サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジII〜陽子〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジII 3) ついていきたい
「あんたらは花火のことなんぞ、なんもわかっとらん! アメリカ人に見せる花火はウチには無いわ!」

あーあ。とうとうおじいちゃんが怒鳴りだしちゃった。朝食の後、パパが花火を使わせてくださいってお願いしたら話がどんどんすごくなっちゃって。パパの根性はほんとすごいと思うけど、おじいちゃんの頑固さが一枚上手なのよね‥‥。あたしはおばあちゃんに引っ張られてキッチンに避難中です。

「太堂さんは、日本の芸術品をもっともっと広めたいと思わんのですか?」
「別にそれに反対しとりゃせん。そーゆーことなら他所へ行け、他所へ!」
「私は太堂さんの花火に惚れ込んどるんです。あのグラデーション。鮮やかさ。それらが寸分の狂いも無く開花する。丁寧に作られた本物だからこその見事さだ。どうか使わせて下さい」
「はん。そんなもの分かる客がどれだけくる。径と音のでかさだけありゃ十分だ。あんたに使わせる花火なんか無い!」
「No! わたしはどうしてもあなたの花火が使いたい。それを月子だって願ってるはずだ!」

怖いほどの沈黙のあと、バン!って音がして、床が抜けちゃいそうなほどの乱暴な足音がどんどんどんと玄関の方に移動中。そして、がらがらがきいっっ!て乱暴な引き戸の音がしました。シーンとした家の中にその余韻がまだ残ってます。

キヨコおばあちゃんがふーっと溜息をつき、あたしに言いました。
「陽ちゃん。ちょっと廊下と玄関が壊れてないか、見てきてくれんか? 戸も閉めてな」
「はい」
おじいちゃんも相当の力持ちですが、さすがに床に穴を作ったりはしてませんでした。でも玄関の引き戸は‥‥レールがズレちゃって閉まらない〜。もー、おじいちゃんたら‥‥。これはちょっとパパに直してもらわないとだめでしょう。

もちろんあたしはおじいちゃんをキライじゃありません。小さい時から遊びにくる度に可愛がってもらいました。あたしの前では一生懸命パパとケンカしないようにしてるのも知ってます。パパがあたしを愛しているのと同じように、おじいちゃんも月子ママを好きだったのもよくわかります。でも二人とも月子ママを好きだったんだからもうちょっとなんとかならないものでしょうか。そこんとこが問題だとあたしは思うのです。

そーっと居間に戻ると、キヨコおばあちゃんがパパにお茶を出して慰めてました。
「どうも申し訳ない、清子さん。月子の名を出すつもりじゃなかったんですが」
「いいじゃないですか。貴方の言ってることは正しい。もし月子が空に居るならじいさんの花火を貴方が使うことを望んでるに決まっとる。じいさんもそれが判っとるから飛び出していった。まあ負けを認めたようなもんですの」
おばあちゃんはまたふぁっふぁっと笑って、パパの肩をぼんぼんと叩きました。

「なあ、モロさん、月子は確かにあの世に逝ってしまいました。それが誰かのせいというなら、あの子に関わった全ての人間を責めなきゃならなくなる。中でも一番悪いのはわたしかの?」
パパがびっくりしておばあちゃんの方を見ました。
「なぜですか?」
「あの子は生まれつき身体が弱かった。そう産んだのはわたしだから」
「清子さん、それは違う。そんなことを言い出したら、ずっと先祖をさかのぼって悪者捜しをしなければいけなくなります」

おばあちゃんはにっこり笑いました。
「ありがとう、モロさんや。わたしもそう思い至って悪いと思うのは止めた。だから貴方もわたしらに気兼ねするのはやめなされ。じいさんだって本当は判っとる。判っていても『月子がアメリカに行かなければ死なずにすんだかもしれない』という妄想に囚われとるんじゃな。だからつい貴方が悪いような言い方をしてしまって。許して下され」

なんかね、おばあちゃんの言葉はいつもじーんと来ます。こんな大人しく頷いてるパパなんてあり得ないです。パパのママの場合はどっちかっていうとパパの方が大人みたいで‥‥。あ、メリンダおばあちゃんのことだってあたしは大好きですが。
キヨコおばあちゃんは、静かーにしゃべってるだけなのに強い! パパもおじいちゃんも絶対勝てないの。月子ママがパパと結婚できたのだって、たぶんおばあちゃんが味方だったからだと思ってます。

でもそろそろ切り上げましょう。おばあちゃんもお仕事あるし、あたしも行きたいトコがあります。
「ねえ、おばあちゃん。おじいちゃんが開けた玄関の戸、閉まらないの」
「あれ、まあ。だいぶ建て付けが悪くなってきとるから。もう、しょうがないのう」
「どれ、私が見ましょう」
「じゃ、パパ、ドアが直ったらお買い物付き合って」
「どこに行きたいんだ?」
「シュガー・ドリーム!」


