サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 7)
〈とにかく、まずは今日の主題を済ませましょう。マゼラン、こちらにいらっしゃい〉
マゼランがライプ博士のそばに行くと、ライプ博士がマゼランの額に何か装置を押し当てました。
〈少しだけ痛みます〉
マゼランが小さく頷くと、パチッというかすかな音がしました。博士が機械を離すと、マゼランが額に手をあてて俯きました。慌てて脇に行ってマゼランの顔を見上げました。
「大丈夫?」
〈ああ。なんともない〉
顔をあげたマゼランはそう言いましたが、まだ少し気になるようで額のあたりを撫でてました。

ライト博士とライプ博士が姿勢を正してマゼランを見つめました。マゼランもぴしっと身を起こします。ライト博士が厳かな声で言いました。
〈ビメイダー局製造番号BAU01035SJ0079。未接触惑星保護省管理IDスタージャッジ0079〉
〈はい〉
〈本日をもって君はすべての所有を解かれた。ビメイダー局生まれの自由人マゼランとして、宇宙連合市民としての全ての権利が保証される。君の今までの実績に保護省は満足と感謝を示しており、ビメイダー局も君の生みの親である私たちも君を誇りに思う。ありがとう〉
〈光栄です〉

ライプ博士がブレスレットをさし出しました。あたしがもらったのと似ています。
〈今、貴方の額から未接触惑星保護省の登録標識を消滅させました。修復プログラムからも除去しているので、再生や修復で標識が復活することはありません。今後認証が必要な場合はこちらを使って下さい〉
〈ありがとうございます〉
マゼランがそう言ってブレスレットを受け取り、ライプ博士が続けました。
〈貴方に対してはストリギーダ星から名誉市民権が送られていて、そのIDリングにはそれも追加されています〉
〈え?〉
〈あの美しさが故に、他星人による誘拐事件があとを絶たない星ですからね。貴方は今やあの星では有名人ですよ。一度休暇を取って行ってらっしゃい〉
マゼランが時々見せる照れたような笑みを浮かべました。
〈それは‥‥驚きました。‥‥嬉しいです〉


マゼランがブレスレットをはめるとあたし達はライプ博士に勧められるまま、博士達の向かいの長椅子に座りました。
〈お前の今回の変化は‥‥かなり劇的だった。我々の予想を遙かに超える事象が発生していたよ〉
ライト博士の言葉にマゼランが頷きました。
〈HCE10-9が無くなった時のことですね。ずっとそれが聞きたかった。まずなぜ僕はリプレースモードになれたんでしょう。かなりきわどい状態だったとはいえ明確な意識はあったのに〉

〈リプレースモードを司るリプレース・モジュールは、MCジェネレーターとその燃料になるフェムタイトと共にセル化されている。セルはロックされていて、主体の"死"を確認した時に初めて作動する。生死の判断は電子頭脳の中で主体の保全を行うモジュールからの信号の有無が使われていた。だがお前の保全モジュールは完全に焼き切れていたのだ〉
〈ああ、だから痛みを感じなくなったんですね。でも頭部に障害を発生させるような攻撃は受けてないと思うけどな。なんで壊れたんだろ。出撃前にオールチェックはしていったんですよ?〉

〈保全モジュールの破損は一昨日のオーバーホールで初めて判った。周囲のパーツは無傷だったから外的要因によるものとは考えにくい。マリスの磔から抜け出そうとした時、お前にはもちろんヨーコにもHCE10-9は残っていなかった。それを知ったお前は、自ら保全モジュールに過大な負担をかけて破壊し、リプレース・モジュールを稼働させた。これがその後の経緯に最も合致する〉

胸が苦しくなってきました。あたしを助けに来てくれたマゼランが槍で刺されて‥‥。痛みと寒さと息苦しさで朦朧となってきてて、細かい記憶が無いんです。でもマゼランが抜け出せたから、エネルギーが残ってたんだと思ってました。それが‥‥‥。

〈そんなこと、やったつもりは‥‥〉
〈意識してできるようなことかね。お前のバックアップにはヨーコの死の予測に対する激しい恐怖と凄まじいまでの力への執着が、想定を遥かに超えた感情信号として記録されていた。その過大な信号が保全モジュールをショートさせ、リプレース・モジュールに対して頭脳からの命令が送出できるようにしてしまったのだ〉

〈で、でも、ずっと活動できた理由は? ヴォイスはリプレース・バッテリーにそんな容量は無いって‥‥〉
〈その通り。驚嘆すべきはここからだ。MCジェネレーターは命ぜられるまま高出力を続け、あっという間にフェムタイトを使い切った。そして、今度は周囲のパーツを燃料にし始めたのだ〉
〈‥‥なんですって‥‥?〉

