サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 1) 不法侵略お断り
〈ターゲットポイントまであと30秒〉
空にきらめく星と地にきらめく灯火に挟まれて、僕は夜明けを待つ黒い空をひたすらに翔ていた。

〈艇外での活動個体10体まで確認。あと14秒〉
頭の中でヴォイスそっくりの声がささやく。着用しているサポートアーマーに装備された各種センサーと母船の探索結果の統合情報。ある意味僕自身の"思考"のハズなのに任務の時はなぜか彼女の声音で聞こえてくる。

眼下には延々とゴミの山。比喩じゃない。この星には完全な"廃棄物"がまだ存在する。地球人たちは壊れた物質を原子レベルで再構成することも、エネルギーに変換する技術すらも、まだ持っていないんだ。

上空四キロメートル程度の上空に奴らの輸送艇が浮かんでいるのを、僕自身のセンサーにて確認する。形はまさに地球人の考える"空飛ぶ円盤"。少しひしゃげたボールに広めの縁をつけたような形だ。僕にとっても有り難いことに、地球のレーダーに対するステルス加工は万全。その上地球人の可視光周波数帯で電磁波の透過コーティングをしてる。受け取った電磁波を反射せず反対側に放出するから、電磁波的に透明になり、地球人からは"見えない"というわけだ。

そしてその直下。少し平らになった場所にコミカルな異形達がわらわらゆらゆらと仕事に励んでいる。こいつらムジカ星系スブール星の生命体フラーメたち‥‥。ラバードの作業員だ。ラバードは一番しつこく地球を狙ってる異星人なんだ。

「こらっ」
「ひええええっ スタージャッジだぁ!」
「やだよぉ! もう変身してるよぉお!」
飛び降りた僕に、フラーメたちはシャベルやジョウロのようなものを取り落として大騒ぎ。二種類の生物がいるように見えるが同じ種族だ。地球の雄と雌同様、二つの形態から子孫を残すことで環境に適合している。

「スタージャッジが現れたよぉ!」
「ラバード様に連絡してぇえ!」
「応援要請だぁ!」
「もっと降りてこーい!」
次々と輪唱みたいに喚いているのは、大きな目玉を1つだけ持った巨大な(地球人より頭一つ大きい)軟体動物。一応これが"雌"にあたる。身体の大部分は黄褐色。背中側は濃い緑でだいぶ堅い。通信機に向かって騒いでるのがいたが、このぐにゃぐにゃな身体の中にいろんなものをしまって(めり込ませて?)るんだ。ボディからは腕が二本出てる‥‥が、驚かせると増えたりするから手というよりは触手に近い。二本の足も申し訳程度にあるんだが、結局、身体全体をうぞうぞと動かしながら進む方が好きらしい。

惑星スブールは太陽からやや遠くてオゾン層が厚いため、スブールの生命は地球の太陽光の紫外線に弱い。だからこうして夜活動してるんだ。とにかく早いところ退去させなきゃ!
「お前達! 今度は何をたくらんでるんだ!」
「タネを蒔いてただけですぅ!」
「蒔いてただけです〜!」
「持ってきたタネを蒔いてただけです〜〜〜」

種だって!? 大問題じゃないか! 見たら奴らの足元、妙な芽が出てるし!
「地球外植物なんか植えるな!! 自然な進化が妨げられるだろーがっっ!」
「だって、ラバード様が〜」
「ラバード様が〜」
「いいから、さっさとそれ持って帰れ! 全部ちゃんと抜くんだぞ。監視してるからな!」

そうこうするうちに輸送艇の高度が下がってきて、そこからもう5体のフラーメ達が降りてきた。地上に居た連中とごしゃっと集まると相談を始める。
「どうする?」
「変身してるぞ」
「もう変身してるぞ」
「強いぞスタージャッジ」
「ああなってるともっと強いぞスタージャッジ」
そうそう。強いからね。さっさといい子に帰ってくれ。

フラーメの雄は雌より一回り小さいが、明確な手足を2本ずつ持っている。進化の過程で甲羅が変形し、柔らかい部分を包み込んで手や足や首などのパーツを形作った。頸部から上腕にかけてと腰部から上脚部は背中と同様に濃緑の外殻で覆われている。頭は横置きのラグビーボール状で、その両端が派手なオレンジ色の渦巻き模様。ここからコウモリのように超音波を出して周囲の状況を把握するだけで受光器官は無い。そのせいか雄は光に多少強くて、厚めの雲が出てるなら昼間でも大丈夫らしい。

フラーメ達はまだ相談してる。
「いやでも、まずいだろ」
「怒られるだろ」
「ラバード様に怒られるだろ」
「これ持って帰ったら絶対ラバード様に怒られるだろ」
「どうしよう」
「どうしよう、どうしよう」
「そうだ、スタージャッジやっつけよう」
「やっつけろ!」
「やっつけろ、スタージャッジ!!」
おいおい!

うーん、フラーメは知能はあるし、学習もするんだけど、命令にはけっこう頑固に従うんだよな。
彼らはスブールの自然種を品種改良した生命だ。地球で言ったら家畜にあたるか。小型種はペットとしている人も多いと聞く。地球人にとっての犬と同じ感覚かな。ラバードは彼らに補助チップを埋め込み、簡単な会話ができるようにして部下として使っている。

そんな生物だから僕にとっての脅威は皆無だ。大変なのはどうしたらあまり傷つけずに静かにさせられるかってこと。成長しても未分化細胞を保持し続ける種なので外傷には比較的強いが、あまり手荒な真似もしたくない。でも長い付き合いの結果、雌は甲羅の中央上部、雄は頸部の甲羅の下端のあたりにピンポイントで打撃を加えると気を失ってくれることがわかってきた。

ということであっというまに15体が地面に転がる。さっき通信機で輸送艇と話してた奴の身体から通信機を取り出して、ONにした。
〈きゃー! スタージャッジが通信してきた−!!!〉
〈もうダメだ−!〉
当然、輸送艇からこっちの様子を見てたはずだ。フラーメ達のわめき声が聞こえる。

「今すぐ重力トレーラービームを降ろせ!」
〈そんなこと言って登ってくる気だなー!!!〉
〈違うって! こいつらを乗せるんだよ! 置いて帰ったらラバードからものすごく怒られるぞ? いいのか?〉
しばらくキャーキャーと騒いでいたが、そのうち船からトレーラービームが降ってくる。僕はビームの範囲内に意識の無いフラーメの身体を手早く放り込んだ。ぐったらぐったらと15個のボディが輸送艇に消えると、輸送艇は一目散に逃げていった。

よしよし。まあラバードはなんのかんの言ってフラーメを大事にしてるから助かる。フラーメも僕のことを怖がってはいるが、無駄にいじめないことはわかってるようだ。
時には作業員を使い捨てにするようなヤツらもいて、数体なら母船に確保して秩序維持省(地球で言う警察にあたる)に回収してもらうんだけど、できない時もあって‥‥。大量の地球外生命の痕跡が残っちゃうとすごくマズイから、仕方ないんだよな‥‥‥。‥‥ああ、ちょっと嫌な記憶が‥‥。忘れとけ。仕事仕事。

うっすらと白み始めた東の空。空が反射するわずかな光を浴びてつやつやした黒い芽がゴミの間からのぞいている。気のせいか、さっきより大きくなってないか? 根を残さないように気をつけて掘り起こした。とにかくえらく堅い。こんな植物あるのかな。

捜索範囲を広げてみたけど回収できた芽は三つ。それを防護ケースに入れる。万が一爆発してもこのケースなら問題ないだろう。これで任務完了。僕は緊急形態(エマージェンシーモード)を解除した。身体を覆っていたサポートアーマーがばらばらの原子になり、殆どが淡い光と共に空気中に散らばる。金属類その他のコア原子は体内にあるエントロピー・リミテイション・スティックに回収された。緊急形態は目立ちすぎるし、何よりエネルギーをやたら消費するんだ。


僕は未接触惑星保護省第二十八局所属スタージャッジ0079。地球人そっくりに作られた強化合成人間(ビメイダー)だ。ちなみに未接触惑星保護省は法に則って星の自然な進化を見守り、保持することを目的に作られた宇宙連合の一部局になる。
世の中には宇宙航行技術を持たない星に乗り込み、進んだ技術で星を侵略して不当に富を得ようという奴らがいまだに多い。そういった者たちから担当惑星を守ることが僕らの使命。もちろん宗教の勧誘や、商品、知識、技術の販売もお断りだ。そういったことには大抵下心があるし、そうでなくても色々とやっかいな問題を引き起こすことは歴史が証明している。

僕は通信機を取り出してスタージャッジ本部にアクセスした。
「こちら0079。出没したのはスブール星ラバード配下のフラーメ15体。植物の種を蒔いていた模様です。もう芽が出てました」
〈植物ですって!? 大問題だわ!〉
ヴォイスの声は地球の女性の声みたいだけど、実際はずっと高い。一般の地球人には聞き取れないだろう。彼女はあちこちの星に派遣されているスタージャッジの管制員だ。あ、僕は地球暮らしが長いから勝手に「彼女」と言ってるけど、じつのところヴォイスが自然人なのか、ビメイダーか、はたまたコンピュータなのかはよく知らない。

「で、回収した芽なんですが、そちらで調べてもらえませんか」
〈了解です。送って下さい。それからエネルギー局から連絡です。遅れていたエネルギーボードは8サトゥルほど前に貴方の居住地点に送付したそうです〉
「え? ゲイザーにじゃなくて?」
〈かなりぎりぎりになってしまったのでそうしてもらいました。船に帰る力も無くなってる可能性もあると思われましたので〉
「そうならない前に送ってくださいよ!」
僕は地球人と同じように食事もできるんだけど、それでこのボディを維持してくのは無理。本部から送られてくる特殊エネルギー「HCE10-9」が無いと活動できない。だけど最近微妙にボードが滞り気味で‥‥。

