サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 4) デート大作戦
僕は車で遊園地に向かっていた。陽子は後のシートに居る。あのとんでもない親父さんと並んで。なんでこんなことになってるかというと、陽子が父親をなだめるため(自分が行きたかったのもあるらしいが)遊園地行きを提案したからだ。親父さん――モロ・ジョーダン氏の仕事は遊園地のアトラクションの企画なんだそうだ。

無言のまま運転する僕を尻目にお客さん達はひたすらしゃべり続けてる。

「なあ陽子、一人暮らしごっこなんかやめてアメリカに帰ろう。日本に来るのは大学が始まってからでいいだろう?」
「やだ。半年間は一人で住むんだもん」
「パパが住んでた頃と比べると日本も物騒だ。今度のことでよくわかった。どうだ。いっそ入学を取り消して、アメリカの大学に入り直せば‥‥」
「絶対やーよ! そんなこと言うなら、あたしは今からずーっとミナゾウお祖父ちゃんとこに住んじゃいますからね。大学終わっても帰らないから」
「そっ それは‥‥っ」

おかげさまで多少の状況は見えてきた。陽子は来年の春から日本の大学に入学が決まっており、留学中は日本にいる祖父の家に住む予定になっていたようだ。だがおてんば娘は父親の反対を押し切り、半年早く日本に来てしまった。ジョーダン氏は送るだけと約束させられたものの、娘が心配で近くから様子をうかがっていたらしい。

聞くほどにジョーダン氏に同情したくもなるが、僕の任務の最大の敵がこの人物なのは間違いない。陽子がどんなに言ってもジョーダン氏は僕への疑いを解かず、ずっと見張っていると宣言したんである。地球に来てからの2418年の任務の中でここまでのピンチに陥ったことはない。そんな気分になるぐらい僕はめげてた。

幸いアパートからそう遠くないところに、ファンタジーランドという遊園地がある。地元の遊園地という感じの手頃なもので、夏休みの平日だから子供連れがかなり多かった。こういった施設が普及するようになってから、有名どころの遊園地には時々行っている。カジノのような施設は宇宙でもよくあるのだけど、子供の娯楽をテーマにここまで上質でこんな大きな規模の施設を作る人種は宇宙ではそう多くない。これは地球の立派な観光資源になるというのが本部の意見であって、それで僕の調査項目にも遊園地が入っているんだ。特にローラーコースターの技術には舌を巻く。なんせ一切の動力なしに位置エネルギーだけであれだけの動きを提供するんだからね。こういったことに知恵を絞り金をかけることができるのが地球人の特徴の一つだ。

到着するとジョーダン氏は陽子より大喜び。娘の手を引っ張って色んな乗り物に乗っている。ジーンズに煉瓦色のジャケットを羽織りラフな白シャツにニットタイを着こなしたジョーダン氏は、陽子とよく似た明るい色合いの長髪も相まっていかにもなアメリカ人だ。最初本気で妖怪だと思ったが、こうして見てるとそんなことはないか。
たぶん笑顔のせいなんだろう。地球人以外の宇宙人と会う機会があまりないからよくわからないが、地球人は表情が豊かだと本部で何度か言われた。特に笑顔と呼ばれてる表情は厄介で、画像分析にかけるといくつかパターンに分類でき、それぞれが異なる精神状態の表現方法になっていたりする。で、僕が見るに、今のあの親子の笑顔は本物だ。

そう。地球人は子供が楽しむことを大人も楽しむことが出来る。それがこの規模の施設を作っても採算が取れる理由なんだろう。まあジョーダン氏にとっては次のアイデア探しという目的もあるのかもしれないが、彼が今、娘と本当に楽しんでいるのは確かだ。そしてこのままでは、僕の任務が滞るのもとっても確かな事実だったりする。

ということで実力行使に出た。はしゃいで父親より先にミラーハウスに飛び込んだ陽子を誘導し、ジョーダン氏を撒いたんだ。僕のセンサーにとっては鏡と壁は同じだ。さすがに透視はできないが壁の向こうの体温や声もはっきりと知覚できる。全くすみませんね、親父さん。地球の平和と僕の命と、なにより陽子自身の安全がかかってるもので。

「あれえ? パパ、どっか行っちゃった?」
笑い転げたままミラーハウスの出口を飛び出し、僕の押しやるままに脇道に入ってしまった陽子がそう言った。
「あ、お父さん、なんか調査したいことがあるって言ってたよ」
ここまで想定外な状況の中で我ながらよくやったと思いつつ、そう応える。
「そうなの。そうねえ、パパ、ほんとにお仕事好きだから‥‥」
疑いもせずにそういいながらくすくすと笑っている少女を見たら、一転、誘拐犯にでもなったような気分になった。
と、陽子がいきなり僕の手を取る。
「観覧車! マゼラン、あれ乗ろ!」
少女に手を引かれるまま走り出す。僕の指を中途半端に掴んでいる華奢な手を、逆に握り返した。陽子がちらりと振り返って僕をみやり、光のように笑った。


