サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 6) 人質
「皆様、至急当園を退去して下さい! 正体不明のへんな一団が遊園地内に侵入しています! 早く逃げて‥‥あっ まず落ち着いてっ 係員の指示に従って、落ち着いて早く逃げてください!」
避難の放送が流れ始めた。怒声や喚き声が大きくなり始め、園内がパニックの様相を呈してきた。
でもフラーメが人を追っている様子はない。ただアトラクションをしげしげと眺めたり、映像をとったりしてるだけだ。ラバードの奴、いったい何を考えてるんだ? 今まで昼間に、それもこんな人が多いところに降りてきたことなんて無いのに。

遠くにサイレンが聞こえ始めた。地球の警察が動き出したんだ。ラバードのことだから地球人に危害は加えないだろうが、逆にフラーメが人間に掴まったらやっかいだぞ。だからって警察が到着する前にこの数のフラーメをなんとかする方法なんて無いし‥‥。

「奴ら、本当に地球のものじゃないんだな?」
ジョーダン氏は、ものすごく怖い顔で僕を睨んでる。
「お前もだな? お前も宇宙人なんだな? NASAとかインターポールとか国連とか馬鹿な名前は出すなよ。あいつらがアイスクリームで宇宙生物を酔わせるなんて、思いつくか」
「‥‥あ‥‥。その‥‥。ええと‥‥ですね‥‥」
「ええい! 男ならはっきりしろ!」

「ねえ、あれ‥‥」
その声に振り返ると、陽子がもう道に向かって走り出していた。なんだ、どうなってんだ? とにかく慌ててそれを追いかける。こんなところではぐれたら大変だ。でも彼女は出口に向かって走る人の流れを小気味のよいほどに器用に突っ切り、生け垣の下に屈み込んだ。
「暴れないで。今、取ってあげるから」
陽子の声に混じって、キャンキャンという声が聞こえる。犬だ。覗いてみると小さな犬が引き綱と首輪を枝に絡ませて動けなくなっている。僕は首輪に通っていた枝を折り、絡まった引き綱をナイフで切ってやった。

陽子が犬を抱き上げてなだめているところにようやくジョーダン氏が追いついてきた。陽子はにっこりと笑って犬を父親に見せた。
「飛び込んだきり出てこなくて、声が聞こえて、変だなって思ったの」
「まったく、お前は、こんな時まで‥‥」
ジョーダン氏の荒い息に、苦笑と溜息が入り交じる。僕も似た表情になってたかもしれない。あの状況で、この子はたまたま見かけた子犬の状況を的確に把握してて、ほとんど反射的に助けようと行動したってわけだ。

自分にはなんのメリットも無いのに、知らない他者を助ける。地球人にはこういうところがあるのを僕は過去に何度か見ている。でも自分の欲のために他人の物や命を奪う者も多い。まあ地球人に限ったことじゃない。程度の差こそあれ、こういったことは自然人の特性だと学習してる。

陽子の髪は乱れて、木の葉がついていた。取ってやろうと手を伸ばしたら、陽子が僕を見上げた。
「マゼラン、ウミウシたちと話せるんだよね。今日はもう帰ってって、園内放送でお願いできない? こんなふうに迷子になる子や、転んでケガする人とか出ちゃうよ。なんとかしなきゃ」
「園内放送って、あの放送で‥‥?」
驚いた。大々的にフラーメに呼びかけるなんて、考えてもなかった。でもこの数を穏やかになんとかしようとするなら、それが一番いいかもしれない。ただ‥‥。
ちょっとためらっていたらジョーダン氏が怒ったように言った。
「なんだ、不服そうだな? 貴様、娘の素晴らしいアイデアに文句をつける気か?」
「いえ、すごくいい案だと思います。ただ‥‥その。僕が彼らと話せることを人に知られるのはまずくて、どうやって機器を借りようかと‥‥。本当は貴方たちにも‥‥‥」

