サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 2) おかしな闖入者
現場近くまで乗っていった小さな自動車を操縦して、てこてこと自分の借家に帰ってきた。通常は移動カプセルを使うことが多いんだけど、車で間に合う場所だったから車にしてみた。温暖化ガスを排出してしまうのが申し訳ないが、僕自身のエネルギーを一番節約できて、かつ目立たない移動方法だ。

エネルギー源は変われど自動車の仕組みは最初からあまり変わってない。インターフェースも秀逸。といっても地球人タイプの生命の移動マシンは、なんとなく似た操縦法に落ち着いてくるようだ。これで普通に飛べてくれたら有り難いんだけどなぁ。まあ地球の恐るべき交通渋滞を見てしまうと、これが空中だったら大変だ、とも思うんだが、でも僕がいる間に飛ぶ車、出来ないかな。ちょっと期待してるんだ。

僕が前任者の0024からこの惑星を引き継いでからもうすぐ2418年が過ぎようとしていた。最初はずっとグランゲイザーに住んでて、必要がある時だけ地表に降りてきてた。でも千年ほど前だ。ばたばたと続けて身体的トラブルが発生し、一時的に帰還させられる羽目にまでなった。でもオーバーホールしても原因は不明。博士達の提案で地上で暮らしてみたら、なんとなく不調が収まって今に至る。

僕は地球用に作られたから地球人そっくりの外見を持ってる。だから地球人の常識に則って行動していれば僕が宇宙人とバレることはない。まあ色々あってバレた場合は、悪いけどその人間に対して記憶処理をさせてもらう。僕みたいなのが地球に来てるってばれると、ほんとマズイから。
スタージャッジのもう一つの任務に担当惑星のデータ集めがあるんだが、それも地表に居た方がずっとスムースに進む。特に今の地球の「人」である地球人の行動形式を調べるには、船からだとなかなか難しい。だから地表暮らしになったのは僕の任務上も良かったと言える。

ちなみに0024は僕とは全く異なる姿で、地球で言ったら‥‥鳥‥‥っぽいかな? 翼とは別に手はあるし、足も地球の鳥よりがっちりしてるし、全長3m近いけど。彼は地球のために作られたビメイダーじゃないんだ。地球では一応人類は発生してたけど、どの種が残るかまだはっきりしてなかった時代で、他の星での仕事を終えた彼が回されたのだと聞いている。だから彼は地表でおおっぴらに活動するのは無理だったんだよね。


決められた駐車場に車を停めて降りた。敷地内には三階建ての建築物が四棟並んでいる。今は外装と耐震の工事中で、全体がシートで覆われているため全容がわかりにくいかもしれない。全てがワンルームの独身者向けのせいか住民同士の干渉が殆どない。僕にとっては大変都合が良くて、普段は二、三年で住居を変えるのに、珍しく五年ほどここに住んでいる。

僕の部屋は一番北側の棟の三階。いちばん駐車場に近い角部屋だ。階段が逆側にあるのでちょいと遠回り。まあベランダまで一跳びの高さだけど、見つかったら大変だから行儀よくしてる。
建物に入るとにわかに周囲の揮発性物質の濃度が高くなる。僕の嗅覚センサーは気体の簡単な分析が可能だ。もちろん生体に害があるものじゃないが、敏感な個体だったら少々不快かもしれない。ちょうど内壁の塗装に入ったところだから、ドアの周囲やナンバープレートや表札もきっちりマスキングされてて、いやはやこういう丁寧さは本当に日本らしい。

そうそう。ここは日本なんだ。偽造してる身分証明書でも今の僕は日本人。僕の外見がアジア系に見られやすいこともあるが、とにかくこの国はトラブルに会う確率が圧倒的に低い。その上情報の取得ルートに事欠かない割には行政や警察が呑気なのも都合がよく、最近はこの国をよく拠点にしている。
身分証の名前は間瀬藍太郎(まぜ・らんたろう)。地表での名前は本来僕にとっては着ているシャツ程度の意味しか無い。僕はあくまで未接触惑星保護省の所有するビメイダー「スタージャッジ0079」だから。ただ0024がつけてくれた"マゼラン"という名前が気に入ってて、可能な範囲でそれに絡んだ名前にしてる。

製造スケジュールが遅延したせいで、僕は作られてすぐに地球に送り込まれた。連合所属ビメイダーとしての一般的な知識は製造時にインストールされてたが、地球の知識はゼロ。スタージャッジの標準引き継ぎ手順では通常必要な情報は本部で可能な限り取り込んでから赴任する事になっているのだけど、そんなこんなで僕は殆ど全てを0024から直接教わることになり、引き継ぎも一年近くかかった。
0024は僕の白紙っぷりに驚き呆れながら、色んなことを教えてくれた。出来の悪い生徒が気になったのか、未だに五、六十年に一度は連絡をくれるし、数百年に一度のオーバーホールの時は必ず彼が代理スタージャッジで来てくれて、何日か一緒に居る時間ができる。こう言っちゃなんだが、彼はあんまりビメイダーっぽくない‥‥ような気がする。

