サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジII〜陽子〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジII 2) 恋の魔法?
夏の朝は大好きです。特に日の出の前後のこの時間。でも空の三割を富士山が占めてるのは、慣れるまではちょっと不思議な感じです。たぶんマゼランは海だと思って行ったら、やっぱりそうでした。堤防沿いの道。まだ人は殆どいません。で、マゼランは堤防に載ってる黒猫と遊んでます。マゼランはけっこう動物が好きみたい。野良猫とか鳥とか、人が散歩させてる犬とか、なんとなく目で追ってる。あたしも同じだからなんとなくわかります。

ごく薄いパールグレーのボトムに、ブルーのジャケットがよく似合ってます。おばあちゃんの言う通り物静かな印象だから、とても大人――ジェントルマン――に見えます。あーあ。卒業式のプロムの時、マゼランとダンスしたかったな‥‥。ほんとにそう思います。
でも、こうやって一人でいるときは、なんだか‥‥寂しそうにも見えるんですよね‥‥。

「おはよう、もう起きたのかい?」
ずっと猫をじゃらしてたのに、マゼランはあたしが近づいたの、ちゃんと解ってる。こっちを見てにこっと笑いました。明るい茶色の瞳が朝日のかげんで少しグリーンっぽく見えます。髪も茶色がかってくせっ毛だから、最初、あたしと同じハーフ・ジャパニーズだと思ってたんです。‥‥まさか宇宙の人とは‥‥。
「おはよ。マゼラン、早いのね」

「大丈夫かい? アルコールって摂取しすぎると、翌日具合が悪くなるんだろう?」
マゼランが首をかしげて、そう聞きます。いかにもマゼランっぽい言い方にあたしは思わず笑っちゃいました。
「だいじょうぶよ。よく寝たもん。それより可愛い子ね」
黒猫は人なつっこくて、あたしの手にも頭をこすりつけてきます。
「首輪してるしご近所の猫じゃないかな。ん?」
マゼランが首をかしげると同時に、黒猫の耳がぴんと立ち、目が丸くなります。そのままとんと堤防を降りると、長い尻尾をぴんと立てたまま家と家の間に消えていきました。
「お皿を叩くようなカンカンって音がしたんだけど、あいつの食事の合図だったのかな」
「きっとそうね。毎朝このへんの見回りをしてるのね、きっと」

あたしにはそんな音わかりませんでした。たぶんあたし達には聞こえない音も聞こえてるんです。でもマゼランがこーゆーことを言うのは、相手があたしやパパの時だけなんだって分かってきました。他の人とは本当に必要最小限しかしゃべらないの。
マゼランが宇宙人ってことを知っている人はあたし達以外はいないそうです。ぜったい秘密なんです。そんなに秘密なのになんであたしとパパだけは知ってていいのかすごく不思議。他にもマゼランが地球で何をしてるのかとか、知りたいことはたくさんあるんです。でも、それを知る時は、マゼランとさよならする時のような気がして‥‥。秘密を知ってしまったら、あたしの魔法は解けちゃいそうで‥‥怖くて聞けません。

それはマゼランがあたしのそばにいてくれる魔法。ほんとは魔法なんかじゃないのでしょうけど、でも理由を知らない間は魔法のまま。そういうことにしておきたいです。


「そうだ。これ」
マゼランが上着のポケットからハンカチにくるんだものを取り出しました。出てきたのはほとんど同じに見える二つのバレッタ。淡いピンク色のリボンの形をしてるあたしのお気に入りで、少し前にマゼランが貸して欲しいというから貸したものなんですが‥‥。
「どうして二つあるの?」
「こっちはコピーなんだ」
手にとって見るとコピーの方は周囲に銀色の縁が入ってます。なんか元のより可愛いかも♪

「でね。お願いがあるんだ。このコピーの方、できたらずっと持っててくれないかな。前みたいに髪につけててくれたら、もっといいんだけど」
「これ、もらっていいの? どうもありがと。頼まれなくたって大事に持ってるわ!」
マゼランが作ってくれた方をとって、いつもの場所、右耳の上のあたりにぱちんと留めました。

