サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『銀河爆風ゲキシンガー』 原作・山崎優/小説・小林一俊
第1話 ゲキシンガー、荒野に立つ!
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の新太陽系
沙羅双樹の花の色、天羅地網の理をあらわす
驕れるヌビアも久しからず、ただ春の夜の夢の如し
猛きものらも遂には滅びぬ、偏に爆風(かぜ)の前の塵に同じ
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|2012.10.10 Wednesday by 小林一俊| comments(0) | 戻る |
『銀河爆風ゲキシンガー』 原作・山崎優/小説・小林一俊
第2話 本日開業、オフィスJack-9
登場人物

・クロウ・ザ・ライトニング/27歳
:本名はクロウ・G・オクスフォード。長身痩躯の二枚目半で、古流剣術の達人。ゲキシンガーでは指揮及び火器管制を担当する。

・流れ星のベン/27歳
:クロウの幼馴染みで、本名はベンジャミン・ケイン。中肉中背だががっしりとしており、抜群のドライビングセンスを誇る。ゲキシンガー及びゲキシン・クルーザーの操縦を担当する。

・壊し屋セイラ/29歳
:本名、セイラ・ホワイト。眼鏡のよく似合うショートカットのトランジスタグラマーな美女。ゲキシンガーでは通信及び索敵を担当する。

・トロワ・イゼル/33歳
:クロウに影の護り人になることを持ちかけ、巨大ロボ・ゲキシンガーを提供した謎の人物。ゲキシンガー搭乗時は情報処理デスクに就く。

・リック・ボースン/29歳
:鳥の巣のようなもじゃもじゃ頭に、長身痩軀がトレードマークの青年。腕のいいメカニックであると同時に、二挺拳銃の達人でもある。ゲキシンガーでは機関士を担当する。

・ラビ・クーガ/ノール・クーガ/18歳
:双子の姉妹だが、二卵性双生児なので外見はあまり似ていない。姉のラビは背の半ばまで癖のない栗色の髪を伸ばしており、更にそれをシニョンにしてまとめている。ノールは癖毛を活かしたウルフカットで、女性らしさの中に活動的なイメージを持たせている

・キーン・ゴールドスミス/51歳
:事務所をウェアシティに構えるやり手の武器商人で、クロウらとは昔馴染みの腐れ縁である。親と子ほども歳は離れているがクロウの厚い義侠心に惚れ込んでいる。
 トロワをクロウに紹介した人物でもある。

・ミーナ・デイモン/30歳
:ゲキシン・クルーザー/ゲキシンガーを設計、建造した妙齢の天才科学者。
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|2012.11.09 Friday by 小林一俊| comments(0) | 戻る |
『銀河爆風ゲキシンガー』 原作・山崎優/小説・小林一俊
第2話 本日開業、オフィスJack-9(Bパート)
「いや、これはひどいですね…」
 クロウが思わずそう呟くほど、サブモニターに映し出された重度のタナトス中毒患者の有り様は常軌を逸していた。殺風景な部屋で一人壁にもたれかかる男の患者の髪は抜け落ち、肌の色はどす黒くにごり、頬はこけ、手足はやせ細り、下腹部だけは丸々としている。にも拘らず両の眼がらんらんと輝いており、その姿は餓鬼がこの世に迷い出たと言われても容易く信じてしまいかねないものだった。
 しかもそれは一人ではなかった。定点カメラが望遠から広角へと引かれると、その部屋の中には十数名の中毒患者がいたのである。全員が最初の患者と同様の有り様であり、中にはよだれや糞尿を垂れ流しているものまでいた。
この無残な姿を目の当たりにしてノールやミーナの女性二人だけではなく、肝っ玉の据わった筈のベンや世慣れしたキーンなども眼を逸らしていた。リックもベンほどではないが、知らず知らずのうちに手を口元にやっている。それほど凄惨な映像だった。
「セイラさんはともかく、ラビちゃんもよく直視出来るねえ」
「リックさん、こう見えても、私、医者ですから。ちゃんと患者さんに真正面から向き合わなきゃならないんです」
 そう言ってサブモニターを見つめるラビの横顔は十代の少女のものではなく、れっきとした医師のそれであった。とは言え、誰もが喜んで見ている訳ではなく、トロワも同じ気持ちだったのだろう。映像はこの辺りで切り替えられた。
 「あのようなタナトス中毒患者がブルー惑星海を中心し、最近急増しているのです。タナトスは幾つかの薬を混合した、いわゆる合成麻薬なんですが現段階でもその成分分析に成功しておらず、どんな市販薬を用いているのは不明だったんです。
 が、どうやらその調薬に必要不可欠なのがソーマ薬学研究所が発売している<パラモール>だったようですね」
「じゃあ、なんだよ、その何とかって博士の」
「ジュリアン博士よ、ベン」
「わ、分かってるよ、セイラ。そのジュリアン博士がこんな胸糞の悪い合成麻薬の元を造ってるってのに、どうして助けに行かなきゃならないんだい」
