サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『銀河爆風ゲキシンガー』 原作・山崎優/小説・小林一俊
第1話 ゲキシンガー、荒野に立つ!
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の新太陽系
沙羅双樹の花の色、天羅地網の理をあらわす
驕れるヌビアも久しからず、ただ春の夜の夢の如し
猛きものらも遂には滅びぬ、偏に爆風(かぜ)の前の塵に同じ
 西暦2344年。
 新太陽系グリーン惑星海の一角に位置するハイライズ星・キモン大陸の昼下がり。人里離れた荒野のハイウェイを一台のホバー式装甲車が駆け抜けていた。
「ははあ、首尾は上々だなあ」
「ああ、こんな田舎の星にしちゃあ上玉が揃ってた。こいつぁ、幸先が良いぜ」
 運転席には人相の悪い、いかにもゴロツキといった風情の二人組が座り、上機嫌で後部カーゴをちらちら見ている。そこには5人の若い女の子が床に崩れ落ち、すすり泣いている。とても、自分の意志で車に乗り込んでいるようには見えなかった。
「まあ、お前らも運が悪かったな」
「泣くこたぁねえよ。これからどんどん、お仲間は増えて行くからな。すぐに寂しくなくなるってもんさ」
 そう言うと、下卑た笑い声を上げる二人に対し、運転席の屋根の上から声から鋭い声が降った。
「と言うことは、貴様らが攫った娘たちはこれで全てということだな」
 咄嗟に二人が見上げるよりも早く、白刃が屋根ごと運転席の男の頭頂を貫いた。数瞬後、切っ先が男から引き抜かれると、その身体は力なくハンドルに倒れ込んだ。クラクションがけたたましく鳴り響き、エアカーはたちまち挙動が不安定になる。後部カーゴからは女性の悲鳴も上がった。
「あわわわ」
 助手席の男はなんとか絶命した相棒を運転席からどかして、自身でハンドルを握って体制を立て直そうとしたが今度は横殴りの衝撃が襲った。これにはたまらず、装甲車も音を立ててひっくり返る。
 それでもなんとか助手席の窓からほうほうの態で逃げ出た男であったが、その前に一人の青年が立っており、血塗られた刀を手にしていた。更にその後ろにはホバー式大型SUVが停まっているのも見える。
「な、てめえ、まさかあのSUVから飛び降りて、屋根の上から俺らの話に聞き耳立ててたのか…」
 長身痩躯のその青年はにこりともせずうなずくと「その通りだ」と、事も無げに言った。実際にはその後、屋根越しに刀を突き立てて一人を斃し、上空を飛んでいた仲間のSUVに体当たりさせて装甲車をひっくり返したのだが、そんなことまで教えてやる義理はなかった。
「クロウ、攫われた女の子たちはみんな無事よ。ちょっと手荒なことしちゃったけど、問題なし」
「ありがとう、セイラ」
 と、後部カーゴ内の様子を見ていた眼鏡をかけた女性が青年に話しかけつつ近寄って来る。どうやら、この青年の名はクロウ。女性はセイラと言うらしい。そこへ油に汚れたつなぎを着たあんこ型の体型をした青年と、古びたレーシングスーツを身にまとう、がっしりとした体格にクルーカットの青年が現れた。
「それから、ざっと見た感じ、装甲車の方もシティに戻る程度には動くと思うよ。流石はベンだね。廃車にしないように、けど、確実に動きを止めるべく手加減するんだからさ」
「秀才メカニックのリックさんにお褒め預かり光栄だが、どうやら人攫いはこいつらだけじゃなかったようだぜ、クロウ」
 多目的腕時計に目をやっていたベンがそう言って背後を親指で示せば、舳先に蛇をあしらったスペース・クルーザーがこちらに向かって猛スピードで飛来していた。形は細長く、扁平しているのは古代のバイキングが使ったというロング・シップをモチーフにしているのだろう。
 中央には巨大な帆を張っているが、スペース・クルーザーは帆に太陽風を受けて宇宙を行く船であり、それを地上で広げることには意味がない。これは示威行為と理解すべきだろう。逆に言えば、相手はクロウらをそれだけ組み易しと思っているということになる。
「は、あの程度でこっちが浮足立つと思っているのかしらね」
