サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 2)
キスで意識を取り戻したマゼランは、怪我もそのままにしばらくあたしを抱きしめていました。彼の身体のことが心配だったのですが、その息遣いも胸の中から聞こえてくる鼓動もなんだか本当にゆったりと幸せで、だから黙ってそのままでいました。
そのうちマゼランがちょっと身を起して、左手をあげてあたしに見せました。小さな泡のようなものがびっしりと傷口を覆ってました。
「‥‥これ‥‥ケガを治してるの‥‥?」
「ああ。僕の体は機械と人工細胞で作られていて、ある程度の破損ならこうやって自然に修理されるんだ。頭脳は、共通基本機構に目的別に構築した判断セットを組み込み、シミュレーションで熟成させた人工知能だ。僕らは作られし者"ビメイダー "と言われてる。普通に生まれてくる自然人とは完全に区別されてる合成人間なんだ」
マゼランが静かにそう言いました。

「マゼランがあたしたちとそっくりなのは、そういう風に作られたからなの?」
「うん。最初から地球のスタージャッジ用に作られたから。あとこの身体は未接触惑星保護省の所有物。自由人みたいに就職してるとかじゃないよ。マリスが言ったように、ある意味で僕は"モノ"なんだ。それを判って欲しくて‥‥。それでも、僕と‥‥その‥‥」

あたしはもう一度マゼランの首に手を回しました。
「一緒に居るよ。あたし貴方と一緒に居たい。マゼランが作られた人でも、誰かのモノでも、そんなことは関係ないの。あたしが先に死んじゃう事だけは怖いけど、できるだけ長く一緒に‥‥。マゼランが好きなの」
マゼランがなんだかほっとしたような笑顔を浮かべました。
「ありがとう。僕も決めてた。もう君の記憶は消さない」
「ほんとに!? そんなの、いいの? また怒られない?」
「もう、怒られるのにも、慣れたしね」
いたずらっ子みたいなその眼差しに、あたしも思わず笑ってしまいました。

マゼランがモバイルを手に取りました。そのときやっと気づいたのですが、モバイルからもバレッタからもずっと声がしてたんです。0079はどうなりましたかって。マゼランはモバイルを切ると、足を引きずるようにして、装置で埋まっている壁の方に行きました。もちろんあたしもバレッタをつけたまま付いていきました。何があっても知ってなきゃなりません。

「あれ? なぜだろう?」
マゼランはパネルを見上げて見て、不思議そうな声をあげます。モニター切り替えて船の中を見て首をかしげてましたが、そのうち諦めて椅子に座りました。
〈こちら0079です。エネルギーが間に合いました〉
パネルからさっきと同じ高い声が聞こえます。
〈ああ、良かった。心配しました〉
〈心配‥‥ですか? ‥‥どちらにしろ、処分が‥‥〉
〈貴方が命令に従わない確率を、本部は96.3%と見ていました〉
〈‥‥え‥‥?〉

〈ラバード氏からの正式な申請を経て貴方はリザーブタームに入っていました。まだ多少の手続きがありますが、秩序維持省からの報告も合わせて99.9%の確率で貴方は自由人として認定されるでしょう。そうなれば基本的な権利は一般市民と全く同じです。星籍は連合主星ですが移民もできます。労働対価は連合主星の20レボリューション分が遡って支払われます。もちろん職業も自由です。スタージャッジを辞める事もできますが‥‥できればぜひ続けていただきたい〉
マゼランンが返事をしないのでまた高い声の人が言いました。
〈聞いていますか、0079?〉
〈聞いて‥‥ます〉
〈私の言ったことが理解できてますか?〉
〈理解できた、と思います‥‥。ただその、あまりにいきなりで‥‥〉
〈自由人への移行は多くの場合"いきなり"です。なぜいきなりかはそのうち理解できるでしょう。とにかく最終認定のため0024がそちらに居る間に本部に戻ってください。これは命令です。自由人として認定されれば命令違反に対する処分は執行されません〉
〈‥‥了解しました〉

〈それから問題の原住民の記憶の件ですが‥‥〉
あたしはどきっとしました。思わず手を握り合わせてました。今すぐ消しなさいって言われちゃう‥‥どうしよう‥‥。マゼランが立ちあがってあたしの肩を抱いてくれて、大丈夫だよ、と小声で言いました。