 そう、一人いきり立つベンだったが、そこに慌ててキーンが話し出した。
「ですから、まだ、私の話は途中なんですってば。
 いいですか、事はソーマ薬学にディアナ・メディカル・ロジティクスっていう新規取引先からパラモールの大量発注が入ったのが発端だったんです。その量があまりにも多かったので契約の前に調査をすることになって、博士の古なじみの私にも声がかかりましてね。
 調べてみたら、これがびっくり。ブルー惑星海を牛耳るムーン・カルテルの関連企業だったんですよ、そこ」
「と言うことは、今回の一連の騒動の絵図はムーン・カルテルが描いてたってことなんだな、親父さん」
「そうです、クロウ。今回の陰謀を知ったジュリアン博士はなんとか極秘裏に解決したく思い、貴方に相談しようとしていたんですよ」
 このキーンの説明にベンの興奮も収まったようだが、次に疑問を呈したのは以外にもトロワだった。警察やレスキューのメインコンピューターに対してハッキングをかけて各種データを調べ、博士の行方を探しながらこんなことを口にした。
「しかし、何故、ジュリアン博士はクロウを頼ろうとしたのです。各惑星海警察や中央軍があてにならなくても、辺境軍の治安維持部隊だってあるでしょう」
 トロワの発言にはミーナも我が意を得たりとばかりに頷いてみせたし、クロウとラビ以外のメンバーも『言われてみれば』言わんがばかりの表情を浮かべる。しかし、それとは反対にキーンは渋い顔になった。
「トロワさん、貴方も変なところで世事に疎いですね。ソーマ薬学研究所はジェネリック−後発医薬品が専門です。ということは、新規開発の先行医薬品よりも数割値段が安いということですよ。
 見も蓋もない言い方をすれば、貧乏人でも買える薬だと言うことです。しかし、これでもし組織犯罪に巻き込まれてしまえば、お上に目をつけられてしまう。最悪は経営が行き詰って倒産にでもなりかねません。繰り返しますが、この帝国にはそうした安価な薬がなければ困る人々は大勢いるんですよ。
 そして、博士の所が出している薬は例のパラモールだけじゃないってことです」
「お医者にかかりたくてもかかれないし、効き目はいいが値段も高い薬を買えない、という人はウェアシティにだって沢山います。
 私もソーマ薬学研究所が販売している安価な薬がなかったら、患者さんを診ることは難しいでしょう。そういう医師は私だけじゃありません。そして、ジュリアン博士はそのことを知っておられたのだと思います。だから、通報せずにクロウを頼ろうとしたのでしょう。
 お願いです、クロウ。そして皆さん、博士を助け出して下さい」
 キーンとそれに続くラビの言葉は確かにそれまで気付かずにいた、世の中の一面を確かに伝えていた。それを知った以上、見て見ぬふりは出来ない。一同はそう決意を決めたのであり、それはトロワやミーナも例外ではなかった。
 トロワは椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。ミーナもそれに続く。
「自分の考えが至らず、申し訳ありませんでした。力なき民衆の力になって欲しいなどと言いながら、その自分が肝心の民衆の窮状についての考えが至らなかったのですから。
 改めて、私からもお願いします。クロウ、ジュリアン博士を助け出して下さい。既に博士を拉致監禁したであろうムーン・カルテルの偽装武装船の位置はほぼ特定出来ています」
 このトロワの手際の良さには一同、驚きを越えて不審の眼差しを注がざるを得ない。それを察知したトロワがめくばせすると、平然としていたミーナもこの空気に気付いたらしく、わざとらしく咳払いをひとつしてからおもむろに解説をはじめた。
「今回、ブルー惑星海警察のデータベースにアクセスしてムーン・カルテルが保有する宇宙船を洗い出し、それらの動向を帝国運輸局の管制情報でチェックしました。
 現在このタイミングでブルー−グリーン間惑星海航路にいるムーン・カルテル絡みの船は例のディアナMLが保有するクレセント号だけです。
 トランスポンダの履歴からも、事件が起きた際にその周辺にいたことはまず間違いありません。十中八九、この船にジュリアン博士は拉致、監禁されていると思われます」
「そのクレセント号は今、どこに」
「距離は2万。普通の船なら6時間はかかる距離です。しかし、このゲキシン・クルーザーの最大船速ならば1時間で追いつけます、クロウ」
 ミーナの言葉にクロウは力強く頷くと、ブリッジの全員もそれにならう。
「任せろ、クロウ。1時間どころか、30分で追いついてやるさ」
 そう言うとベンは操縦席に座り直し、それまでオートコントロールだったゲキシン・クルーザーをマニュアルに切り替える。
「そうすね。これで助けを求めて来たジュリアン博士を見殺しにしちゃあ、クロウ・ザ・ライトニングと愉快な仲間たちの名がすたるってもんだ」
 リックも自分の席に着くと機関士用のコンソールに指を走らせる。いかなる制約もものともせず、最高の速さで船を走らせるのがベンの仕事なら、それを実現させるべくエンジン等諸々のシステムを操作し、最適化するのが自分のの役割だとリックは知っているのであった。
