サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 3) 山積み無理難題
部屋に戻った僕は、メインルームの一部にある小さなキッチンエリアに入った。湿った小判のタオルがちょこんと置かれてる。たぶんあの子のだ。掃除でもしたのかな? あとで返しにいかなきゃ。水を飲むくらいで料理なんかしないから、シンクもコンロも全く使ってなくてぴかぴかだ。確かに、これ見たら誰も使ってないって思うかも。

間の悪いことにクローゼットも空っぽだった。普段なら着替えが一式かかってるんだけど、先日うっかり壊しちゃって机の引き出しに丸めて放り込んである。エネルギー取りに行ったついでにグランゲイザーで作ろうと思ってたんだ。地球で入手できる普通の服は僕にとってはヤワすぎるから、少し強化した服をゲイザーで作って使ってる。ああ、僕らビメイダーは新陳代謝とか無いから日々の着替えのようなものは不要だ。ただずっと同じ服だと逆に目立つから多少の着替えを用意してるだけだ。

しっかしベッドに布団がある時点で気づいて欲しかったよなぁ。寝ることで記憶の再構成がされたり、細かい損傷が治ったりするから、ビメイダーにとっても睡眠は悪くない行動で、ベッドだけはちゃんとあつらえるんだ。

変わった子だったけど、可愛らしい子だったな。というよりえらく印象的というべきか。あんな年齢の子と喋ったの初めてだ。赴任してからずっと地球人とはできるだけ喋らないようにしてきた。もちろん不動産屋とかどうしても仕方ない時もあるが、僕が話す相手はあくまで組織の一個人だけで、特定の個人とは顔見知りにならないようにしてるんだ‥‥。

やっぱり、引っ越したほうがいいのかな‥‥。

なんだか人懐っこい感じだった。廊下でちらりと顔を合わせただけでも近づいてきそう。近所にああいう人間がいないところを選んできたし、いたらすぐに引っ越してた。そのうえ何ぼーっとしてたんだか、僕までうかつな挨拶しちゃったし‥‥。僕らは担当惑星の住人と親しくなっちゃいけない。‥‥絶対に、いけないんだよ‥‥。

とにかくエネルギーをとっておかなきゃ。エネルギーボードは地球のもので言ったら‥‥そうそう、大きめの板チョコみたいな外形。地球の出動頻度なら一枚で三ヶ月程は持つ。摂取方法は普通に口に入れるだけ。嚥下するかしないかで体温でふわっと溶けて気化して吸収される。
ボードは通常はグランゲイザーに届いて、こっちが船に帰って摂取するのが普通なんだが、今回はぎりぎりだったから僕が行き倒れにならないようにと特別にこっちに回してくれたらしい。宇宙では電送機は電話みたいなもので、無いと不便なので地表にも持ち込んでる。どこにでもあって一番無難そうということで、地表で手に入れた冷蔵庫に仕込むことにしてるんだ。
ヴォイスが8サトゥル前言ってたのが五時頃だっけ? 1サトゥルは地球の80分弱だから届いたのはだいたい昨夜の七時頃。惜しかったよな。出動と入れ違いになっちゃったんだ。

冷蔵庫の周囲には静電センサーを仕込んであって、全体を二周撫でてからでないと開かないようになってる。で、いつものようにその白い扉を開けた僕は目をぱちくりとした。庫内は空っぽで何にも無い。なんで? ヴォイスはちゃんと送ったって言ってたよな? グランゲイザーの中継ポイントにひっかかってるかとも思ったけど、無い! ログはちゃんとここまで電送されてることを示してる。僕は焦って何度もドアを開け閉めしてみたけど、そんなことでボードが現れるはずもない。

ものすごく嫌な予感を押さえ込みながら部屋を探し回った。少女が起きた時そのままになっていた上掛けをのけたら、ベッドの頭部の棚の隅、きちんと畳まれた銀色のシートと青いリボンが‥‥。あわてて取りあげて広げてみる。やっぱりエネルギーボードを包んでたはずのシールドシートだ! リボンも地球のじゃないしっっ!

こ、これって‥‥。
なんか、ものすごーく厄介なことになってるんじゃ‥‥。

僕は部屋を飛び出した。隣の、あの陽子・ジョーダンと名乗った少女の部屋のチャイムを鳴らす。まだパジャマ姿のままで陽子はすぐに出てきた。
「あら、マゼラン、どうしたの?」
「あ‥‥あの、君‥‥、も、もしかして、冷蔵庫の‥‥」
「あっ チョコレート! ごめんなさい、あたし、全部食べちゃったわ!」

や。
やっぱりぃい!!!!