観覧車に乗ったのはじつは初めてだ。技術的にたいしたもんじゃないし、カプセルに閉じ込められて上下にぐるっと回るってムダっぽいと思ってたけど、乗ってみるとよく出来てる。少なくともこの隔離された感じは今の僕にはぴったりだ。
空は晴れわたり見晴らしは最高。陽子はあちこちから風景を見下ろしてまたまた大はしゃぎ。狭いカプセル内をさんざん動き回ったあげくに、僕の隣にちょこんと収まった。本当にまあ、この子の占有する空間のなんと小さなことか。花のようなバニラのような甘い香りがした。

「観覧車、大好き」
「そうだね。こうやって高いとこでのんびりするのも、悪くないね」
「マゼランのお仕事は、高いとこに上るお仕事なの?」
空を飛べることがばれたのかと一瞬どきっとする。
「え? どうして?」
「高いとこには慣れてるけど、のんびりできないみたいだから」
「はは‥‥。そうか。そうかもね」
確かにその通りだ。僕はしょっちゅう高い所を飛んでるけど、何かを探したり、追っかけたり、時には追っかけられたり、そんなのばっかりだから。しかし、この子‥‥。なんだろう。カンがいいのかな?

「あ、パパだわ!」
「えっ!」
僕は陽子の肩に置こうとしてた手を思わずひっこめた。彼女が示した先。はるか下の広場の中を走っているジョーダン氏が見える。あの長い髪を思いっきりなびかせながら。周りの人が‥‥ちょっと避けてるみたいだぞ。あーあ、申し訳ない。さぞかし焦ってるだろうな。

「パパったら怒ってばっかりで、本当にごめんね。男の人と話すといっつも怒るの」
娘を溺愛する父親って、地球のフィクションではステレオタイプみたいなのが出てくるが、ほんとに実在してたんだと感心してる。何事も学習だなぁ‥‥っていやいや、感心してる場合じゃない。
「きっと、君のことが本当に心配なんだよ」
「そうかなぁ。でもフリークライミングとかはすぐやらせてくれたのよ。男の人って岩登りより危ない?」

そ、そう言われましても、なんと応えたらいいのやら。異なる遺伝素子から子孫を生み出していくシステムは宇宙的規模でポピュラーだけど、いわゆる「性」のあり方はあまりに様々だし、だいたいビメイダーの僕にはそのへんのとこはどうも‥‥。
「パパ以外の男の人と二人っきりになったの初めてだけど、ぜんぜん怖くないじゃない?」
「だって最初から怖かったら二人っきりにならないだろ」
きょとんとした丸い瞳が僕を見つめる。
「じゃ、マゼランはこれから怖くなるの‥‥?」
「あ‥‥。い、いや、そーゆー意味じゃなくってっっ!」

あたふたと言葉に詰まった僕に、少女はにっこりと笑った。
「マゼランはいい人だから大丈夫だもん」
「‥‥どうして、いい人ってわかるの?」
「間違えちゃったことを判ってくれたから。怖い人は判ってくれないよ。悪いと思ってやったことも、間違いもおんなじように怒るの」
「なるほど」
僕はまた微笑んだ。かなり不十分な気もするが、何か本質的なことを突いているような気もする。悪いと判ってることをやる自然人の性癖は我々には理解しがたい部分もあるけど、そういうコトはよくあるらしい。

たわいもない話がなんでこう楽しいんだろう。陽子の言うことはある時は興味深く、ある時は心地よい。僕はエネルギーのことを抜きにして、この子に興味を持ち始めてた。そう、なんというか、一緒に居る時間をできるだけ長く保ちたいような‥‥。

「あ、富士山が見える!」
「ああ。今日、いい天気だからね」
「ミナゾウお祖父ちゃんの家はあの山のそばなの」
「大学が始まったら住むって言ってた?」
「そうそう。ミナゾウお祖父ちゃんはママのお父さん。えーと、あたしのママは日本人で、パパはアメリカ人なの」
「ああ‥‥それで‥‥」
陽子の黒い瞳は母親譲りだったんだ。

「じゃあ今、ママだけアメリカにいるの?」
「ううん。ママはあたしが生まれた時に死んじゃった」
「あ‥‥」
親が死ぬというのは人間にとっては悲しいことと理解してる。どういうリアクションをしたら‥‥。でも陽子はにっこりと笑って手を振った。
「たぶん悲しいっていうのは無いと思うの。だから気にしないで。だってママの顔、写真でしか知らないもの」
陽子が差し出したロケットに若いジョーダン氏と日本人女性が並んでいる。まさに美女と野獣‥‥。でも。
「とてもいい笑顔だね」
「家にはこういう写真がいっぱいあるのよ。パパはママのことを今でもすごく愛してるの。ママのことは知らないし、死んじゃって可哀想だけど、でもきっととても幸せだったと思う。あたしも、あたしのことをそういう風に愛してくれる人と会いたいな‥‥」

「きっと会えるよ‥‥」
「ほんとに?」
「君はいい子だからね」
陽子は嬉しそうに微笑んだ。

僕の循環器系がまた、どきん、どきん、と妙な具合になった。この子は自分をずっと愛し続けてくれる男性との出会いを夢見てる。キスはその人間との大事な儀式になるはずだ。でも僕は陽子にとってそんな役割の果たせる男じゃない‥‥‥‥。


|2006.07.29 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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