サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『桃さんと僕』 南田 操
桃さんと僕    <第四回>
             桃さんと僕  〈第四回〉
 

 
 少年マンガ、アニメ、少女マンガときましたので、今回は、SFについて振り返ってみたいと思います。
 思い起こせば、一番初めに触れたSF小説は、多分小学校2年生の時の「27世紀の発明王」だったと思います。原題は「ラルフ124C41+」 米国SF界の祖,名編集者として知られた作家ヒューゴー・ガーンズバックの1925年の作品でした。ヒューゴー賞に名前が残っています。岩崎書店のジュブナイル化作品でしたが、未来世界の造形に息を飲んだのを覚えています。「未来」というものへの大きな憧憬こそが、SFの本質的な魅力として刷り込まれたのだと思います。
続けて、同じシリーズの「時間ちょう特急」原題は、「時の塔」。レイ・カミングスの1929年の作品です。レイ・カミングスは、エジソンの助手をしたことでも有名だと知ったのは、ずっと後のことでした。巨大な塔型のタイムマシンが、セントラルパークに突然現れるところから、一気に引き込まれてしまいます。伏線を張ったタイムパラドックスの構造は、小学校二年生には若干難しい思い出がありました。それでもこのシリーズの他の作品を読みたかったのですが、子供には探すすべもなく残念ながら手に入れられない状況でしたが、そのあたりで出会ったのが、少年画報に載ったマンガになった「アルジャーノンに花束を」です。そのストーリーの見事さに圧倒されていました。
 高学年では、「すばらしい超能力時代」北川幸比古作が記憶に残っています。速度増加剤という発明を基にした世界観が面白かったです。速く動きすぎると新幹線にも乗れず、歩いて大阪から東京まで移動するという設定の面白さに痺れました。
 
 SFという概念を最初に意識したのは、幼稚園から小学校低学年当時、父親の勧めで一緒に観ていたテレビ番組がありました。夜10時からの番組で子供はもう寝る時間帯だった「タイムトンネル」でした。
 SFってなあに?という問いに「空想科学小説だよ」と答えてくれたのは父親でした。今もしっかりと覚えています。「空想」と「科学」。子供心にその意味するところのすばらしい高揚感が焼きついたのでした。「タイムトンネル」やその後の「宇宙大作戦」。いずれもセンス・オブ・ワンダーと独自の圧倒的な完成された「世界観」が特徴です。論理によるイマジネーションの飛躍。僕はこれが好きなんだ、と。
中学生になると、あのNHK少年ドラマシリーズの「時をかける少女」が始まります。ドラマとしてはより、映像として、セリフのパーツパーツの印象として強烈な印象が残った作品でした。この後も「暁はただ銀色」、「新世界遊撃隊」といった少年ドラマシリーズはありましたが、オリジナルの小説の方の魅力が遥かに高かったのでした。このころの素敵な印象が、ジュブナイル小説への憧憬になって行ったのだと思います。
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 本格的にSF小説に入っていったのは、やはり高校生だったでしょうか。特に大きなインパクトを受けたのは、「アンドロイドは電気羊の夢をみるか」でした。SFでありながら、形而上的な人間とは何かを問いかける重層さがしかも叙情的に描かれているではありませんか。そこに僕は文学としての可能性も強烈に感じたのでした。人間の学である文学が目指すものは、ひょっとしたらSFでしか到達できない領域があるのではないかとさえ思ったのでした。
ヴァン・ヴォークトも同様でした。特に「非A の世界」がそうした形而上的世界を描いているという点では秀逸でした。彼の作品では、ジュブナイルとして「宇宙船ヴィーグル号の冒険」や「スラン」が大好きでした。特に「スラン」はジュブナイルというジャンルの最高峰ではないかと思っています。世界設定の見事さ、物語の構成とテンポの良さ。そして何より瑞々しいまでのボーイミーツガール!
 折しも、1976年には、「奇想天外」が創刊されます。雑誌というものには,その時代の持つフロンティアを集約する力がありますので、それを追っかけることで、今風に言うなら、一つのサブカルチャーのウェーブをつかみ取るにも最適な手段だったわけです。
 並行していわゆる名作SFを渉猟しました。「幼年期の終わり」や「闇の左手」そして「レンズマン」。
 「キャプテンフューチャー」や「ペリーローダン」には嵌まりませんでしたが、「レンズマン」にはドップリでした。これも望月FCの彼女たちから教わったものです。本当にお世話になりました。
  同じく、彼女たちから教わったもので、「ウルフガイシリーズ」があります。平井和正の名前はアニメの脚本家やマンガの原作者として認知はしていましたが「ウルフガイ」はまだ読んでいませんでした。これも強烈でしたね。一気に「信者」級のファンになってしまいましたから。
 特に強烈だったのは、ちょうどそのころ刊行された「狼の世界」です。自作自演のパロディ作品で、完璧なパロディのお手本がそこにあったのです。合わせて勧められた 「超革命的中学生集団」ギャグセンス満載のこれもパロディック小説です。小説はこんなにも自由にできるのかということをその頃の流行りで形容すれば、16トンを落とされた(モンティパイソン)くらいのインパクトをうけたのでした。これが、南田操のパロディ作品のルーツになったわけです。
 前にも書きましたが、高校時代は文芸部でした。同人誌が年1回でしたが、その他に誰でも投稿可能な生徒会誌がありました。小説を投稿していた人もいます。そこで、高二の期末にだされる生徒会誌めがけて、「悪魔の狼男」なるデビルマンコンセプトのアダルトウルフガイのパロディ小説を書いてしまったのです。そして高三時は、「普通戦艦ヤマト」。1940年、日本は謎の国ガミラスからの攻撃を受けていた・・・。というヤツでした。八丈島の島流しの囚人古代と島が回収したカプセルにあった宇宙清掃器に号を求め、14万8千海里の彼方、イスカンダル島へと旅立つというものです。ワープ航法とは、「いうまでもなくこれは波である。この波の頂点から頂点へと飛躍するのがワープである」とか、「左舷、海底火山の噴火、マグマです。への30からいの10」とかとか。
 後年、これを桃原さんに謹呈してところ、えらく褒めてもらい。「君はマンガより文章が向いているよ」と喝破され、それが後々の南田操へとつながっていくわけでした。
 