〈ここのところ未接触惑星を狙った悪質な犯罪者が増えています。各地のスタージャッジは大忙し。お陰でボードの生産が間に合わないのです〉
「そんなこと自慢げに言わないでくださいよ〜」
〈遅れたお詫びにプレゼント仕様にしたと言ってましたよ〉
「余計なことはいいですから!」
こっちはそろそろ船に戻らないとだめか‥‥まで思ってたのに、まったく本部の連中ときたら! 僕のエネルギー残量は、この姿のままで居たとしてもあと1日は持たないとこまできてた。地表で活動停止になってこの身体を地球人に調べられたりしたら一大事。地球にはあり得ない技術が満載だ。皮肉だけど、僕自身もまた地球の自然な進化を妨げる存在なんだ。

ちなみにスタージャッジは担当している星の近くに船を隠している。僕の相棒はグランゲイザー。月の裏にいることが多いが、不穏な状況になると熱圏以上、衛星軌道未満の地球人にとっては中途半端な位置まで降りてくる。

スタージャッジがエネルギー切れ等々で"死"を迎えると、ボディは自動的に母船に対して特殊な信号を送信する。船のドックはその信号を受けて、最新の記憶のバックアップを組み込んだスタージャッジを"復元"するんだ。たとえば僕は半年前にバックアップを取っているから、今もし僕がここで動けなくなったら、しばらくしてから半年前の"僕"がここに降りてくることになる。新しい"僕"の最初の仕事は、古いボディ、つまり今の僕の"死因"の調査と消去。そしてその後しばらくは半年分の記憶の欠落による違和感をかかえて暮らすことになるだろう。僕も過去一度だけ経験がある。まあ、好んでやりたくはないイベントだ。

その時のことを思い出して、少々不活性な状態になってしまった僕には構わず、ヴォイスは他の星の状況を色々と話している。
宇宙にはそれこそ星の数ほどの未接触惑星があるが、それを全部守り切るには人手が足りない。だから一つの星の担当は基本一人だ。長い長い期間、故郷から遠く離れた星を一人で守り続けるのは自然人には不可能だから、スタージャッジは必ずビメイダーが従事する。
それでも貴重な資源があるとか、交通の要所だとか、侵略者に狙われやすい星は一人じゃ対応しきれない場合もある。そういった星には例外的に複数のスタージャッジが赴任するが、彼らの任務は往々にして戦闘続きの危険なものになるのが常だった。

〈貴方は地球みたいに資源も無い、他星系への足掛かりにもなりにくい僻地惑星で良かったですね。だから当分一人で頑張って下さいね♪〉
「はあ‥‥」

ではまた、とヴォイスとの回線が閉じた。周囲は既に夏の朝日で満ちている。芽を入れたケースをぶら下げて廃棄物の山の中を抜けていく。遠くに見える高いビルやマンションの窓がきらきら光を反射して、なんだか僕だけが妙に"重い"まま、取り残されてる感じだ。

僕はふうっと大きな溜息をついた。

ビメイダーの僕が溜息なんておかしいのかもしれない。

でもここ何十年か、溜息をつくことが、とても多くなってきてたんだ。


|2006.07.29 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 2) おかしな闖入者
現場近くまで乗っていった小さな自動車を操縦して、てこてこと自分の借家に帰ってきた。通常は移動カプセルを使うことが多いんだけど、車で間に合う場所だったから車にしてみた。温暖化ガスを排出してしまうのが申し訳ないが、僕自身のエネルギーを一番節約できて、かつ目立たない移動方法だ。

エネルギー源は変われど自動車の仕組みは最初からあまり変わってない。インターフェースも秀逸。といっても地球人タイプの生命の移動マシンは、なんとなく似た操縦法に落ち着いてくるようだ。これで普通に飛べてくれたら有り難いんだけどなぁ。まあ地球の恐るべき交通渋滞を見てしまうと、これが空中だったら大変だ、とも思うんだが、でも僕がいる間に飛ぶ車、出来ないかな。ちょっと期待してるんだ。

僕が前任者の0024からこの惑星を引き継いでからもうすぐ2418年が過ぎようとしていた。最初はずっとグランゲイザーに住んでて、必要がある時だけ地表に降りてきてた。でも千年ほど前だ。ばたばたと続けて身体的トラブルが発生し、一時的に帰還させられる羽目にまでなった。でもオーバーホールしても原因は不明。博士達の提案で地上で暮らしてみたら、なんとなく不調が収まって今に至る。

僕は地球用に作られたから地球人そっくりの外見を持ってる。だから地球人の常識に則って行動していれば僕が宇宙人とバレることはない。まあ色々あってバレた場合は、悪いけどその人間に対して記憶処理をさせてもらう。僕みたいなのが地球に来てるってばれると、ほんとマズイから。
スタージャッジのもう一つの任務に担当惑星のデータ集めがあるんだが、それも地表に居た方がずっとスムースに進む。特に今の地球の「人」である地球人の行動形式を調べるには、船からだとなかなか難しい。だから地表暮らしになったのは僕の任務上も良かったと言える。

ちなみに0024は僕とは全く異なる姿で、地球で言ったら‥‥鳥‥‥っぽいかな? 翼とは別に手はあるし、足も地球の鳥よりがっちりしてるし、全長3m近いけど。彼は地球のために作られたビメイダーじゃないんだ。地球では一応人類は発生してたけど、どの種が残るかまだはっきりしてなかった時代で、他の星での仕事を終えた彼が回されたのだと聞いている。だから彼は地表でおおっぴらに活動するのは無理だったんだよね。


決められた駐車場に車を停めて降りた。敷地内には三階建ての建築物が四棟並んでいる。今は外装と耐震の工事中で、全体がシートで覆われているため全容がわかりにくいかもしれない。全てがワンルームの独身者向けのせいか住民同士の干渉が殆どない。僕にとっては大変都合が良くて、普段は二、三年で住居を変えるのに、珍しく五年ほどここに住んでいる。

僕の部屋は一番北側の棟の三階。いちばん駐車場に近い角部屋だ。階段が逆側にあるのでちょいと遠回り。まあベランダまで一跳びの高さだけど、見つかったら大変だから行儀よくしてる。
建物に入るとにわかに周囲の揮発性物質の濃度が高くなる。僕の嗅覚センサーは気体の簡単な分析が可能だ。もちろん生体に害があるものじゃないが、敏感な個体だったら少々不快かもしれない。ちょうど内壁の塗装に入ったところだから、ドアの周囲やナンバープレートや表札もきっちりマスキングされてて、いやはやこういう丁寧さは本当に日本らしい。

そうそう。ここは日本なんだ。偽造してる身分証明書でも今の僕は日本人。僕の外見がアジア系に見られやすいこともあるが、とにかくこの国はトラブルに会う確率が圧倒的に低い。その上情報の取得ルートに事欠かない割には行政や警察が呑気なのも都合がよく、最近はこの国をよく拠点にしている。
身分証の名前は間瀬藍太郎(まぜ・らんたろう)。地表での名前は本来僕にとっては着ているシャツ程度の意味しか無い。僕はあくまで未接触惑星保護省の所有するビメイダー「スタージャッジ0079」だから。ただ0024がつけてくれた"マゼラン"という名前が気に入ってて、可能な範囲でそれに絡んだ名前にしてる。

製造スケジュールが遅延したせいで、僕は作られてすぐに地球に送り込まれた。連合所属ビメイダーとしての一般的な知識は製造時にインストールされてたが、地球の知識はゼロ。スタージャッジの標準引き継ぎ手順では通常必要な情報は本部で可能な限り取り込んでから赴任する事になっているのだけど、そんなこんなで僕は殆ど全てを0024から直接教わることになり、引き継ぎも一年近くかかった。
0024は僕の白紙っぷりに驚き呆れながら、色んなことを教えてくれた。出来の悪い生徒が気になったのか、未だに五、六十年に一度は連絡をくれるし、数百年に一度のオーバーホールの時は必ず彼が代理スタージャッジで来てくれて、何日か一緒に居る時間ができる。こう言っちゃなんだが、彼はあんまりビメイダーっぽくない‥‥ような気がする。

四百年ぐらい前に彼が来た時だ。たまたま852銀河と852A銀河が見える位置にグランゲイザーが居て、何の気になしに、あの二つの銀河が気に入ってると言った。そうしたら0024が、興味を示した時の特徴的なポーズ、首をくいっと伸ばして「なぜだ?」と聞いたんだ。

十世紀にペルシャのアル・スーフィーという人がこの星雲を「白い雄牛」と名付けたそうだが、当時の状況では普及は無理だったんだろう。結局フェルディナンド・マゼランの航海日誌に出てくることから、地球では大マゼラン星雲、小マゼラン星雲と呼ばれるようになった。
この二つの銀河はなんのかんの言って地球人の興味を捉え続けている。物語の題材になったせいで普通の人にも知名度があり、手近な銀河だから、あちこちの天文台がさんざん観測して計測して、シミュレーションしてる。今の科学に至った地球人達にとっては初めての超新星爆発もここで観測された。

あの二つは十数億年前に851銀河の傍に居るようになった。そのうちまたどこかに飛んでいっちまうんだろうが、僕の赴任中はあのあたりに居るんだろう(地球人が宇宙の住人になれば、スタージャッジは不要になるんだ)。銀河ごと彗星みたいにうろうろしてるくせに、あいつらは細く長い水素の橋(マゼラニックブリッジ)でつながってる。それがまた面白くて、なんだか引継ぎの頃の僕らみたいに見えたんだ。もちろん大マゼラン星雲が0024、ぼやんと頼りない小マゼランが僕で。

0024は僕の話を黙って聞いてた。まん丸の目を瞬きもせずにこっちに向けて、いつもふわっとしてる頭部の羽毛がぴったりしてたから、かなり興味を持ってたんだろう。で、「マゼランなら標準語でも悪くないな。そう名乗ったらどうだい?」といきなり言い出したんだ。
宇宙連合所属のビメイダーには自由人が使うみたいな名前は不要だ。製造番号とIDがあれば十分だからだ。僕は0079、0024は0024、それでちゃんとわかる。だから彼が言ったのは僕が地球上で使う名前のことのはずで、それが宇宙標準語としてどう聞こえようが関係ない。0024も変なこと言うなぁと思ったけど、次にヨーロッパに住んだ時に使ってみた。「マゼラン」と書いたり名乗ったりするたびに0024のことを思い出して、結局その後も可能な限りこの名前を入れたりアナグラムしたりして使ってる。


そんなことを思い出しながら歩いてたせいで注意がおろそかになってたようだ。僕が異変に気づいたのは自分の居住区画のドアの前だった。
部屋の中に誰かいる。聴覚センサーの感度を最大にしてもゆったりとした小さな呼吸音が聞こえるだけ。機械音は‥‥時計の音‥‥まさか爆弾? いや、そんなもんかかえて、こんなのんびりした息づかいは無いだろう。

ノブを回したら鍵が閉まってる。なんでさ。侵入して鍵をかける泥棒なんて聞いたことないぞ。とにかく中に入った。玄関に白い小さなサンダルがきちんと向きを変えてそろえて置いてある。
上がり口に防護ケースを置いて、バスや物入れの前を通り部屋のドアをあけて‥‥そのとたん僕は固まった。ベッドに誰か寝てるぞ!?

