サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 1)襲撃
あんなに青かった空がつと色褪せ、驚くほど早く赤に変わり始めた。
海は相変わらず輝いているけど、反射光の波長がどんどん長くなってる。
陸地を見やれば木々の緑がシルエットと化しながら、鳥たちを迎え入れてた。

2000年の間、僕は地球の何を見てきたのだろうと思った。

冷めてきた海風が髪の中に潜り込んできて気持ちがいい。海辺で遊んでいた家族連れは宿やバンガローに帰ってしまった。静かになった分、岩だらけの海岸にぶつかっては散る波音が細部までしっかりと認識できる。文字通り海と山の境目で両方の景色を独り占めして、なんだか贅沢な気分だ。

夕焼けは深くなり、周りの空気までが朱に染まっていく気がして、そこではっとした。僕はずいぶん長く、ただ風景を見てたんじゃないのか?

僕は慌てて隣を見て、微笑みを含んだ眼差しとぶつかった。陽子の色白の頬は夕陽の色を映してピンク色。だがその表情は大人びて僕を包み込むように優しく、僕はなぜか面倒見のよかった前任者の0024のことを思い出した。
「‥‥あ。あんまりきれいなもんで、つい‥‥」
僕の言い訳めいた言葉に陽子はにっこりと笑った。
「そうね。明日もいいお天気になりそうで、良かったね」

そういうと陽子はいきなり足下の岩に足をかけて伸び上がり、僕の首に手を回した。
「マゼラン、大好きよ」
「僕もだよ。君が大好きだ」
たった一ヶ月前には「好き」という言葉の意味も知らなかった僕は、少女をそっと抱きしめた。華奢でしなやかなその身体は、僕の腕に直接記憶を刻み込んでる。どちらともなく互いの唇を求め、羽が触れるようなキスをした。

僕――スタージャッジ0079――は、地球人の少女、陽子・ジョーダンと日本の小さな離島に来ていた。任務じゃない。ただ「遊びに」だ。本土から150Kmほ離れた面積20平方Kmぐらいの島。遙か昔に火山で隆起したもので、中央部の山からなだらかに続く裾野がそのまま海の中に続いている。
僕らがいる場所は岩場だけど、ちょっと行ったところは砂浜に整備されている。そこから山に続くゆるやかな斜面はキャンプ場になっており、少し登れば木々の間にバンガローも用意されていた。陽子は以前父親のジョーダン氏とここにキャンプに来たことがあって、とても気に入っていたんだそうだ。
ちなみにジョーダン氏は十日ほど前にアメリカに帰っている。陽子は結局、僕と一緒にいるのだと父親を説得しきった。たった三ヶ月だと泣いた陽子の声がまだ耳に残っている。

ひょんなことから陽子に取り込まれてしまったビメイダー用の高純度エネルギーHCE10-9は、まだ半分以上彼女の体内に残っている。エネルギーを一番安全に回収する方法は僕が陽子にキスをすること。僕がスタージャッジであることもキスの意味も判った上で、陽子は僕と一緒に居ることを選んでくれた。そして僕はただその現実に甘えている。
陽子を眠らせてできるだけ早くエネルギーを回収し彼女の記憶を消してしまうという最適解通りに動くのが僕はイヤだった。それはビメイダーとしてあり得ないことだったけど、第六感(マイニング)回路は大丈夫だと囁き続けている。僕は今、思考や出力をハイレベルにチューンされた時に似た、高揚と不安定の入り交じった状態にあった。


陽子が僕の腕を取った。
「バンガローに戻ろ?」
「ああ」
もう一度夕焼け空を振り仰いだ僕は、遥か上空にチカッと光るものを見た気がした。
「どうしたの?」
「いや‥‥なんだろ。何か‥‥」

そのとたん、頭の中にグランゲイザーのエマージェンシー・シグナルが割り込んできた。上空110Km、ものすごい勢いで地表に向かって飛行する物体がある。ほとんど「落ちて」いるに等しい。大きさから考えて人工衛星やスペースシャトルじゃなさそうだ。
「陽子、悪い! バンガローで待ってて!」