〈知っての通りビメイダーの頭脳は状況に応じてシナプスを形成しイレギュラーに対応する回路を構成する。リプレース・モジュールのセルが崩壊してエネルギーが身体に流出した頃には、お前の頭脳もまたその形でのエネルギー供給に対応した。頭脳は過激な出力を求め続け、ジェネレーターはお前自身の身体を食いつぶしながらそれに応じた。偶然か恣意的か、たまたま燃料となったのは戦闘には不要な有機物分解機構で、お前はよどみなく戦闘し続けることができた〉
〈‥‥そんな‥‥ばかな‥‥〉

〈確かにMCジェネレーターつまり質量エネルギー変換システムは未だリスク含みの機構だ。コンパクトでごく少量の燃料で安定して長い出力が保てるから、ダメ元同然のリプレースモードでの信号送信に使っていた。ただ稼働時には"ボディが死んでいる"ことが前提だったが故に、構成に脆弱さがあったのかもしれん。今ビメイダー局ではリプレース・モジュールの全面的な見直しが行われている。まずはオーバーホールに戻ってくる連中からだな。こんなことをやらかすスタージャッジもそうはいないと思うが、早く対応しておかないと危険でかなわん〉

〈‥‥すみません〉
〈いやお前が謝ることじゃないが本当に驚いた。ヨーコの救出を確信するにつれて、暴走は徐々に収まっていったようだが、最終的にはお前のボディの"胃"にあたる部分の全てと脚部へ循環系の半分近くが完全に消滅していた。目覚めたお前はあまり自覚をしてなかったようだがね。まさに驚異であり奇跡だよ。お前は文字通り自分の身を削って、ヨーコを助け、マリスを確保したのだ〉

‥‥そんな‥‥。
あの時のマゼラン、そんなことに‥‥。
血まみれで眠るように微笑んで、動かなかったマゼラン‥‥。

「陽子?」
マゼランがあたしの顔を覗き込んできて、あたしは慌てて涙を拭きました。
「‥‥ごめん‥‥。あの時のこと、思い出すと‥‥まだ‥‥だめなの‥‥」
ライト博士が手を上げて軽く頭を下げました。
〈これは申し訳ない。これぞビメイダーの精神力の顕現と思ったら、つい興奮してしまった〉
「いえ‥‥」

〈ヨーコのその想いの深さがこの子を覚醒させた。貴女と会えたからマゼランは自由人になった。我々は貴女にもとても感謝していますよ〉
ライプ博士がそう言って微笑んで、ライト博士も頷いてます。でも‥‥そうなのかなぁ‥‥。
「‥‥あの‥‥マゼランがあたしと会ったから変わったなんて、思えないんです。だってマゼラン、会った時からとっても優しくて、ずっと前からこういう人だったと思うんです。なんで最初っから自由人じゃダメだったんですか?」

〈‥‥僕は"前からこういう人"じゃ、なかったんだよ〉
マゼランが静かにそう言って、あたしは驚いてマゼランを見ました。
〈マリスにさらわれた君を探しながら出動の準備をしてた時、もう一人の僕にメッセージを残そうとして、それに気づいたんだ〉
「もう一人の僕って?」
〈色々あって、僕が生きてゲイザーに帰れる確率は低めだった。僕は半年ほど前にバックアップを取ってたから、もし死んだらその時の記憶を持った僕が製造されるはずだったんだ。バックアップって活動レベルをかなり落さないと取れないから、君を探しながら取り直すのが無理で‥‥。あの時は君と会った後にバックアップ取らないでいたことをすごく後悔した〉

「なんで取ってなかったの? ああ、あたしを見張ってなきゃいけなかったからね?」
〈いや別に見張る必要なかっただろ? そういうことじゃなくて‥‥嫌だったんだよ、僕の身体に残ってる君の感触と記憶情報がばらばらになるのが‥‥。それにバックアップとリストアって自然人とかけ離れたことだし‥‥。とにかくなんだか嫌だったんだ。うまく説明できないけど‥‥〉

〈そういうのを"意地"というんだよ、マゼラン。理屈は通らないのに、自分の感覚や感情に固執する状態だ〉
ライト博士がフォローを入れてくれます。
〈‥‥はあ‥‥。でも、これ、あんまりいいものではないのでは‥‥?〉
〈良い結果を生むこともあれば悪い結果を生むこともある。で、お前のその意地は悪い結果を生み、後悔して反省したお前は、この間はすぐにバックアップを送ってきたというわけだ。まったくこのゲンキンな不良息子は!〉
ライト博士が片眉をあげると、マゼランに1本指を向けてぐるぐる回しました。