枕にウェーブのかかった栗色の髪の塊が埋もれている。そばの棚にはピンク色の時計。かすかに甘い香りがする。手を伸ばしかけたら、その頭がくるりと寝返りをうった。
僕の枕に載ってるのは、色白の整った少女の顔。日本人じゃなさそうだ。と、長い睫に縁取られたまぶたがゆっくりとひらく。貴石みたいな黒い大きな瞳に映り込んだ自分を見つめながら、僕の頭は地球に来てから最大のパニックを起こしかけていた。

少女は一度だけ瞬きをした。唇が開き始める。僕はとっさにその唇に手を触れて、もう一方の人差し指を自分の唇に当てた。幸い少女は叫び出しはしなかった。むくりと上半身を起こすと厳かに宣う。
「あなた、だあれ?」
「き、君こそいったい誰なんだ?」
「わかったわ。あなたが泥棒っていう人ね?」
「ここ僕の部屋なんだよ!」
「うそ。あたしが一人暮らし初めてだと思ってバカにしてるんでしょ」
少女がベッドからとんと飛び出した。パジャマのまま机に近づくと、上にあったカギを取り上げ、誇らしげに僕に見せる。306と書いたタグがついていた。
「あたしが昨日からこのお部屋を借りました。階段のとこからちゃーんと数えたんですからね」

少女は「まいったか」と言わんばかりの顔で僕のことを見てる。確かに参った。こんなことが起こるなんて‥‥。
「マスキングでナンバープレートが見にくかったんだろうけど、ここ、307号室なんだよ。日本だと4が不吉だからって使わないことがあるんだ。君の部屋、隣だと思うよ」
「そんなはずないわ。住むのは半年だから家具付きでってお願いしたのよ。それに隣の部屋、ドアが開いてたからこっそり見ちゃったけど、中、何にも‥‥冷蔵庫すらなかったもの。あのお部屋もこれから工事するんでしょ?」

「‥‥君、海外から来たんだね?」
少女の日本語はうまかったけど、どこか癖がある。家電が部屋の設備として常識になってる国は実際多い。日本人は他人が使ってたものをそのまま使うことに抵抗を感じる人が多いから、部屋は空っぽなのがほとんどだが、この子が自国の常識で動いたんだとすると‥‥。

「はい。アメリカから来ました。陽子・ジョーダンっていいます。昨日夜遅くに着いたの。廊下の明かりのスイッチがわからなくて‥‥。‥‥確かにナンバープレート、見なかったけど‥‥」
ああ、アメリカは家具付じゃなくても、冷蔵庫とか洗濯機は備え付きが普通だったな‥‥。
「家具付きってのたぶん行き違いがあったんだと思うよ。このアパートにはそういう部屋は無いもの。あ! そういえば君、どうやってこの部屋入ったんだ? 僕は確かに鍵をかけて出かけたし、もし不動産屋から受け取った鍵で開いちゃったんだとすると‥‥」

少女の頬が赤みを帯びて、まるで失敗を見つかった子供のような表情になった。
「あの‥‥。合鍵の出来が悪いんだと思ったの。アメリカじゃよくあることだし。着いたの遅くて‥‥とっても疲れてて‥‥。モバイルもまだなくて連絡できなかったから‥‥、つい、それで‥‥」
机の上に転がってたのは、伸ばして妙な形に曲げられたヘアピン。

思いっきり力が抜けた。
「どっちが泥棒なんだよ〜」
「お家の鍵を忘れた時しか使わないもの!」

それでも少女はすぐにしょんぼりした顔になり、ぺこりと頭を下げた。
「間違えてごめんなさい」
「あ、いや‥‥」
僕がもごもごと何か言いかけてるうちに、少女はベッドの足元から大きなスーツケースと旅行バッグを引きずり出した。枕元の時計をバッグに入れ、クローゼットのハンガーから洋服を取り出して手に持つ。そうなるともうバッグを持つだけで精一杯だ。僕は二つの荷物をひょいと持ってやった。
「手伝うよ」
「すごーい! あなた力持ちねー! パパだってすっごく重そうだったのに!」
「パパ? ちょっと待って。お父さんも一緒だったのかい?」
少女はぷるぷると首を横に振った。
「ううん。パパは送ってくれただけ。でなきゃ一人暮らしになんないでしょ?」
「あ‥‥うん‥‥。そうだね‥‥。そうだけど‥‥」

父親が一緒に居ながら隣の部屋に入っちゃうって‥‥どうなんだ? もう、大丈夫なのかな、こんな子が一人暮らしって‥‥。‥‥だめだだめだ。深入り禁物。
部屋には電送機を組み込んだ冷蔵庫があるだけで、あとは全部地球のものだから、たとえ泥棒に入られても問題は無いと思ってたけど、まさか住み込んじゃう地球人が現れるとは‥‥。特殊ロックを付けた方がいいかな。でも余計な技術をあんまり持ち込みたくないしなぁ‥‥

思考が空回りしている間に、少女はサンダルをつっかけて部屋を出て行く。バッグとスーツケースを持って廊下に出ると、彼女は隣の部屋のドアにとりつき、鍵を開けたり閉めたりしていた。
「ほんとにこっちの部屋だったのねv」
少女は僕に向かって屈託のない笑顔を向けた。開けたドアを押さえると、両手に荷物を持った僕を招き入れる。荷物を置いた僕に、小さなミストレスは手を差し出した。

「どうもありがとう。ええと‥‥お名前は? あたしのことは陽子って呼んでね」
「僕は、間瀬藍太郎」
まっすぐに僕を見つめてる黒い瞳に、また、吸い込まれたみたいに僕の姿が映り込んでた。僕はおずおずと右手を出して‥‥、次の瞬間、自分の言葉に自分で驚いてた。
「マゼランって呼んでくれる?」

「はい、マゼラン。とにかく色々とごめんなさい。これからもどうぞよろしくね」
少女はにっこりと笑うと、僕の手を両手で包むように握り返した。

閉めた彼女の部屋のドアを見つめて、僕は自分の言葉を反芻してた。
なぜ、名乗るだけで止めなかった?
なぜ、彼女に名前を呼ばれることを想定した?
それ、スタージャッジとしてありえないことだろ‥‥?

向きを変えて自分の部屋に戻りながら右手を開いたり閉じたりしてみたら、少女の華奢な指の感触が、ひどく鮮やかに残っていた。

|2006.07.29 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 3) 山積み無理難題
部屋に戻った僕は、メインルームの一部にある小さなキッチンエリアに入った。湿った小判のタオルがちょこんと置かれてる。たぶんあの子のだ。掃除でもしたのかな? あとで返しにいかなきゃ。水を飲むくらいで料理なんかしないから、シンクもコンロも全く使ってなくてぴかぴかだ。確かに、これ見たら誰も使ってないって思うかも。

間の悪いことにクローゼットも空っぽだった。普段なら着替えが一式かかってるんだけど、先日うっかり壊しちゃって机の引き出しに丸めて放り込んである。エネルギー取りに行ったついでにグランゲイザーで作ろうと思ってたんだ。地球で入手できる普通の服は僕にとってはヤワすぎるから、少し強化した服をゲイザーで作って使ってる。ああ、僕らビメイダーは新陳代謝とか無いから日々の着替えのようなものは不要だ。ただずっと同じ服だと逆に目立つから多少の着替えを用意してるだけだ。

しっかしベッドに布団がある時点で気づいて欲しかったよなぁ。寝ることで記憶の再構成がされたり、細かい損傷が治ったりするから、ビメイダーにとっても睡眠は悪くない行動で、ベッドだけはちゃんとあつらえるんだ。

変わった子だったけど、可愛らしい子だったな。というよりえらく印象的というべきか。あんな年齢の子と喋ったの初めてだ。赴任してからずっと地球人とはできるだけ喋らないようにしてきた。もちろん不動産屋とかどうしても仕方ない時もあるが、僕が話す相手はあくまで組織の一個人だけで、特定の個人とは顔見知りにならないようにしてるんだ‥‥。

やっぱり、引っ越したほうがいいのかな‥‥。

なんだか人懐っこい感じだった。廊下でちらりと顔を合わせただけでも近づいてきそう。近所にああいう人間がいないところを選んできたし、いたらすぐに引っ越してた。そのうえ何ぼーっとしてたんだか、僕までうかつな挨拶しちゃったし‥‥。僕らは担当惑星の住人と親しくなっちゃいけない。‥‥絶対に、いけないんだよ‥‥。

とにかくエネルギーをとっておかなきゃ。エネルギーボードは地球のもので言ったら‥‥そうそう、大きめの板チョコみたいな外形。地球の出動頻度なら一枚で三ヶ月程は持つ。摂取方法は普通に口に入れるだけ。嚥下するかしないかで体温でふわっと溶けて気化して吸収される。
ボードは通常はグランゲイザーに届いて、こっちが船に帰って摂取するのが普通なんだが、今回はぎりぎりだったから僕が行き倒れにならないようにと特別にこっちに回してくれたらしい。宇宙では電送機は電話みたいなもので、無いと不便なので地表にも持ち込んでる。どこにでもあって一番無難そうということで、地表で手に入れた冷蔵庫に仕込むことにしてるんだ。
ヴォイスが8サトゥル前言ってたのが五時頃だっけ? 1サトゥルは地球の80分弱だから届いたのはだいたい昨夜の七時頃。惜しかったよな。出動と入れ違いになっちゃったんだ。

冷蔵庫の周囲には静電センサーを仕込んであって、全体を二周撫でてからでないと開かないようになってる。で、いつものようにその白い扉を開けた僕は目をぱちくりとした。庫内は空っぽで何にも無い。なんで? ヴォイスはちゃんと送ったって言ってたよな? グランゲイザーの中継ポイントにひっかかってるかとも思ったけど、無い! ログはちゃんとここまで電送されてることを示してる。僕は焦って何度もドアを開け閉めしてみたけど、そんなことでボードが現れるはずもない。

ものすごく嫌な予感を押さえ込みながら部屋を探し回った。少女が起きた時そのままになっていた上掛けをのけたら、ベッドの頭部の棚の隅、きちんと畳まれた銀色のシートと青いリボンが‥‥。あわてて取りあげて広げてみる。やっぱりエネルギーボードを包んでたはずのシールドシートだ! リボンも地球のじゃないしっっ!