「ははっ、そんな名前を付けた覚えも、付ける予定もないけどね−よし、船の方はベン達に任せて、俺達はジュリアン博士奪回の作戦を練ろう。事態は刻一刻を争う。頼むぞ、みんな」
「はい」
 かくして船のことはベンとリックに任せ、残りのメンバーはキャビンに移動して博士奪回作戦のブリーフィングに入ったのだった。

「間違いありません。あの船がクレセント号です」
 トロワが言う通り確かに、眼前の船のトランスポンダ(航路管制用自動応答装置)はディアナML保有のクレセント号であると、信号を発していることが確認出来た。全体のフォルムは古い惑星間ロケットだが、下部にはかなり大きな長方体のでっぱりがあり、増設されたカーゴベイということになっている。この船の中でジュリアン博士は捕らわれの身となっている筈であった。
「では、手筈通り、俺、セイラ、ノール、トロワの4人がクレセント号に潜入。博士の有無を確認して、拉致されていれば救出。そうでなければ、どこにいるかを探し出す。
 ベン達は適当に攻撃を仕掛けて、相手の気を引き付けておいてくれ」
「了解だ。気をつけてな、クロウ」
「ああ、ベン」
 そう言ってブリッジを出て行く4人−その格好はそれぞれで、クロウは愛用の長刀を腰に佩き、セイラは室内戦闘用に前後を切り詰めた対装甲ライフルを背負った上に小型PCを手にしている。ノールはバッグを背負っており、残るトロワは何やら左右の裏籠手の部分にグリップのようなアタッチメントを装備していた−を見送ると、ベンは再び正面に向き直る。
「念の為の確認ですが、こいつの装甲は偽装武装船の攻撃程度ではびくともしないんですね、デイモンさん」
「当然です。シンクロン理論を応用した超密度分子結合装甲はカルテル風情の兵器では傷一つ、つけられません」
 丸眼鏡をくいっと直しつつ断言するミーナに嘘は感じられない。自分が造り上げたゲキシンガーを、心の底から信じている。そんな声音だった。
『こっちは大丈夫だ、ベン』
 エアロックで待機するクロウから出撃準備が完了した旨の連絡を聞いたベンは両手を組み合わせ、指を鳴して操縦桿を握り直す。
「よし、ゲキシン・クルーザー、ステルスモード解除。これより前方のクレセント号に攻撃を開始する。撃てーっ」
 ベンの号令に臨時の射撃手となったリックが攻撃を開始する。リックの代わりにはキーンが座っている他、戦術情報処理のデスクにはミーナが。また、索敵及び通信士はラビがそれぞれ、代理を務めている。
 臨時射撃手のリックは数を絞ったミサイルや出力を抑えた荷電粒子砲を適当に撃っている。当然、これは陽動なので当てることはないからであり、中には一、二発くらいは船体をかすめるようにしている辺りリックもなかなかどうして、達者であった。
 手を抜いているゲキシン・クルーザー側に対するクレセント号の方は狂乱の態で反撃して来るのだが、ベンの巧みな操船で直撃弾は回避しているだけでなく、流れ弾もミーナ自慢の超密度分子結合装甲を破壊することは出来なかったのである。
 この陽動攻撃開始を確認すると、クロウらはエアロックから船外活動用のスペースビークルで発進した。これは軍の特殊部隊用に開発されたもので、簡単に言うと巡航ミサイルから爆薬を撤去して半開放式の副座式コクピットと幾つかの取っ手を取り付けただけのものである。一名がパイロットとなり、それ以外の人員は取っ手を掴んで運ばれる。
 今回はパイロットをセイラが務め、それ以外の三人はビークルの外側で牽引されるということになった。ちなみにトロワが提供したレーシングスーツ型のユニフォームは宇宙服としての機能も兼ね備えており、専用のアタッチメント−ヘルメット、グローブ、ブーツを装着すればこのように船外活動も可能となる。
 蛇足を承知で書けばクロウが黒、セイラが赤、トロワが青、ノールは桃色である。更に描くとベンは緑、リックが黄色、キーンが紫、ラビが白となる。このユニフォームにはこれ以外にも様々な機能が搭載されているが、これらについては後に譲ることとする。ここではスペースデプリにもびくともしない堅牢性を持っていることだけを覚えていて頂きたい。
 こうして発進したスペースビークルは流石に特殊部隊用に開発されただけあって、漆黒に塗装されての低視認性とレーダー波吸収塗料が施されている。これに的確な陽動も手伝って、クロウたちは発見されることなくクレセント号に接触することが出来たのであった。
「どうだい、セイラ」
「問題ないわ」
 エアロックに辿り着いたセイラは手にした小型PCで素早くハッキングすると、扉を開放した。勿論、ダミーのデータを流して外部から侵入したことが分からないようにすることも忘れない。
「ビークルの係留、完了しました」
「ありがとう、ノール。じゃあ、行くとしますか」
 そういうとクロウを先頭に4人は船内に突入した。建前上、クレセント号は標準的な輸送船であり、船の設計図はこれを製造したドックを通じて入手出来ていた。無論、引き渡された後に違法改造が行われていることは承知しており、その上で博士を監禁するならば乗組員用の個室だろうと見当をつけていたのである。そして、それは先程のハッキングで確認している。