マゼランが微笑んで、変わった響きの言葉を呟きました。
「あ‥‥あれ‥‥??」
マゼランが話したのは地球の言葉じゃありません。あたし達がウミウシ語って言ってた言葉。二週間前、遊園地であった髪の長い宇宙人のおばさん――ラバードさん――とマゼランが話す時に使ってた言葉です。で、マゼランが言ったのに少し遅れて、あたしの耳元で小さな声がしたんです。
〈遊園地、楽しかったね〉

聞こえるっていうより、頭に直接声の振動が伝わってくるみたいな、ちょっと変な感じでした。あたしはバレッタを取ってまじまじと見つめました。
「今、しゃべったの、この子なの‥‥?」

「翻訳機になってるんだ。最もよく使われてる三言語の、ごく簡単な会話だけだけどね。相手が何言ってるかわかれば、少しはいいと思って」
そういえばラバードさんが最初に遊園地に降りてきた時、離れたとこからこっちの方指さして何か言ってたんです。まさかあたしに用事とは思ってなかったんで、ぼけっとしちゃってました。わかってたら逃げられたかって言われても自信ないですけど。

マゼランがあたしの手からバレッタをとって話し続けます。
「これは通信機でもあって、持っててくれれば君が何処にいるのか僕に分かるようになってる。そしてこうすれば‥‥」
マゼランがリボンの結び目にあたる部分をくるっと回しました。
「音質は保証できないけど、なんとか話すこともできるから」
「‥‥‥‥‥‥」
「陽子?」
「あ、ごめん。うん、わかったわ。どうもありがとう‥‥」

これじゃまるで本当のボディガードみたい。適当な言い訳だと思ってたのに、どうして‥‥?

バレッタを受け取って髪に戻しながら、あたしの口は聞きたいこととは違うことを言ってました。
「そういえばおじいちゃん、何時頃帰ってきたの?」
「12時半は過ぎてたかな。だいぶ酔ってらして、お父さんに、その‥‥」
「いろいろ悪態ついてた?」
「まあ、そんなとこ」
「もー、しょーがないねー、おじいちゃん」
「朝は普通だったのにね。君が言ってたのと違うなと思ってたんだけど‥‥」
「あたしの前ではかっこつけてるの。あとマゼランもいたから。でもお酒飲むとだめなの」

マゼランがしばらく考え込んでから言いました。
「なんか、お父さんとおじいさん、似てない? 僕もお父さんには相当煙たがられると思うけど‥‥」
実感こもってて思わず笑っちゃいました。あんまり考えたことなかったですがそうなのかもしれません。

「おじいちゃん、マゼランにはなんにも絡まなかった?」
「別に。でも何度か『この坊主は誰だっけ?』って確認されたけど」
「ぼうず‥‥」
いくらなんでも坊主ってことはないと思いますけど‥‥。

あれ? でも、マゼランっていくつなんだろう。見た目はちょっと年上のお兄さんぐらいなんですが、リンカーンの演説聞いたことあるみたいなこと‥‥言ってた気がする‥‥。ってことは、もしかして‥‥
「ねえ、マゼラン? マゼランっていくつなの。もしかしておじいちゃんより年上なんじゃ‥‥」
「うん。だいぶ年上‥‥ってことになるのかな」

がーん‥‥。そ、そっか。そんなふうに考えたこと無かったです。
「じゃあ、二百歳ぐらい?」
「もうちょっと」
「三百歳?」
「もうちょっと上かな」
「‥‥じゃあ、ネッシーと同じぐらい?」

マゼランががくっとなって、笑い出しました。
「いきなり飛ぶなぁ! そこまでいかないと思うよ」
「だって、そんなに長く生きてる子、他に知らないんだもの」
「ネッシーは何万年も前に栄えた生物だからね。僕は地球人の年齢でいったら2400歳ぐらいだよ」
アメリカがまだ無い‥‥どこじゃないです。それ紀元前です。
「想像つかない‥‥」
「そうだろうね」
「地球にはどのくらい前からいたの?」

