サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 5) 事件発生
観覧車のカプセルを出て鉄の階段を駆け降りた陽子は、僕の手を引っ張って次のアトラクションに向かう。シートに座ってぐるぐる振り回されたり、ロープや材木でできた障害物をひたすら乗り越えたり(彼女はこういうのがえらくうまかった)、はたまた大きな柔らかいボールに埋もれつつ、妙なトンネルを走り抜けたり。

陽子は本当に明るい子だった。列に並んでいる時すら何か楽しみを見つけた。それは雲や敷石の形だったり、木や草やそこにいる小さな虫だったりするのだ。たった一時間かそこらの間に僕は十年分も笑った気がする。陽子はすっかり打ち解けて、僕にピンクの上着を預けたまま、三分袖のシャツから伸びる白い腕を僕の腕に絡ませ、僕に体重を預けるようにして歩いてる。園内にいる他の"恋人たち"と今の僕らで、少なくとも見た目には差異が無いと思う。

「楽しいね、マゼラン」
「ほんとだね。みんな、おもちゃみたいな乗り物なのに‥‥」
「マゼラン、遊園地ってあんまり来たこと、なかったのね」
「うん、そうだね。ローラーコースターには何度か乗ったことあるけど、あとは見るだけだったんだ。そうか。君は遊園地はしょっちゅう来てるんだろうね。お父さんの仕事がそうなら」
「うん。もう飽きるくらい、いっぱい」
「飽きるくらい? やっぱりいつかは飽きるの?」

陽子はさもおかしそうにくすくす笑った。
「あのね、マゼラン。遊園地が楽しいのは乗り物があるからじゃないのよ」
「え?」
「一緒に居て楽しくなる人と一緒だから楽しいのよ!」
「‥‥はは‥‥そうか‥‥。じゃあ‥‥」

日頃使ったことのない思考アルゴリズムをフル回転させて必死で言葉を探してる僕の腕を、陽子ががしっと引き留めた。
「アイスクリーム屋さんよ!」
あ、はい。たしかにアイスクリームだかジュースだかのスタンドが‥‥。
「マゼラン、何が好き!?」
「‥‥え‥‥、あ、バニラが‥‥」

あーあ。走っていっちゃった‥‥。

まずいなぁ。やっぱり観覧車でキスすべきだったんだ。ほかの乗り物だととてもそんなシチュエーションにならないや。うーん、難しい任務だなぁ。‥‥でもまあ、いやじゃ無い。むしろ‥‥って、だめだろ! もっと焦れよ、0079!

僕はちょっとだけ本部に状況を報告しようと通信機を出した。見た目はほとんど携帯電話だから怪しまれることはない。
「こちら0079」
〈エネルギーは回収できましたか?〉
「いや、まだです」
〈少しもですか? 何やってるんです。それではアーマーも着用できないし、そのままだって十五時間ぐらいしか持たないでしょ〉
「言われなくたって僕が一番わかってますよ! ところで例の芽は‥‥」
〈カミオ星の鉱植物のようです。ただ遺伝子操作されているので詳細はまだ不明です〉
「カミオ星。たしか住民は珪素系でしたよね‥‥」

「見〜つ〜け〜た〜ぞ〜」
「うわっ」
いきなり肩を捕まれて慌てて通信を切る。乱暴に向きを変えさせられたら、目の前にあの人が居た。
「あ‥‥、‥‥こ、こんにちは‥‥」
「貴様、陽子をどこかに連れて行こうと企んでるんだろーが、そうはいかんぞ!」
「そんなこと企んでませんって! だいたいほら、どこも行ってないでしょ」
「当たり前だ、娘が勝手にどこかに行ったりするものか!」
「わかってんなら、いーじゃないですか!」
「スタンドで張っていれば、アイスクリーム好きのあの子は必ず来ると思っていたのだ! だから園内のスタンド三カ所をぐるぐると‥‥」

「パパ。もう終わったの?」
見ると陽子が山盛りのアイスクリームを載せた大きなコーンを二つ持って立っていた。
「おお、陽子! 大丈夫だったか!」
「何が? とっても楽しかったよ。パパの方は? またお仕事だったんでしょ?」
「え‥‥あ、ああ、まあな。もう、終わったよ」
「じゃ、一緒に次のアトラクにいこ! 船のあったよね」
「おお、バイキング・アドベンチャーだな、よしよし、それならあっちだ」
うーん、興味深い。「この男に撒かれたんだ!」って言い出すと思ってたのに、ほんとに仕事だったみたいな顔してる。自然人ってほんと読めないな。なんなんだろう、こういうの。

ジョーダン氏が陽子の肩を抱いて向きを変えさせたが、陽子はすり抜けるようにして僕に近づき、バニラアイスクリームのコーンを差し出した。
「はい、マゼラン」
「あ、ありが‥‥」
礼を言って受け取ろうとした時だ。陽子の背景の上空にぼやっと何かが浮かんでる気がした。雲か‥‥? いや、この一様な見え方は‥‥電磁波透過コーティングをした飛行物体‥‥。スブールの輸送艇じゃないか! なんでこんな真っ昼間に!?

