サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 7)信頼
マリスは俯いた。肩が震えだしたと思ったらいきなり仰向いて哄笑した。
「友達だって‥‥? 正気? こいつがどういう奴か知ってるの?」
「地球に来た悪い人を追い出すために、ずっと一人でがんばってくれてる人よ」
「"いい人"も追い出しちゃうんだよ? この星に役に立つことを教えに来た連中だって追い出すんだよ、こいつら」
「やりたいことは自分でやんなきゃダメだからよ。地球人が自分で考えないとダメなの。それに悪い人がいい人のふりして来ることだって、いっぱいあるもの!」

「スタージャッジはね、星の住人のことなんかこれっぽっちも考えてないよ。よそから入ってくる奴を追っ払うためなら、住人なんか多少死んだっていいと思ってるんだ」
「そんなことない! そりゃあ誰かが死んじゃったこともあるかもしれないよ。でもそのたびに、マゼランは苦しかったんだよ。それでも一人でお仕事しなきゃいけなくて‥‥。なのにそんなひどいこと言わないでよっ」
陽子は頬を紅潮させ、少し涙ぐんだ瞳でマリスを見据えている。スタージャッジがどういうものか殆ど知らないのに、陽子は戸惑いもせずに僕を擁護しようとしていた。僕は英語と標準語の激しいやりとりを、ただ唖然と聞いている。

過去、僕の作戦行動の巻き添えで死んだ人や動物は確かにいる。もちろん好んでそうしたわけじゃない。命令を守ることや、より大きな益を取るための取捨選択の結果、そうなった。その時感じたものが、陽子の言うような「苦しかった」ってことになるのか、正直僕にはよくわからない。

最初のころはただ言われた通りに任務をこなしていただけだ。そのうち何者かの命が失われるようなトラブルがあると、身体が軋んで、膨大なデータを放り込まれたような重さが頭の中に生ずるようになった。もちろんそれはすぐに元に戻り、あとに引くことはない。そういったことを誰かに聞いて欲しいとも思ったが、それは報告すべき「事実」とも違う気がして、だからそれらのことは、ただ取り出したくない記憶として僕の中に蓄積されている。

でも今は違う。誰かが死んだら、きっと僕は苦しい。命を止められた個体が体験する苦しみも、それを愛する者に生ずる苦しみも、今の僕には予想できる。それは、もし陽子を失ったら‥‥と仮定すれば、簡単にわかることだ。

「お姉ちゃん、もしかしてこいつに洗脳でもされた?」
「マゼランがそんなことする訳ないでしょ?」
「じゃあ、本当にお姉ちゃんの意思でこいつと付き合ってるってワケ?」
「そうよ。あたしはマゼランの友達になったの」
「そう‥‥。お姉ちゃん、その言葉の意味、わかってる?」
「え?」
マリスが薄い唇の両端をにやりと吊り上げた。
「この島を沈めるより、お姉ちゃんを殺した方がボクの目的には合うってことだ」

息を呑んで身体を硬くした陽子を背中に回して、僕はマリスを睨み付けた。
「そんなこと、させると思うか」
奴はせせら笑った。
「ほーら、正解。その子が死んだら、キミがどんな顔するか、楽しみだよ」

「どうして?」
陽子が僕の腕を押さえて言った。
「どうしてそんなにマゼランが憎いの? 貴方、今日初めてマゼランと会ったんでしょう? なのに、おかしいよ。そんなの、何か、おかしいよ」

マリスは僕らに向き直り、両腕を広げた。
「いいかい、お姉ちゃん。今この星でも、この星の医学じゃ治らない病気の人がいるだろ? でもそれ、他の星の進んだ科学が入ってくればあっさり治せるかもしれないんだ。でもこいつが‥‥スタージャッジがいるから、絶対そうはならない」
「それは‥‥そうかもしれないけど‥‥」

「ボクはね、生まれつきの病気だった。身体のあちこちがだんだんに動かなくなってく病気。すごく怖かった。でもどんどん病気は進んでいって、このまま行ったら心臓も止まっちゃうって分かったとき、パパとママはボクを冷凍睡眠させて未来で治してもらおうと考えたんだ。時期が来て目覚めた時、ボクのいた星ではまだボクを治せなかった。ただその時はすでに他の星に行くことが可能になっていて、ボクは技術の進んだ星に行き、こんなふうに治してもらったんだ」

陽子は目を丸くしてマリスの言葉を聞いている。
「そこでボクは知った。その星ではそんな治療法はとうの昔に開発されていたこと。未開の星にはスタージャッジという番人が来て、他の星の技術が入ってこないようにしてることを‥‥。ボクはわかったんだ。ボクの星のスタージャッジが、ボクをパパとママから引き離した。大好きだったお姉ちゃんとも‥‥。全部スタージャッジのせいだ。全部そいつらが悪いんだ!」

マリスが僕に対して激しい憎しみを持ってることを、僕は認識した。それは過去会った犯罪者や違反者たちの敵意とは異なるものだった。それ故に、こいつの言葉は真実なんだろうとも思えた。
未接触惑星保護制度の負の部分を僕らスタージャッジは知ってるつもりだ。それでも"被害者"当人からその事実を突きつけられるなんて推測外だ。僕に言えるのは、ただ一般論でしかなかった。

「マリス。あんたの事象は不幸な事だったとは思う。だが、途上星侵略防止法が無かった時代、多くの未開惑星が不当に搾取されたのは事実だ。大量の住民が殺されたり奴隷にされたりもした。心ない侵入者のために本来あるべき進化から何万サイクルも遅れ、時には滅亡してしまった星もあったんだ。だから未接触惑星保護省は‥‥」

