも言わない。でもフクロウさんが床に小さくなったので、この人たちの言葉なんだと思います。そのとたんマゼランのグライダーが飛んできて籠の上部を薙ぎ切りました。籠がばたんと倒れ、あたしは中からフクロウさんが出るのを手伝ってあげました。

〈助かった。君はスタージャッジのアシスタントなの?〉
フクロウさんがそう言います。あたしはちょっと悩んでから首を横に振りました。Yesと言えたらどんなにいいでしょう。でも、あたしはマゼランのことを知らなさすぎる。ほんとに、なんにも知らなくて‥‥。
〈違うのか。この星の住人?〉
今度はYes。その通りです。

〈そうか。君たちは素晴らしいスタージャッジに守られてるんだな〉
「え?」
〈私の生まれた頃、私の星はもう連盟に加盟していたからスタージャッジのことは話に聞くだけだった。命令に忠実で担当する星を守るためには多少の犠牲はものともしない。長期に渡ってその星を外敵から保全し続ける頑固な管理人‥‥。それがよその星の住人である私を助けるために乗り込んできてくれるなど思いもしなかった。私を傷つけまいとあんな目に遭ったのに、なおまた来てくれるなんて‥‥〉

あたしは胸が一杯になりました。そしてさっきちょっとでもマゼランを怖いと思った自分が恥ずかしくなりました。マゼランはたぶん命令に違反してこのフクロウさんを助けようとしたんです。そして今も必死で‥‥。

ずっと必死で‥‥。ずっと独りで‥‥。2400年もの間‥‥


「だあっ!」
気合いの入った声がして、緑の巨体の背中に後ろ向きにのって、頭上から手を伸ばして相手の首を掴んだマゼランが、巨体を思い切り放り投げて壁に叩きつけます。
「IDカノン!」
片手を高く掲げたマゼランめがけて白いグライダーが舞い降りる。これで終わり。これでマゼランの勝‥‥

だんっという蹄の音。
「な‥‥っ!?」
マゼランの身体めがけていきなり青い四つ足が飛びかかりました。さっき‥‥さっき倒したヤツ‥‥、なんで!?
〈我々の修復力を甘く見るな! アトロス、そいつを逃がすな!〉

青い胴体だけの巨大な馬が、太い足でマゼランを床に押さえ込みます。
「あ、ID…スライサー!」
〈やらせるか!〉
緑の奴がグライダーを捕まえ、片羽根を折ってしまって‥‥

〈逃げるぞ!〉
フクロウさんの声ではっとしました。あの緑の宇宙人がこっちに来ます! 後ろの片足を引きずってるけど、大股で速い!
「待って、お願い!」
あたしは男の人と女の人が入ってる二つの袋を必死に引っ張りました。この人たちが掴まったらマゼランはまた‥‥。でも重い。動かない‥‥っ
〈まかせろ。君は背中に乗れ、早く!〉
ばっと羽根を広げたフクロウさんのお腹から触手がでてます! 彼がお腹に袋を二つ抱え、あたしは言われた通りに背中に乗りました。フクロウさんはすぐ飛び上がりましたが、なかなか高くあがれません。
〈お、重い!〉

〈待てぇ!〉
恐ろしい声と共に、フクロウさんががくんと引っ張られる感じがして、そのあと急に軽くなりました。積まれた檻の上をめがけて上昇しながら振り返ったあたしは、人が入っている袋を一つ掴み取っている緑の宇宙人の姿に、息が止まりました。

〈スタージャッジ! これを見ろ!〉
緑の宇宙人が大声で怒鳴ります。青い身体をなんとか押しのけたマゼランが動きを止めます。
〈わかってるな。この中にはこの星の原住民が入ってる。潰して欲しいか!?〉
〈やめろ!〉
〈なら動くんじゃない。アトロス。やってしまえ!〉
〈ぶっ飛ばしてくれた礼をたっぷりとしてやるぜ!〉

驚いたことに青い胴体の上部にラクダのコブみたいにもこりと頭部が生えかかっています。まるで悪夢。それがマゼランを思いきり蹴飛ばしました。倒れたマゼランを太い前足で何度も踏みます。マゼランは手足の鎧でガードしようとしますが、青い宇宙人は2本の前足でめちゃくちゃに蹴りつけて、ガードを蹴散らしてしまいます。
〈後悔させてやる! この出来損ないのビメイダーが!〉

世界が凍ったように感じました。一切抵抗しないマゼランの身体が、壊れた人形のように宙を舞い、何度も踏まれて‥‥。何度も何度も‥‥。

やめて‥‥。やめて、やめて! マゼランが死んじゃう! 死んじゃうよ!