ジョーダン氏が見開いた目でまっすぐに僕を見つめ、静かに言った。
「‥‥一つだけ答えろ。お前は何者だ」
青い瞳。光彩の模様も相まって、宇宙から見た地球みたいだ。瞳の色は全く違うのに、人の見つめ方は陽子とどこか似ていた。正直であるように誘導されそうな不思議な感じ。ビメイダーに催眠術をかける能力がある‥‥はずはないのだけど。
僕は陽子に視線を移した。陽子の表情には遊んでいた時によく見た「好奇心」のサインが皆無だった。彼女はただ心配していた。メアロタンギが現れたときに殆ど怖がっていなかったことから類推すれば、その"心配"は自分の身の安全のためじゃない。僕は大きく息を吐いた。

「僕は不当な侵略を企む連中を地球から追い出すために、宇宙連合から派遣されてきました。連合はまずは地球人たちが己の知恵と力でファーストコンタクトを迎えることを願っている。だから僕の正体を地球人に知られることは許可されていません。あのウミウシ達は悪意のある連中では無いのですが、彼らの技術が一部の国だけに渡れば世界情勢的に良くないことになりかねない。とにかく僕としては穏便に奴らを追い出したいんです」
担当惑星の住人にこんな話をするなんて、電子頭脳のどこかが故障してると思われても仕方が無い。でも‥‥なぜだかその時、そうすべきだと思ったんだ。

しばし無言だったジョーダン氏は、子犬を抱える娘の腕にピンクの上着をかけた。
「わかった。ならば私についてこい」
「え?」
「あちこちのチケット売り場にも予備の放送設備は入っとる。小さなインフォメーションなら係員が避難してる場所もあるだろう。私が使い方を教えてやる。さっさとついてこい」
「僕を‥‥信じるんですか?」
「信じてるわけじゃない。だが、お前の言ったことは事実をうまく説明できる。今のところお前は悪人ではないように見えているし、ならばその程度の手伝いをしてやってもいい。これ以上悪い結果にはならんだろうし、うまくいけばラッキーだ」
地球人ってこんなに冷静で、明確だったっけ? 驚い‥‥いや、たぶんこれは、賞賛って感情だ。
「ありがとう。助かります」

ずっと心配そうな顔で僕らを見比べていた陽子が少し笑った。
「じゃああたしは、この子を係の人にお願いしてから車のとこで待ってるね。あたし、パパより走るの遅いから。こんなことなら先にモバイル買っとくんだったわ」
そう言ってもらって助かったのは事実。でも陽子の表情は少し堅い。そりゃそうだ。この子にとっては勝手の分からない国なんだ。僕は手帳を出してアパートの住所を書くと、その頁をやぶいて車のキーと一緒に陽子に渡した。
「車の位置はB−28。乗ってたほうが安全だと思う。みんな不安で他人にお構いなしになってるかもしれないから、とにかく気をつけて。最悪、タクシーでも帰れるようにアパートの住所渡しとくけど、これは暗くなっても僕らと会えないとか、本当にいざって時のため。とにかく基本は僕を待ってるんだ。いいね?」
陽子はまん丸な目で、僕の言う一つ一つにいちいち頷いてる。

僕はにっこり笑ってみせた。とにかくこの子を安心させたかった。陽子の頬に手を触れて言った。
「大丈夫だ。すぐ戻るから」
「うん」

いきなり頭を思いっきりはたかれた。
「くおら〜〜! 貴様! 娘に触るな! 誰のせいでこんなことになったと思っとる!」
「ぼ‥‥僕のせいじゃない‥‥いや、僕だけのせいじゃないですよ!」
さっきの冷静さはいったいどこへ? 明確は明確だけど!
「さっさとしろ! こっちだ!」
「はい! じゃ、陽子、気をつけて!」
陽子はちょっと無理した笑顔のまま、おどけた風に犬の右前足を振って僕らを見送ってくれた。