〈‥‥す、済みません。でも、僕がビメイダーだと陽子にきちんと話して、受け入れてくれたからってのもあるんですよ? そうでなきゃ、そうあっさり‥‥。‥‥いや、やっぱりバックアップはあったほうがいいです、よね‥‥〉
マゼランったらカメみたいに首をすくめて言い訳してるので、あたしとライプライト博士はみんなで大笑いしちゃったのでした。


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 9)
あたしはマゼランの手をどけて、不思議なカプセルの方に一歩進みました。
「いいです。ライプライト博士。どうすればいいんですか?」
ライプ博士が言います。
〈服を全部脱いで、翻訳ペンダントやマスクもとって、開いてるほうのカプセルに入ってください。入ったら目をしっかり閉じて、手と足を少し開いて身体から離して待っててくださいね〉

そのときは身体変えるんだから服を脱いで当然なんだと妙に納得してたのです。マゼランはその‥‥あたしの身体‥‥知ってますし‥‥お二人は地球人じゃないし‥‥。
で、まずペンダントとマスクを取りました。今日は酸素は大丈夫でマスクは使ってなかったんですけど、とったとたんに息が荒くなってきて‥‥。でもうっかり歯を合わせるとカチカチいうし‥‥。心臓もほかの人に聞こえそう‥‥。両手を握って左胸を抑えて、それから胸のリボンをほどいて、スカートも‥‥アンダーウェアまで全部脱ぎました。

左手側のカプセルは回転ドアみたいに開いていて、上に浮き上がらないように注意して歩いて、床よりちょっと高くなってるカプセルの中に入りました。すると背中でしゅっと音がして、閉じ込められたのです。

狭い。息が苦しくなるみたい。次なんだっけ。そうだ。目をしっかり閉じて、両手と両足を少し開いて‥‥。そうしたらいきなり足の下が無くなって、悲鳴をあげそうになりましたが、ぽん、という音がしてカプセルの中が柔らかいパッキングみたいなもので埋まったんです。身体が動かないようにしてるの? ‥‥ちょっと‥‥怖い‥‥‥‥。

「陽子、終わったって! どういうことだいったい? 目を開けて、出ていいって!〉
いきなりマゼランの声が聞こえました。うそ。もう終わったの? あ、麻酔が覚めたとこ? ぜんぜん判らなかった。それに出ろって言われても、パッキングがぎゅうぎゅう詰めで‥‥。

わたわたしてたらパッキングごとカプセルの外に引っ張り出されました。
「陽子!」
あたしを支えてくれてるのはマゼラン。でもマゼランもわけのわからないって顔をしてます。え、やだ、マゼランがそんな顔になるほど姿が変わってる? でも‥あたし、入ったカプセルから出た‥‥だけ?

「陽子‥‥。見てごらん、君の姿‥‥‥!」
あたしをきちんと立たせて翻訳ペンダントをかけてくれながら、マゼランがそう言いました。見るとあたしの周り、ふわふわで真っ白で‥‥なんてきれいなパッキング材‥‥
「鏡、見てごらん」
そういって左側を示したマゼランはもう完全に微笑んでいます。大きな鏡の中‥‥真っ白なドレスを着たあたしが映ってました。上半身はサテンみたいに艶のある生地でレースとも羽ともつかないフリルがたくさん。ウエストは細く絞ってあるのに、スカートは透けるような生地が何重にもふわふわ膨らんでます。髪にも羽根のようなふわふわの飾り。ヴェールは無いんですが、肩から淡いシルバーブルーの艶のある布地が背中に長く伸びて、肩には赤い飾り。マゼランのマントと似たモチーフになっています。
「‥‥これ‥‥。ウェディング・ドレス‥‥?」

〈貴女の惑星ではパートナーと結ばれる時、白いドレスを着るんでしょう? 資料だけでデザインしたけど、良かったわ。よく似合ってる!〉
〈愛しい妻よ。お前の選択は常に正しい。なんとも素晴らしくも可愛らしいじゃないか!〉
離脱してしまったライト博士がテーブルの上で手を叩いています。

「あの‥‥。身体を変えるって‥‥いうのは‥‥」
〈ちょっと君の覚悟を試させてもらっただけじゃよ。まあ受けてくれるとは思ったが。あっちのは3次元アウターで出力して、ばれないように金属の欠片を入れたただの人形〉
〈博士!!〉
大声出したのはマゼランで、あたしはもう、言葉もありません。
〈驚かせてすみませんでしたね、ヨーコ。でもビメイダーと共に生きるなら、いつかこういう選択をする事もあるでしょう。この覚悟があると分かっているなら、万が一貴方の身体が酷い損傷を受けた場合、マゼランの選択肢も増えるということです〉


〈しかしだ。身体を変えるならもう少し成長してからのほうがいいと思うぞ、マゼラン〉
"ラスカル"ライト博士がマゼランにそう言います。
「なぜですか? や、やはり、身体にかかる負担が大きいと‥‥」