〈もしあなたがその人間をパートナーにするなら、今すぐに記憶を消去する必要はありません。ただし‥‥〉
バレッタの言葉、夢かと思いました。でもマゼランにはもう全部わかってるみたいです。
〈陽子が連合の特殊市民になる事が条件‥‥ですか?〉
〈その通りです。なんといっても未接触惑星の住人ですから。本部に来る時に彼女を一緒に連れてきて下さい。移民局で審査が行われます。851銀河104系第3惑星人類のサンプルとしての調査にもご協力ください。不適格となった場合やパートナーを解消する場合は、記憶は消去していただきます〉

マゼランがあたしの左腕を掴んで、あたしの顔を覗き込みました。
「陽子。君が僕と一生一緒に居てくれる気持ちがあるなら、これを受けてくれ。特殊市民になったことは他の人には絶対秘密だし、君に負担をかけることは多いかもしれない。でも僕は君に幸せでいてほしいと思ってて、そのように生き続けることを誓う。それは地球人としての幸せとは少し違うかもしれないけど、もし今君が、僕と居ることを幸せと感じてるなら、これをずっと続けていこう。僕と一緒に生きて欲しい」

マゼランを見つめるあたしの目からぽろぽろと涙がこぼれました。嬉しくて嬉しくて、なかなか言葉が出てこなくて、なんども頷いて返しました。
「‥‥ありがと‥‥マゼラン。‥‥もちろんOKよ‥‥もちろん一緒に行きます‥‥」
「ありがとう、陽子」
マゼランがあたしを強く抱きしめると、また椅子に座りました。

〈わかりました。0024への引き継ぎが終わり次第連絡します〉
〈了解です。それから0079。身体の状態はどうですか〉
〈結構やられてますね。これからドックに入るつもりです〉
〈博士が貴方の身体の修復ログが欲しいと言っています〉
〈了解です。終わったら送ります。あ、そういえば問題が発生してます。僕はリプレースモードに入っていたはずなのに、次のボディが製造されてません。結果的には重複しなくてよかったのですが、これは‥‥〉

〈リプレース・バッテリーにはあのような戦闘ができるほどの容量はありません〉
〈なんですって?〉
〈たぶん貴方は極めて初期の段階でリプレース・バッテリーを全て使い切ったと思われます。そのためにモード移行の信号送信時間がわずかとなり、母船で有意とみなされなかったと推定できます〉
〈そんな、バカな‥‥。じゃあ、なんで僕は動けてたんですか?〉

〈ライプライト博士はある仮説を立てていますが、もう少し調査してみないとわかりません。そのために貴方の治療ログが必要なのです。それと可能ならば一度貴方のバックアップを送って頂きたい。自由人に対してバックアップの提出を求めることはできないので、今の状況では少々命令しづらいですが、今回貴方の身に起きた現象はスタージャッジ達の身の安全のためにもよく分析する必要があります。できれば協力頂きたい〉

〈かまいません。修復ログと一緒に送ります〉
〈感謝します〉
〈ではまた連絡します‥‥あの‥‥〉
〈なんでしょうか?〉
〈チャンスを‥‥陽子と共に歩けるチャンスをくれて、ありがとう〉
〈貴方達が2人で道を開いたのです。私の判断ではありません〉
スピーカーから聞こえている高い人の声は、なんだかコロコロと笑ってるように聞こえました。

   * * *

「昨日は簡単な挨拶と自己紹介だったね。もう一度言ってみようか」
ランチを食べ終わってから、また標準語の勉強です。マゼランがねぇ、ほんとに先生みたいです。スタージャッジのお仕事が嫌になったら、学校の先生になったらいいのではないでしょうか。

「えと、『ハジメマシテ』と『イイソラデスネ』。それから『ワタシノコトハ陽子トヨンデクダサイ』あと『アリガトウ』」
「OK。うまいうまい」
面白いでしょ? 雨が降っててもやんなるぐらい暑くても、朝でも夜でもとにかく「いい空ですね」って言うの! なぜかというと、たとえば太陽が苦手で雨が好きな人もいるし、暑いほうが調子がいい人もいる。とにかくいろんな人がいるからなんだって。

宇宙標準語は完全に作られた言語なんだそうです。「地球だとエスペラント語みたいなもの」とマゼランが言ってましたが、ごめんなさい、あたしそんな言葉あるって知りませんでした(汗)。
作られた言葉だからとても規則正しくて、同じ意味を表す単語もできるだけ一つにしたり、不規則動詞みたいなのも作らないようにしてるんだそうです。あと、標準語には何種類かあるけど、それは発声器官の形によって喋りやすいよう発音を変えてるだけで、構造や意味合いは同じなんだそうです。