こ、これって‥‥。
なんか、ものすごーく厄介なことになってるんじゃ‥‥。

僕は部屋を飛び出した。隣の、あの陽子・ジョーダンと名乗った少女の部屋のチャイムを鳴らす。まだパジャマ姿のままで陽子はすぐに出てきた。
「あら、マゼラン、どうしたの?」
「あ‥‥あの、君‥‥、も、もしかして、冷蔵庫の‥‥」
「あっ チョコレート! ごめんなさい、あたし、全部食べちゃったわ!」

や。
やっぱりぃい!!!!

「れ、冷蔵庫、どうやって開けたの?」
「え? 普通によ。パパに触るモノは一度拭いてからって言われてたから、お掃除して、中も拭こうとして開けたら中に包みがあって‥‥」

嘘だろ‥‥。
濡れたタオルじゃ電子通しちゃうもんな‥‥。ぐるっと二周拭いたんだ‥‥。

「リボンがついてたから、きっと大家さんのプレゼントだと思って‥‥」

少女の声がなんか遠い所から聞こえてくる。

どうして?
なんで、こうなるの?
住居の外壁の塗り直しにぶつかることはけっこうあるよ。
でも、なんでそのタイミングでお隣さんが引っ越してくるの?
それも日本の事情にうといアメリカ人の子がたった一人で。
そのうえ鍵開けの名人で、変なとこで几帳面で、なんだかわからないチョコレートをいきなり食べちゃうような無防備な子が。
全部の確率を掛け合わせてみてくれよ。どれだけ小さくなることか‥‥。

「‥‥ねえ、どうしたの? マゼラン?」

だいたいヴォイスも気を回しすぎなんだよ。普通にゲイザーに届けてくれりゃいいのに。エネルギー局も悪いや。さんざん遅れた上に、‥‥まあ、最近あちこちで使われてるから仕方ないんだろうけど‥‥、なんでリボンなんかつけるんだよ。おかげで‥‥。

‥‥そういや、あれ、人間が食べてなんともないのか? HCE10-9を人間が食べてどうなるかなんて、考えたことないぞ‥‥。‥‥‥‥もしあれが原因でこの子が死んじゃったりしたら?

いきなり僕の上着に少女がすがりついてきて、循環器系のリズムが跳ね上がった。
「ごめんなさい! あれ、誰かへのプレゼントだったのね!? いつあげる予定なの? どうしよう‥‥。あたし、あんなに上手に作れない‥‥」
うつむいた少女の声は今にも泣き出しそうだ。‥‥だめだ。わからないのに怖がらせちゃ。まず本部と相談しよう。全てはそれからだ。僕は少女の肩に手を置いて身体を離すと、作り笑いで彼女の顔を覗き込んだ。

「‥‥あ、違う違う。いいんだ。ちょっと‥‥変わったチョコレートだったろ? だから‥‥」
「ほんとに誰かへのプレゼントじゃないのね?」
「うん。違うよ。大丈夫だよ」
僕を見つめる少女の顔に少し安堵が広がる。

「ああ、良かった‥‥。でもとっても美味しいチョコで‥‥。あれ、誰が作ったの?」
「‥‥あ‥‥。‥‥うん‥‥。ええと、会社の人っていうか‥‥」
「‥‥ごめんね‥‥。その人にも悪いことしちゃった‥‥。今度お詫びにあたしの好きなチョコをあげる。お祖父ちゃんちのそばのお店なの」
「うん。ありがと。じゃ‥‥」
「そういえば! 冷蔵庫、あんまり冷えてなかったみたいよ。早く修理頼んだ方がいいわ」
「あ、ああ、そうする。ありがとう、じゃあまた!」

挨拶もそこそこに部屋に戻ると通信機を取り出して本部にアクセスした。
〈あら、0079、また事件?〉
「大変です! 送ってもらったエネルギーボードを地球人に食べられてしまいました!」
〈それはまた、珍しい〉
「珍しがってる場合ですか! だいたいあんなリボンなんかつけるから!」
「‥‥地球の習慣をわざわざ調べてあげたのに、心外なコメントです」

「そんなこといいから質問に答えてください! まずあのボード、地球人に害は? 食べた個体はどうなるんですか!?」
〈安心しなさい。あれはほとんどの生体に無害です。プラスもマイナスも、なんの影響も与えません〉
「エネルギーは?」
〈貴方たちと同様、体内に分散して蓄積されています。生体では消費出来ませんから、そのまま対流し続けているだけですね。吸収システムを持つ貴方なら簡単に取り出せますよ〉
「どうやって?」
〈表皮の薄い部分から吸収するんです。地球人の構造からして唇が適切でしょう〉

「‥‥くちびるから‥‥どう‥‥?」
〈‥‥0079のシステムは‥‥なになに、エネルギーは経口摂取と‥‥。ならば当然く‥‥〉
「ちょっと待って下さい! 地球の習慣において、そーゆー行為はですねっ!」
〈各惑星での習慣云々は派遣されている担当員が担うべき問題です〉

「無理ですよっ 僕は次のボードが来るまでグランゲイザーで眠らせてもらいます!」
〈スタージャッジ0079! 貴方はあのエネルギー‥‥HCE10-9の重要性をなんだと思っているのです! 指名手配中の広域犯罪者であれを手に入れたがる者がどれだけいるか!〉
「‥‥そ、それは‥‥」
HCE10-9は純粋な動力エネルギーとして使えるだけでなく、触媒や高速動力炉の潤滑媒体としても使える特殊エネルギーで、製造方法そのものも連合の極秘事項だ。秩序維持省とか僕らのような連合の機関やオーソライズされた設備では使われているが通常の営利活動には基本的に使えない。だからブラックマーケットではかなりの高値で取引されている。

〈問題の地球人の生命を気にしなければ、HCE10-9を一気に吸い出すことも可能です。その場合、HCE10-9の移動経路となる細胞は熱による壊死を免れないでしょう。表皮の薄い部分からエネルギー流量を押さえつつ徐々に回収するのが最も安全な方法なのです。それぞれの星の原住生命の遺失は極力避けるのが本部の方針なのはわかっていますね〉
「‥‥わかって、います」
わかってる。もちろんわかってるさ。
そんな方針なぞ無くたって、あの子をそんな目に遭わせられるか!

「とにかくエネルギー回収に全力を尽くします」
〈回収が完全に終了するまでその人物を監視下に置きなさい。スパイ・クリーチャの使用も許可します。それから例の植物は?〉
「あ、忘れてた。すぐ送ります!」
回収してきた芽を冷蔵庫の中のサブケースの中に入れる。冷凍庫側のスライド式のボードを出して掌を当て、出現したコンソールに手早く座標をセットしてドアを閉じた。

電送――正確にはクライリー電送と呼ぶ――の仕組みはこうだ。まず対象物質を構成する原子構造を調べて、その情報を電磁波でデータ送信する。受信側の原子状態が適切なことが判明したら、送信機内の物質を構成する粒子を全てクライリー波動に変換して送信する。クライリー波動は不可逆でパルスの特性を持つので、送信側ではその物質は消滅する。受信機側では受け取ったクライリー波動を受信機内に存在する粒子に写し取り、元の物質を再構築する。

クライリー波動は電磁波と同じスピードで伝搬し、リープ伝送路も通過できる。通常の空間の電送ならほぼ完璧なのだが、リープ伝送路を経由した場合が問題。電磁波やクライリー波動はリープ伝送路の通過時にエラーが入る可能性があるんだ。それでも電磁波送信は送信側に同じ物が残ってるからいいけど、クライリー送信は完全な移動になるので、それができない。

これは送る物質にも左右される。エネルギーボードのように一様な物質は特殊なモードで送るからまず問題は起こらないが、自然物のようにゆらぎが多いものはそれでは送れない。結果エラーが多くなる。さっきも言ったように物質の情報は予めデータ送信で送られてるので、変性の度合いがどのくらいかは測定することができる。聞いたことはないが、もし変性があまりに大きかったら最悪破棄することもあるんだろう。

どうしても完璧に届けたいなら直接船で持っていくのが一番安全。歪んだ空間を通過する場合、波にはエラーが入っても物質は物質のままだからだ。でも今回の芽のように多少エラーが入ってもいいものは(どうせラバードのだし)、こうやって電送で送るのが手っ取り早くていい。

そうこうしてるうちにパネルに送信済みのサインが出る。冷蔵庫をあければそこにはもう何もない。

そこまで終えて、僕はベッドに座り込み、話を整理してみた。

あの子からエネルギーを返してもらうには、僕は、彼女に‥‥地球人が言う‥‥つまり‥‥キスをしなきゃならないらしい。
キスというのが地球人にとってどういうものか、なんとなくは判ってる。物理的な生殖行為の一プロセスが、人間の社会的進化に伴い、異性とのコミュニケーションを主要目的とする精神的行為に変形したもの。相手の身体に物理的な障害を残すようなものじゃないが、若い個体や女性にとっては精神面に与える影響が大きい‥‥

わー、こんな知識あっても、ぜんぜん役に立たないじゃないか!