〈いやその、服を着てるときはわからなかったが、ヨーコの身体がな‥‥。お前やオーディが集めたデータによれば、あの惑星の女性というのは、胸や腰がこう、もう少し大きく、柔らかそうになるはず‥‥‥‥いててててて!!〉
〈貴方っ! その発言は尊敬できません!!!〉
ライプ博士にまたまた耳を引っ張られた博士は‥‥もう知りません! どーせあたしはチビで胸がないですよっ!! 友達と比べて密かに気にしてたのに、宇宙の人まで言わなくたっていいじゃない! ママが細くて小さい人で、似ちゃったのよ、あたしのせいじゃないのよ〜〜〜(泣)

〈いや、妻よ! あくまで学術的な見解で、いやらしい意味では‥‥〉
〈そうは思えません!〉
まだ言い合いしてるライプライト博士を見てハアッと大きなため息をついたマゼランが、あたしに向かってごめん、という風に両手を合わせます。あたしはもう恥ずかしくて、真っ赤な顔のまま俯いてしまいました。

と、マゼランの腕が背中から回ってきて、耳元で声がしました。
「すごく、きれいだ‥‥」
「‥‥ほんと‥‥?」
好きって言われたことは沢山ありますけど、きれいって言われたの初めてで‥‥。
「なんか、変な気持ちだ。‥‥君の所有権を主張したい気分。理不尽だ。君は自然人なのに‥‥」
「そう言われるの、なんか嬉しい」
「そうなの?」
「あたしのこと、すごく大事ってことだよね?」
「ああ」


〈ほーら、大成功だ〉
落ち着いたライト博士の声がして、見たら博士、ちゃんと奥さんに捕まって、定位置です。もう、本当に困った博士たち。
〈貴方たちに会いたいという人が到着する頃です。そのまま行っていいですよ〉
〈会いたい人‥‥?〉
マゼランがそう聞き直したところで、信号音がしてライプ博士が何か押して応えました。
〈どうぞ〉

部屋に入ってきたのはアタカマさんでした。
〈お客人をロビーに通しました〉
〈こちらも終わりましたよ。案内してあげてくださいな。終わったらまたここで。あ、夕食はルチルも呼んで一緒にお祝いにしましょう〉
〈はい。ルチルが張り切って用意していますよ。じゃあマゼラン、ヨーコ、こっちだ〉

マゼランがライプライト博士の前に進み出ました。
〈色々と本当にありがとうございました。博士〉
〈いやいや、私も嬉しかったよ〉
〈たまにはヨーコを連れて帰ってきてください〉
〈はい〉
マゼランがちょっと眩しそうに、ライプライト博士を見上げます。
〈その‥‥僕は今まで、ボディその他の修復や何か教えて頂いた時しか、博士にお礼を言った事がありませんでした。でも‥‥自分の経験を認識しなおすのは、まだ不思議な感じですが‥‥博士やオーディが僕をずっと大事に思ってくれてた事を、今日、初めて理解して‥‥。それをとても嬉しく感じました。僕をこの世に生み出し、ずっと見守っていて下さったことに心から感謝しています〉

ライプ博士の顔がふっと崩れ、右下の手でマゼランの腕を掴んで引き上げて抱き寄せます。ライト博士も、ぽんぽんとマゼランの肩を叩いて言いました。
〈"生きて"いけ。思うままに〉
〈はい〉

なんだかあたしまで泣きそうでした。これを親子のような‥‥と言ったら、それは地球人の押しつけなんでしょう。この誇らしくも満ち足りた関係に行き着いたのは、覚醒した一人のビメイダーと、それを愛情を持って作りあげた人達である。それが正しい表現だと思います。


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 8)
でも、半年前のマゼラン‥‥。姿はこのマゼランとまったく同じで、あたしのことを全然知らない人。もし会っていたら、きっとあたしはその人に"この"マゼランを助けてとお願いしたんだと思います。双子なら話は簡単だけど両方本人だから色々とやっかいな事に‥‥‥‥。良かった、そんな辛いことにならなくて。

「それでマゼランは、半年前のマゼランになんて書いたの?」
お話の続きをねだります。
〈君をフリッターに乗せてゲイザーに逃がしてる可能性が一番高いと思ってたから、君を安全に地表に返して欲しい。君が困らないように、怖がらないようにして欲しい。陽子は僕の大事な人だ‥‥と言い始めて、気づいたんだよ。過去の僕には、この言葉の意味が分からないってことに〉
「え?」