外から地球圏内に入ってくる飛行物についてはグランゲイザーのエマージェンシーコールがあるんだけど、ラバードの船は既に圏内に入ってたから‥‥。いや、本当だったら今朝の件、圏外に退去するまで注意してなきゃいけなかったんだ。でもこんなことが起こって、それどころじゃ無くて‥‥。それに、ラバードだから大丈夫だろうって、油断してたのもある。

輸送艇から遠隔ピットのようなものが大量にばらまかれると、空に薄い黒い雲のようなものがかかる。コヒーレント制御をかけた紫外線反射粒子だ。波長の長い光だけが射し込むようになり、いきなり夕焼けになったようにそこら中が赤みを帯びた。これで不思議がらない人間は居ないだろう。

園内中がざわつき始める中でジョーダン氏はおちついたものだった。
「新手の参加型アトラクションか?」
「違いますよ! あいつらは‥‥」
「わかったわ。ウミウシでしょ?」
「なんで!」
「ほら見て、あの旗のとこ、なんかくっついてる」
見るとポールに雌のフラーメが数匹はりついてる!

「陽子。ウミウシは海の生物だし、あんなに大きくないだろう?」
「うん‥‥。でもなんか似てない?」
あああっっもうっ この親子はいったいっっ!!!! 思わず単刀直入に真実を叫んでしまった。
「宇宙人なんですよっっ! あれはっっ!」
「本当か?」
「本当です!!」
「それなら避難の放送を流さないと‥‥」

「スタージャッジ、見つけた」
「やっぱりいたな〜」
広場の真ん中、三匹のフラーメが頭に大きなリボンをつけた巨大な犬のような生物をつれて降りてきた。まずいぞ。コイツはメアロタンギ。ラバードのペットだけどかなり凶暴。赤みを帯びた六つ足の異形は恐ろしげだ。広場にいた人達が悲鳴を上げて逃げ始めた。

持ってた陽子の上着をジョーダン氏に押しつけて言った。
「二人とも逃げて―――」
「ウミウシが鳴いてる! もしかして、しゃべってるのっ?」
宇宙標準語のひとつだから地球人にはわからない‥‥っていうか、それ以前のことで驚いてくれ、頼むから!

「スタージャッジ、通信の電波でいるの判ったぞ。調査のジャマはさせないからな〜」
「調査だと!? なんの調査だ!」
「言わない言わない」
「言ったらまたラバード様に怒られる」
「でも今日はメアロタンギ借りてきたからな。覚悟しろ」
「いけー、メアロタンギ!」

六本の足が、ぞろり、と波打つように動いた。
「下がれ! 早く逃げろ!」
二人を後ろに押しやって飛び出した。メアロタンギはトランポリンでも踏んだように高く飛び上がる。僕はぐんと距離を詰めると、まだ宙にいるヤツの中足を掴み、背中から地面に叩きつけた。掴み換えた前足ごと仰向けになったやつの顎を押さえ込む。だが中足と後ろ足ががつんと背中に入ってきて絡みつき、ものすごい力で締め付けてきた。

「マゼラン!」
「こりゃ、陽子!」
「ばか! 早く、逃げ‥‥」
すぐそばまで駆け寄ってきた陽子が、追っかけてきた父親に捕まった。陽子の手にはまだアイスクリームが‥‥
「そうだ、クリーム! それ、コイツに食わせて!」
「は、はい」

のど元を押さえられてがばっと開いているワニみたいな口に、陽子はこわごわとアイスを放り込んだ。ごくんとそれを飲み込んだメアロタンギが押し黙る。
「もっといるの?」
「頼む!」
「どの味が‥‥」
「なんでもいい! あっ コーンはいらないよ!」
「パパ、アイスアイスアイス!」
「なんだなんなんだ!」
陽子が父親を押しやるようにぱたぱた駆け去る。メアロタンギがまたぎゃーぎゃー言い始めたが、中足と後足が弱まってる。みしみしいってたボディが少しラクになった。効いてるな。もっと食わせりゃ大丈夫だろ。

「おまたせ!」
陽子が大きめの四角い容器をかかえて走って来た。おやじさんの方は二つも。ケースごと外してきたらしい。
「そこらに置いて、下がって!」
二人は地面にアイスクリームのボックスを置く。匂いで気づいたのかメアロタンギが暴れ始めた。ジョーダン氏が陽子を引っ張るように離れたのを見計らい、力をゆるめる。メアロタンギが跳ね起きるより早く、僕は二人の前に戻ってた。

思った通り、メアロタンギはアイスクリームに向かって突進し、手近の容器に鼻先を突っ込んだ。長い舌で容器からアイスの塊を巻き取り、頬を膨らませてがぶがぶと食べている。次の容器に移る時は足どりがだいぶおぼつかなくなっていた。

「ど、どーなっとるんだ?」
「あいつ、甘いモノが大好物なんですが、乳脂肪喰うと酔っぱらう体質なんです」
「なるほど。しかしどーしてそんなこと知っとる。さっきもウミウシ語を話してたな。貴様、何者だ?」
あ、やば‥‥。あんまりうまくいったもんで、つい正直に話しちゃった。
「‥‥そ、それは‥‥」

ウミウシ‥‥じゃない、フラーメたちの悲鳴がどんどん大きくなっている。
「こら、食うな〜!」
「知らない人から食い物もらうな〜」
「わー、メアロタンギが!」
みんなで必死で尻尾を引っ張ってるが、メアロタンギは前足で三つ目の容器を抱え込み、幸せそうに眠りこけていた。

「それだけ食ったら当分起きないだろ。さっさと連れていけ!」
「くそー」
「覚えてろ、スタージャッジ!」
「ラバード様に言いつけてやる!」
フラーメ達は僕に向かって両手を振り上げながらわーわー言うと、即座にメアロタンギを担ぎ上げて、ぞわぞわと逃げていった。

|2006.08.12 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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