「とは言え、距離を詰められてしまった。仕方ない、迎え撃つぞ」
「アイアイサー。それじゃあ、行きますか、ベンさん」
「そうしましょう、リックさん」
 などと軽口を叩いている間に敵のクルーザーはクロウたちの目の前数百mの位置にスピードもそのままに着陸すると、地響きを立てて強引に停止する。それと同時に下部ハッチが開き、船内からめいめいに勝手な武装をした数十人の無法者どもが、奇声を上げながら問答無用とばかりに駆け寄って来る。
 大多数がコンバットナイフやハンドガンで、自動小銃を持っている者が少ないのは折角攫った娘たちを無傷で手に入れたいと言うことなのだろう。楽をして威力の高い獲物を使うのもいいが、流れ弾で装甲車が爆発でもされたら目も当てられない訳である。まして数で勝るともなれば、人海戦術で押してしまえると考えるのも無理はなかった。
「は、はあーっ。本隊がやって来たぜ。これでお前らもおしまいだな−げぶ」
「少し黙っていろ、クソ虫が」
 クロウはそう言うと痙攣する男の口中に突き入れた爪先を抜き、敵の群れへと身を躍らせた。まず、抜く手も見せぬ早業で襲いかかって来るナイフ使いの右裏小手を斬ると、そのまま左に体を移動させてハンドガンを構えた男の顔面を梨割りにする。そこをハンドガンで狙われたことを察知するや身を翻らせ、たった今斬って捨てた男の背に回って楯にする。まさに電光石火の早業であった
 しかし、そのハンドガンの男はそれ以上、クロウを撃つことは出来なかった。セイラの狙撃でこめかみを正確に撃ち抜かれていたからである。セイラは全開にしたSUVのドアをバリケードにし、窓を銃眼代わりにして長大な対装甲ライフルを楽々と取り回していた。セイラが引き金を引いた回数だけ、荒野に物言わぬ無法者が倒れ伏す。
 クロウの切り込みとセイラの狙撃で混乱した無法者らであったが、それに乗じて今度は両側面から襲撃された。向かって右からは二挺拳銃のリックが、両手に構えたハンドガンを乱射しつつ飛び込んで行く。突き出されるナイフを左の銃で受け止めると同時に、右の銃をぶっ放す。はたまた、前方に身を投げ出し、死角から敵を撃つ。決して一か所に留まらず、巧みで軽やかな足さばきで身を隠しつつ攻撃するのだ。
 一方の左方面からはベンが猛烈な勢いで突進していた。強力なショルダータックルを受けた無法者は数mも吹っ飛ばされた挙句、地面に落ちてぴくりとも動かない。ベンの正拳が当たれば無法者の頭蓋は砕け、前蹴りが決まれば内臓が破裂した。が、無法者も負けはせず、ハンドガンの弾丸がベンの心臓に直撃した。だがしかし、弾丸はスーツを貫通することは出来ず、撃った無法者はここぞとばかりと倍返しの反撃を喰らってしまう結果となった。
 それもその筈、ベンのレーシングスーツは特注品で軍用装甲服並みの耐熱防弾防刃性能を有していたのである。並みの銃弾ではこのスーツを撃ち抜くことは不可能なのだ。これが徒手空拳でベンが敵のただ中に突撃出来る理由だった。
 こうして、数十人いた筈の無法者どもは最初の助手席の男を残し、一人残らずクロウとその仲間によって始末されたのである。

 この時代、200年前に強行されたヌビア・コネクションの大アトゥーム計画によって木星は爆発し、その質量を材料に多数の地球型惑星が創造されていた。この過程で水星も失われ、二つの惑星を失った太陽系はこれ以後、新太陽系と呼び習わされることとなる。
 この内、地球の周回軌道上にある新惑星は35個にのぼった。これに地球を含め、計36ある惑星は6個づつブルー、オレンジ、グリーン、レッド、イエロー、ヴァイオレットの6つの領域に分かれて安定していた。この領域を惑星海(プラネットオーシャン)という。ここハイライズ星があるグリーン惑星海は太陽を挟んで地球が属するブルー惑星海とはちょうど反対側にあり、新太陽系を治める神聖ヌビア帝国の威光が充分に行き届かぬ辺境の中でも、最も危険な地域であったのだ。
 だが、それでも人は生きている。わずかな正義に希望を託しながら理不尽な暴力に耐え、身を寄せ合い、歯を食いしばって生きているのであった。