「‥‥あ‥‥。‥‥2400年ぐらい前‥‥。その‥‥大人になってすぐに来たから‥‥」
マゼランがちょっと答えにくそうな感じになって、まずい、って思いました。気をつけなきゃ。色々聞いてしつこくてうるさい女の子って思われたくないの‥‥。でもマゼランが違う話題出してくれて助かりました。

「そういえば、ネッシーはいたずらだったらしいよ」
「いたずら?」
「最初の写真を撮影した人が、あれは模型だったって告白してるんだ」
「じゃあ、ネス湖には恐竜は住んでなかったのね」
「うん。じつは僕もこっそり調べたことがあって‥‥。少なくともその時は巨大生命の反応は無かったよ」
「そうなんだ。ちょっと安心しちゃった」
「ほんとにいたら怖かった?」

あたしはゆっくり首を振りました。
「昔絵本で見た時、ネッシーはずっとずーっとひとりぼっちだったのかなって思ったらすごく悲しくなって泣いちゃったの。今の地球じゃ誰も友達になってくれそうもないし、だいたいほんとに出てきたら、絶対みんなに追っかけられちゃうし。こっそりタイムマシンで返してあげられたらいいのにって‥‥」

子供のころの悲しかった気持ちを思い出して、一気にしゃべって、それからはっとしました。じゃあマゼランは? 2400年地球に居たって‥‥。今は一人って言ってたけど、まさかずっと一人だったわけじゃないよね‥‥?

見るとマゼランはすごく優しい、でもいきなりふっと消えちゃいそうな、そんな微笑みを浮かべてます。時々こんな顔するんです。見てるとあたしまで寂しくなるような‥‥。

マゼランがぽつっと何かつぶやきました。もしかすると聞き間違いだったのかもしれません。
「‥‥君と知り合えて良かったな」
「え‥‥?」
マゼラン、今度はくすくすと笑ってます。
「なに? もう、なんなの?」
「昨日、君の寝顔を見て、初めて会った時のことを思い出したんだ。あの時、自分でもバカみたいに驚いたなーって」
「やーん、もう、忘れようよ〜〜」
思わずマゼランの上着の袖をつかんで揺さぶりました。考えて見るとあたし、いきなりマゼランのベッドで寝てたんですよね‥‥。それって、ちょっと、待って‥‥っ。

マゼランは揺すぶられながら声をあげて笑いました。
「あんなの、忘れられないよ」
「忘れよ、ねっ」
「いやだ。忘れない」
「もう〜、知らないっ」
そう‥‥。本当はあたし、覚えててくれて嬉しいの。あんなバカなことでも、あたしのこと、忘れないって言ってくれて‥‥。

と、マゼランがすっと身を起こしました。ごめんと言ってモバイルを取り出して、あたしからちょっと離れます。小さな早口で何かしゃべり始めました。ウミウシ語じゃないみたい。でもあたしのバレッタがとぎれとぎれに言葉を拾ってます。

〈‥‥ポーチャー・コンビ? なんで連中がこんな星に‥‥はい‥‥。‥‥いきなりですか? ‥‥はい。了解しました〉

モバイルを懐にしまったマゼランが、何かを確認するように、ちょっと空を見上げます。すぐこっちを見て、にこっと笑いました。
「陽子、ごめん。ちょっと仕事が入った。昼過ぎには帰れると思うから」

ものすごくドキドキしだした左胸を押さえて頷いて、普通に聞こえるように注意しながら言いました。
「わかったわ。気をつけてね」

ああ、と言って手を振ったマゼランが松林に向かって歩き出します。その姿が木の中に見えなくなったと思ったら、林の上に真珠色の小さなカプセルのような物がちょっとだけ覗きました。それは音もなく、あっというまに上昇し、空に溶けてしまいました。

|2006.10.31 Tuesday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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