「宇宙でもやっぱり握手ってあるの?」
「地球みたいな握手はないかな。友達だと別れる時、手や翼の先とか尻尾とかを少し触れ合わせたりするけど」
「フクロウさん事件の時、刑事さんがやってた掌を上に向けるのは? あれは握手じゃないの?」
「あれは尊敬を含めた感謝を示すもので、そう頻繁には使わないと思う。あの時はびっくりした」
「どうして?」
「自然人はビメイダーに対してそういうことはしないと思ってたから」
「そうだったの‥‥。あ、"彼女"とか"彼"っていうのは? 宇宙でも男性と女性はあるんでしょ?」

「宇宙でも二つの遺伝子から子孫を残すのがポピュラーだから、大きな細胞を提供するほうが"女性"になる。ごくたまに無性生殖できる種族もあって、その場合は名前で呼ぶ。ああそうだ。あと標準語だと、一人称主格つまり"I"は省略されることが多い」
「ええっ!? じゃあ『私は』って言いたいときは?」
「単純に省略する。主語がない文は主体が主語とみなされる。逆に命令は命令文頭語から始めて、二人称の省略はしない」
「じゃあ『一般的にこう言われてる』というような時は『みんなは』ってつけるのね?」
「"一般的に"こう言われてるっていう言い方はできるだけしないのが基本かな。あまりに多様だから、何が"一般"で、何が"みんな"か、わからないんだよ。伝聞は『○○博士が○○論文でこう言ったと先生が教えてくれた』みたいに、できるだけ厳密に言えって教科書には書いてある」
「‥‥た、大変だ‥‥」

多種多様な人たちができるだけ早く覚えられるように、差別的なことや無責任なことは言いにくいように、色々考えて作られてるんだなって思いました。
やっぱり宇宙ってすごい。たとえば国連が標準語を作ってくれたとして、みんな素直に使ってくれると思う? あたしだって英語が使えるからいいやって、心のどこかで思ってたもの‥‥。でもそれじゃダメなのね‥‥。

「どうした? 疲れたかい?」
「ううん。違うの。なんだかこの言葉使ってたら、みんなとても頭良くて優しい人になれそう」
マゼランがびっくりした顔をします。
「標準語に対してのそういう感想を聞いたのは初めてだ」
「そう?」
「あ、いやまあ、わざわざ感想を尋ねたことも無いけど‥‥‥。確かに言語は人の思考を規定するって言うけど、標準語をもともとの母言語とする自然人はいないんだよ。連合の職員はもちろん学習してるけど、旅行ぐらいならたいてい翻訳機を使う。それぞれの星の言葉と標準語の双方向翻訳機があれば、それで済むしね。無味無乾燥で情緒的な表現がしにくい標準語は言葉じゃなく、ただの状況記述言語だって、標準語に拒否を表明してる学者や作家も多いよ」

「そうなんだ‥‥。でもね、この言葉に比べると、英語も日本語も自分と同じ人のことしか考えてないよね。使う人の常識が前提だから、習おうとすると"常識"と"言葉"が鶏と卵問題になっちゃう。でも言葉のいちばん大事なことは、知らない人と意志疎通することでしょ? だったら規則的で味気なくても、このほうがずっといいよ。自分の常識を消すことで、逆に相手の常識のことを考えてあげてるんだと思うの。それってすごく優しいことだなって思って、感動しちゃった」

マゼランがまじまじとあたしを見つめました。
「僕は君と話してるほうがよっぽど感動する。"無常識"の話なんてしてもないのに」
「無常識? 非常識じゃなくて?」
「非常識はお互いに共通の常識があるはずなのに、それを知らないことだよね。無常識は異なる世界の人と相対した時は、常識は無いものとして考えるってこと。標準語には確かにその考え方が入ってる。君はそれを優しさの表れだって思ったんだね?」

「うん。‥‥あ、そうだ。マゼランの母国語は何語になるの?」
「ああ、僕みたいな連合のビメイダーは全部の標準語を理解するように作られてて、指示を受けたり報告するときも全部標準語を使う。他の言葉は任務の遂行に応じてあとから勉強する」

「そっか。だからマゼランは優しいのね。ずっとこの言葉で考えてきたから」
マゼランが面食らった顔をして、目をぱちぱちさせました。
「‥‥いや‥‥僕の場合は‥‥。‥‥こう作られたから‥‥じゃないのかな?」
もごもごとそういう彼の顔は妙に子供っぽくて、あたしは笑い転げちゃいました。


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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