あたしはマゼランの所に行こうとしますが、フクロウがあたしを捕まえます。
「離して! 離しなさい!」
〈静かにして! 彼が君に何か言ってる!〉
痛いほどに揺すぶられて、やっとあたしを呼ぶマゼランの声に気づきました。

「陽‥‥子。落ち着け…」
壊れた床の中からゆらりと立ち上がったマゼランのマントが消えています。腕の盾の部分も。よろめく彼の銀のゴーグルがあたしを見上げ、とぎれとぎれの日本語が聞こえてきました。
「大丈夫だ‥‥。そこに‥‥いろ。すぐ、終わる‥‥」
〈何をごちゃごちゃと!〉
蹴りこまれた足を受けても、それを押しとどめる力がマゼランにはありません。でも何をされてもマゼランは立ち上がって来る。それが青い宇宙人には頭に来るようでエスカレートして‥‥。もういい。マゼラン、もういいよ‥‥!

もう何回目か、壁に叩きつけられたマゼランの身体が一瞬ぼわっと広がったように見えました。あっと思ったらそこに居たのはいつものマゼラン。‥‥なんで‥‥。その姿じゃ、本当に死んじゃう!

〈サポートアーマーが維持できなくなったなったか。エネルギーが尽きたようだな〉
壁で身体を支えながら立ち上がったマゼランは肩で息をしながら言いました。
〈だけど‥‥まだこうして‥‥ぴんぴんしてるよ‥‥。ぼろぼろのお前らとは‥‥えらい違いだ〉
〈そんな状態で、まだ強がりか〉
〈名の売れたポーチャー・コンビも‥‥たいしたこと無いって‥‥言いたいだけさ〉
〈なんだと!〉
〈アトロス、どけ。あとは私がやってやる。手足を全部もぎとって、まだそんなことが言えるか、試してやる〉

今まであまり手を出さす、背中側の手で袋を持って見ていた緑のが足を引きずりながら踏み出しました。それがマゼランに両手を伸ばした瞬間、マゼランがぐんと跳ね飛びます。緑の宇宙人の頭上を飛び越え、人質の袋を奪い取りました。それをあたし達のいる場所めがけて投げ上げる! フクロウさんが飛び出して空中キャッチしてくれました。

「IDカノン!」
床に落とされていたグライダーががたごととなんとか変形しました。マゼランはそこまで走ると大砲を真上に向けます。
「全弾装填! ファイアっ!」
立て続けに大きな発射音がして、天井に大きな穴が空きました。そこから青空が‥‥。いつの間にか海上まで出ていたんです。マゼランがフクロウさんの言葉で何か叫びました。フクロウさんがお腹の触手で袋を二つ抱えました。
〈警察のシップが来るそうだ。背中に乗って!〉

でもあたしはそんな言葉聞いてませんでした。マゼランがぐらりと崩れて、そのまま座り込んでしまったんです。完全に力を使い果たしたように‥‥。身体を起しているのさえ辛そうなその様子は、昨夜のマゼランとそっくりでした。

『エネルギーが尽きたようだな』って緑の宇宙人の言葉が蘇りました。エネルギーって‥‥まさか、武器のエネルギーじゃなくて、マゼランのエネルギー? 無くなると変身できなくなって、マゼランも動けなくなっちゃうような‥‥。

でも昨夜は‥‥? 会った時は確かに疲れてたけど、別れる時は元気そうで、すごいスピードで砂浜を駆け上がって行って‥‥。


昨夜のマゼランの様子を必死で思い出します。

(君の所に行かなきゃならなかったのに‥‥)

あんなにいきなり‥‥ちょっと乱暴なくらいの‥‥キスするなんて、マゼランらしくなかったのは確かで‥‥。

(君に付きまとうのは確かに理由がある)

ラバードさんの時も‥‥変身したのはキスのあとだった‥‥‥

(君と会えたから、もう大丈夫)

あたしは自分の唇に手を触れました。

‥‥あたし‥‥‥‥



緑の宇宙人がマゼランのすぐ前まで近づいていました。マゼランがそれを見上げ、口の端だけで笑いました。
〈お前達は‥‥もう逃げられない。船は飛ばない。‥‥浮上させる時に細工したんだ‥‥〉
〈スタージャッジ、貴様‥‥。いい覚悟だな‥‥〉
〈ああ。僕の身体は‥‥くれてやる。好きにしろ。‥‥だが4人は警察に‥‥〉

「いやよ! そんなの絶対いや!」
檻の棒を滑りおりた手がひりひりと熱い。でもあたしの身体はもっと熱くて、まるで蒸気になったよう。

「‥‥よ、陽子、ばか! くるな!」
「バカじゃないもん。怖くもない!」

お願い、あたしの考え、当たってて!

あたしは空を飛ぶように走ってマゼランの腕の中に飛び込みました。
まん丸な目をしたマゼランの頬を両手で包んで、そっと唇を近づけます。

大好きな人に生きていてほしい。ただ一つの願いを全身全霊で祈りながら‥‥。

|2007.02.18 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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