「だからと言って、こちとら、安くはない税金をきちんと納めてる善良な市民だぜ。警察もきちんとしてくれなきゃ、困るってもんだよ」
「そう言いなさんな、ベン。あちらさんにはあちらさんの言い分もあるのさ」
「なんだよ、リック。お前さん、やっぱり帝国の肩を持つのか」
「俺の昔は関係ないよ。たださ、まともな警官だからこそ、あんなクズみたいなチンピラの人権も尊重してやるし、悪党相手にゃあ後手後手に回っちまうことにもなる、ってことさ」
「しかしだなあ」
「はいはい、硬い話はそこまで。もう、着くわよ−ベンだって、本当はわかってるのよね」
「へへ、もう、セイラ姐さんにはかなわなねえな」
 ウェアシティのはずれにあるBARエヴァーグリーンの前にクロウらが乗ったSUVが停まると、店の中から幾人もの男女が飛び出して来た。無論、人攫いにあった娘たちの親兄弟である。皆、信頼と不安がない交ぜになった、落ち着きのない目でクロウを凝視している。
「大丈夫。娘さんは全員無事です。ウェアシティ警察中央署で保護されていますから、迎えに行ってあげて下さい。娘さんたちも、ご家族の顔を見れば安心するでしょう」
 にっこり笑ったクロウのその言葉を聞いた家族の顔がぱあ、と明るくなる。あるものは安堵の涙を流し、あるものは抱き合って喜び、あるものはクロウの手を取ってありがとうございました、を繰り返しながら力一杯握りしめる。
 と、クロウの手を握って頭を下げていた中年男性が、ふっと我に返ってこう力弱く言う。
「あ、あの、お世話になっておきながら大変言い辛いのですが、その、礼金の方が…」
 他の喜びに湧いていた人々も皆、再び不安そうな表情になってクロウを見る。数瞬、重苦しい空気が場を支配したかに見えたが、またもクロウの一言がそれをくつがえす。
「いいんですよ」
「え」
「お金なんていいんですよ。困った時は、お互い様ですから。さ、そんなことより、早く中央署に行ってあげて下さい」
 クロウの言葉に家族は皆ありがとう、ありがとうございます、と口々に言い、頭を下げながらこの場を後にする。それを見届けると、クロウたちは店に入っていつもの席に腰掛ける。するとテーブルの上にどぶろくやらカクテルやらがすっ、と4人分置かれる。そのどれもが、娘を取り戻してくれと駆け込んで来られる前に飲んでいたものだった。
「お疲れ様、クロウ」
「いえ、マスター、これくらいは」
「ありがとうよ、お前さんたちがいるから儂らはここでやって行けている。口には出さないが、みんな感謝しておるんだ」
 手ずから飲み物を運んで来た初老のマスターはそう言うとカウンター内に戻り、無言でコップを拭き始める。
「流石、マスターだなあ。クロウのドブロクからベンのウーロン茶まで、同じのを黙って出してくれるんだから」
「おおよ。で、あの人攫いどものクルーザーはどうするつもりだ、クロウ。言われた通り、オートパイロットで手近の谷には隠しては来たが」
「ベン、それなんだが、キーンの親父さんに頼んで闇市場で金に換えてもらおうと思ってる。そうすれば、攫われかけた女の子たちに見舞いが出せるし、親父さんも儲かる」
 クロウのこの言葉に、残る三人がめいめいにあきれた表情を作る。ただし、そこには悪意はない。クロウが格好付けなのではなく、本心から言っていることをよく分かっているからだった。
「まったく、うちのボスは相変わらず欲が無いわねえ。ま、そこが良い所だけれど」
 ため息半分のセイラの言葉の真意が分からず、きょとんとするクロウ。元来、その名の通りスペース・クルーザーは宇宙を航行する船であり、大気圏突入能力は持たない。しかしながら、あの人攫いの船は大気圏航行能力すら保有していたのであり、それはあれが金のかかった高級品であることを示している。
 幾ら闇市場とは言え、売りに出せばそれなりのまとまった金になることはまず、間違いない。手数料やら何やらを支払ったとしても、かなりの額になることは想像に難くなかった。それに頓着しないのだから、クロウの浮世離れぶりも中々である。
(ま、この辺りは何も言わなくてもキーンの親父さんが上手くやってくれるでしょうけど)