困ったことには時間も無い。24時間過ぎたら今の僕は"死ぬ"。そうしたら任務は半年前の僕が引き継いで、そいつが‥‥‥。

それは避けたい。だって過去の僕はあの子のこと知らないんだぞ。そりゃ僕だってそんなに知らないけど、過去の僕に任せるのはちょっと‥‥。じゃあ今からグランゲイザーに戻ってバックアップを取るか? いや、そんなことやってるより、彼女からエネルギーを返してもらう方が早い気がする‥‥

ピンポンとチャイムの音がした。ドアを開ければそこに居たのは目下大問題中の地球人、陽子・ジョーダンだった。
「いろいろごめんね、マゼラン」

そう謝る少女を、僕は改めて見つめた。
白い大きな襟のシャツに紺のショートパンツ。襟にも太い紺のストライプ。そこに丈の長めの淡いピンクのジャージーカーディガンを羽織り、小さなピンクのバッグを斜めがけしている。ウエストの細さがどこか人形めいてるが、ゆるやかなウェーブの栗色に縁どられたその顔はじつに表情豊かだ。ほんのり上気した頬に大きな黒い瞳、すっきり通った鼻筋に、艶やかでふっくらピンク色の‥‥。

‥‥って、だめだめだめ! 意識するとこっちが思考停止になっちまう!

「‥‥やっぱり‥‥、怒ってる‥‥?」
「お、怒ってない、怒ってない。ぜんぜん怒ってない」
「ああ、良かった‥‥。じつはちょっとお願いがあって‥‥」
「なあに?」
「色々お買い物しなきゃならなくて‥‥。このあたり、どこにどんなお店があるか教えてもらえないかしら」

買い物ね。少なくともそばにいる口実にはなりそう。ここらに何があるかなんて覚えすぎて飽き飽きしてるもんな。
「いいよ。良かったら付き合おうか?」
少女の顔に陽が射したような笑顔が広がった。
「ほんと? すごく助かるわ! ありがとう!」
陽子は本当に嬉しそうな顔で僕の腕を掴んだ。高校生ぐらいに見えるけど、もっと小さな子が背伸びしてるみたいだ。

このまま行けるというので僕も靴を履いた‥‥ら、地鳴りのような音が響いてきた。地震?

廊下に踏み出した僕の目に飛び込んできたのは、ものすごい勢いで走ってくる怪人の姿。小さめだが手足が二本ずつで頭は一つ。明るい栗色の長い髪が顔の周りでむちゃくちゃになびいてる。淡いピンク色の顔に青く爛々と光る目。口は耳まで裂けてそうだ。陽子をかばって前に出た僕にまっすぐに飛びかかってくる。その勢いを利用して、怪人を室内に引きずり込んでドアを閉めた。もちろん陽子のことは廊下に押し出してある。

力は地球人よりちょい上ぐらいだから、たいしたこっちゃない。電撃とかの武器もないみたいだ。探索用のピットに穴があって侵入させちゃったのかな。どこの宇宙人だろう。ここまで地球人に似てるやつ知らなかったなぁ。しかし、なんで地球の服着てるんだ? ‥‥もしかしてこれ、日本の妖怪ってやつか? そういや図鑑で似たの見たぞ。髪の毛が長い‥‥、そうだ、けうけげんだ!

「きさま〜〜〜!」
え?
「ワシの娘に何をする!」
日本の妖怪が英語しゃべってる〜〜!

「パパ、やめて!」
飛び込んできた陽子が、固まった僕に馬乗りになった怪人をなだめ始めた。さっきからなんか気になる言葉が飛び交ってるんだけど。娘とか、パパとか‥‥

「陽子! 大丈夫か!」
「大丈夫よっっ もう、出てくるのはよっぽどの時だけって約束したでしょ!」
「ヘンな男が部屋に侵入してきたんだぞ! これぞよっぽどの時!」
「違うの、間違えたのはあたしなの! あたしがマゼランのお部屋で眠っちゃっただけで‥‥」
「なにー!! ききき貴様っっ 娘を部屋に連れ込んで眠らせて何をするつもりだった何を!!!」
「ちがうってば! もうやめて! マゼランを放して!!」

僕はというと、怒りまくった怪人にがくがく揺すぶられながら、この怪人がちょいと髪が長くて顔が怖いだけで、れっきとした地球人であること、でもってこれが陽子の父親なんだって事実を一生懸命理解しようとしていた。



|2006.07.29 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 4) デート大作戦
僕は車で遊園地に向かっていた。陽子は後のシートに居る。あのとんでもない親父さんと並んで。なんでこんなことになってるかというと、陽子が父親をなだめるため(自分が行きたかったのもあるらしいが)遊園地行きを提案したからだ。親父さん――モロ・ジョーダン氏の仕事は遊園地のアトラクションの企画なんだそうだ。

無言のまま運転する僕を尻目にお客さん達はひたすらしゃべり続けてる。

「なあ陽子、一人暮らしごっこなんかやめてアメリカに帰ろう。日本に来るのは大学が始まってからでいいだろう?」
「やだ。半年間は一人で住むんだもん」
「パパが住んでた頃と比べると日本も物騒だ。今度のことでよくわかった。どうだ。いっそ入学を取り消して、アメリカの大学に入り直せば‥‥」
「絶対やーよ! そんなこと言うなら、あたしは今からずーっとミナゾウお祖父ちゃんとこに住んじゃいますからね。大学終わっても帰らないから」
「そっ それは‥‥っ」

おかげさまで多少の状況は見えてきた。陽子は来年の春から日本の大学に入学が決まっており、留学中は日本にいる祖父の家に住む予定になっていたようだ。だがおてんば娘は父親の反対を押し切り、半年早く日本に来てしまった。ジョーダン氏は送るだけと約束させられたものの、娘が心配で近くから様子をうかがっていたらしい。

聞くほどにジョーダン氏に同情したくもなるが、僕の任務の最大の敵がこの人物なのは間違いない。陽子がどんなに言ってもジョーダン氏は僕への疑いを解かず、ずっと見張っていると宣言したんである。地球に来てからの2418年の任務の中でここまでのピンチに陥ったことはない。そんな気分になるぐらい僕はめげてた。

幸いアパートからそう遠くないところに、ファンタジーランドという遊園地がある。地元の遊園地という感じの手頃なもので、夏休みの平日だから子供連れがかなり多かった。こういった施設が普及するようになってから、有名どころの遊園地には時々行っている。カジノのような施設は宇宙でもよくあるのだけど、子供の娯楽をテーマにここまで上質でこんな大きな規模の施設を作る人種は宇宙ではそう多くない。これは地球の立派な観光資源になるというのが本部の意見であって、それで僕の調査項目にも遊園地が入っているんだ。特にローラーコースターの技術には舌を巻く。なんせ一切の動力なしに位置エネルギーだけであれだけの動きを提供するんだからね。こういったことに知恵を絞り金をかけることができるのが地球人の特徴の一つだ。

到着するとジョーダン氏は陽子より大喜び。娘の手を引っ張って色んな乗り物に乗っている。ジーンズに煉瓦色のジャケットを羽織りラフな白シャツにニットタイを着こなしたジョーダン氏は、陽子とよく似た明るい色合いの長髪も相まっていかにもなアメリカ人だ。最初本気で妖怪だと思ったが、こうして見てるとそんなことはないか。
たぶん笑顔のせいなんだろう。地球人以外の宇宙人と会う機会があまりないからよくわからないが、地球人は表情が豊かだと本部で何度か言われた。特に笑顔と呼ばれてる表情は厄介で、画像分析にかけるといくつかパターンに分類でき、それぞれが異なる精神状態の表現方法になっていたりする。で、僕が見るに、今のあの親子の笑顔は本物だ。

そう。地球人は子供が楽しむことを大人も楽しむことが出来る。それがこの規模の施設を作っても採算が取れる理由なんだろう。まあジョーダン氏にとっては次のアイデア探しという目的もあるのかもしれないが、彼が今、娘と本当に楽しんでいるのは確かだ。そしてこのままでは、僕の任務が滞るのもとっても確かな事実だったりする。

ということで実力行使に出た。はしゃいで父親より先にミラーハウスに飛び込んだ陽子を誘導し、ジョーダン氏を撒いたんだ。僕のセンサーにとっては鏡と壁は同じだ。さすがに透視はできないが壁の向こうの体温や声もはっきりと知覚できる。全くすみませんね、親父さん。地球の平和と僕の命と、なにより陽子自身の安全がかかってるもので。

「あれえ? パパ、どっか行っちゃった?」
笑い転げたままミラーハウスの出口を飛び出し、僕の押しやるままに脇道に入ってしまった陽子がそう言った。
「あ、お父さん、なんか調査したいことがあるって言ってたよ」
ここまで想定外な状況の中で我ながらよくやったと思いつつ、そう応える。
「そうなの。そうねえ、パパ、ほんとにお仕事好きだから‥‥」
疑いもせずにそういいながらくすくすと笑っている少女を見たら、一転、誘拐犯にでもなったような気分になった。
と、陽子がいきなり僕の手を取る。
「観覧車! マゼラン、あれ乗ろ!」
少女に手を引かれるまま走り出す。僕の指を中途半端に掴んでいる華奢な手を、逆に握り返した。陽子がちらりと振り返って僕をみやり、光のように笑った。


観覧車に乗ったのはじつは初めてだ。技術的にたいしたもんじゃないし、カプセルに閉じ込められて上下にぐるっと回るってムダっぽいと思ってたけど、乗ってみるとよく出来てる。少なくともこの隔離された感じは今の僕にはぴったりだ。
空は晴れわたり見晴らしは最高。陽子はあちこちから風景を見下ろしてまたまた大はしゃぎ。狭いカプセル内をさんざん動き回ったあげくに、僕の隣にちょこんと収まった。本当にまあ、この子の占有する空間のなんと小さなことか。花のようなバニラのような甘い香りがした。

「観覧車、大好き」
「そうだね。こうやって高いとこでのんびりするのも、悪くないね」
「マゼランのお仕事は、高いとこに上るお仕事なの?」
空を飛べることがばれたのかと一瞬どきっとする。
「え? どうして?」
「高いとこには慣れてるけど、のんびりできないみたいだから」
「はは‥‥。そうか。そうかもね」
確かにその通りだ。僕はしょっちゅう高い所を飛んでるけど、何かを探したり、追っかけたり、時には追っかけられたり、そんなのばっかりだから。しかし、この子‥‥。なんだろう。カンがいいのかな?