「れ、冷蔵庫、どうやって開けたの?」
「え? 普通によ。パパに触るモノは一度拭いてからって言われてたから、お掃除して、中も拭こうとして開けたら中に包みがあって‥‥」

嘘だろ‥‥。
濡れたタオルじゃ電子通しちゃうもんな‥‥。ぐるっと二周拭いたんだ‥‥。

「リボンがついてたから、きっと大家さんのプレゼントだと思って‥‥」

少女の声がなんか遠い所から聞こえてくる。

どうして?
なんで、こうなるの?
住居の外壁の塗り直しにぶつかることはけっこうあるよ。
でも、なんでそのタイミングでお隣さんが引っ越してくるの?
それも日本の事情にうといアメリカ人の子がたった一人で。
そのうえ鍵開けの名人で、変なとこで几帳面で、なんだかわからないチョコレートをいきなり食べちゃうような無防備な子が。
全部の確率を掛け合わせてみてくれよ。どれだけ小さくなることか‥‥。

「‥‥ねえ、どうしたの? マゼラン?」

だいたいヴォイスも気を回しすぎなんだよ。普通にゲイザーに届けてくれりゃいいのに。エネルギー局も悪いや。さんざん遅れた上に、‥‥まあ、最近あちこちで使われてるから仕方ないんだろうけど‥‥、なんでリボンなんかつけるんだよ。おかげで‥‥。

‥‥そういや、あれ、人間が食べてなんともないのか? HCE10-9を人間が食べてどうなるかなんて、考えたことないぞ‥‥。‥‥‥‥もしあれが原因でこの子が死んじゃったりしたら?

いきなり僕の上着に少女がすがりついてきて、循環器系のリズムが跳ね上がった。
「ごめんなさい! あれ、誰かへのプレゼントだったのね!? いつあげる予定なの? どうしよう‥‥。あたし、あんなに上手に作れない‥‥」
うつむいた少女の声は今にも泣き出しそうだ。‥‥だめだ。わからないのに怖がらせちゃ。まず本部と相談しよう。全てはそれからだ。僕は少女の肩に手を置いて身体を離すと、作り笑いで彼女の顔を覗き込んだ。

「‥‥あ、違う違う。いいんだ。ちょっと‥‥変わったチョコレートだったろ? だから‥‥」
「ほんとに誰かへのプレゼントじゃないのね?」
「うん。違うよ。大丈夫だよ」
僕を見つめる少女の顔に少し安堵が広がる。

「ああ、良かった‥‥。でもとっても美味しいチョコで‥‥。あれ、誰が作ったの?」
「‥‥あ‥‥。‥‥うん‥‥。ええと、会社の人っていうか‥‥」
「‥‥ごめんね‥‥。その人にも悪いことしちゃった‥‥。今度お詫びにあたしの好きなチョコをあげる。お祖父ちゃんちのそばのお店なの」
「うん。ありがと。じゃ‥‥」
「そういえば! 冷蔵庫、あんまり冷えてなかったみたいよ。早く修理頼んだ方がいいわ」
「あ、ああ、そうする。ありがとう、じゃあまた!」

挨拶もそこそこに部屋に戻ると通信機を取り出して本部にアクセスした。
〈あら、0079、また事件?〉
「大変です! 送ってもらったエネルギーボードを地球人に食べられてしまいました!」
〈それはまた、珍しい〉
「珍しがってる場合ですか! だいたいあんなリボンなんかつけるから!」
「‥‥地球の習慣をわざわざ調べてあげたのに、心外なコメントです」

「そんなこといいから質問に答えてください! まずあのボード、地球人に害は? 食べた個体はどうなるんですか!?」
〈安心しなさい。あれはほとんどの生体に無害です。プラスもマイナスも、なんの影響も与えません〉
「エネルギーは?」
〈貴方たちと同様、体内に分散して蓄積されています。生体では消費出来ませんから、そのまま対流し続けているだけですね。吸収システムを持つ貴方なら簡単に取り出せますよ〉
「どうやって?」
〈表皮の薄い部分から吸収するんです。地球人の構造からして唇が適切でしょう〉