 そう言う訳で4人は見知らぬ船でも迷うことなく、博士が監禁されている居住ブロックへと走り続けていた−堂々と足音も高く一同が急ぐのは遅かれ早かれ、監視カメラで侵入が判明するであろうことが分かっているからである。実際、侵入してから数分と経たない内に警報音が流れたが、それでも未だ乗組員がやって来ないのは、謎の敵襲に混乱してこちらまでは手が回らないからなのだろう。
 こうして4人は無事に独房で監禁されているジュリアン博士の元に辿り着いたのであった。扉の小窓を覗けば、狭い部屋の中、作業服に身を包み、窓際の椅子に座って項垂れる博士の姿が見える。クロウはわざと自動扉を乱雑に叩き、バイザーを上げると大声で博士に呼びかけた。
「ジュリアン博士ですね。ゴールドスミス商会からの依頼で博士の救出にやって来ました。クロウ・オクスフォードです。
 お待ち下さい。今、ここからお助けします。そのままじっとしていて下さい」
 そう言っている間にもセイラが背にしたバックからチューブを取り出し、扉の電子ロックの部分に中身を盛り上がるくらいに塗りつけるとPCから端子付きコードを引き出して、そこに突き刺したのである。
「早く。乗組員の足音がします」
「分かってるわよ。貴方に言わるまでもない」
「トロワもそう、急かしなさんな−大丈夫かい、セイラ」
 クロウの言葉にセイラは黙って頷いた。それを合図に4人は電子ロックとは反対側の壁に身を寄せた。
「博士、そのまま動かないで下さい。セイラ」
「点火」
 そう言ってセイラがPCのタッチパネルを操作した瞬間、細工した扉の電子ロック部が爆発を起こした。わずかに上がった煙が散ったその後には電子ロックが吹き飛び、ぽっかりと穴が開いてロックが解除された扉があるのみだった。
 そう、先程のチューブの中身は高性能プラスチック爆弾であり、セイラはPCを起爆装置にしてこれに点火したのである。いかに堅牢な電子ロックも、まるごと爆破されてしまってはどうしようもない。独房の自動扉が開くと中にノールが飛び込み、手早く博士の様子を確認する。
「ふう。博士は多少のすり傷は認められるけど、大きな怪我や薬物の投与はないみたい。さ、これに着替えてこんな辛気臭い所からはさっさとおさらばしましょう、ジュリアン博士」
「あ、ああ、うん」
 と、ノールがバッグから取り出したのは4人が来ているのと同じユニフォームであった。色は灰色で、勿論、ヘルメットも持参している。博士に簡単に逃げ出されないように宇宙服は着せていないだろうという、トロワの意見で最初から博士用に予備のユニフォームを持って来ていたのである。
 ノールは薬物などは投与されていないと言ったが、ジュリアン博士の精神はこの事態の急展開にはついて行けていないようで、動きが緩慢になっていた。言われたことにはちゃんと従うのだが、手元足元が少々おぼつかない感じなのである。
 そういう事情で博士の着替えには大分時間がかかっており、そうしている間にもようやく現れたクレセント号のクルー−即ち、ムーン・カルテルの構成員らとの戦闘が始まっていた。ノールが目をやれば、扉の形に空いた空間を左からブラスターの光芒が通過して行くのが分かる。
 3人は独房内に身を隠し、ブラスターや対装甲ライフルで応戦しているが、なかなか攻勢に出るタイミングを計りかねていたのだった。
「まだかしら、ノール」
「ちょっと待って、あと少しだから。手足とスーツのパッキングはオッケー。あとはヘルメットをかぶって、襟元を合わせれば…うん、完了。いつでも出れるよ」
「よし、では行くとしようか」
 そう言うや否や、クロウは腰のポーチから手榴弾を取り出すと安全ピンとレバーを引き抜き、一拍置いてから転がすように投擲した。同時に5人は出口を離れ、部屋の隅に身を寄せた。その間にも手榴弾は乾いた音を立てて床を滑って行き、敵集団の真ん中に辿り着いた。
「う、こ、これ」
「しゅ、手榴だ…」
 そんな悲鳴にも、泣き言にも聞こえる言葉が彼らの最期のものとなった。手榴弾が爆発した瞬間、狭い通路を衝撃波が唸り、爆風が逆巻き、内部に仕込まれていた無数のベアリングが周囲に放たれる。それらが収まり、辺りに静けさが戻った時、動いている者は5人以外は誰もいなかったのである。
「よし、行こう」
 5人はクロウを先頭にし、トロワ、ノールと背負われた博士。殿をセイラが務める形で、元来た通路を一目散に駆けて行く。
「どうです、ノールさん。博士をおぶっても、全力疾走が出来るでしょう」
「うん。このパワーアシスト機能、凄いですよ。僕、全然疲れない」
 トロワが提供したユニフォームの機能の一つに大出力パワーアシストがあった。簡単に言ってしまえばパワードスーツだが、これは装着者の筋力を10倍まで拡張出来るという、軍用のものと同等の性能を誇っていた。この機能を使えば、見ての通りか弱い女性が人一人を背負って全力疾走するなどという芸当も可能になるのである。