 * * *

ジョーダン氏は園内のルートに呆れるほど詳しかった。案内板を何度か見ればすぐ覚えてしまうのだそうだ。どう見ても道じゃない建物の裏やら、時にはフェンスを乗り越えて僕らは走った。
奴らの輸送艇が見える(僕だけだけど)ところで、空っぽのインフォメーションを見つけた。ありがたいことにドアの鍵も開いたままだ。中に入るとジョーダン氏がスイッチをパチパチと切り替え、パネルから伸びているマイクを僕に示した。
「いいぞ。これで使える」
「ありがとう」

僕はマイクに向かって標準語で怒鳴った。
「こちらスタージャッジ。スブール星のラバードとフラーメ達に告ぐ。君達は未接触惑星保護法及び星間交易法第二十三条に違反している。二十標準クロノス以内に全員退去せよ。これは勧告にあたる。指示に従わない場合、各個体の生体波が第三級の星間指名手配のリストに記録される。指揮命令系統の末端にあたる者も同様である。全員速やかに船に戻り帰還せよ」

どうなんだろう。うまくフラーメ達に聞こえたかな。いつの間にやらジョーダン氏が外に出ていて、窓ごしに指を一本立ててきた。さっきの台詞をもう一度繰り返すと、今度は親指と小指で作った丸のサインが送られてくる。僕も外に出てみた。
「いったいなんと言ったんだ?」
「十五分以内に撤退しろ。さもないと指名手配リストに載せるぞって」

アトラクションに貼り付いているフラーメ達が降り始めた。輸送艇からトレーラービームが伸びてくる。ビームの中をフラーメ達がぞろぞろと上がっていくのがわかった。ジョーダン氏がどんと僕の背中を叩き、にやりと笑った。
「おい、うまくいったみたいだぞ」
「ああ、よかったですよ。素直で」

「撤退はしてやるが、お前も言うとおりにしてもらおうか、スタージャッジ」
えらくクリアな標準語にぎょっとして振り返った。
「ラバード!!」
オレンジと黄褐色の派手なボディスーツを身につけた姿は地球女性とそっくり。身長は2mを越すが、モデル顔負けの見事なプロポーションだ。つり上がり気味の目は濃いアイラインのおかげで余計にぎょろりと大きく見える。鮮やかな紅に作られた唇が、人を小馬鹿にしたように笑みを浮かべていた。額にマーキーズにカットされたグリーンの輝石がはめ込まれていて、派手な顔立ちを余計派手に見せている。そしていつもはきつく結い上がっている金とオレンジのメッシュの髪が、今日はざらりと下りていた。

「こんなところにわらわら出てきて、何を企んでるんだ、ラバード!」
「こっちの仕事はお前のように単純じゃないんだよ。毎度毎度ジャマしおって。だがこれで終わりにしてもらうぞ」
ラバードがぱちんと指を弾くとバズーカ砲のようなものを持ったフラーメが数体現れた。ビメイダー捕獲用の電磁ネットと‥‥クレイ弾か! 僕はジョーダン氏を庇いながら一歩下がる。これは逃げないとまずいことになりそうだ。

「おっと動かないでもらおう。でないと助手を破壊する」
「助手? 僕に助手なんて居ないぞ?」
戸惑った僕を見て、ラバードはふふんとせせら笑った。くいっと小首をかしげると、ラバードの毛先で巻かれた塊が前に引き出された。上の部分がぱらりとほどける。そこからこぼれた明るい栗色が目につき刺さるような気がした。

「陽‥‥子‥‥?」
「パパ! マゼラン!」
肩から下をぐるぐる巻きにされたままの陽子が叫んだ。

「この化け物!!」
「あっ だめだっ」
飛び出したジョーダン氏がラバードの髪に巻き付かれ、頭まで完全に包まれてしまう。
「パパっ」
「よせ、ラバードっ! その二人は僕と関係ない! 正真正銘の地球人なんだ!」
「ほう? ずいぶん無力で、まさかと思ったが‥‥これは、また‥‥」

