サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジII〜陽子〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジII 4) 哀しいキス
夜になってもマゼランは帰ってきませんでした。おじいちゃんとおばあちゃんにはお仕事が長引いてると言っておきましたが、ちょっと心配になってきました。なので夕食のあと、こっそりと堤防のところまで出て見ました。
何度目になるか、髪からバレッタを取ってみましたが、使う勇気が出ません。マゼランはこれで話せると言いましたがどんな感じになるのかピンとこない。普通の人じゃないからかえって邪魔して大変なことになったらと思っちゃって。

空にはうっすらと雲がかかっていてお月様もうすぼんやりしてます。まあもうすぐ真ん丸になりそうだからけっこう明るいですが。あと堤防沿いは街灯がたくさんあるのよね。海の方を見ると回り込んでる陸地の明かりや遠くの船がきらきらしてとってもきれい。浜にはカップルのシルエットがいくつかあって、ちょっぴりうらやましくなりました。

浜には太い柱と大きな屋根の休憩所がぽつぽつとあります。片隅だけ壁、というか仕切部屋みたいになってて、着替えたりもできます。炎天下の浜では日陰はどうしても必要だから。
ぼうっと見てたらちょうどあたしの右手前方の屋根の柱の向こうで何か動いた気がしました。あっと思う間もなくあたしは堤防によじ登ってました。ぽんと飛び降りてそちらに向かって走ります。砂が重くてまだるっこしい。柱に寄りかかって座り込んでいた人の前に立った時は、息がはあはあ言ってました。

「陽子? ああ、ごめん。ぼうっとしてた。どうしたの?」
マゼランはちょっとだらしなく足を投げ出したまま、あたしを見上げてそう言いました。淡い光の中にいつもどおりの優しい顔があります。でも、声も‥‥とにかくマゼラン全部が、すごく疲れた感じでした。

「どうしたのはこっちのセリフでしょう? 遅いから心配してたのよ」
怒ってるみたいな声になっちゃって自分でも驚きです。でもマゼランは立ち上がりもしません。あたしはひざをついてマゼランの顔を覗き込みました。息もはあはあ言ってるし、おかしい。いつものマゼランじゃありません。
「まさか‥‥ケガしたの!? だいじょうぶ!?」
「‥‥いや‥‥大丈夫‥‥。ただ‥‥」
マゼランはそう言ったきり、あとはただ黙ってあたしの顔を見ています。

「ねえ、ホントにどうし‥‥きゃっ‥‥」
いきなり手を引っ張られて、あたしはマゼランの胸の中に転んだみたいになりました。びっくりして顔を上げたら、すぐそばにマゼランの顔がありました。大きな手があたしの髪にふれ、マゼランがちょっと首をかしげて、あたしは自然に目を閉じました。滑らかな唇があたしの唇に触れます。触れ合った箇所から温かさが広がってくるような不思議な感じ。みんなこうなのかな? マゼランとキスすると、ほーっとなっちゃう‥‥

今までで一番長いキスに思えました。でも夜の海岸の雰囲気に呑まれただけかもしれません。ずーっとこのままだったらいいなと思ったけど、マゼランの唇はそっと離れていきます。で、次の瞬間、あたしはぎゅっと抱き締められてました。自分の鼓動が速くなったのがはっきりわかります。マゼランの胸に押し付けられた耳に胸の中で響いてる声が聞こえて、頭の上からの声と共鳴して、夢の中みたいでした。
「ありがと‥‥」
「え‥‥?」
「いきなり、ごめん‥‥」
「なぜ、あやまるの?」
「だって‥‥」
あたしはまた顔を上げて、マゼランを真っすぐに見つめました。今言わなきゃって思いました。

「あたし、マゼランのこと大好きよ」
マゼランが柱から身を起こしました。目が真ん丸になってました。
「好き‥‥? 僕を?」
「うん。あたしはマゼランのことが大好き。だからキスしたぐらいであやまっちゃやだ」
「‥‥陽子。‥‥僕は‥‥」