「あ、パパだわ!」
「えっ!」
僕は陽子の肩に置こうとしてた手を思わずひっこめた。彼女が示した先。はるか下の広場の中を走っているジョーダン氏が見える。あの長い髪を思いっきりなびかせながら。周りの人が‥‥ちょっと避けてるみたいだぞ。あーあ、申し訳ない。さぞかし焦ってるだろうな。

「パパったら怒ってばっかりで、本当にごめんね。男の人と話すといっつも怒るの」
娘を溺愛する父親って、地球のフィクションではステレオタイプみたいなのが出てくるが、ほんとに実在してたんだと感心してる。何事も学習だなぁ‥‥っていやいや、感心してる場合じゃない。
「きっと、君のことが本当に心配なんだよ」
「そうかなぁ。でもフリークライミングとかはすぐやらせてくれたのよ。男の人って岩登りより危ない?」

そ、そう言われましても、なんと応えたらいいのやら。異なる遺伝素子から子孫を生み出していくシステムは宇宙的規模でポピュラーだけど、いわゆる「性」のあり方はあまりに様々だし、だいたいビメイダーの僕にはそのへんのとこはどうも‥‥。
「パパ以外の男の人と二人っきりになったの初めてだけど、ぜんぜん怖くないじゃない?」
「だって最初から怖かったら二人っきりにならないだろ」
きょとんとした丸い瞳が僕を見つめる。
「じゃ、マゼランはこれから怖くなるの‥‥?」
「あ‥‥。い、いや、そーゆー意味じゃなくってっっ!」

あたふたと言葉に詰まった僕に、少女はにっこりと笑った。
「マゼランはいい人だから大丈夫だもん」
「‥‥どうして、いい人ってわかるの?」
「間違えちゃったことを判ってくれたから。怖い人は判ってくれないよ。悪いと思ってやったことも、間違いもおんなじように怒るの」
「なるほど」
僕はまた微笑んだ。かなり不十分な気もするが、何か本質的なことを突いているような気もする。悪いと判ってることをやる自然人の性癖は我々には理解しがたい部分もあるけど、そういうコトはよくあるらしい。

たわいもない話がなんでこう楽しいんだろう。陽子の言うことはある時は興味深く、ある時は心地よい。僕はエネルギーのことを抜きにして、この子に興味を持ち始めてた。そう、なんというか、一緒に居る時間をできるだけ長く保ちたいような‥‥。

「あ、富士山が見える!」
「ああ。今日、いい天気だからね」
「ミナゾウお祖父ちゃんの家はあの山のそばなの」
「大学が始まったら住むって言ってた?」
「そうそう。ミナゾウお祖父ちゃんはママのお父さん。えーと、あたしのママは日本人で、パパはアメリカ人なの」
「ああ‥‥それで‥‥」
陽子の黒い瞳は母親譲りだったんだ。

「じゃあ今、ママだけアメリカにいるの?」
「ううん。ママはあたしが生まれた時に死んじゃった」
「あ‥‥」
親が死ぬというのは人間にとっては悲しいことと理解してる。どういうリアクションをしたら‥‥。でも陽子はにっこりと笑って手を振った。
「たぶん悲しいっていうのは無いと思うの。だから気にしないで。だってママの顔、写真でしか知らないもの」
陽子が差し出したロケットに若いジョーダン氏と日本人女性が並んでいる。まさに美女と野獣‥‥。でも。
「とてもいい笑顔だね」
「家にはこういう写真がいっぱいあるのよ。パパはママのことを今でもすごく愛してるの。ママのことは知らないし、死んじゃって可哀想だけど、でもきっととても幸せだったと思う。あたしも、あたしのことをそういう風に愛してくれる人と会いたいな‥‥」

「きっと会えるよ‥‥」
「ほんとに?」
「君はいい子だからね」
陽子は嬉しそうに微笑んだ。

僕の循環器系がまた、どきん、どきん、と妙な具合になった。この子は自分をずっと愛し続けてくれる男性との出会いを夢見てる。キスはその人間との大事な儀式になるはずだ。でも僕は陽子にとってそんな役割の果たせる男じゃない‥‥‥‥。


|2006.07.29 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 5) 事件発生
観覧車のカプセルを出て鉄の階段を駆け降りた陽子は、僕の手を引っ張って次のアトラクションに向かう。シートに座ってぐるぐる振り回されたり、ロープや材木でできた障害物をひたすら乗り越えたり(彼女はこういうのがえらくうまかった)、はたまた大きな柔らかいボールに埋もれつつ、妙なトンネルを走り抜けたり。

陽子は本当に明るい子だった。列に並んでいる時すら何か楽しみを見つけた。それは雲や敷石の形だったり、木や草やそこにいる小さな虫だったりするのだ。たった一時間かそこらの間に僕は十年分も笑った気がする。陽子はすっかり打ち解けて、僕にピンクの上着を預けたまま、三分袖のシャツから伸びる白い腕を僕の腕に絡ませ、僕に体重を預けるようにして歩いてる。園内にいる他の"恋人たち"と今の僕らで、少なくとも見た目には差異が無いと思う。

「楽しいね、マゼラン」
「ほんとだね。みんな、おもちゃみたいな乗り物なのに‥‥」
「マゼラン、遊園地ってあんまり来たこと、なかったのね」
「うん、そうだね。ローラーコースターには何度か乗ったことあるけど、あとは見るだけだったんだ。そうか。君は遊園地はしょっちゅう来てるんだろうね。お父さんの仕事がそうなら」
「うん。もう飽きるくらい、いっぱい」
「飽きるくらい? やっぱりいつかは飽きるの?」

陽子はさもおかしそうにくすくす笑った。
「あのね、マゼラン。遊園地が楽しいのは乗り物があるからじゃないのよ」
「え?」
「一緒に居て楽しくなる人と一緒だから楽しいのよ!」
「‥‥はは‥‥そうか‥‥。じゃあ‥‥」

日頃使ったことのない思考アルゴリズムをフル回転させて必死で言葉を探してる僕の腕を、陽子ががしっと引き留めた。
「アイスクリーム屋さんよ!」
あ、はい。たしかにアイスクリームだかジュースだかのスタンドが‥‥。
「マゼラン、何が好き!?」
「‥‥え‥‥、あ、バニラが‥‥」

あーあ。走っていっちゃった‥‥。

まずいなぁ。やっぱり観覧車でキスすべきだったんだ。ほかの乗り物だととてもそんなシチュエーションにならないや。うーん、難しい任務だなぁ。‥‥でもまあ、いやじゃ無い。むしろ‥‥って、だめだろ! もっと焦れよ、0079!

僕はちょっとだけ本部に状況を報告しようと通信機を出した。見た目はほとんど携帯電話だから怪しまれることはない。
「こちら0079」
〈エネルギーは回収できましたか?〉
「いや、まだです」
〈少しもですか? 何やってるんです。それではアーマーも着用できないし、そのままだって十五時間ぐらいしか持たないでしょ〉
「言われなくたって僕が一番わかってますよ! ところで例の芽は‥‥」
〈カミオ星の鉱植物のようです。ただ遺伝子操作されているので詳細はまだ不明です〉
「カミオ星。たしか住民は珪素系でしたよね‥‥」

「見〜つ〜け〜た〜ぞ〜」
「うわっ」
いきなり肩を捕まれて慌てて通信を切る。乱暴に向きを変えさせられたら、目の前にあの人が居た。
「あ‥‥、‥‥こ、こんにちは‥‥」
「貴様、陽子をどこかに連れて行こうと企んでるんだろーが、そうはいかんぞ!」
「そんなこと企んでませんって! だいたいほら、どこも行ってないでしょ」
「当たり前だ、娘が勝手にどこかに行ったりするものか!」
「わかってんなら、いーじゃないですか!」
「スタンドで張っていれば、アイスクリーム好きのあの子は必ず来ると思っていたのだ! だから園内のスタンド三カ所をぐるぐると‥‥」

「パパ。もう終わったの?」
見ると陽子が山盛りのアイスクリームを載せた大きなコーンを二つ持って立っていた。
「おお、陽子! 大丈夫だったか!」
「何が? とっても楽しかったよ。パパの方は? またお仕事だったんでしょ?」
「え‥‥あ、ああ、まあな。もう、終わったよ」
「じゃ、一緒に次のアトラクにいこ! 船のあったよね」
「おお、バイキング・アドベンチャーだな、よしよし、それならあっちだ」
うーん、興味深い。「この男に撒かれたんだ!」って言い出すと思ってたのに、ほんとに仕事だったみたいな顔してる。自然人ってほんと読めないな。なんなんだろう、こういうの。

ジョーダン氏が陽子の肩を抱いて向きを変えさせたが、陽子はすり抜けるようにして僕に近づき、バニラアイスクリームのコーンを差し出した。
「はい、マゼラン」
「あ、ありが‥‥」
礼を言って受け取ろうとした時だ。陽子の背景の上空にぼやっと何かが浮かんでる気がした。雲か‥‥? いや、この一様な見え方は‥‥電磁波透過コーティングをした飛行物体‥‥。スブールの輸送艇じゃないか! なんでこんな真っ昼間に!?

外から地球圏内に入ってくる飛行物についてはグランゲイザーのエマージェンシーコールがあるんだけど、ラバードの船は既に圏内に入ってたから‥‥。いや、本当だったら今朝の件、圏外に退去するまで注意してなきゃいけなかったんだ。でもこんなことが起こって、それどころじゃ無くて‥‥。それに、ラバードだから大丈夫だろうって、油断してたのもある。

輸送艇から遠隔ピットのようなものが大量にばらまかれると、空に薄い黒い雲のようなものがかかる。コヒーレント制御をかけた紫外線反射粒子だ。波長の長い光だけが射し込むようになり、いきなり夕焼けになったようにそこら中が赤みを帯びた。これで不思議がらない人間は居ないだろう。

園内中がざわつき始める中でジョーダン氏はおちついたものだった。
「新手の参加型アトラクションか?」
「違いますよ! あいつらは‥‥」
「わかったわ。ウミウシでしょ?」
「なんで!」
「ほら見て、あの旗のとこ、なんかくっついてる」
見るとポールに雌のフラーメが数匹はりついてる!