四百年ぐらい前に彼が来た時だ。たまたま852銀河と852A銀河が見える位置にグランゲイザーが居て、何の気になしに、あの二つの銀河が気に入ってると言った。そうしたら0024が、興味を示した時の特徴的なポーズ、首をくいっと伸ばして「なぜだ?」と聞いたんだ。

十世紀にペルシャのアル・スーフィーという人がこの星雲を「白い雄牛」と名付けたそうだが、当時の状況では普及は無理だったんだろう。結局フェルディナンド・マゼランの航海日誌に出てくることから、地球では大マゼラン星雲、小マゼラン星雲と呼ばれるようになった。
この二つの銀河はなんのかんの言って地球人の興味を捉え続けている。物語の題材になったせいで普通の人にも知名度があり、手近な銀河だから、あちこちの天文台がさんざん観測して計測して、シミュレーションしてる。今の科学に至った地球人達にとっては初めての超新星爆発もここで観測された。

あの二つは十数億年前に851銀河の傍に居るようになった。そのうちまたどこかに飛んでいっちまうんだろうが、僕の赴任中はあのあたりに居るんだろう(地球人が宇宙の住人になれば、スタージャッジは不要になるんだ)。銀河ごと彗星みたいにうろうろしてるくせに、あいつらは細く長い水素の橋(マゼラニックブリッジ)でつながってる。それがまた面白くて、なんだか引継ぎの頃の僕らみたいに見えたんだ。もちろん大マゼラン星雲が0024、ぼやんと頼りない小マゼランが僕で。

0024は僕の話を黙って聞いてた。まん丸の目を瞬きもせずにこっちに向けて、いつもふわっとしてる頭部の羽毛がぴったりしてたから、かなり興味を持ってたんだろう。で、「マゼランなら標準語でも悪くないな。そう名乗ったらどうだい?」といきなり言い出したんだ。
宇宙連合所属のビメイダーには自由人が使うみたいな名前は不要だ。製造番号とIDがあれば十分だからだ。僕は0079、0024は0024、それでちゃんとわかる。だから彼が言ったのは僕が地球上で使う名前のことのはずで、それが宇宙標準語としてどう聞こえようが関係ない。0024も変なこと言うなぁと思ったけど、次にヨーロッパに住んだ時に使ってみた。「マゼラン」と書いたり名乗ったりするたびに0024のことを思い出して、結局その後も可能な限りこの名前を入れたりアナグラムしたりして使ってる。


そんなことを思い出しながら歩いてたせいで注意がおろそかになってたようだ。僕が異変に気づいたのは自分の居住区画のドアの前だった。
部屋の中に誰かいる。聴覚センサーの感度を最大にしてもゆったりとした小さな呼吸音が聞こえるだけ。機械音は‥‥時計の音‥‥まさか爆弾? いや、そんなもんかかえて、こんなのんびりした息づかいは無いだろう。

ノブを回したら鍵が閉まってる。なんでさ。侵入して鍵をかける泥棒なんて聞いたことないぞ。とにかく中に入った。玄関に白い小さなサンダルがきちんと向きを変えてそろえて置いてある。
上がり口に防護ケースを置いて、バスや物入れの前を通り部屋のドアをあけて‥‥そのとたん僕は固まった。ベッドに誰か寝てるぞ!?

枕にウェーブのかかった栗色の髪の塊が埋もれている。そばの棚にはピンク色の時計。かすかに甘い香りがする。手を伸ばしかけたら、その頭がくるりと寝返りをうった。
僕の枕に載ってるのは、色白の整った少女の顔。日本人じゃなさそうだ。と、長い睫に縁取られたまぶたがゆっくりとひらく。貴石みたいな黒い大きな瞳に映り込んだ自分を見つめながら、僕の頭は地球に来てから最大のパニックを起こしかけていた。

少女は一度だけ瞬きをした。唇が開き始める。僕はとっさにその唇に手を触れて、もう一方の人差し指を自分の唇に当てた。幸い少女は叫び出しはしなかった。むくりと上半身を起こすと厳かに宣う。
「あなた、だあれ?」
「き、君こそいったい誰なんだ?」
「わかったわ。あなたが泥棒っていう人ね?」
「ここ僕の部屋なんだよ!」
「うそ。あたしが一人暮らし初めてだと思ってバカにしてるんでしょ」
少女がベッドからとんと飛び出した。パジャマのまま机に近づくと、上にあったカギを取り上げ、誇らしげに僕に見せる。306と書いたタグがついていた。
「あたしが昨日からこのお部屋を借りました。階段のとこからちゃーんと数えたんですからね」