「ノール、トロワ、話はあとよ。追っ手が来てる」
 そう言いながらセイラが手榴弾を後方に向かって投げると、今度もまた数人の乗組員が吹き飛ばされ、天井や壁に激突した。
「前からも来る。行くぞ、トロワ」
 今度は通路前方から十数人の男どもが襲いかかって来たが、獲物がコンバットナイフかさもなくばハンドガンなのはジュリアン博士を傷つけないように、ということなのだろう。今はまだ、博士を間違えてでも殺す訳にはいかないのだ。
「では、クロウは右を。私は左に行きます」
「了解した」
 クロウにそう指示を出すとトロワは走りながら両手を振る。と、次の瞬間には左右の手には大ぶりのコンバットナイフが握られていた。相手にしてみればそれどころではなかったが、意識してみていれば前腕部に取りつけられたアタッチメントからナイフが飛び出したことが分かったろう。
 トロワは二挺ナイフを構えて敵の中に突撃すると素早く間合いを詰め、巧みに敵の攻撃を捌き、的確に急所のみを狙って行く。大上段から鋭く振り下ろされた白刃をわずかに体を開いて躱すと、相手の動きに合わせてナイフを差し出して裏籠手を斬り裂いた。直後、ハンドガンのグリップエンドで殴りかかって来た相手には左のナイフで弾き返すと、右手のそれでこめかみを断つ。
「だあっ」
 続いて裂帛の気合で突き入れられたナイフは逆手に構え直した右のナイフで危なげなく受け、次の瞬間、左のナイフで敵の頸動脈を断ち斬る。この流れるようなトロワの技によってナイフの錆となったいずれの乗組員も、一撃で即死するか行動不能に陥っていた。この技の冴えは市井の投資コンサルタントなどではありえない。ベンやリックらを越え、クロウとも伯仲しているとさえ、セイラには思えた。
(ひょっとしたら…)
 背後から迫る追っ手を迎撃しつつ、前方にも気を配れるのはセイラの卓越した戦士としての実力だったろう。トロワのナイフさばきを見ていたセイラの脳裏に閃くものがあったが、あくまでもそれは直感でしかない。口にするには確かな証拠が必要だった。
 そんなセイラの思いをよそにクロウとトロワの活躍で、一同は無事に元のエアロックへと辿り着いた。ジュリアン博士をスペースビークルのサブコクピットに座らせ、ゲキシン・クルーザーへと帰還しようとしたがセイラが一人エアロックの辺りで何やら手を動かしている。
「どうした、セイラ」
「これでよし、と。お待たせ。さあ、行きましょう」
 クロウの問いかけにはにっこり笑ってコクピットに座ると、セイラはエンジンを最大出力に吹かす。と、しばらくして後方のエアロック辺りで大爆発が起こり、乗組員であろう人影が宇宙空間に放り出されるのが遠くに見えた。
「なるほど、さっきのあれはエアロックを強制開放しようとしたら爆発を起こすように細工していたのですね、セイラさん」
「当たりよ、トロワ」
「流石はセイラ姐さん、これで狙撃や追撃は免れるって訳ね」
「ベン、ベン、こちらクロウ。ジュリアン博士は無事に救出した。もう、陽動は終わりだよ。派手にやっちゃってくれ」
『ラジャーだ、クロウ。それじゃあ、いっちょ派手に行くぜ』
 クロウからの無線連絡を受け、ゲキシン・クルーザーの砲撃が突如として苛烈となった。ミサイルが、荷電粒子砲がそれまでは比較にならぬほどの数と精度で放たれ、クレセント号を直撃する。この一斉砲火にはムーン・カルテルの偽装武装船と言えども為す術もなく、爆炎に包まれながら撃沈して行くのであった。
「やったあ、これで一安心ね−って、ええっ」
 振り返りつつクレセント号が爆散する様を見ていたノールの声の様子が急におかしくなったが、それも当然で拡散する爆煙の中から2体の機動ロボットが出現したのである。1体は重装甲のパワータイプで、もう1体は長大な青い光を放つビームサーベルを手にした高機動型だった。大方、増設されたカーゴベイは名ばかりで、あれらの格納庫になっていたのだろう。
『貴様ら、よくもやってくれたなあ。ムーン・カルテルをなめるなよ。最早ただでは済まさん』
 オープンチャンネルで響く脅しのだみ声は確かに年期が入っており、博士のような堅気の人間だったらそれだけ震え上がってしまったろう。その上、完全武装の機動ロボに乗っているのである。トロワが少々慌てるのも無理はなかった。
「急いで下さい、ノール。このままでは我々も、クルーザーもやられてしまいます」
「え、でも、ゲキシンガーに変形すればいいんじゃ−」
「駄目なんです。ゲキシンガーへのゲキシンクロン・チェンジはクロウがいなければロックが解除されない。そういう仕組みなんです」
『げえー、本当かよ、デイモンさん』
『はい、その通りです、リックさん。貴方ではゲキシンクロン・チェンジは不可能です』
「まあまあ、慌てることはないさリック、帰還はもうすぐだ。相対速度を合わせて、迅速かつ丁寧なドッキングを頼んだぜ、ベン」
『おおよ』
 この時、敵ロボットに長距離ミサイルや荷電粒子砲といった装備がなかったことも幸いした。おそらく、遠距離攻撃は母艦に任せ、接近しての白兵戦を機動ロボットに担当させると言う戦術をムーン・カルテルは採用しているのだろう。