 とは言え、一応、言い含めておかねばならない、とセイラが通信機を取り出してキーンに連絡しようとしたその時、店のドアが開いて数人が足早に中へと入って来た。
 先頭を歩く壮年の男と二人の女性には問題ない。クロウらが家族同然にしている三人−今、話題になっていた出入りの武器商人・キーンと、クロウらとともに暮らしている双子の姉妹、ラビとノールだからである。
 しかしながら、その後をついて来る二つの影には誰も見覚えがなかった。一人はがっしりとした体躯に禿頭、サングラスをかけたどうにも得体の知れない青年男性。もう一人は腰まである長い金髪に丸い盲人用眼鏡、グラマラスな体型を白衣で包んだ女性である。
 やがて一団はクロウらの卓の前まで来て何事かを言おうとしたが、会話の主導権はこちらが握るとばかりにセイラが先頭の三人にたおやかな笑みを浮かべつつ、話しかける。
「あら、キーンさんにラビ、ノール。どうしたの、ここに来るなんて珍しいわね。さ、ラビにノールはこちらにいらっしゃいな−好きなもの、頼んでいいわよ」
「わーい、やったあ」
「勝手について来ちゃってごめんなさい、セイラ姐さん」
 嬉しそうにはしゃぐ妹のノールと、申し訳なさそうに頭を下げるラビ。二卵生双生児の二人は顔はそんなに似ていないが、それでも混同されるのを嫌がるのか姉は長い髪を編み込みにし、妹の方はくせ毛を活かしたウルフカットにして差別化を図っている。
 そんな二人をクロウは自分の両脇に座らせ、メニューを渡す。本当の妹のように可愛がっているのである。
 と、これには口周りに立派なあご髭を蓄えた、海千山千のキーンもこの先制パンチには苦笑いを浮かべざるを得ない。さて、どこから話したらいいものかとキーンが思案していると、背後に立っていた二人の内、男の方がズッと前に出た。
「キーン・ゴールドスミス殿、早く自分をクロウ・G・オクスフォード氏に紹介して頂きたい」
 これは言葉こそ丁寧だったが、その口調には欠片ほどの敬意しか込められていない。典型的なまでの慇懃無礼さであった。仲介の労を取る筈だったキーンは忽ち顔色を変え、セイラ、ベン、リックはさりげなく臨戦態勢を整える。しかし、年少の二人がこうした動きに気がつかないのは仕方ないにせよ、当のクロウがどこ吹く風、といった様子なのは驚きである。
 よほどの大物か。さもなくば、目も当てられんばかりの痴れ者なのか。互いに探りを入れながら、動きを見極めようとして、結果的に膠着状態になりかけたこの緊張の糸をぷつりと切ったのもまたクロウであった。
「何やってるんだい。キーンの親父さんもそのお連れさん方も、立ちっ放しじゃあ疲れるよ。椅子あるんだから、座ればいいんだよ。さあさあ」
 こうなると禿頭の青年も前哨戦は相手に取られたことを認めざるを得ず、キーンら三人はクロウとは向き合う形で席に着いた。
「では、あらためまして私の方からお二人を紹介させて頂きます。こちらの男性がトロワ・イゼル氏で、投資コンサルタントを経営されていらっしゃいます。
 もう一人の女性はその秘書でミーナ・ディモンさんです。
 トロワさん、こちらが−」
「知っている。ウェアシティの若き顔役たるクロウ・G・オクスフォード氏。残りの三人は壊し屋セイラことセイラ・ホワイト女史。新太陽系最速ドライバーで流れ星の二つ名を持つベンジャミン・ケイン氏。そして万能エンジニアのリック・ボースン氏。
 クーガ家の双子のお二人も知っているが、この場には関係ない個人情報なので割愛させて頂く」
「な、てめ−」
 激昂するリックを片手を上げて制すると、セイラがあらためてトロワへと向かい直る。
「さて、イゼルさん、でしたわね。今日はどういったご用件でこちらまで」
「…私はオクスフォード氏と商談をしに来たのだが」
「ああ、何だか知らないがセイラがその気になってるみたいだから、そのまま話してくれて構いませんよ。セイラもそうですが、キーンの親父さんもひっくるめて、うちは家族みたいなもんですからね。
 隠し事は一切なしなんです」
 クロウのこの呑気な言葉にトロワは器用に唇の右側だけを僅かに引きつらせたが、なんとか感情の制御には成功した。息を一つ深くついてから、セイラの目を見る。