〈スタージャッジは担当惑星の住人にはできるだけ被害が及ばないようにする規則になってる。だから住人である君は大事だ。そういう意味でしか昔の僕には理解できなかった。彼は僕のメッセージを見ても、ただ事件に巻き込んでしまった人として、優しく丁重に、でも機械的に、君の記憶を消して、君を地表に返したんだろう〉
マゼランが少し顔を上げて、どこを見ているかわからない眼差しになりました。
〈僕は沢山のことをインプットされて生まれたし、地球に来てからも次々と情報や知識を得て、それを忘れることがない。何か命令されれば、その目的を達成するためにどうすればいいか何通りも考えて計算して、可能性の高い道を選ぶことができる。でも‥‥自分が何かを好きだとか嫌いとか、こうしたいとか、こうすべきだとか、そんなこと考えたこともなかった。考えようとも思わなかった。ずっとそうだったんだよ〉

味はわかるけど、美味しいという感覚はわからない‥‥。
今までこの人が口にしたいくつかの小さな違和感を、全部串刺しに説明してくれてるみたいでした。でもそれは"地球でママから生まれたあたし"が感じる違和感なんだってことも忘れちゃいけません。

〈君が好きだ。君と一緒に居たい。君に生きてて欲しい。どれだけ命令違反でも君を助けたい。そういった僕の気持ちが‥‥たった半年前の、同じ自分に伝えられない。君と会ってほんとに変わったんだって思った。僕には陽子が居た。でも過去の僕には誰も居ない。それで"大事なかけがえのない人"って概念を説明するのは難しいことだもの〉

「うん‥‥なんとなくは判りました。でも、やっぱりマゼランは、自分で変わったんだと思うの」
〈え?〉
「今ね、マゼランという地面から自由人っていう芽が出てきて、みんなが『自由人だ!』ってわかったとこなのよ。でもマゼランの中にあったタネはもっと前から水分や栄養を探して根を伸ばしてたんじゃない? そこにたまたまあたしが来て、ちょっとお日様にあてただけ。違いますか?」
あたしはマゼランから博士たちに視線を移しました。ライプライト博士お二人がにこにこして聞いてるのがわかったからです。
〈ヨーコはたとえがうまいな。先ほどの酔っ払いの話といい〉
マゼランは考え込んでます。
〈そうか‥‥。ここ何十年か、ずっとモヤモヤしてたのは、それだったのかな‥‥〉
「だから最初に戻るんです。普通に生まれてくる人も最初は何にもできなくてタネのままで、それでも自由人なんだから、ビメイダーの人たちも、生まれた時から自由人じゃ、なんでダメなんですか?」

〈この宇宙という"社会"を成り立たせるためには、自然人では耐えられない"非人間的"な職務がどうしても必要なのだが、そこを担うビメイダーに人権があると色々とやりにくいという自然人のエゴがまず存在する。だが一番大きな理由は、生まれたばかりのビメイダーにはヨーコの言うタネ、つまり意志が無いのだよ。身体と頭脳は製造者が作る。だが"意志"は当のビメイダー本人にしか作れない。もし生まれた時から意志を持ったビメイダーが居たら、その意志はあくまで製造者の意志であり本人のものではない。そうならないかね?〉
「あ‥‥!」

〈自由人とは"自らの意志を持って自分の行動を決めていく者"だ。自然人は自己存続欲求が最初の意志になるが、ビメイダーは安全面からそういった欲求は組み込まれないし、初期データもランダムで恣意を持たない物に制限されている。
 民生用はさておき、連合所属のビメイダーの任務は自然人から見ると過酷だ。長い期間孤独に任務を遂行し続けるスタージャッジ、一切のミスや感情による揺らぎが許されない特殊行動、極めて凄惨な状態での救助活動、帰れる可能性の低い宇宙探査などだ。だから彼らは疑問や感情を持たず淡々と任務をこなすように設計されるから、意志を作り上げるのにかなりの時間が必要になる〉

あたしはなんだか泣きそうになってきました。地球のような惑星をわざわざ守ってくれるなんて、宇宙は優しいと思ってたけど、陰でたくさんのビメイダーが苦労してるのでは‥‥。みんな友達も作っちゃいけないまま、ずっと遠くの星で‥‥。
「過酷な任務‥‥。マゼランも、ずっと独りぼっちで‥‥」

〈でも、それを淋しいと思う感情は無かったんだよ、長いこと〉
マゼランが淡く微笑みます。
〈自由人じゃなかったから、深く考えないでひたすらに法律を守っていられた。それであの惑星を守れた。それはそれで良かったんだよ。だからむしろ‥‥これからスタージャッジをやっていく事に不安を感じてる。マリスの言う通り、地球で不治の病で死んでいく人たちを、僕が見殺しにしてるのは事実だ。ここでもし君のお父さんが病気になったら? 君が嘆き悲しんだら‥‥僕はそれをただ見てられないかもしれない。でも君のお父さんを助けて他の人を助けないのは正しいことなの? 君や"光の羽根"を助けたくて動いた事も、もし地球にもっと大きな被害が出てたら‥‥〉