 ようやく追いついた高機動型の頭部バルカンが虚空を漂うスペースビークルを捉え、破壊した時にはもうクロウらはクルーザーのコクピットに収まっていた。代理のメンバーは席を離れ、それぞれが本来の椅子に座って戦闘態勢を速やかに整える。
「ラビ、ジュリアン博士はノールがキャビンに寝かしてくれている。すまないが、よろしく頼むよ。では、行こう−ゲキシンクロン・チェンジ・ゲキシンガー」
 クロウのこの音声入力と同時に近赤外線によって網膜、光彩、静脈パターンがスキャンされ、生体認証を実行。クロウ本人であることを確認したのち、システムロックが解除されゲキシンクロン・チェンジが実行されるのだ−クロウがいなければ不可能、というこのはこういうことであった。
 が、生体認証にかかる時間は0.1秒。認証完了すればわずか数秒でゲキシンクロン・チェンジは完了する。15mのクルーザーが瞬く間に巨大化しつつ、変形してソーラーセイルをマント状に纏ったロボットになるという光景は相手からすれば夢か幻以外の何物でもなかったろう。
 しかし、敵もさる者。夢や幻であろうと自分達に敵対する輩は生かしてはおかぬと、2体の機動ロボットでゲキシンガーを挟み込む。そして先に動いたのは重装甲型機動ロボだった。巨大な両腕をぬっと突き出し、ゲキシンガーに襲いかかる。やられはせぬとゲキシンガーも手を合わせ、必然的にパワー比べとなった。
 このようにパワーに勝る重装甲型が敵の動きを封じ込め、その隙に高機動型がビームサーベルで一刀両断にする。これがこの2体の必勝の戦術だった。まして、ゲキシンガーはその名とは裏腹に曲線の多い、優美とも言えるスタイルである。このような華奢な機動ロボットにパワー負けするなどあり得なかった。
『は、こんな簡単に乗って来るとはなあ。普通、避けたりするもんだぜ。チューンにチューンを重ねた、この俺のギャリソンのパワーには敵わねえよ−って、な、なんだそりゃあ』
 確かにギャリソンなる重装甲型機動ロボットのパワーは並大抵ではなかったが、ゲキシンガーの力はそれの遥か上を行っていた。五指を絡ませた力比べの体勢から易々とギャリソンの左腕をつけ根から引き抜くと、くるりと体を入れ替えて一本背負いの要領で背後から接近していた高機動型めがけて投げ捨てたのである。
 ギャリソンが動き出来なくさせていると油断していたのか、無防備にも大上段にビームサーベルを振り上げていた高機動型は機体の正面で飛んできたギャリソンを受け止める格好となった。慌ててバーニアを吹かして体勢を整える。
『てめえ、なにしやがんだ。おれのガヌロンが傷ついたらどうしてくれる』
『そんなことを言ってる場合か。来るぞ』
「ゲキシンスピア、伸びろ。さあ、今度はこちらの番だ」
 その言葉通り、ゲキシンガーがマントを纏い、柄を伸ばしたゲキシンスピアを構えてギャリソンとガヌロン目指して突撃して来ていた。不意を突かれた2体は避けるしか出来ず、その体勢が崩れた所を更にゲキシンガーは長槍で攻めて来る。
 鋭い穂先には超電磁場を帯びているのか、ゲキシンスピアはガヌロンの実体のないビームサーベルの光刃も巧みに受け止め、かつ、スピアを鋭く打ち込んで敵機を近づけさせない。このようにゲキシンガーはスピアで突き、払い、時には石突も使って巧みに2体を牽制した。更に両目から撃たれる対空ビーム砲ゲキシン・サイトなどの攻撃も織り交ぜるなどし、巧妙にコンビネーション攻撃には持ち込ませなかったのだ。
 そうなれば焦れて来るのはムーン・カルテルの方であり、どちらが先かと言えば普段のコンビネーションならば敵からの攻撃をものともせずに突貫するのが役目のギャリソンであった。それを読んでいたクロウはわざとスピアを振り上げ、これ見よがしに隙を作って見せたのだ。
『うおお、もう我慢ならん』
『よせ、罠だ』
 ギャリソンはゲキシンガーの胴体めがけて捨て身の体当たりを敢行しようとしたが、それもクロウの読みの内であり、大上段の構えのまま右手を石突で握り直すとそのまま頭部へと横殴りに穂先を叩きつける。超電磁場で強化された穂先で斬断された頭部は虚空を流れ、残された胴体にも返す動きでスピアの斬り上げの一閃が叩き込まれて爆発した。宇宙の彼方に飛び去ろうとしていた頭部もその炎に巻き込まれて爆散する。
『おのれ、よくも』
 僚機を撃沈されたガヌジンのパイロットは機体越しに殺気を放ちながらゲキガンガーに肉薄するが、斬撃を右に左にと巧みにいなされてビームサーベルの間合いに入ることが出来ない。さりとて、距離を取ればゲキシン・サイトのような火器による攻撃が待ち構えている。槍対剣の間合いで勝負しているからこそ、かろじて死を免れていることをガヌジンのパイロットはよく分かっているのだった。
 だが、それももう限界である。スピアの攻撃をかろうじていなして来たとは言え、機体のあちらこちらに細かいダメージは受けている。あと十合もすれば、それらが積み重なって戦闘不能に陥るのは目に見えていた。
『ならば…』