「陽子。ウミウシは海の生物だし、あんなに大きくないだろう?」
「うん‥‥。でもなんか似てない?」
あああっっもうっ この親子はいったいっっ!!!! 思わず単刀直入に真実を叫んでしまった。
「宇宙人なんですよっっ! あれはっっ!」
「本当か?」
「本当です!!」
「それなら避難の放送を流さないと‥‥」

「スタージャッジ、見つけた」
「やっぱりいたな〜」
広場の真ん中、三匹のフラーメが頭に大きなリボンをつけた巨大な犬のような生物をつれて降りてきた。まずいぞ。コイツはメアロタンギ。ラバードのペットだけどかなり凶暴。赤みを帯びた六つ足の異形は恐ろしげだ。広場にいた人達が悲鳴を上げて逃げ始めた。

持ってた陽子の上着をジョーダン氏に押しつけて言った。
「二人とも逃げて―――」
「ウミウシが鳴いてる! もしかして、しゃべってるのっ?」
宇宙標準語のひとつだから地球人にはわからない‥‥っていうか、それ以前のことで驚いてくれ、頼むから!

「スタージャッジ、通信の電波でいるの判ったぞ。調査のジャマはさせないからな〜」
「調査だと!? なんの調査だ!」
「言わない言わない」
「言ったらまたラバード様に怒られる」
「でも今日はメアロタンギ借りてきたからな。覚悟しろ」
「いけー、メアロタンギ!」

六本の足が、ぞろり、と波打つように動いた。
「下がれ! 早く逃げろ!」
二人を後ろに押しやって飛び出した。メアロタンギはトランポリンでも踏んだように高く飛び上がる。僕はぐんと距離を詰めると、まだ宙にいるヤツの中足を掴み、背中から地面に叩きつけた。掴み換えた前足ごと仰向けになったやつの顎を押さえ込む。だが中足と後ろ足ががつんと背中に入ってきて絡みつき、ものすごい力で締め付けてきた。

「マゼラン!」
「こりゃ、陽子!」
「ばか! 早く、逃げ‥‥」
すぐそばまで駆け寄ってきた陽子が、追っかけてきた父親に捕まった。陽子の手にはまだアイスクリームが‥‥
「そうだ、クリーム! それ、コイツに食わせて!」
「は、はい」

のど元を押さえられてがばっと開いているワニみたいな口に、陽子はこわごわとアイスを放り込んだ。ごくんとそれを飲み込んだメアロタンギが押し黙る。
「もっといるの?」
「頼む!」
「どの味が‥‥」
「なんでもいい! あっ コーンはいらないよ!」
「パパ、アイスアイスアイス!」
「なんだなんなんだ!」
陽子が父親を押しやるようにぱたぱた駆け去る。メアロタンギがまたぎゃーぎゃー言い始めたが、中足と後足が弱まってる。みしみしいってたボディが少しラクになった。効いてるな。もっと食わせりゃ大丈夫だろ。

「おまたせ!」
陽子が大きめの四角い容器をかかえて走って来た。おやじさんの方は二つも。ケースごと外してきたらしい。
「そこらに置いて、下がって!」
二人は地面にアイスクリームのボックスを置く。匂いで気づいたのかメアロタンギが暴れ始めた。ジョーダン氏が陽子を引っ張るように離れたのを見計らい、力をゆるめる。メアロタンギが跳ね起きるより早く、僕は二人の前に戻ってた。

思った通り、メアロタンギはアイスクリームに向かって突進し、手近の容器に鼻先を突っ込んだ。長い舌で容器からアイスの塊を巻き取り、頬を膨らませてがぶがぶと食べている。次の容器に移る時は足どりがだいぶおぼつかなくなっていた。

「ど、どーなっとるんだ?」
「あいつ、甘いモノが大好物なんですが、乳脂肪喰うと酔っぱらう体質なんです」
「なるほど。しかしどーしてそんなこと知っとる。さっきもウミウシ語を話してたな。貴様、何者だ?」
あ、やば‥‥。あんまりうまくいったもんで、つい正直に話しちゃった。
「‥‥そ、それは‥‥」

ウミウシ‥‥じゃない、フラーメたちの悲鳴がどんどん大きくなっている。
「こら、食うな〜!」
「知らない人から食い物もらうな〜」
「わー、メアロタンギが!」
みんなで必死で尻尾を引っ張ってるが、メアロタンギは前足で三つ目の容器を抱え込み、幸せそうに眠りこけていた。

「それだけ食ったら当分起きないだろ。さっさと連れていけ!」
「くそー」
「覚えてろ、スタージャッジ!」
「ラバード様に言いつけてやる!」
フラーメ達は僕に向かって両手を振り上げながらわーわー言うと、即座にメアロタンギを担ぎ上げて、ぞわぞわと逃げていった。

|2006.08.12 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 6) 人質
「皆様、至急当園を退去して下さい! 正体不明のへんな一団が遊園地内に侵入しています! 早く逃げて‥‥あっ まず落ち着いてっ 係員の指示に従って、落ち着いて早く逃げてください!」
避難の放送が流れ始めた。怒声や喚き声が大きくなり始め、園内がパニックの様相を呈してきた。
でもフラーメが人を追っている様子はない。ただアトラクションをしげしげと眺めたり、映像をとったりしてるだけだ。ラバードの奴、いったい何を考えてるんだ? 今まで昼間に、それもこんな人が多いところに降りてきたことなんて無いのに。

遠くにサイレンが聞こえ始めた。地球の警察が動き出したんだ。ラバードのことだから地球人に危害は加えないだろうが、逆にフラーメが人間に掴まったらやっかいだぞ。だからって警察が到着する前にこの数のフラーメをなんとかする方法なんて無いし‥‥。

「奴ら、本当に地球のものじゃないんだな?」
ジョーダン氏は、ものすごく怖い顔で僕を睨んでる。
「お前もだな? お前も宇宙人なんだな? NASAとかインターポールとか国連とか馬鹿な名前は出すなよ。あいつらがアイスクリームで宇宙生物を酔わせるなんて、思いつくか」
「‥‥あ‥‥。その‥‥。ええと‥‥ですね‥‥」
「ええい! 男ならはっきりしろ!」

「ねえ、あれ‥‥」
その声に振り返ると、陽子がもう道に向かって走り出していた。なんだ、どうなってんだ? とにかく慌ててそれを追いかける。こんなところではぐれたら大変だ。でも彼女は出口に向かって走る人の流れを小気味のよいほどに器用に突っ切り、生け垣の下に屈み込んだ。
「暴れないで。今、取ってあげるから」
陽子の声に混じって、キャンキャンという声が聞こえる。犬だ。覗いてみると小さな犬が引き綱と首輪を枝に絡ませて動けなくなっている。僕は首輪に通っていた枝を折り、絡まった引き綱をナイフで切ってやった。

陽子が犬を抱き上げてなだめているところにようやくジョーダン氏が追いついてきた。陽子はにっこりと笑って犬を父親に見せた。
「飛び込んだきり出てこなくて、声が聞こえて、変だなって思ったの」
「まったく、お前は、こんな時まで‥‥」
ジョーダン氏の荒い息に、苦笑と溜息が入り交じる。僕も似た表情になってたかもしれない。あの状況で、この子はたまたま見かけた子犬の状況を的確に把握してて、ほとんど反射的に助けようと行動したってわけだ。

自分にはなんのメリットも無いのに、知らない他者を助ける。地球人にはこういうところがあるのを僕は過去に何度か見ている。でも自分の欲のために他人の物や命を奪う者も多い。まあ地球人に限ったことじゃない。程度の差こそあれ、こういったことは自然人の特性だと学習してる。

陽子の髪は乱れて、木の葉がついていた。取ってやろうと手を伸ばしたら、陽子が僕を見上げた。
「マゼラン、ウミウシたちと話せるんだよね。今日はもう帰ってって、園内放送でお願いできない? こんなふうに迷子になる子や、転んでケガする人とか出ちゃうよ。なんとかしなきゃ」
「園内放送って、あの放送で‥‥?」
驚いた。大々的にフラーメに呼びかけるなんて、考えてもなかった。でもこの数を穏やかになんとかしようとするなら、それが一番いいかもしれない。ただ‥‥。
ちょっとためらっていたらジョーダン氏が怒ったように言った。
「なんだ、不服そうだな? 貴様、娘の素晴らしいアイデアに文句をつける気か?」
「いえ、すごくいい案だと思います。ただ‥‥その。僕が彼らと話せることを人に知られるのはまずくて、どうやって機器を借りようかと‥‥。本当は貴方たちにも‥‥‥」

ジョーダン氏が見開いた目でまっすぐに僕を見つめ、静かに言った。
「‥‥一つだけ答えろ。お前は何者だ」
青い瞳。光彩の模様も相まって、宇宙から見た地球みたいだ。瞳の色は全く違うのに、人の見つめ方は陽子とどこか似ていた。正直であるように誘導されそうな不思議な感じ。ビメイダーに催眠術をかける能力がある‥‥はずはないのだけど。
僕は陽子に視線を移した。陽子の表情には遊んでいた時によく見た「好奇心」のサインが皆無だった。彼女はただ心配していた。メアロタンギが現れたときに殆ど怖がっていなかったことから類推すれば、その"心配"は自分の身の安全のためじゃない。僕は大きく息を吐いた。

「僕は不当な侵略を企む連中を地球から追い出すために、宇宙連合から派遣されてきました。連合はまずは地球人たちが己の知恵と力でファーストコンタクトを迎えることを願っている。だから僕の正体を地球人に知られることは許可されていません。あのウミウシ達は悪意のある連中では無いのですが、彼らの技術が一部の国だけに渡れば世界情勢的に良くないことになりかねない。とにかく僕としては穏便に奴らを追い出したいんです」
担当惑星の住人にこんな話をするなんて、電子頭脳のどこかが故障してると思われても仕方が無い。でも‥‥なぜだかその時、そうすべきだと思ったんだ。