マゼランの言葉は淡々としてますが、それはこの人が押し隠してきた不安。マゼランのお仕事はきっと原則を崩したらどんどん崩れちゃう。でも法律通りにちゃんとやると辛いことを見なきゃいけなくて‥‥。
「それでも‥‥選ぶしかない‥‥。やらなきゃって思うこと‥‥。パパが病気だったら‥‥あたし、がまんしなきゃ‥‥。マゼランを揺らがせないように‥‥」

マゼランがにっこり笑ってあたしの頭に手を置きました。
〈そうだ。君はずっとそうだった。どんなに怖くても自分の思ったことを言い、やろうと決めたことをやって、それが今につながってる。だから僕も君と歩きながら、今しばらくはスタージャッジをやってく道を選ぶ。悩んで苦しんで、本部や君の意見を聞いても、僕は自分で答えを出す。だから君は、ありのままの僕を見て、聞きたいことを聞いて、思ったことをそのまま言って。僕もそうするから。こういったこと全部が、自由人として生きるってことなんだと思う〉

あたしは黙って頷きました。マゼランが凜々しく見えたのは、制服のせいだけじゃなかったんです。色んな想いを乗り越えて、色んな覚悟を決めて、自由人として、ここにいる‥‥。
自由って‥‥、自由人って‥‥なんて大変なの‥‥。

「あたし‥‥日本に来たの‥‥どうしてもやりたい事があったわけじゃないの。口うるさいパパからちょっと離れて好きにしてみたいとか、ママの国で生活してみたいとか、そんなことだったの。それが自由にするってことだと思ってた。でも結局、おじいちゃんやおばあちゃんのことや、パパの仕送りもアテにしてるし‥‥。あたし、これでもちゃんとした自由人だったの? マゼラン達と比べて気楽すぎない? なんかずるくない?」

〈ん? 翻訳がうまくできなかったようだ。ヨーコは何を言いたかったのかな?〉
ライト博士がそう言います。ああ、宇宙には今のあたしみたいな状態、あんまり無いのかも。マゼランがフォローしてくれます。
〈陽子の星には巣立ちの練習期間があるんですよ。陽子はその期間なんです。それで‥‥〉
「あたし、確かに自然人ですけど、ちゃんとした自由人じゃないと思って。親や親戚に甘えてばっかりで‥‥」

ライト博士が片方の眉を上げて笑います。
〈まあ、年齢相応の自由人になっていない自然人はたくさんいるように思うがね〉
ライプ博士が優しく微笑んで言いました。
〈でもね、ヨーコ。貴女が中途半端だったから、0079のきっかけになれたのだとわたくしは分析しています〉
「どういうことですか?」
〈大人の理解力と子供の無邪気さ。大人の実行力と子供の無謀さ。大人の愛情と子供の一途さ。過渡期が長いが故に、両方を併せ持った状態でいられるからです〉
「そういうもの‥‥なのかな‥‥」

〈ただ分析の結果から見るに、ヨーコは少々無鉄砲に過ぎると思います。これはこの人種の平均的な状況なのですか?〉
ライプ博士の質問にマゼランが笑い出しました。
〈いいえ。陽子はかなり‥‥平均から2σのあたりにいるかと〉
宇宙でも正規分布は絶対あるよね。でもって±2σで95%。ちょっと待ってよ、あたしの無鉄砲って上位2.5%!?
「いくらなんでもそんな外れてないよ!」
〈なるほど。わたくしの尊敬すべき夫のように、ですね〉
「もしもし、納得しないでくださーい!」
〈こらこら、愛しき妻よ、そのたとえは‥‥〉
〈極めて的確な表現と思います。たぶん二人とも同じくらい逸脱してますね〉
「違います!」〈違うだろう!〉
マゼランとライプ博士はうんうんとわかり合ってますが、あたしとライト博士は必死で言い訳。全くもう。あたし、ラスカル博士みたいないたずら小僧じゃ無いもん!