 ガヌジンは後方に一旦下がると両腕を頭上に向け、まるで水泳の飛び込みのような形になると全スラスターを最大にしてゲキシンガーへと突撃した。無論、ビームサーベルはしっかと握られており、その刃はフルパワー時特有の深紅の輝きを見せていた。さしずめ、今のガヌジンは災いを呼ぶ赤い流星であった。
 機体の性能だけに頼る凡百のパイロットであったなら、ガヌジンのこの攻撃は成功したに違いない。しかしながら、ゲキシンガーを駆るもの達は一騎当千のつわものばかりであったのだ。
 ガヌジンの意図を悟ったクロウ=ゲキシンガーは瞬時にゲキシン・スピアを中段に構え直すと、迫り来る敵に対して鋭い突きを繰り出した。それはまさに正確無比な一撃だった。スピアの穂先は一点の狂いもなく、ガヌジンが突かざしたビームサーベルの鋒を突き据えたのである。
 超電磁場を展開したスピアの穂先は光刃を断ち割り、ビームサーベルの柄を砕き、そのまま己の突進の勢いで迫るガヌジンの両腕ごめに頭部へと突き刺さった。胴体まで深々と刺さったスピアは動力炉を破壊したものか、ガヌジンはスラスターも停止し、ぴくりとも動かぬ機体の各部からは放電が漏れ出る。
 これを爆発の予兆と見たか、ゲキシンガーはガヌジンが刺さったままスピアを頭上に向けて勢いよく振り上げると、遠心力で鉄くずと化したガヌジンが飛んで行った。その数瞬後、ガヌジンは大爆発を起こしたのだった。

 こうして事件は一応の決着を見、ハイライズ星に帰還するゲキシン・クルーザーのコクピットに白衣のラビが入って来た。クロウがねぎらいの声をかける。
「お疲れ様、ラビ。博士はどうだい」
「はい、軽微な精神錯乱状態にあるので、鎮痛剤を打ちました。今は仮眠室のベッドで眠って貰ってます。あとは体力の消耗もあるみたいなので、ウチについたらゆっくり静養して貰うつもりです。
 それでも大分落ち着いたので、ノールとキーンさんに任せて来たした」
 ラビの答えに笑顔で頷いたクロウだったが、すぐ真顔になって今度はトロワに話しかける。
「なあ、トロワ。お前さんの話、受けるよ」
 クロウのこの突然の言葉に一同はざわめき、色めき立つ。それは隣のキャビンで船体のチェックをしていたミーナまで、顔を出すほどだった。
「いや、別に今、思いついたとかではなくてさ。トロワからこの話を聞かされた時から、色々、考えてはいたんだ。で、考えては見たけど、この話を断ったって、結局は今までもこれからもおんなじ様なことしてくんだろうな、って思ったら結論はあっさり出たよ」
 そう言うとクロウは席から立ち上がり、トロワの戦術情報処理デスクの脇に立って手を差し出した。
「そういう訳なんで、これからよろしく頼むよ、トロワ」
 一瞬、クロウの顔を見上げたトロワだったがすぐに立ち上がり、がっしと差し出された手を握り締める。
「こちらこそ、よろしくお願いします、クロウ」
 ベンら昔馴染みのメンバーが最初のどよめき以外はさほど動揺していないのは、クロウの性格をよく知っているからだろう。驚いたのはどうして自分達に一言の相談もなく、ということだったが言われてみれば確かにここでこの話を受けようが受けまいが、これからもやることは似たりよったりなのは間違いない。ならば、このゲキシン・クルーザーがある分、話を受けた方がやり易いのだ。相談していたとしても、出る結論は同じだったのだ−そう、頭の中で素早く考えた結果、納得したのである。
 いつの間にかトロワの脇に立っていたミーナも、この光景にほっと安堵のため息をついた。
「で、具体的にはどうするんだ、クロウ」
 と、ベン。
「まあ、影の始末屋云々はどうかと思ったけど、カルテルを敵に回すんならこっちの素性は隠した方が何かとやり易いし、安全じゃないかなあ」
 こちらはリックである。
「うん、リックの言う通りなんでね。それなんだけど、表向きはなんでも屋にしようと思う。それこそ、ゆりかごから墓場まで、みたいなさ。どうだい、セイラ」
「私が貴方に反対したことが一度だってあって、クロウ。今までだって人様の揉め事厄介事を引き受けて来た私達だもの。むしろ、気取りがなくていいんじゃないかしらね」
「じゃあ、表向きの職種はなんでも屋で決まりだな。と、それはいいが屋号はどうする。万屋クロウにでもするか」
「おいおい、ベンさん、そりゃあセンスないぜ。ここはそうだなあ、オクスフォード・トラブルシューターズなんてどうだい」
「てめえ、リック。それこそ直訳じゃねえか」
 そんな風にたちまち口喧嘩を始めたベンとリックの有り様を見て、ラビがくすくすと笑い出し、つられてミーナもけたけたと笑い声を上げた。それでも二人はどこ吹く風と、言い争いを止めようとはしない。
「ねえ、クロウ。貴方、ひょっとしてもう、名前を決めてるんじゃなくて。何となくだけど、そんな風に見えるわ」
「セイラはなんでもお見通しだね。ああ、もう決めてるんだ。その名は」
「その名は…」
 クロウの次の言葉を待って、一同は黙りこくる。これから自分達が働く所の名前が決まるとあって、ベンとリックも口喧嘩を止めて固唾を飲んだ。
「オフィス Jack-9」
「オフィス Jack-9…良い名前だとは思いますが、どういう意味があるんですか、クロウ」