「そうですか。それではまず、ホワイトさんにお話ししましょう。ご存じとは思いますが近年、帝国による政治が腐敗した結果、野盗や組織化されたカルテルなどの犯罪集団。はたまた、官僚と結びついた一部の政商による独占と汚職。何より、皇帝カーメン6世の専横。
 これらによって各惑星海の民衆の生活は圧迫され、虐げられてしまっているのです」
「あら、一つ抜けててますわよ。軍事貴族の雄にして帝国辺境軍最高司令官の座を世襲するアーウィン家と、文官貴族の頂点に立つ宰相家たるブラト家の対立が、ね」
 そう言うとセイラは殊更、悪戯っぽく笑う。が、このようなあからさまな挑発に乗るトロワではなかった。
「とにかく、民衆が塗炭の苦しみに喘いでいることは確かなのです。このハイライズ星が比較的平穏なのは、ひとえにトーゲン翁とオクスフォード氏を始めとする各地の実力者の連携が功を奏しているだけでしかありません。
 グリーン惑星海のみならず、新太陽系の力なき民衆の為にも、オクスフォード氏には是非、影の護り人として立ち上がって頂きたいのです−その為の具体的な強力な力が、これです」
 トロワは目線でミーナに合図すると、彼女はタブレットPCを取り出して立体映像を展開した。そこに映し出されたのは白銀色をした三胴式のスペース・クルーザーであった。同時に機体のデータも表示されたが、それはベンやリックが思わず唸るほどの高スペックだったのである。
「このクルーザーが高性能なのは分かりました。ですが、この一隻がどれだけの力を持っていると言うんです」
 セイラのこの言葉にミーナは眼鏡をくい、と直してからタッチパネルを操作する。
「先に言っておきますが、私たち周辺には既にサウンドキャンセラーを張り巡らせています。ですので、周囲の皆さんにはここでの会話は一切、聞こえておりません。ご安心下さい。
 その上で言いますが、このクルーザーにはある機能が隠されており、それを用いることによって神聖ヌビア帝国中央軍最強の第7艦隊とも、互角に戦うことが出来るのです」
 流石にミーナのこの言葉にはクロウも眼を見開かざるを得なかった。これを大言壮語として切り捨てることは簡単だったし、そうされても仕方のない荒唐無稽ぶりだったからである。
 しかし、そうはさせないものがミーナの言葉にはあった。それは気負いでもなく、卑屈さでもない。自然体の、ごくごく当たり前の事実を話しているだけ、という感覚。だが、それは内容と照らし合わせるなら、あまりにも凄まじい事実であったのだ。
「あ、貴女、自分が何を言っているか分かってるの。第7艦隊と言ったら総艦船数は約350隻。艦載機動ロボットは700機を超える、まさに史上最大の機動部隊なのよ。一日あれば、一つの惑星海全てを焦土に変えられるとまで言われてる。
 一体、何処をどうすれば、そんなものに単艦で立ち向かえるっていうの」
「その説明の前にイゼル様。どうやらここウェアシティに謎の機動小隊が向かっているようです。300m級戦艦1、200m級巡洋艦2。データを照会しましたが、95%の確率でエメラルド・カルテルのものと思われます」
 ミーナの冷徹な言葉に一同に動揺が走る。
「さっきの話じゃないが、辺境軍は連中から鼻薬を効かされてる。戦力で劣る警察も当てには出来ない。っていうか、そもそも何の為にここに来るんだ、やつらは」
「そりゃあ、決まってるでしょ、ベン。俺達さ。あの、人攫いの連中はエメラルド・カルテルと何らかの契約を結んでいたんだろう。何せ、ここグリ−ン惑星海は奴らのシマだからなあ。
 にも関わらず、最初の狩り場で一網打尽にされちまったんだ。エメラルド・カルテルの面目、丸潰れさ。そうなればせめて、人攫いの最後の生き残りを助け出し、返す刀で人攫い退治野郎−つまり、俺達を皆殺しにしないと他の連流からいい笑い物になってしまう。
 こんなとこでしょうよ。じゃあ、行きましょうか」
 クロウはそう言いつつ立ち上がると、トロワの肩を叩いた。
「何のお話ですか」
「何って、その例のクルーザーですよ。それで、このカルテルと思しき機動小隊をぶっ倒してやりましょう。あんなの、中央軍第7艦隊と比べれば、月とすっぽんでしょう」