「‥‥くちびるから‥‥どう‥‥?」
〈‥‥0079のシステムは‥‥なになに、エネルギーは経口摂取と‥‥。ならば当然く‥‥〉
「ちょっと待って下さい! 地球の習慣において、そーゆー行為はですねっ!」
〈各惑星での習慣云々は派遣されている担当員が担うべき問題です〉

「無理ですよっ 僕は次のボードが来るまでグランゲイザーで眠らせてもらいます!」
〈スタージャッジ0079! 貴方はあのエネルギー‥‥HCE10-9の重要性をなんだと思っているのです! 指名手配中の広域犯罪者であれを手に入れたがる者がどれだけいるか!〉
「‥‥そ、それは‥‥」
HCE10-9は純粋な動力エネルギーとして使えるだけでなく、触媒や高速動力炉の潤滑媒体としても使える特殊エネルギーで、製造方法そのものも連合の極秘事項だ。秩序維持省とか僕らのような連合の機関やオーソライズされた設備では使われているが通常の営利活動には基本的に使えない。だからブラックマーケットではかなりの高値で取引されている。

〈問題の地球人の生命を気にしなければ、HCE10-9を一気に吸い出すことも可能です。その場合、HCE10-9の移動経路となる細胞は熱による壊死を免れないでしょう。表皮の薄い部分からエネルギー流量を押さえつつ徐々に回収するのが最も安全な方法なのです。それぞれの星の原住生命の遺失は極力避けるのが本部の方針なのはわかっていますね〉
「‥‥わかって、います」
わかってる。もちろんわかってるさ。
そんな方針なぞ無くたって、あの子をそんな目に遭わせられるか!

「とにかくエネルギー回収に全力を尽くします」
〈回収が完全に終了するまでその人物を監視下に置きなさい。スパイ・クリーチャの使用も許可します。それから例の植物は?〉
「あ、忘れてた。すぐ送ります!」
回収してきた芽を冷蔵庫の中のサブケースの中に入れる。冷凍庫側のスライド式のボードを出して掌を当て、出現したコンソールに手早く座標をセットしてドアを閉じた。

電送――正確にはクライリー電送と呼ぶ――の仕組みはこうだ。まず対象物質を構成する原子構造を調べて、その情報を電磁波でデータ送信する。受信側の原子状態が適切なことが判明したら、送信機内の物質を構成する粒子を全てクライリー波動に変換して送信する。クライリー波動は不可逆でパルスの特性を持つので、送信側ではその物質は消滅する。受信機側では受け取ったクライリー波動を受信機内に存在する粒子に写し取り、元の物質を再構築する。

クライリー波動は電磁波と同じスピードで伝搬し、リープ伝送路も通過できる。通常の空間の電送ならほぼ完璧なのだが、リープ伝送路を経由した場合が問題。電磁波やクライリー波動はリープ伝送路の通過時にエラーが入る可能性があるんだ。それでも電磁波送信は送信側に同じ物が残ってるからいいけど、クライリー送信は完全な移動になるので、それができない。

これは送る物質にも左右される。エネルギーボードのように一様な物質は特殊なモードで送るからまず問題は起こらないが、自然物のようにゆらぎが多いものはそれでは送れない。結果エラーが多くなる。さっきも言ったように物質の情報は予めデータ送信で送られてるので、変性の度合いがどのくらいかは測定することができる。聞いたことはないが、もし変性があまりに大きかったら最悪破棄することもあるんだろう。

どうしても完璧に届けたいなら直接船で持っていくのが一番安全。歪んだ空間を通過する場合、波にはエラーが入っても物質は物質のままだからだ。でも今回の芽のように多少エラーが入ってもいいものは(どうせラバードのだし)、こうやって電送で送るのが手っ取り早くていい。

そうこうしてるうちにパネルに送信済みのサインが出る。冷蔵庫をあければそこにはもう何もない。

そこまで終えて、僕はベッドに座り込み、話を整理してみた。

あの子からエネルギーを返してもらうには、僕は、彼女に‥‥地球人が言う‥‥つまり‥‥キスをしなきゃならないらしい。
キスというのが地球人にとってどういうものか、なんとなくは判ってる。物理的な生殖行為の一プロセスが、人間の社会的進化に伴い、異性とのコミュニケーションを主要目的とする精神的行為に変形したもの。相手の身体に物理的な障害を残すようなものじゃないが、若い個体や女性にとっては精神面に与える影響が大きい‥‥

わー、こんな知識あっても、ぜんぜん役に立たないじゃないか!