「そんなこと知るか!」
マリスが喚いた。
「ボクが知ってるのは、スタージャッジのせいで、ボクが一人ぼっちになったってことだけだ! ボクはお前たちに復讐しようと思って、いろんな星を回って準備した。ビメイダーやスタージャッジが悪い奴だって知ってる友達とも出会って、助けたり助けてもらったりして、どんどん強く賢くなった。自分が生まれた星がどこかもわからなくなったけど、もういい。ボクはボクと、それぞれの星で困ってる人のために、お前を殺す。破壊されつくしたお前の身体、そして今回だけは特別だよ。苦しみ抜いたお前の記憶も一緒にして、スタージャッジの本部に送ってやる。自分たちがどれだけ悪いことしてるのか、思い知らせてやるんだ! 最初がその子だよ。大事な人を失う気持ちを教えてやるよ、この作り物の、機械人形!」

「‥‥いいかげんにしなさいよ。今の貴方がマゼランより正しいなんて、言わせないわ」
低くて今まで聞いたことがないような陽子の声音に驚いた。陽子は射るような眼差しでマリスを見つめていた。
「マゼランと同じお仕事してた人は貴方や貴方のパパ達を殺そうとしたわけじゃない。もっと悪いことが起こらないようにお仕事してただけ。なのに貴方は自分のためだけにたくさんの人を傷つけたり殺したりしたのよ。マゼランは自分のために誰かを傷つけた事なんて絶対ないわ!」

陽子は手をあげてマリスを指さした。
「貴方は間違ってる。貴方のパパとママが‥‥お姉さんもかわいそうだ!‥‥‥みんな貴方に会えなくなるの、とっても悲しかったと思う。でも未来で元気になって欲しくてそういう道を選んだのに、なのに今こうして生きてる貴方がこんなことしてるなんて!」

「黙れよ」
マリスがとん、と踏み込んできた。慌てて陽子を抱えて跳び退る。
「もしお姉ちゃんが治らない病気だったとしたらどうなのさ? そいつさえ居なかったら、お姉ちゃんは治ったかもしれないのに。それでもそんなことが言える?」
「言えるよ。あたしはマゼランを信じてる。信じていいって"知ってる"の。だから怖くても、我慢するよ」
さらりと言ってのけた陽子の横顔はその場しのぎも策略めいたものもない。なんの根拠もないのに、確固たる確信を持ってる。なぜか僕にはそれが"わかる"。そしてその"確信"は僕の中に染みこんで、僕の中にずっと前からあった疑問を探り当て、それを解きほぐし始めた。

「お姉ちゃんがどれだけ弁護したってムダだよ。そいつは自分が悪いってわかってるんだから。自分たちが正義だなんて、言えるわけない。そうだろ?」
「まあ、正義と思って‥‥やってた訳じゃないからな‥‥」
陽子が目を見開いて僕を見上げた。僕はマリスを見つめたままだ。
「スタージャッジは途上星侵略防止法を遵守する。それが正義かどうかなど考えたことはない。そのせいであんたは大事な人を失って、それがスタージャッジのせいと言うなら、その通りだ。謝れと言うなら謝る。‥‥だけど‥‥」

僕は陽子の髪に手を滑らせその肩を抱き直した。ありがとう、陽子。君が信じてくれる僕を‥‥僕は信じるよ。
「星の住人たちが何も知らないうちに不利な立場に追い込まれないように。試練に対して打ち勝つ力を自ら育むように。そして真に己の知恵と勇気で、星の外に踏み出せるように‥‥。この法律を作った人たちは、心からそう願っていた。僕らが法を守るのは、彼らの思いを受け継いでるからだ。今、わかったよ。彼らの願いが、ずっと僕の願いでもあったんだ」

僕を構成する全てがひどくクリアだ。過去の記憶と経験が、意識の表層に怒濤のように浮かびあがってきては、次々にぱちりぱちりと統合していく。不思議な感じだ。
「マリス。結論は同じだ。自分の復讐のために多くの人を殺し、僕の仲間を殺しているお前を逮捕する。抵抗するなら、お前を倒す」
「面白い。やってみろよ。フォス!」

空からきらきらと物騒な雪が舞った。宙で実体化したマントがそれを受け止める。バチバチという光と音の中、マリスの視界から逃れた一瞬、僕と陽子の唇が触れあった。

「大丈夫だ」
「だいじょうぶよ」
僕らは同時にそう言い、少し笑った。

緊急形態になった僕は陽子を抱いて飛び上がる。さっきから近くで待機していたフリッターがその先にいた。僕は陽子をフリッターに乗せた。
「ゲイザーに到着したら、そのまま待ってて!」

フリッターはぐんと上昇し、僕は森の中に逃げ込む。少し遅れてマリスが追ってきた。
「それで、あの子を逃がしたつもり?」
「お前と僕のことに、陽子は関係無い」
「大ありさ。ボクはどうしたってあの子を手に入れるよ。フォス!」

僕は舌打ちして木々の梢から飛び出し空を振り仰いだ。フリッターの位置はすでに高度20Km。そこに例の女形ロボットが急送に接近していく。もちろん見えてるわけじゃない。フリッターのセンサーがグランゲイザー経由で送られてくるだけだ。

「フォス! 殺さないように、うまく引っ張り出せよ」
マリスが聞こえよがしにそう言った。ヤツはにやにやとして僕を見ていた。

フリッターにロボットがとりついた瞬間、僕は呟く。
「ヴァニッシュ」
一瞬のまばゆい閃光‥‥‥‥‥‥


|2009.02.28 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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