しばし無言だったジョーダン氏は、子犬を抱える娘の腕にピンクの上着をかけた。
「わかった。ならば私についてこい」
「え?」
「あちこちのチケット売り場にも予備の放送設備は入っとる。小さなインフォメーションなら係員が避難してる場所もあるだろう。私が使い方を教えてやる。さっさとついてこい」
「僕を‥‥信じるんですか?」
「信じてるわけじゃない。だが、お前の言ったことは事実をうまく説明できる。今のところお前は悪人ではないように見えているし、ならばその程度の手伝いをしてやってもいい。これ以上悪い結果にはならんだろうし、うまくいけばラッキーだ」
地球人ってこんなに冷静で、明確だったっけ? 驚い‥‥いや、たぶんこれは、賞賛って感情だ。
「ありがとう。助かります」

ずっと心配そうな顔で僕らを見比べていた陽子が少し笑った。
「じゃああたしは、この子を係の人にお願いしてから車のとこで待ってるね。あたし、パパより走るの遅いから。こんなことなら先にモバイル買っとくんだったわ」
そう言ってもらって助かったのは事実。でも陽子の表情は少し堅い。そりゃそうだ。この子にとっては勝手の分からない国なんだ。僕は手帳を出してアパートの住所を書くと、その頁をやぶいて車のキーと一緒に陽子に渡した。
「車の位置はB−28。乗ってたほうが安全だと思う。みんな不安で他人にお構いなしになってるかもしれないから、とにかく気をつけて。最悪、タクシーでも帰れるようにアパートの住所渡しとくけど、これは暗くなっても僕らと会えないとか、本当にいざって時のため。とにかく基本は僕を待ってるんだ。いいね?」
陽子はまん丸な目で、僕の言う一つ一つにいちいち頷いてる。

僕はにっこり笑ってみせた。とにかくこの子を安心させたかった。陽子の頬に手を触れて言った。
「大丈夫だ。すぐ戻るから」
「うん」

いきなり頭を思いっきりはたかれた。
「くおら〜〜! 貴様! 娘に触るな! 誰のせいでこんなことになったと思っとる!」
「ぼ‥‥僕のせいじゃない‥‥いや、僕だけのせいじゃないですよ!」
さっきの冷静さはいったいどこへ? 明確は明確だけど!
「さっさとしろ! こっちだ!」
「はい! じゃ、陽子、気をつけて!」
陽子はちょっと無理した笑顔のまま、おどけた風に犬の右前足を振って僕らを見送ってくれた。

 * * *

ジョーダン氏は園内のルートに呆れるほど詳しかった。案内板を何度か見ればすぐ覚えてしまうのだそうだ。どう見ても道じゃない建物の裏やら、時にはフェンスを乗り越えて僕らは走った。
奴らの輸送艇が見える(僕だけだけど)ところで、空っぽのインフォメーションを見つけた。ありがたいことにドアの鍵も開いたままだ。中に入るとジョーダン氏がスイッチをパチパチと切り替え、パネルから伸びているマイクを僕に示した。
「いいぞ。これで使える」
「ありがとう」

僕はマイクに向かって標準語で怒鳴った。
「こちらスタージャッジ。スブール星のラバードとフラーメ達に告ぐ。君達は未接触惑星保護法及び星間交易法第二十三条に違反している。二十標準クロノス以内に全員退去せよ。これは勧告にあたる。指示に従わない場合、各個体の生体波が第三級の星間指名手配のリストに記録される。指揮命令系統の末端にあたる者も同様である。全員速やかに船に戻り帰還せよ」

どうなんだろう。うまくフラーメ達に聞こえたかな。いつの間にやらジョーダン氏が外に出ていて、窓ごしに指を一本立ててきた。さっきの台詞をもう一度繰り返すと、今度は親指と小指で作った丸のサインが送られてくる。僕も外に出てみた。
「いったいなんと言ったんだ?」
「十五分以内に撤退しろ。さもないと指名手配リストに載せるぞって」

アトラクションに貼り付いているフラーメ達が降り始めた。輸送艇からトレーラービームが伸びてくる。ビームの中をフラーメ達がぞろぞろと上がっていくのがわかった。ジョーダン氏がどんと僕の背中を叩き、にやりと笑った。
「おい、うまくいったみたいだぞ」
「ああ、よかったですよ。素直で」

「撤退はしてやるが、お前も言うとおりにしてもらおうか、スタージャッジ」
えらくクリアな標準語にぎょっとして振り返った。
「ラバード!!」
オレンジと黄褐色の派手なボディスーツを身につけた姿は地球女性とそっくり。身長は2mを越すが、モデル顔負けの見事なプロポーションだ。つり上がり気味の目は濃いアイラインのおかげで余計にぎょろりと大きく見える。鮮やかな紅に作られた唇が、人を小馬鹿にしたように笑みを浮かべていた。額にマーキーズにカットされたグリーンの輝石がはめ込まれていて、派手な顔立ちを余計派手に見せている。そしていつもはきつく結い上がっている金とオレンジのメッシュの髪が、今日はざらりと下りていた。

「こんなところにわらわら出てきて、何を企んでるんだ、ラバード!」
「こっちの仕事はお前のように単純じゃないんだよ。毎度毎度ジャマしおって。だがこれで終わりにしてもらうぞ」
ラバードがぱちんと指を弾くとバズーカ砲のようなものを持ったフラーメが数体現れた。ビメイダー捕獲用の電磁ネットと‥‥クレイ弾か! 僕はジョーダン氏を庇いながら一歩下がる。これは逃げないとまずいことになりそうだ。

「おっと動かないでもらおう。でないと助手を破壊する」
「助手? 僕に助手なんて居ないぞ?」
戸惑った僕を見て、ラバードはふふんとせせら笑った。くいっと小首をかしげると、ラバードの毛先で巻かれた塊が前に引き出された。上の部分がぱらりとほどける。そこからこぼれた明るい栗色が目につき刺さるような気がした。

「陽‥‥子‥‥?」
「パパ! マゼラン!」
肩から下をぐるぐる巻きにされたままの陽子が叫んだ。

「この化け物!!」
「あっ だめだっ」
飛び出したジョーダン氏がラバードの髪に巻き付かれ、頭まで完全に包まれてしまう。
「パパっ」
「よせ、ラバードっ! その二人は僕と関係ない! 正真正銘の地球人なんだ!」
「ほう? ずいぶん無力で、まさかと思ったが‥‥これは、また‥‥」

「いいから二人をさっさと解放しろ!」
「お前がわたしに招待されて、ちゃんと取引するなら、放してやるさ」
「取引だって? そんなこと出来るわけないだろう!」
「できない? これでもか?」
ラバードの口元が歪む。陽子の目が大きく見開かれた。
「あ‥‥やっ…ああーっ!」
「やめろ―――っ!」

締め付けられていたラバードの髪が緩み、陽子が喘いだ。怯えと苦痛で、少女の吐息が震えている。
僕の頭や胸の中で熱い‥‥圧力を持った何かが暴れ回ってる。それは痛みに近くて、抑えるのに少し、時間が必要だった。

「‥‥わかった‥‥。言う通りにする。だからその二人を放せ」
「ずいぶんと素直だな、スタージャッジ」
「だから早く陽子を放せ! 女の子をそんな目に遭わせて! お前それでもビメイダーか!」
「ずいぶんないい様だ。お前を無力化したらすぐ放すよ」
「本当だな」
「わたしだってよそ様の星の住民を殺す趣味なぞ無い。用があるのはお前だけだ」
「その言葉、忘れるな」

フラーメが砲を構える。それを見た陽子が悲鳴を上げて暴れ出した。
「マゼラン、逃げて、逃げて! 撃たれちゃうよ!」
「なんだ、何を騒いでる」
乱暴に揺すられても陽子は黙らない。ラバードを見上げて言いつのる。
「撃たないで! マゼランを撃たないで! あの大きな動物だって殺さなかったでしょ!? ウミウシも殺さなかったでしょ!?」

身体の中の熱い塊がまた動きだす。君がこんな怖い目に遭ったのは僕のせいなんだよ‥‥。なのに‥‥

必死に何かを訴えてくる少女をラバードは面白そうに見ていたが、すぐに僕に向き直った。
「何を言ってるか判らん。黙れと言え。頭がくすぐったくてかなわん」

「陽子、落ち着いて。こいつら僕を殺す気は無いんだから」
「ほんとに?」
「ああ、ほんとだ。お父さんと逃げることだけ考えるんだ。僕は大丈夫だ」
僕はなんとか笑顔を作ってみせた。陽子が涙でいっぱいの瞳でこっくりと頷いた。

身体の機能をサポートしているセンサーや小さなパワーユニットを全てオフにした。どちらにしろ電磁ネットで巻かれればサポート機能は使い物にならない。あとは合成人間として持って生まれた力しか使えない。
体中に今まで経験したことの無い信号が広がっていた。こういうのを自然人は不安とか恐怖とか言うのかもしれない。‥‥もし、陽子に何かあったら‥‥。だが今は賭けるしかない。

「いいぜ、ラバード」
ラバードがぱちんと指を鳴らした。一体のフラーメが進み出て砲を構えた。

電磁ネットの衝撃は思ってた以上だった。筋肉繊維が引き攣れて思うようにならない。きつく巻き込まれて、たまらず倒れ込んだ。ラバードが近寄ってくると僕を掴みあげ、ぽんと投げ上げる。クレイ弾が三発、僕の身体で弾けた。地面に落ちた時、僕は白い分厚い速乾性の粘土で覆われて繭のようになっていた。

外と遮断されるまで、「マゼラン!」と何度も繰り返す陽子の声が聞こえていた。ビメイダーである僕をひたすらに心配して、僕の地球での仮の名前を叫んでいた。
今朝からずっと、あの子にその名で呼ばれていた。そう呼ばれては返事をし、話しかけられて応え、笑いかけて手をつなぎ合い‥‥。
"僕の名前"を呼ぶ陽子の声そのものがエネルギーとなって僕に流れ込んでくる。理不尽だけど、僕はそう感じていた。

|2006.08.12 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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