 クロウはそう言うと、満面の笑みを浮かべる。確かにそう言われてしまえば、トロワには反対する理由はなくなる。むしろ、一回、既成事実を作ってしまう方が説得もし易いだろう。瞬間的にそう計算したトロワはミーナに指示を出す。
「分かりました。デイモン博士、衛星軌道上に待機しているクルーザーをステルスモードのまま地表に降下させて下さい。
 オクスフォードさん−」
「面倒臭いから、クロウでいいですよ」
「では、私のこともトロワで。クロウ、ランデブーポイントはどこに設定します」
「敵はまず、警察署を襲って留置場に入ってる生き残りを救い出してから、こっちを狙うと思われます。ならば、こちらはシティに被害が出ないよう、離れた所を戦場に選びましょう。
 そうなると最適なのはSW−145ポイントです、トロワ」
 為すべきことが決まれば、あとは早い。一同はPCでの遠隔操作をしているミーナを除き、一斉に駆け出した。キーンや姉妹も遅れは取らない。
「失礼」
「きゃっ」
 そのミーナはベンが小脇に抱えて走り出す。
「そのまま続けて下さって大丈夫ですよ。それで、そっちが終わったら例のクルーザーのこと、色々教えて下さい。貴女、どうも詳しそうだ」
「…いいですよ」
 こうしてあとに残されたのは茫然としたお客と、マスター他従業員。そして、風に飛ばされぬようグラスを重し代わりにされた卓上の1万ボゥル札だけであった。

 クロウの読み通り、エメラルド・カルテルの機動小隊は夕暮れのウェアシティ警察中央署を襲撃すると、留置場に入れられていた例の助手席の男を解放させ、収容。すぐさまSW‐145ポイントに向かった。と言うのも、オープンチャンネルにて『腰ぬけのクソ虫でなければやって来い』と、これ見よがしの挑戦状を叩き付けられていたからであった。
「何処のどいつかしらねえが、舐めた真似しくさりやがって。エメラルド・カルテルの看板に泥を塗ったこと、必ずや後悔させてやるぜっ」
 例の助手席の男は戦艦の艦隊指揮室に連れて来られているが、口中が傷だらけでしゃべることが出来ず、ただ、この艦長の怒りの言葉に頷くしか出来なかった。
「小頭、そろそろ例のポイントですが…敵の姿が見当たりません」
「なんだとぉ、そんな馬鹿な話があるかっ。もっとよく探せ」
「は、はい、うわああ」
「な、なんだあ、この揺れは」
 この時、カルテルの機動小隊は戦艦を頂点にして巡洋艦を残りの二角に見立てた三角形の飛行編隊で飛行していたが、巡洋艦の一方が側面からの砲火を喰らったのである。レーザーと荷電粒子砲にミサイルを一度に受けては巡洋艦と言えどもひとたまりもなく、爆発、撃沈された−戦艦の揺れの原因はこの、爆発した巡洋艦からの爆風と衝撃波だったのである。
「うう、体勢を立て直せ。ダメージチェック、急げ。あれだけの攻撃はステルスモードでは出来ん。敵は姿を現している筈だっ」
「い、いました。敵は15m級の武装スペース・クルーザーです」
「攻撃第二波、来ますっ」
 オペレーターの叫び声通り、クルーザーから再度の攻撃が放たれた。舳先のバウスプリットからは荷電粒子砲が放たれ、そのすぐ後ろの前部甲板の6連装VLS(垂直発射式ミサイルランチャー)からミサイルが撃ち出される。そして、左右のフロートの先端からは5連装レーザーが連続発射されていた。
 この一斉砲火による奇襲の前にはさしもの200m級巡洋艦といえども、手の施しようがなかった。一隻目に続いて、残る一隻も爆発、四散する。
「よっしゃあ、やったぜ」
「凄えなあ、このゲキシン・クルーザーは。あっと言う間に二隻の巡洋艦を撃沈しちまった」
 艦のブリッジからその光景を見ていたリックとベンが、口々に賞賛するのも無理はなかった。僅か15m足らずのスペース・クルーザーが、その十倍はある巡洋艦を奇襲だったとは言え、連続して撃沈したのである。これまでの常識では考えられなかった。
「が、残る戦艦はそう上手くは行かないようだ。見ろ」
 トロワの言う通り、戦艦はこちらに対して正面を向けると同時に機動ロボット3機も出撃させた。艦の投影面積を最小にすることで直撃弾を最小限に抑えて防御を固め、攻撃は機動ロボットに任せるつもりなのである。