さんざん笑ったマゼランが言いました。
〈でもまあ結局のとこ、僕が自由人になったのは単なる偶然の産物ですね。たまたま陽子が僕の隣に引っ越してきて、エネルギーボードを間違えて食べるなんてあり得ないことをやってくれて‥‥〉

ライト博士が一転して厳かな顔になり、深い声で言いました。
〈《必然は偶然の顔をしてやってくる》〉
〈え?〉
〈起こるべき事柄は、偶然に見える出来事を立て続けに引き起こしながら、結局のところ起こるのだ。君が2σの娘と会い、すぐにポーチャーコンビが飛び込んできて、それがマリスに飛び火するといった具合にな。生起予想論で未だ解明できない世の不思議だ〉

必然は偶然の顔をしてやってくる‥‥か。
自分に限って絶対一目惚れは無い、と思ってたあたしが、いきなりマゼランを好きになっちゃったのも、やっぱり運命だったんですね。


と、ライト博士が、ぽん、と手をたたきました。
〈さて、これであとはヨーコの身体を乗せ換えれば全て終了だな〉
「え‥‥?」
〈いやだな。今度はなんのたとえですか、博士?〉

〈たとえや冗談ではないよ、マゼラン。ヨーコはビメイダーの伴侶になるのだ。生体のままでは成り立たん〉
〈ボディはもう用意できていますよ。外見はまったく変わりません〉
ライプ博士が何かを操作すると、壁の一部がすっと開いて、地球人が一人ようやくはいれるくらいのカプセルが二つ出てきました。上の部分に透明なところがあって、右手のカプセルからマネキンのような人形の姿が‥‥。その顔を見てあたしはびくんとして、立ち上がりました。目を閉じてますが、これ‥‥あたしとそっくりです。
マゼランが立ちあがって、たぶん殆ど無意識に、あたしを背中に回しました。
〈待ってください。どうして‥‥。そんな話聞いてない。なんで陽子の身体を変えなきゃいけないんですか!?〉
〈おかしなことを言うな。お前はビメイダーだ。その身体は半永久的に持つだろう。だがヨーコの身体はそうはいかん。だからそういう身体に移ってもらわねばならん〉

〈そんなのダメです! 陽子の寿命が僕よりずっと短いのはわかってる。僕は陽子が生きてる間、一緒に居られればそれでいい。そんなのもう、僕が一番よくわかってるんだ!〉
〈スタージャッジの貴方と一緒に居れば、またどういう事件に巻き込まれるかわかりません。生体としてのヨーコの身体は決して強靭ではない。規定に合わせてサイボーグ化するのはヨーコのためでもあります〉
〈僕が守る。もうあんなこと‥‥。陽子をあんな目に絶対逢わせない。だからそんなバカなことは‥‥〉

「‥‥いいです。あの‥‥あたし、身体‥‥変えます‥‥」
「陽子!」
マゼランがあたしの腕を痛いほど掴んで、揺さぶりました。
「何言ってんだ! あれは全部機械と人工細胞なんだぞ。君の身体‥‥自然が生み出したこの身体。君のお母さんが命と引き換えにしたこの身体、あっさり捨てる気か!」

「マゼラン‥‥。あたしが自然人の身体じゃなくなるの、いやなの?」
「そういう意味じゃない! そんなわけあるか、怒るぞ! お父さんや清子さんや大堂さんのこと考えろ! どう言うつもりだ? みんな悲しむ‥‥俺と一緒になるからって、あの人たちを‥‥君をずっと大事に思ってくれてた人たちを悲しませるわけにいかないだろう?」
「あたしが一緒に生きてくの貴方なのよ? パパたちじゃない。黙ってれば大丈夫よ。みんなマゼランの事だって普通の人と同じだと思ってるもの」
「だからって!」

「聞いて、マゼラン。あたし、青と緑の人の時も、白い人の時も‥‥これでもう死んじゃうんだって、何度も思ったんだよ。それでもここに来たんだよ」
「‥‥‥‥陽子っ」
「いきなり言われたからびっくりしたし‥‥ちょっと怖いけど‥‥でも、怪我してもすぐ治って、マゼランに心配かけないで済むなら、そのほうがいい。マゼランともっと長く一緒に居られるなら、その方がいいよ」
「でも!」
「マゼランはあたしと関わって自由人になって、いいこともあったけど辛くなったこともあった。あたしがあの身体になるのも同じよ。いいこともあれば辛いこともあると思う。でもそれが道理でしょ? それに身体のことなんかどうでもいいぐらい覚悟しなきゃいけないことがあったんだって、わかったもの」
「え‥‥?」

「マゼランがスタージャッジとして、厳しい決断をしなきゃいけないことがあっても、あたしはそれに付いていく。さっきパパの例を出したけど‥‥。あたしは地球人だから時にはマゼランよりもっと悲しくなるかもしれなくて、それでも貴方と一緒に生きていく。それって身体のことより、怖いことじゃない?」
「‥‥それは‥‥」

「それにこれ、あたしが選ぶことで、マゼランが決めることじゃないでしょう? 貴方に答えてほしいのはこれ。あたしが作り物の身体になっても、ちゃんと好きでいてくれる?」
「‥‥もちろんだ。もちろんだよ! 当たり前だろ!」
「ありがとう。それなら大丈夫」