「いいから二人をさっさと解放しろ!」
「お前がわたしに招待されて、ちゃんと取引するなら、放してやるさ」
「取引だって? そんなこと出来るわけないだろう!」
「できない? これでもか?」
ラバードの口元が歪む。陽子の目が大きく見開かれた。
「あ‥‥やっ…ああーっ!」
「やめろ―――っ!」

締め付けられていたラバードの髪が緩み、陽子が喘いだ。怯えと苦痛で、少女の吐息が震えている。
僕の頭や胸の中で熱い‥‥圧力を持った何かが暴れ回ってる。それは痛みに近くて、抑えるのに少し、時間が必要だった。

「‥‥わかった‥‥。言う通りにする。だからその二人を放せ」
「ずいぶんと素直だな、スタージャッジ」
「だから早く陽子を放せ! 女の子をそんな目に遭わせて! お前それでもビメイダーか!」
「ずいぶんないい様だ。お前を無力化したらすぐ放すよ」
「本当だな」
「わたしだってよそ様の星の住民を殺す趣味なぞ無い。用があるのはお前だけだ」
「その言葉、忘れるな」

フラーメが砲を構える。それを見た陽子が悲鳴を上げて暴れ出した。
「マゼラン、逃げて、逃げて! 撃たれちゃうよ!」
「なんだ、何を騒いでる」
乱暴に揺すられても陽子は黙らない。ラバードを見上げて言いつのる。
「撃たないで! マゼランを撃たないで! あの大きな動物だって殺さなかったでしょ!? ウミウシも殺さなかったでしょ!?」

身体の中の熱い塊がまた動きだす。君がこんな怖い目に遭ったのは僕のせいなんだよ‥‥。なのに‥‥

必死に何かを訴えてくる少女をラバードは面白そうに見ていたが、すぐに僕に向き直った。
「何を言ってるか判らん。黙れと言え。頭がくすぐったくてかなわん」

「陽子、落ち着いて。こいつら僕を殺す気は無いんだから」
「ほんとに?」
「ああ、ほんとだ。お父さんと逃げることだけ考えるんだ。僕は大丈夫だ」
僕はなんとか笑顔を作ってみせた。陽子が涙でいっぱいの瞳でこっくりと頷いた。

身体の機能をサポートしているセンサーや小さなパワーユニットを全てオフにした。どちらにしろ電磁ネットで巻かれればサポート機能は使い物にならない。あとは合成人間として持って生まれた力しか使えない。
体中に今まで経験したことの無い信号が広がっていた。こういうのを自然人は不安とか恐怖とか言うのかもしれない。‥‥もし、陽子に何かあったら‥‥。だが今は賭けるしかない。

「いいぜ、ラバード」
ラバードがぱちんと指を鳴らした。一体のフラーメが進み出て砲を構えた。

電磁ネットの衝撃は思ってた以上だった。筋肉繊維が引き攣れて思うようにならない。きつく巻き込まれて、たまらず倒れ込んだ。ラバードが近寄ってくると僕を掴みあげ、ぽんと投げ上げる。クレイ弾が三発、僕の身体で弾けた。地面に落ちた時、僕は白い分厚い速乾性の粘土で覆われて繭のようになっていた。

外と遮断されるまで、「マゼラン!」と何度も繰り返す陽子の声が聞こえていた。ビメイダーである僕をひたすらに心配して、僕の地球での仮の名前を叫んでいた。
今朝からずっと、あの子にその名で呼ばれていた。そう呼ばれては返事をし、話しかけられて応え、笑いかけて手をつなぎ合い‥‥。
"僕の名前"を呼ぶ陽子の声そのものがエネルギーとなって僕に流れ込んでくる。理不尽だけど、僕はそう感じていた。

|2006.08.12 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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