サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 3)友誼
ラバードの活動レベルが上がってきたのは朝の三時ぐらいだった。瞼を開けたラバードに「大丈夫か」とスブールの言葉をかけると、彼女はは虫類を思わせるぎょろりとしたでかい目で僕の顔をしばらく見つめていた。

「なぜ、わざわざ助けに来た」
クリアな標準語だった。僕はもう一度スブール語で応えた。
「自力で脱出できるなら、あんなシップに残ってないだろ? できたら標準語は使わないでくれないか」
陽子の髪飾りはスブール語は翻訳できないから、もし目覚めても僕らの会話はわからない。

ラバードが静かに上半身を起こした。自分に毛布が掛けられていた事に気づいて不思議そうにしている。
「陽子だよ。あの子は僕らがビメイダーであることを知らない」
ラバードは少し乗り出して眠っている陽子を見た。そして身体を戻して大きな息をついた。まだ体内で修復作業が進んでいるんだろう。自然人風に言えば「疲れて」見えた。

「きれいなスブール語を聞いたのは久しぶりだ。なぜわたしの故郷の言葉を知ってる、スタージャッジ?」
ラバードの口から低い、どこか歌のようにも聞こえるスブール語が流れ出した。
「言語を学習するのが好きなだけだ。でもあんただってマスターとはスブール語で話すだろうに?」
「マスターなどいない。アーリーは3000年前に死んだ。それからずっと一人だ」
「‥‥それは‥‥。まさか、あんたは、ビメイダーの自由人‥‥なのか?」
「そうだ。アーリーが逝く少し前にそうなった」

「驚いたな。聞いたことはあるけど会ったのは初めてだ。僕はあんたが命令されて地球に来てるんだとばかり思ってた」
「ビメイダーの自由人はそうでないビメイダーに対して、己が自由人だと名乗ることを禁じられてるのさ。ある場合を除いてな」
「ある場合?」
ラバードの口元がすっと弧を描いた。それは微笑んでいるといっていい表情だった。僕の疑問には答えずラバードは続けた。

「アーリーはバランスの良い生態系がとても好きだった。スブールでその維持に生涯を捧げた。わたしはアーリーを愛し、彼もわたしを愛していて、わたしはひたすらにその仕事を手伝い続けた。アーリーとその仲間の努力で人と環境の調和を保つ道筋がつき、それは今も実践され続けている。もしアーリーが病に倒れる前にわたしが自由人になれていたら、わたしたちの在り方はもう少し変わっていたかもしれない。でもせめて死ぬ前に希望の道を見せてあげられて良かった」
僕は唖然としてラバードの独白を聞いていた。スブール語で語るラバードはとても穏やかに優しく見えて、まるで別人だった。意味や理由を尋ねたい部分もあったが、僕は黙っていた。聞いた言葉以上に深入りするのが怖いような気がした。

「アーリーの死語、宇宙に飛び出したわたしは、たまたまこの星に訪れた。ここまで幅広く多様な生命が存在する環境はあまり無い。もしアーリーが生きていたら、どれだけ紫外線があろうがここに住みたいといって駄々をこねただろう。移住してこの生態系を守るんだとな。だからアーリーの代わりにわたしがと‥‥」
「‥‥金儲けが目的じゃなかったのか‥‥」
「自然人の8割は損得勘定を動機に動くからな。生態系を保つことが"得"だと考えないと話が進まないんだよ。もしスブールがビメイダーの星だったら、アーリーはあんなに苦労しなかったろう。なにより元手がなければ何もできない。金のプライオリティはかなり高くしてる。観光地というのはその意味で悪くない手段だ」
ラバードの話が途切れ、今度深呼吸が必要なのは僕のほうだった。夏にしては涼しい夜というのに、頭が熱せられたような感じだった。