 ここでブリッジの配置を説明するとベンは当然、操舵手。リックも当たり前ながら機関士に就き、セイラは通信兼索敵手。トロワは戦術情報処理を担当し、残るクロウは艦長兼射撃手となっている。ちなみに、残りの4人は後方のサロンに退避していた。
「逃げましょう。このままでは勝ち目はないわ」
「普通ならな、ね。だが、この艦は普通の艦じゃない。そうですよね、デイモン博士」
『そうです。クロウ、私の合図でゲキシンクロン、チェンジ、ゲキシンガーと叫んで下さい。それでこのゲキシン・クルーザーの隠された機能が解放されます』
 コンソールのモニターごしにミーナの声が響く。緊迫するブリッジ内。肉薄して来る機動ロボットと戦艦。その時、天空から夕焼け雲を貫いた青い光がゲキシン・クルーザーを撃った。クルーザーを特殊なプラズマエネルギーが満たす。
『今です、クロウ』
「ゲキシンクロン、チェンジ、ゲキシンガー」
 この音声入力コマンドによってゲキシン・クルーザーの秘められていた力が解放され、船体はぐんぐんと巨大化した。と、同時に舳先は中央から開き、船底部に固定される。左右のフロートも変形して大型のマニュピレーターとなり、船体と結合する。船尾は畳まれていたパーツを次々と展開し、腰部及び脚部を形成した。最後に右腕が宙に漂うソーラーセイルをマントのように機体に巻き付けると、頭部が飛び出した。
 そう、ゲキシン・クルーザーの隠された機能とは巨大化して機動ロボットに変形する、という驚異のメカニズムだったのである。
「デイモン博士、こいつの名は」
『ゲキシンガー、銀河爆風ゲキシンガーです、クロウ』
「了解した。行くぜ、みんな。銀河爆風ゲキシンガーの初陣だ」
「応っ」
「ゲキシンレーザー」
 クロウがそう言うとゲキシンガーは両腕を手刀の形にして突き出した。すると、それぞれの五指の先に光が集まる。その次の瞬間、指先から鋭い深紅の光の矢が放たれ、茫然と突っ立っていた機動ロボットに全て的中した。風穴が空いたロボットはその直後、爆発、大破する。
「ゲキシンスピア」
 今度は目の前の空間に短槍が出現し、それを掴むとゲキシンガーは突撃する。そしてそのままの勢いでスピアの穂先を敵ロボットの胸部に突き立てた。鈍く光る穂先は易々と敵ロボットの胸板を貫き、その動きを止めた。力なく崩れた敵ロボットは空しく落下し、地表にぶつかった衝撃で誘爆したのであった。
 と、ゲキシンガーの背後を最後の敵ロボットが襲った。手にしたビームサーベルで死角から切りつけようと言うのだ。が、そんな手に乗るほど甘いゲキシンガーではなかった。ひらりと身を翻し、一本背負いの要領で地表へと投げ捨てる。が、敵もさる者、なんとか操作して地表すれすれで制動をかけ、大地に激突することだけは免れた。結果的にゲキシンガーとの距離も開け、体勢を整えられると敵ロボットのクルーは考えたのかもしれない。
 が、そうした隙を見逃すほどゲキシンガーは甘くなかった。
「ゲキシンマグナム」
 そうクロウが言うや否や、右手には銃身の長いハンドガンが出現した。それを無造作に敵ロボットに向けると、引き金を引く。それだけだった。ゲキシンマグナムの一撃は数kmの距離をものともせず、荷電粒子弾を動力炉に直撃させたのである。動力炉に直撃を受けては爆発を起こさない筈もなく、こうしてカルテル側の機動ロボット部隊は忽ちの内に全滅したのであった。
「さて、残るは戦艦のみ」
 モニター越しに見つめるクロウの冷たい視線に気がついたものか、艦長は恥も外聞もかなぐり捨てて逃走を指示した。
「に、逃げろ。あんな化け物みたいなロボットでも、大気圏外まで逃げてしまえば追ってはこれないだろう。対空砲火も忘れるな」
 この命令に部下も賛同し、戦艦は180度回頭すると全速力で宇宙へと逃げ出したのだった。普通ならばこのような振る舞いは武闘派で知られるエメラルド・カルテルの指揮官には許されることではなく、それこそ下剋上の口実に使われかねない愚行だった。だが、今回ばかりは部下もそれを容認した。あそこに留まることは、死神の鎌に首を差し出すことと同じだったからである。