困ったことには時間も無い。24時間過ぎたら今の僕は"死ぬ"。そうしたら任務は半年前の僕が引き継いで、そいつが‥‥‥。

それは避けたい。だって過去の僕はあの子のこと知らないんだぞ。そりゃ僕だってそんなに知らないけど、過去の僕に任せるのはちょっと‥‥。じゃあ今からグランゲイザーに戻ってバックアップを取るか? いや、そんなことやってるより、彼女からエネルギーを返してもらう方が早い気がする‥‥

ピンポンとチャイムの音がした。ドアを開ければそこに居たのは目下大問題中の地球人、陽子・ジョーダンだった。
「いろいろごめんね、マゼラン」

そう謝る少女を、僕は改めて見つめた。
白い大きな襟のシャツに紺のショートパンツ。襟にも太い紺のストライプ。そこに丈の長めの淡いピンクのジャージーカーディガンを羽織り、小さなピンクのバッグを斜めがけしている。ウエストの細さがどこか人形めいてるが、ゆるやかなウェーブの栗色に縁どられたその顔はじつに表情豊かだ。ほんのり上気した頬に大きな黒い瞳、すっきり通った鼻筋に、艶やかでふっくらピンク色の‥‥。

‥‥って、だめだめだめ! 意識するとこっちが思考停止になっちまう!

「‥‥やっぱり‥‥、怒ってる‥‥?」
「お、怒ってない、怒ってない。ぜんぜん怒ってない」
「ああ、良かった‥‥。じつはちょっとお願いがあって‥‥」
「なあに?」
「色々お買い物しなきゃならなくて‥‥。このあたり、どこにどんなお店があるか教えてもらえないかしら」

買い物ね。少なくともそばにいる口実にはなりそう。ここらに何があるかなんて覚えすぎて飽き飽きしてるもんな。
「いいよ。良かったら付き合おうか?」
少女の顔に陽が射したような笑顔が広がった。
「ほんと? すごく助かるわ! ありがとう!」
陽子は本当に嬉しそうな顔で僕の腕を掴んだ。高校生ぐらいに見えるけど、もっと小さな子が背伸びしてるみたいだ。

このまま行けるというので僕も靴を履いた‥‥ら、地鳴りのような音が響いてきた。地震?

廊下に踏み出した僕の目に飛び込んできたのは、ものすごい勢いで走ってくる怪人の姿。小さめだが手足が二本ずつで頭は一つ。明るい栗色の長い髪が顔の周りでむちゃくちゃになびいてる。淡いピンク色の顔に青く爛々と光る目。口は耳まで裂けてそうだ。陽子をかばって前に出た僕にまっすぐに飛びかかってくる。その勢いを利用して、怪人を室内に引きずり込んでドアを閉めた。もちろん陽子のことは廊下に押し出してある。

力は地球人よりちょい上ぐらいだから、たいしたこっちゃない。電撃とかの武器もないみたいだ。探索用のピットに穴があって侵入させちゃったのかな。どこの宇宙人だろう。ここまで地球人に似てるやつ知らなかったなぁ。しかし、なんで地球の服着てるんだ? ‥‥もしかしてこれ、日本の妖怪ってやつか? そういや図鑑で似たの見たぞ。髪の毛が長い‥‥、そうだ、けうけげんだ!

「きさま〜〜〜!」
え?
「ワシの娘に何をする!」
日本の妖怪が英語しゃべってる〜〜!

「パパ、やめて!」
飛び込んできた陽子が、固まった僕に馬乗りになった怪人をなだめ始めた。さっきからなんか気になる言葉が飛び交ってるんだけど。娘とか、パパとか‥‥

「陽子! 大丈夫か!」
「大丈夫よっっ もう、出てくるのはよっぽどの時だけって約束したでしょ!」
「ヘンな男が部屋に侵入してきたんだぞ! これぞよっぽどの時!」
「違うの、間違えたのはあたしなの! あたしがマゼランのお部屋で眠っちゃっただけで‥‥」
「なにー!! ききき貴様っっ 娘を部屋に連れ込んで眠らせて何をするつもりだった何を!!!」
「ちがうってば! もうやめて! マゼランを放して!!」

僕はというと、怒りまくった怪人にがくがく揺すぶられながら、この怪人がちょいと髪が長くて顔が怖いだけで、れっきとした地球人であること、でもってこれが陽子の父親なんだって事実を一生懸命理解しようとしていた。



|2006.07.29 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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