「ところでスタージャッジ。おまえ最近、誘拐された異星人を助けるために、ずいぶんと無謀なことをしたというが、事実か?」
「‥‥‥‥なんであんたがそんなこと知ってるんだ?」
「事実らしいな。今度のいきさつ、最初から話そう」
ラバードが身体の位置を変え、壁にもたれかかった。同時に僕の腕に手が触れた。振り返ると陽子が起き上がっていた。
「おばさん、声すごくかすれてない? お水飲む? チョコバーもあるけど」
「ごめん。起こしちゃったね。えーと、ラバード、地球の水、飲むかな‥‥」

「なんだ? 小さいのはなんと言った?」
「あんたが水を飲むかって。あんたのスブール語、彼女にはかすれて聞こえてるみたいだ」
ラバードが身を起こすと陽子に向き直った。区切るようにゆっくりと標準語で言った。
「ありがたい。いただこう」

陽子がぱっと立ち上がると、昼間汲んだ湧き水が入っている水筒を持ってきた。ラバードの脇に座り込み、カップを兼ねる蓋に水を入れて差し出す。ラバードは水をぐっと飲み干すとカップを陽子に返した。
「うまい水だった。お前はわたしが怖くないのか?」
「最初はね。でも包帯巻いてくれたでしょう? あとマゼランのこともそんなにいじめなかったし」
陽子が応えたのは英語だ。もちろんラバードにはわからない。
「やはり片道か。地球の言葉を標準語に変換することはできないんだな」

「陽子はあんたを怖がってないよ。包帯を巻いてくれたことに感謝してるって」
僕が標準語でそう言うと陽子が大きく首を縦に振った。ラバードが面白そうに言った。
「頭部を縦に振ると肯定で、横なら否定を示す種族が多いのはなぜなんだろうな」

ラバードが手を伸ばし、そっと陽子の腕に触れた。
「もうあの時の怪我は治ったのか?」
陽子がこくこくと頷いた。
「地球人があんなにヤワとは知らなかったんでな。悪かった」
陽子はにっこりと笑って手を振った。
「今のは?」
ラバードが僕を見る。
「気にしてないよって感じかな」
ラバードが一生懸命陽子のことを理解しようとしてるのが微笑ましかった。あまりのんびりしてる場合じゃないのだが、二人のやりとりを補助しながら、僕は妙に幸福な気持ちになっていた。

「ひとつ聞いていいか?」
ラバードの問いに陽子が頷く。ラバードが僕を指さした。
「お前は、このスタージャッジが好きなのか?」
「お、おい、ラバード、何を‥‥」
「いいから坊やは黙ってろ」

一瞬真っ赤になった陽子が、ラバードを見つめてゆっくりと大きく肯定の意を示した。ラバードはしてやったりという風に笑う。
「そうか。良かったな、スタージャッジ」
「なんなんだ。何が言いたいんだ、ラバード」
「お前も赤くなってるぞ」
「えっ!?」
慌てて頬に触ってみた僕にラバードが大笑いした。陽子も笑ってるし、なんなんだ、もう。

さんざん笑ったラバードが少し真面目な顔になり、陽子を見やった。
「ヨーコ‥‥か、お前の名前、こんな発音で大丈夫か?」
「うん」
「もう少し寝ておいた方がいいな。こいつと一緒にいるには、時として体力が必要だ。睡眠不足は大敵だぞ」
「はい」
陽子は素直に頷くと水筒を片付け、脇に来て僕の肩にちょっと頬を寄せ、それからまた毛布の下に滑り込んだ。ラバードに心を読まれた‥‥というか、僕よりずっとうまく陽子を言いくるめてる。地球人にとって睡眠は大事だ。それ以上に僕らの話を聞いて不安がらせるのは陽子が可哀想だ。

「お前がなぜ標準語を避けたのか、わかったよ」
ラバードがまたスブールの言葉で言った。
「まさかスタージャッジが担当惑星の住人に翻訳機を与えているとはな」
「色々事情があって、その‥‥陽子が狙われる可能性があって‥‥危険を知って欲しいと思ったんだ。でも、余計な心配はさせたくない。時期がくれば、この子は全てを忘れることになるんだから」
「記憶処理を‥‥お前が?」