 そんな恐慌状態に陥った艦長の身体に、例の助手席の男が声にならぬ声を上げながら取りすがる。仇を、仲間の仇を討ってくれと泣きついている。
「馬鹿野郎。そんなもん、命あっての物種だ。てめえを助けてやっただけ、ありがたいと思え。うおっ」
 船体を突き上げるような衝撃が襲い、加速感が消失したのが分かる。エンジン音は確かにするのに、なのに艦は前に進んでいかないのだ。
「て、敵の機動ロボットが船底を掴んで離しませんっ」
「マント代わりのソーラーセイルが、対空砲火を跳ね返してますっ」
「ひいい」
 その時、艦長は低い声で「ゲキシンコレダー」という声が下から響いて来たような気がした。と同時に艦橋の床も、コンソールも、そして人も、何もかも全て青白い放電で照らし出されたのだった−結局その声が、ゲキシンガーの両腕から放たれた数百万ボルトという大電流を喰らって戦艦もろとも爆散した彼が、生前、最後に聞いた言葉となったのである。

「よっしゃあ」
「やったぜ」
 ブリッジ前面の大型モニターに映し出された戦艦撃沈の映像を見たベンとリックが思わず立ち上がり、上機嫌の表情でハイタッチする。
「大したものね、まるで伝説の銀河旋風ブライガーみたい」
「セイラ、それって、あのコズモレンジャーJ9の愛機だったっていう」
 クロウの言葉に黙ってうなずくセイラの頬も、ほんのり上気している。冷静を装っているつもりでも、やはりゲキシンガーあの恐るべき性能を見せつけられたあとでは興奮を隠しきれないのだった。さしものトロワでさえ、戦艦撃沈の瞬間は見入ってしまっていたのだ。
「クロウ、何故、貴方はそんなに冷静でいられるのです」
「ん、だからさ、これは第7艦隊とだって勝てるメカなんだろ。だったら、当然の結果じゃないか」
「いえ、勝てる、ではなく互角に戦える、です−では貴方は、初対面の我々の言葉を本当に信じていたのですね、クロウ」
 戦闘が終わったのを知り、キャビンにいた四人も続々とブリッジまで上がって来る。その先頭にいたデイモン女史が呆気にとられたトロワとの会話を引き継ぐ。彼女にしても、よもやそこまで自分達が早々に信用されるとは夢にも思っていなかっただけに、まさしくこれは予想外の展開だったのだ。
 しかし、クロウはデイモン女史の言葉もあっさりと裏切る。
「いや、申し訳ないが俺が信じたのは貴方達じゃないよ、デイモン博士。貴方達を俺らに引き合わせると言う判断をした、キーンの親父さんを信じただけさ。
 親父さんが俺達を裏切る筈がないからね」
「…あと、もうひとつ。私はイゼル氏の秘書であって、博士などと名乗った覚えはありません。なのに何故、貴方は私のことをデイモン博士と呼ぶのですか」
「え、だって、そりゃあトロワが貴女のことをデイモン博士って呼んだからですよ」
 事も無げにクロウがそう言うと、デイモン女史が恐ろしい顔できっとトロワを睨む。確かにクルーザーの遠隔操作を指示した時、博士と呼んだことを今更ながらトロワも思い出し、額を手で押さえながら天を仰いだ。
「あれえ、じゃあ、デイモンさん、イゼルさんの秘書って嘘だったんだ」
「こら、ノールったら。はしたない」
 この姉妹の罪のない会話にとどめを刺されたものか、デイモン女史もタブレットPCを抱えたままうなだれてしまう。散々な新参者二人であったが、セイラは容赦しない。銀ぶち眼鏡をくいっ、と直すと夕陽を受けてレンズがきらりと光る。
「ま、詳しい話はあとでゆっくり訊かせて頂きましょ。ね、クロウ」
「そうだな、まずは家でゆっくり休もう。話はそれからさ。流石に今日はもう疲れたよ、くたくただ」
 心底、お疲れなクロウの姿にトロワと女史以外のメンバーがわっと笑い声を上げる。こうしてクロウ一党の長い一日はようやく終わった。

 かくて、夕焼けに赤く照らされるハイライズ星の荒野に、ゲキシンガーの雄姿は立つ。こうして銀河爆風ゲキシンガーの戦いの幕は切って落とされたのであった。
|2012.10.10 Wednesday by 小林一俊| comments(0) | 戻る |
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