 * * * * * *

シュガー・ドリームはおじいちゃんの家からバスで行った商店街にあるお菓子屋さんです。いろんな砂糖菓子を売っているのですがチョコレートも美味しいの。いくらママの国とはいえ、あたしはパパみたいに長いこと日本で暮らしてたわけじゃないから、普通の町を歩く時はパパと一緒の方が心強いです。

で、あたしのためにパパが買ってくれたチョコやお菓子とは別にあたしがお小遣いで買ったチョコ。ちゃんと青いリボンをかけてもらいました。パパは機嫌悪いです。
「誰のためのチョコレートだ。あの宇宙人だな」
「そうよ」
「なんでアイツにそんなものやる必要があるんだ!」
「お返しなの。弁償っていうのかな」
「弁償?」
「引っ越してきた日、マゼランのお部屋にあったチョコレートを間違えて食べちゃったの。ホテルのお部屋のお菓子みたいに、てっきり大家さんのプレゼントだと思って‥‥」

「宇宙人のチョコを食べただと?」
「変な言い方しないで。マゼランのお食事、あたし達と同じじゃないの。気にしないでって言われたけど、本当は大事な物だったみたいなの。手作りチョコだと思うんだけど、ものすごく美味しくて‥‥。あたしじゃあんな美味しいの作る自信ないから、これでお返しするの」
パパは黙って前見て歩いてます。うわ。やな感じの沈黙だな〜。パパは口数が少ないときの方がやっかいなの。でもマゼランのことに関して言えば怒られるようなコトはしてませんよ。確かに最初にお部屋を間違えたのとチョコを食べちゃったのは悪かったので、だからこうしてお詫びを‥‥。

パパがぼそっと言いました。
「陽子。お前、あの男だけは好きになるなよ」
「え? だってもう好きになっちゃったわよ、あたし」
パパが立ち止まってあたしの顔を見ると、ふうっと溜め息をつきました。
「相手は人間じゃない。宇宙人なんだぞ」
「そうねえ。歳も2400歳だって言ってたし‥‥。ねえ、パパ。どうしたらいいと思う?」
「簡単だ。この旅が終わったらあのアパートメントは引っ越しだ。あいつにはもう会うな」

「もー、なんでそーなるの? 『好きになっちゃった』って言ったでしょ。過去形よ、過去形。あたしの聞きたいのはマゼランになんて言ったらわかってもらえるかなってことなの。パパはママになんて言ったの? パパ達も違う国の人だし、状況としては似てるよね」
「全然似とらん!」
パパが大きな声をあげてからあわてて口を押さえ、小声で言いました。
「あとは帰ってからだ。外で話すようなことじゃない。じゃあママにあげる写真でも撮りに行くか」

日本に来るたびにパパは写真をいっぱい撮ります。ママが子供の時から住んでいたこの町では特にたくさん。パパはママのかわりに「日本の様子を見て」いるのです。いつもだったらあたしも写真を撮ったりするのですが、今日は‥‥

「あたし、いい。帰る」
「どうしたんだ。それじゃお前が撮れないじゃないか」
「お仕事で来る時はいつも一人でしょ」
「なんだ、どうしたんだ?」
「どうもしないよーだ。帰って日本語の勉強したいだけ」
うそです。どうも大ありです。パパは今までも男の人と話したりしてるとうるさかったのですが、好きな人は別だと思ってた。だって好きな人と話しちゃだめって根本的にヘンでしょ? 動物が何の為におしゃべりできるようになってるか、ちゃんと考えて欲しいです。

「一人で帰れるのか? やっぱり私も一緒に‥‥」
「帰れるわよ。パパこそちゃんと写真撮ってきて。じゃあね」
あたしは手を振って急ぎ足でバス停に向かいました。ごめんね、パパ。それにママも。でも今パパと一緒にいたくない‥‥。

 * * *

家に帰ったらお昼近くで、おばあちゃんとひやむぎを作って食べました。おばあちゃんがマゼランのことをいろいろ聞いてくるので嬉しくて、ついたくさんお話しちゃいました。もちろん内緒のことは内緒ですよ。おばあちゃんもおじいちゃんもマゼランのことをパパがお願いしたボディガードって信じているので助かります。

マゼランは地球人としての仕事は持ってないので、宇宙から誰かこない限りは暇なんだと言ってました。むちゃくちゃ強いし、英語も日本語もぺらぺらだし、なんでもできそうなんですが、地球人同士のことには決して干渉しちゃいけなくて、だから地球人に知り合いはいないんだそうです。

‥‥じゃあ、なんで? なんであたしとはこうして一緒に居てくれるの?