丸い目で頷いた陽子を残して、僕は三歩だけ内陸側に駆け上がると飛び上がった。宙には、陽子が以前「銀色タマゴ」と言ったカプセルが既に待機していて、僕の身体はそれに包まれて上昇する。
このカプセルは簡易電送システムを内蔵した高速移動機だ。単純移動の際はサポートスーツよりムダが少ないからこいつで飛ぶことが多い。必要になった時にグランゲイザーから呼び寄せるが、今のようにゲイザーが熱圏にいるなら数秒で到着する。
ただそのスピードで移動できるのはあくまで搭乗者がいない時だ。だからゲイザーに急いで戻らないとならない場合は僕自身を電送させる。原子レベルに分解されて再構築されるなんて、やりたくはないが仕方ない。まあ僕のようなビメイダーは、もともと設計図通りに「構築されて」生まれるわけで、自然人に比べれば電送のリスクは少ないと言える。

あちこちのチップやパーツが微妙に緩んでるような気持ち悪さを感じながら目を開けると、もうグランゲイザー内の電送機の内部だ。考えてみれば十年ほど使ってなかったよ、これ。
違和感を振り払ってハッチを開けコントロールルームに飛び込んだ時、グランゲイザーはすでに高度200Kmに到達していた。二分弱でさらに高度100Kmまで降下。それまでに僕ははっきりと目標を把握していた。長さ300mほどのずんぐりした物体。シールドは発生しているがもはや大人しく着陸できるような速度じゃない。

少なくともこれは地球外船だ。そして最近地球の周囲にいる船で僕が把握していたのはただ一つ。ラバードの船だった。

と、公宙(パブリック・スペース)航行の緊急時周波数にSOSが入った。
「地球担当のスタージャッジ0079だ。状況を説明してくれ」
「はん。坊やか。ちょっとトラブルでね」
ラバードの声は歪んでいた。通信状態もむちゃくちゃだろうし。しかし、こんな状態の船にラバード本人も残ってるとは‥‥。
「何人残ってるんだ? 高度20Kmまでに脱出できないか?」
この熱では生体波のキャッチは不可能だった。
「フラーメ達は逃がした。わたし一人だ。ちょっと動けなくてな。かまわんさ。お得意の奴で吹き飛ばしてくれていいが、その前に‥‥」
「わかった。すぐそっちに行く」
「な‥‥!?」

高度20Kmより下がったら地球の大気圏内飛行物とぶつかっちまう。ラバード1人ならそれまでに引っ張り出せるだろう。まだなんだか喚いてるフォンを切ると僕はハッチから外に飛び出す。移動カプセルに包まれて、ひたすら落下するラバードのシップめがけて急降下した。
相手はでかい分空気抵抗も大きいからすぐ追いついた。身体一つになった瞬間強い熱波を感じだが、今度はサポートアーマーが僕の身体を覆い守ってくれる。ものすごい勢いで落下する船――それも極めつけに熱い!――にとりつくのはちょっと大変だったが、ハッチは既に剥がれかかっていてすぐに中に入れた。

「ラバード、どこだ!」
コントロール区画はどっちだ。中央か、前方か。そこらじゅうが軋んで音をたててるし、外郭が崩壊してる場所もある。僕は大声を張り上げながら通路に沿って飛んだ。と、前――というか下――の角からニシキヘビのようなものがのたくってきた。ラバードの髪! 僕はそいつを掴んでぐいっと引き上げた。

「レ‥‥レディの髪を、なんだと思ってる」
つり上げたマグロ‥‥もといラバードは一応文句を言ったが、いつもの勢いがまったく無い。腹部を押さえ込んでる。
「大人しく掴まってろよ」
僕はラバードの身体に手を回すとさっき見つけた破損箇所から飛び出した。グランゲイザーからのデータによれば現在の高度は約23Km。いいだろう。

「ヴァニッシュ」
水平距離にして300mほど離れてから、僕は落下する船を消滅させた。暗い夜空に一瞬のストロボ。落下物を補足していただろうNASAその他に、また「謎」を提供してしまった。でも、謎への好奇心が最後には人を宇宙に連れて行くんだ。

「大丈夫か、ラバード?」
「ああ‥。4サトゥルもあれば‥自己修復できる。それより‥‥危険なのは、お前のほうだ」
ラバードの囁くような声に、僕はぎょっとした。
「スタージャッジ。‥マリスの狙いは、お前だ‥‥。あいつは‥‥」
「どういうことだ、ラバード?」
見るとラバードは「眠って」いた。修復活動の優先順位が上がってしまったらしい。

マリスって誰だ? 僕が危険って? ラバードのトラブルとどう関係してるんだ?

長い付き合いとも言える長身の女ビメイダーを抱えたまま、僕はしばらく夜の空に立ちつくしていた。


|2008.05.05 Monday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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