少女は「まいったか」と言わんばかりの顔で僕のことを見てる。確かに参った。こんなことが起こるなんて‥‥。
「マスキングでナンバープレートが見にくかったんだろうけど、ここ、307号室なんだよ。日本だと4が不吉だからって使わないことがあるんだ。君の部屋、隣だと思うよ」
「そんなはずないわ。住むのは半年だから家具付きでってお願いしたのよ。それに隣の部屋、ドアが開いてたからこっそり見ちゃったけど、中、何にも‥‥冷蔵庫すらなかったもの。あのお部屋もこれから工事するんでしょ?」

「‥‥君、海外から来たんだね?」
少女の日本語はうまかったけど、どこか癖がある。家電が部屋の設備として常識になってる国は実際多い。日本人は他人が使ってたものをそのまま使うことに抵抗を感じる人が多いから、部屋は空っぽなのがほとんどだが、この子が自国の常識で動いたんだとすると‥‥。

「はい。アメリカから来ました。陽子・ジョーダンっていいます。昨日夜遅くに着いたの。廊下の明かりのスイッチがわからなくて‥‥。‥‥確かにナンバープレート、見なかったけど‥‥」
ああ、アメリカは家具付じゃなくても、冷蔵庫とか洗濯機は備え付きが普通だったな‥‥。
「家具付きってのたぶん行き違いがあったんだと思うよ。このアパートにはそういう部屋は無いもの。あ! そういえば君、どうやってこの部屋入ったんだ? 僕は確かに鍵をかけて出かけたし、もし不動産屋から受け取った鍵で開いちゃったんだとすると‥‥」

少女の頬が赤みを帯びて、まるで失敗を見つかった子供のような表情になった。
「あの‥‥。合鍵の出来が悪いんだと思ったの。アメリカじゃよくあることだし。着いたの遅くて‥‥とっても疲れてて‥‥。モバイルもまだなくて連絡できなかったから‥‥、つい、それで‥‥」
机の上に転がってたのは、伸ばして妙な形に曲げられたヘアピン。

思いっきり力が抜けた。
「どっちが泥棒なんだよ〜」
「お家の鍵を忘れた時しか使わないもの!」

それでも少女はすぐにしょんぼりした顔になり、ぺこりと頭を下げた。
「間違えてごめんなさい」
「あ、いや‥‥」
僕がもごもごと何か言いかけてるうちに、少女はベッドの足元から大きなスーツケースと旅行バッグを引きずり出した。枕元の時計をバッグに入れ、クローゼットのハンガーから洋服を取り出して手に持つ。そうなるともうバッグを持つだけで精一杯だ。僕は二つの荷物をひょいと持ってやった。
「手伝うよ」
「すごーい! あなた力持ちねー! パパだってすっごく重そうだったのに!」
「パパ? ちょっと待って。お父さんも一緒だったのかい?」
少女はぷるぷると首を横に振った。
「ううん。パパは送ってくれただけ。でなきゃ一人暮らしになんないでしょ?」
「あ‥‥うん‥‥。そうだね‥‥。そうだけど‥‥」

父親が一緒に居ながら隣の部屋に入っちゃうって‥‥どうなんだ? もう、大丈夫なのかな、こんな子が一人暮らしって‥‥。‥‥だめだだめだ。深入り禁物。
部屋には電送機を組み込んだ冷蔵庫があるだけで、あとは全部地球のものだから、たとえ泥棒に入られても問題は無いと思ってたけど、まさか住み込んじゃう地球人が現れるとは‥‥。特殊ロックを付けた方がいいかな。でも余計な技術をあんまり持ち込みたくないしなぁ‥‥

思考が空回りしている間に、少女はサンダルをつっかけて部屋を出て行く。バッグとスーツケースを持って廊下に出ると、彼女は隣の部屋のドアにとりつき、鍵を開けたり閉めたりしていた。
「ほんとにこっちの部屋だったのねv」
少女は僕に向かって屈託のない笑顔を向けた。開けたドアを押さえると、両手に荷物を持った僕を招き入れる。荷物を置いた僕に、小さなミストレスは手を差し出した。

「どうもありがとう。ええと‥‥お名前は? あたしのことは陽子って呼んでね」
「僕は、間瀬藍太郎」
まっすぐに僕を見つめてる黒い瞳に、また、吸い込まれたみたいに僕の姿が映り込んでた。僕はおずおずと右手を出して‥‥、次の瞬間、自分の言葉に自分で驚いてた。
「マゼランって呼んでくれる?」

「はい、マゼラン。とにかく色々とごめんなさい。これからもどうぞよろしくね」
少女はにっこりと笑うと、僕の手を両手で包むように握り返した。

閉めた彼女の部屋のドアを見つめて、僕は自分の言葉を反芻してた。
なぜ、名乗るだけで止めなかった?
なぜ、彼女に名前を呼ばれることを想定した?
それ、スタージャッジとしてありえないことだろ‥‥?

向きを変えて自分の部屋に戻りながら右手を開いたり閉じたりしてみたら、少女の華奢な指の感触が、ひどく鮮やかに残っていた。

|2006.07.29 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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