あたしはマゼランが好きです。誰かのことがこんなに気になるのは初めてだし、これはきっと「大好きっ」てことです。で、自分のことはわかるからいいとして、問題はマゼランがあたしをどう思ってるかなんですが‥‥。
おばあちゃんは例によってふぉっふぉっと笑ってます。
「少なくともガードマンさんは陽ちゃんのこと、きらいじゃないと思うよ」
「ほんとにそう思う?」
「表面だけの親切は端から見とったらすぐわかるよ。あのガードマンさんはいつも陽ちゃんを見てるのさ。仕事だからじゃなくて本心から陽ちゃんのことを気にしとるんじゃないかな」
「だったら嬉しいけど‥‥」
「陽ちゃんらしくもない。好きなら好きってはっきり言えばよい」
「うん‥‥。そうね。勇気出して言ってみるね」

玄関の戸のあく音がしました。マゼランかと思って走っていったらおじいちゃんでした。明るいネイビーの作務衣(昨日教えてもらいました)を着たおじいちゃん。見た目はね、目がぎょろっとしてて、眉毛がバサバサ太くて、白いおひげを大事にしてて、映画に出てくるおじいちゃんみたいにかっこいいんですよ。で、そのおじいちゃん、今はちょっぴり恥ずかしそうな顔してます。今朝のこと悪いと思ってるの。こういう顔するから、おじいちゃん、好き。あたしは笑っておじいちゃんの手をひっぱりました
「おじいちゃん、おかえりなさい。ひやむぎ食べる?」
「ああ。その、お父さんは‥‥」
「パパはママにあげる写真を撮ってるからまーだ。さあ早く手洗って!」

あたしはおじいちゃんにあげようと思ってたものを部屋に取りに行きました。パパがいない今が好都合です。ダイニングに戻ったら、おばあちゃんがゆでたばかりのひやむぎを用意してました。
「ほら、陽子」
おじいちゃんがあたしに小さな紙袋を二つくれました。中を見るとチョコボールのような丸い粒が十個ぐらいずつ。あと導火線。
「わーい! 星だー!」
「こっちのは三重でこっちのはきらきら星だ」

星というのは花火に詰める火薬の粒です。いろんな薬が入っていて火をつけるといろんな色の炎を出して燃えます。三重は三色グラデーション。きらきら星はそれこそきらきらする金属がはいっているのです。
さまざまな種類の星がきれいに広がるようにするためには、ぎゅうぎゅうに詰め込まないといけません。だから形の悪い星はジャマになるので花火に入れてもらえないの。でも直接燃やすととってもきれいなんですよ。あたしは星が燃えるのを見るのが大好きなので、おじいちゃんは時々こうしてペケになった星をくれるのです。あ! でもこれ企業秘密ですから内緒ですよ。いつもパパとこっそり燃やしてそれで終わりです。

おじいちゃんは朝家を飛び出したあと、工房の様子を見にいってたようです。他の人も来てたそうです。昨日の夢菊は二番だったそうですが、作者はまだ若い人だそうで先が楽しみと喜んでました。うーん、さすがにおじいちゃんとおばあちゃんの会話を全部聞き取るのはむずかしいです。

「おじいちゃん、これ、受け取って?」
おじいちゃんが食べ終わった頃を見計らって、あたしは小さなアルバムを出しました。
「なんだ?」
「写真なの。開けてみて」
「わかった。はいすくるとかの卒業写真だろう。どれどれ」
最初のページを開けて、おじいちゃんは固まりました。そこにあったのはパパとママの結婚式の写真だったからです。おじいちゃんがあたしの顔を見たので、あたしも黙っておじいちゃんを見つめ返します。おじいちゃんは諦めてアルバムのページをめくり始めました。

家にたくさんあるママの写真のなかで、あたしが大好きな写真を選んできたものです。パパが撮ったのやパーティや旅行先などで二人で写ってる写真も。あたしの知らないパパとママですが、どの笑顔もとてもすてきです。

「ね、おじいちゃん。ママ、幸せそうでしょ?」
おじいちゃんは無言です。
「あのね、おじいちゃん。パパのこともう怒らないでほしいの。ママはパパのことがすっごく好きだったと思うの」
「‥‥‥‥」
「アメリカに来たこと、絶対後悔してなかったと思うの。パパと一緒にいられて幸せだったって」
「‥‥わかっとる‥‥」

おじいちゃんはエプロン姿のママの笑顔をそっと撫でると、アルバムをぱたんと閉じて手に持ちました。
「ちょっと寝るぞ」
「はいはい」
どかどかと出て行ったおじいちゃんを見送ったおばあちゃんがあたしを振り返ってVサインを出したので笑ってしまいました。

そう。ママはパパが大好きで、パパもママが大好きで、だからママはパパについて他所の国に行きました。もしマゼランがあたしを好きになってくれるなら、あたしだってついて行きたい。

|2006.12.10 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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