 皆が持ったであろう疑問を代表してセイラが尋ねる。
「Jackは古語のjack-of-all-trades=なんでも屋から採ってる。9人のなんでも屋ってこと。リックのも考えたんだけど、もう少しひねった方がいいかな、と思ってさ。
 けど、これは表向きの理由でね。裏の意味もあって、こっちが本命だ」
「ほう、裏、ですか」
「そうだよ、トロワ。この場合のJackはJack Ketch−死刑執行人の俗称を意味してる。この世の巨悪を人知れず裁く、闇の死刑執行人9人さ。ついでに言えば、かって帝国の前身だったヌビア・コネクションに敢然と立ち向かったコズモレンジャーJ9にも引っかけてる。何せ今の世の中、おおっぴらに?J9?なんて言葉、使えないからね。
 どうだい、みんな」
「いいね、それ。僕、賛成」
「あたしもクロウの案に一票、です。あ、博士の目が覚めまして、どうしてもお礼が言いたいとってことで。良かったら、顔を出してあげて下さい、クロウ」
 真っ先に支持を表明したのはジュリアン博士のそばに付いている筈のノールとキーンだった。もっとも、セイラ達も反対するつもりはなかったのだが。勿論、それはトロワも同じだったが、彼には一つだけ引っかかる点があった。
「しかしクロウ、どうして9人なんです。メンバーはクロウ、ベン、セイラ、リック、キーン。それにラビとノールの姉妹を入れたとしても、7人じゃないんですか」
 この言葉にジュリアン博士の元に向かおうとしていたクロウは扉の前で足を止め、ちょっと驚いたような顔で振り向いた。
「あれ、あと二人、いるじゃないですか。貴方とデイモン博士ですよ」
「…えっ」
 これには意表を突かれたのか一瞬、返す言葉もなく目を白黒させて椅子に座り込んでしまうトロワであった。むしろ、ここはミーナの方が反応が早かった。
「ちょっと待って下さい。私はゲキシンガーのメカニックとして残る、っていう覚悟はありました。けど、何もトロワ様が影の始末屋稼業に入らなくても」
「けどね、ミーナさん。昨日今日−特に今日、一緒に戦ってみてトロワが実に有能で、有事向けの人材であるかがよく分かったよ。情報分析に長け、世事に通じ、二挺ナイフの腕も立つ。経済に明るいなら、税金なんかについても詳しいだろうし。
 その上」
「その上、なんですか」
「酒も強い」
 真面目な声でそう言ったクロウの顔が、あっという間に満面の笑顔になる。逆にミーナか顔を真っ赤になって、大声を上げた。
「な、な、なんですか、それ。私を馬鹿にしているんですか−あ、トロワ様」
 このわずかなやり取りの間に立ち直れたものか、イスから立ち上がったトロワがミーナの肩に手を置いた。平静を保ってはいるが、少々顔色が優れないのは仕方のないところだろう。
「ありがとう、デイモン博士。心配をかけたがもう、大丈夫だ」
 そうミーナを気遣ってから、あらためてクロウと向き合う。トロワが立つ戦術情報処理用デスクと、クロウが立ち止ったコクピット入口の距離が二人の心理的距離も表わしている様だと、不意にミーナは思った。
「その話、お受けましょう−本当に大丈夫です、デイモン博士。確かに、こんな危険な話を持ち込んでおきながら、自分は一人安全な所にいるというのでは信用されないでしょうから。
 どれだけのことが出来るかは分かりませんが、最善を尽くさせて頂きます」
「そうか、分かってくれたかい。なんでも、言ってみるもんだなあ。じゃあ、細かい話はウチに戻って晩ご飯でも食いながらにしよう。
 では、親父さん、博士の所に行くとしよう」
 これで話が済んだとばかりにクロウはキーンと連れ立ってコクピットを出て行き、残されたメンバーはどうしたものかと思いつつもそれぞれの持ち場に戻る。それでも、トロワとミーナに一応の挨拶をするのを忘れはしなかったが、少々よそよそしいものであるのはこの急転直下の展開では仕方のないことだったろう。
 返事もそこそこにコンソールへと向かったトロワに、ミーナがおずおずと声をかける。
「よろしかったのですか、トロワ様」
「これで良かったのさ。むしろ、これくらいで余所者に一応の信を置いてくれるなら安いものだよ」
 ミーナはまだ何か言いたそうなそぶりだったが、それ以上、声をかけさせない雰囲気をトロワは纏っていた。
 それは伝染するものなのかか、コクピットにいる誰もが黙りこくっている。ラビとノールはとっくにキャビンへと退散したし、ベンとリックも軽口を叩こうとはしなかった。セイラは一瞥を与えただけで、あとは何も言おうとはしない。
 いつもではありえない、少し張りつめた空気のまま、ゲキシン・クルーザーはハイライズ星へ帰還しようとしていたのであった。

 かくして、影の始末屋・オフィス Jack-9は誕生した。無法の輩を迎え討ち、法で裁けぬ悪を斬る9人の死刑執行人の、知られざる戦いの火蓋が切って落とされたのである。
|2013.01.18 Friday by 小林一俊| comments(0) | 戻る |
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