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 文芸部の同人誌「塔」にも、勿論小説を書いていました。詩作、評論等いろいろありましたが、中編小説を書く人間はいなく全体の1/3くらいを僕のSF小説が占めていました。「超魔戦争」です。「幻魔大戦」の向こうを張ったタイトルですが、分かりやすくエスパー対魔法使いです。舞台は地球の高校から始まるのですが、しかも両方とも異星人の種族です。片方は通常のエスパーですが、もう片方は、自然に対してエスパー能力を作用させ自然の力を自由自在に使うという種類のエスパーでした。超少女明日香的ですが、自然にお願いするのではなく、明確に作用させるというエスパーで設定していました。
 主人公の名前が本郷四郎。本郷猛と風見志郎から取りました。このキャラが結構気に入り、構想だけは20本ほどの「シリーズ四郎」なるサーガを考えて悦に入っていました。ちょうど東大を目指していたときでもあり、本郷という響きに憧れていたんでしょうね。後年、浪人し、結局本郷に行くのに4年かかったねと笑われたものです。
 秘蔵本ですが、文芸部の高三時代に書いたのは、これとは全く逆の恋愛小説。「僕と彼女」。ちなみに前作の「超魔戦争」とこの作品とも県の高校文芸コンクールで入賞しています。ひょっとして、文章でも生業にできるかも、と思ったのもこの時代でした。
 
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 大学時代、結局、アニメへの傾倒がさらに拍車がかかり、SF小説へは本格的な傾倒とまではいきませんでした。勿論、「星を継ぐ者」には熱狂しましたが、単発でした。その後も1986年当時、大変話題となった「ニューロマンサー」にはついていけませんでした。
 ずっと下って1999年、グレッグ・イーガンまで次の熱狂には出会わなかった気がします。2000年には、ダン・シモンズの巨塔「ハンペリオン」が出、一つの盛り上がりの時代だった気がしています。2005年には「タフの方舟」と「オルタードカーボン」がお気に入りでした。電脳パンクもには盛り上がりませんでしたが、「オルタードカーボン」の人格が「スティック」にコピーされ存在しているという設定で徹底された世界にはちょっと感じ入りました。コピーされた自分との戦いで生き残った方が「自分」になるあたりは鳥肌ものでした。SF小説としては「タフの方舟」の作品としてのレベルの高さが秀逸でした。短編集なところも見事です。
 日本では、やはり「銀河英雄伝説」でしょうか。こういう小説を書きたいと今も思えますから。いや、書かねば、ですね(笑)。
 
  さて、いよいよ次回からはIVA.結成秘話でしょうか。記憶違いも多々あるでしょうから、ご指摘よろしくお願いします。
 

 
|2015.03.16 Monday by 南田操| comments(0) | 戻る |
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