僕はその瞬間のことを思って苦しくなった。だが、そうしなくちゃならない。拳を握りしめて、自分に言い聞かせるように、繰り返した。
「そうしなきゃ、ならないんだ」

ラバードはしばらく僕の顔を見ていたが、ふうっと息を吐いた。
「‥‥話を続けようか」
「頼む」
「カミオ星から依頼品が用意出来たから送ると言ってきた。言われた元素パックはモノと照らし合わせて納得できるものだったし、まさか"人"が来るとは思わなかったんだ」
「それが‥‥まさか、それがマリスだったってのか?」
ラバードが電送のルートを開いているとなると、よほど信頼した仲間がカミオにいるのだろう。なんせ互いの電送機の座標と設定が合っていて、かつ受信側カプセル内の元素構成が正しければ、基本的になんでも送り込めてしまう。
とはいえ、近距離電送ならいざしらず、リープ伝送路が必要な何光年もの距離で生命体を電送するなどまずあり得ない。前にも言ったが、物質‥‥とくに生体をリープ伝送路経由で電送すると変性されてしまう可能性が高い。たとえビメイダーであってもカミオから地球空域まで電送されるなど、考えられないのだった。

「そうだ。自然人かビメイダーかは不明だが、反応から考えてロボットじゃない。旧式で不格好な宇宙服を着ているように見えた。奴はいきなり地球のスタージャッジのことを教えろ、と言った。即時破壊命令の出ている犯罪者の船に、担当外の生命体を助けるために乗り込んでいったそうだがどんな奴だとな。目的は何だと聞いたら、自分はスタージャッジの買収を商売にしてて、自分を雇ってくれれば話を付けてやるとぬかした」

「わけがわからないぞ。地球に金になるような資源でもあるならいざしらず、僕を買収してどうしようっていうんだ? そんなことのためにカミオから電送されてくるなんて、信じられない」
「全くだな。だがとにかく奴はお前のことを知りたがっていた。最近会ったのはいつだ、どんな話をしたといった具合だ。そんなことに答える義理はないし、雇う気も無い。さっさと自分の家に帰れと言ってやった。そうこうするうちにカミオから緊急通信が入った。十名近くの人間が殺され、電送機が勝手に使われた。犯人がまだそっちに居るならロボット兵を電送するから逮捕に協力して欲しいとな。だが遅かった。感づいたマリスは私の船の電送機を爆破したんだ。到着した時に仕掛けたんだろう」
「なんてこった‥‥」

「結局物騒なことになった。かなりの戦闘力のある奴で、フラーメもずいぶん死んだ。お前とは古くから何度もいざこざがあったが、それでも本当に死んだフラーメはたった二体だったというのに‥‥」
フラーメはスブールの自然種を極端に品種改良した生命だ。地球で言ったら家畜にあたるか。ラバードは補助チップを埋め込んで手下のように使っているが普通はあまりそういうことはしない。小型種はペットとしている人も多いと聞く。成長しても未分化細胞を保持し続ける種なので外傷には強いが、僕だってそれなりには気を遣ってきたつもりだ。

「あんたの損傷も、マリスにやられたものなんだな」
「そうだ。船内を壊すだけ壊してから奴の身体がいきなり倒れた。見たら抜け殻だ。アーマー型の簡易電送カプセルだったようだ。船を海への落下軌道に乗せるのに苦労してるうちに脱出も不可能になった。最後の時間でお前にこの話を伝えようとしてたのに、まさかこんな形で助けられるとはな。アーリーが逝ってから、わたしはバックアップを取らなくなった。だからこの身体が失われればわたしは本当に死んだんだ。感謝してるぞ、スタージャッジ」

「‥‥礼も詫びも、言うべきはこっちだ、ラバード。あんたは巻き込まれた被害者だ。形だけでも雇うと言えば、こんなことにはならなかったかもしれないのに‥‥」
ラバードはくっくっと笑った。
「わたしだってビメイダーだ。嘘をつくのは苦手でね」
思わず笑ってしまった。ビメイダーが嘘をつけないなんてことは、もちろん、無い。


|2008.06.29 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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