マゼランがぴくりとして胸に手をやります。もー、マゼランに仕事を言い付ける悪いモバイルだわ。ドラマの女優さんみたいに引き留めたいとこでしたけど、お仕事の邪魔は絶対にだめです。あたしはマゼランの上からのきました。立ち上がって建物の陰に行ったマゼランの声は低く沈んでいました。バレッタが拾った言葉には「失敗」といった単語もあって、あたしはいったい何があったのか必死で理解しようとしてました。

〈最初から拉致された生命体を見殺しにする気だったんですか!?〉
いきなり大きくなった声にあたしは窒息しそうになりました。マゼランはすぐにまた声を落としてしまい、何を言ってるのか分からなくなったのですが、声の調子は苦しげで、聞いているのが辛いほどでした。

パパがお仕事で苦労してる時のことを思い出しました。パパだって電話で怒鳴ってたり、あとはむちゃくちゃお酒に強いのに酔っ払って帰ってきて色々ぶつぶつ言ってることとか、たまにはあるんです。そんな時はあたしも胸が詰まったみたいになります。それでもパパのことは最近ちょっとずつ判るようになってきましたが、マゼランの場合は何があるのか想像ができないので余計心配です。この間のおばさんみたいに優しい宇宙人ならいいのですが、今度来てるのがもっと悪質な宇宙人だったら‥‥。

それでも最後は普段どおりの落ち着いた声音に戻ってきて、了解しました、という言葉とともにマゼランが出て来ました。マゼランはあたしの頬に触れ、下まぶたのあたりをすっと拭いました。あたしはびっくりして、あわてて両目をこすりました。
「あれ、やだ、もう‥‥」
知らない間に泣いてたみたいです。マゼランは暗いとこでもよく見えてるんだったと思ったら恥ずかしくなって、うつむいてしまいました。

そうしたらマゼランがあたしの手をとって両手で包むようにすると、膝をついてあたしを見上げました。
「本当にありがとう。君の所に行かなきゃならなかったのに、自分がずるくて嫌になってここに座り込んでた。そうしたら君が来てくれたんだ」
「ずるい‥‥?」
「この件が片付いたらちゃんと話す。だから‥‥」
あたしの目からまたぽろぽろと涙があふれました。だって、こんな言い方するってやっぱり‥‥。マゼランが慌てたようにあたしの手を揺らして、どうしたの、って言いました。

「マゼランがあたしと一緒に居てくれるのは、やっぱり理由があったのね? マゼラン、あたしのこと、ほんとはきらいなのね?」
「きらいじゃないよ!」
マゼランがびっくりしたように言いました。
「君と一緒にいられる時間が‥‥とても大事だ。僕は誰かと一緒に居たことがほとんど無いから‥‥この気持ちをどう言ったらいいか‥‥よくわからないんだけど‥‥」
「え‥‥? 一緒に居たことがない‥‥? マゼラン、まさか、地球に来てから、ずっと一人だったの?」
「うん。僕たちの仕事は普通そうなんだ」
‥‥マゼランが地球に来てから2400年‥‥。2400年‥‥ずっと一人で‥‥。そんな‥‥。

マゼランの顔がとても真剣になりました。
「陽子。僕が君に付きまとうのは確かに理由がある。きちんと話したい。僕がどうしたらいいのかも含めて。だから今の件が片付くまで、もう少し待ってて。お願いだ」
あたしはこっくりとうなずきます。あたしに出来ること、このくらいしかないなんて‥‥。でもマゼランはほっとしたように微笑みました。
「ありがとう、陽子。じゃあ、行くね」
「本当にだいじょうぶなの? 身体の具合、悪いんじゃないのね?」

マゼランが今度は大きくにっこりと笑いました。それはいつも通りの、お願いしたらなんでもやってくれそうなマゼランの笑顔でした。
「君と会えたから、もう大丈夫」
マゼランはもう一度ありがとうと言い、くるりと振り返ると走っていきます。その背中はあっというまに防風林の中に消えました。さっきの疲れてた様子が嘘みたいで、ちょっとは安心しました。

でも、マゼランがあたしのそばにいてくれるのは、あたしのことが好きだからじゃなくて‥‥。それはもちろん、何かあるんだとは思ってましたけど‥‥でも‥‥。

両手で唇に触れてみました。マゼランとの四回目のキスは、その前の三回とうってかわって、哀しい味を残してました。

|2006.12.10 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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