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 10) (END)
アタカマさんに案内された待合室のドアを開けると、2mぐらいの人が部屋の奥にある粒子挙動シミュレーションを見てました。身体にぴったりした鮮やかなイエローのジャケット。サブリナ丈よりちょっと短めの黒いパンツから、すごくきれいな長い足。オレンジと金色がメッシュになったような長い髪を、ショールみたいに肩にふわっと巻いてます。腰に左手を当てたポーズといい、地球だったら派手な女スパイかキャリアウーマンって感じです。で、その人がゆっくりとこちらに向き直りました。

〈‥‥ラ、バード‥‥か?〉
〈生きていて何よりだ、スタージャッジ。その格好を見るのも久しぶりだ〉
ぎょろっとした大きな目で小首をかしげたラバードさんがそう言いました。マゼランが大股でラバードさんに近寄ります。
〈‥‥こんな所まで、会いに来てくれたのか?〉
〈いや、ついでだ。誰がお前の顔なんか、見に来るか〉

ラバードさんはにやっと笑うと、マゼランの額をぱちんとはじきました。
〈無事、自由人になったようだな〉
〈ああ。色々世話になっちまって‥‥。あんた‥‥最初から、わかってたんだな‥‥〉
〈わかってたわけじゃないさ。ただヨーコがお前についてコンテナに乗り込んできた時、こいつはお前にとっての"必然"じゃないかとふと思った。そうしたらそのあとすぐに十分すぎる"偶然"が起きてくれて、確信しただけだ〉

アタカマさんがあたしにちょっと目顔で挨拶するとドアを閉めて出て行きました。ラバードさんが近づいてきて、あたしの頭に手を置きます。
〈友達を通り越して、パートナーになったな。予想はしていたが、よくやった〉
ラバードさんの手を取って両手で包み、ラバードさんの顔をまっすぐに見上げて言いました。
「はい。‥‥ラバードさんのおかげです。踏み出す勇気くれたから‥‥。本当にありがとう」

〈その服は何か特別なものなのか?〉
「結婚するときに着る地球のドレスで、博士が作ってくれたんです」
〈そうか。似合ってるぞ〉
「ありがとう‥‥。あの‥‥ラバードさんも、普段はそういう格好なの? すごく素敵ですよ」
〈それそれ。いったいどうしちゃったんだ、ラバード?〉
〈いや、こっちも色々あってな〉
ラバードさんが椅子に戻り、あたしとマゼランも向かい合わせに座りました。

〈マリスにやられたカミオの友人というのが、例のアミューズメント・プランツの開発者でな。命はとりとめたが普通の生活に戻れるまでにはもう少しかかりそうなんだよ。それでしばらくこっちを手伝おうと思ってる。プランツの販売のためには会社も作らなきゃならんだろうし。あいつは研究者としては一流だが、そっちのほうはからっきしだし、他のカミオ人を共同経営者にするのはなんとも心配だ。ということで、わたしがやることにした〉
「じゃあラバードさん、あの夢の木の会社の副社長さんになるのね?」
〈厳密に言えば‥‥‥‥社長夫人兼副社長になる‥‥予定だ〉

「きゃああっ! ラバードさんっっっ!!」
〈フラーメみたいに騒ぐなっっ〉
〈良かった‥‥。良かったな、ラバード!〉
「おめでとうございます! わーいわーい!!!」
〈おとなしく席に座ってろ!〉
ラバードさんの髪がふわっと浮き上がりかけたので、あたしは慌てて席につきました。

〈それでだ。その件についても、スタージャッジ、お前がらみで色々あってな〉
〈なんで? ああ、アミューズメント・プランツを公開技術にしないでやったからか?〉
〈‥‥今度あんなこと言ったら、ぎったぎったにしてやるぞ!〉
マゼランってラバードさんと話してる時が一番楽しそう。すごくのびのびしてる気がします。

〈お前、無神経にもプランツの芽をクライリー電送でここに送ったろうが〉
〈ああ。どうせあんたのだし、多少塩基配列がずれても巨大怪獣にはならんだろうと‥‥〉
〈‥‥お前の心根はよくわかった‥‥いや、前から判ってるが。で、戻してよこした奴がな、初めて種子をつけた。それまでどうしても種の固定ができなくて、種子自体に色々操作した上、途中まで育ててみないとどうなるかわからず苦労してたんだ。で、調べていったところ電送で配列の狂った部分がキーファクターだった。おかげでアミューズメント・プランツの量産に光明が見えてきたというわけだ〉
〈それで事業を起こす道ができ、一方でマリスのために恋人がケガをして、結婚に踏み切った‥‥〉
〈そうだ〉
〈あんたにも‥‥偶然の顔をした必然が来たんだな〉
〈そのようだな〉

マゼランが口元にだけ笑みを貼り付けたまま、呟くように言いました。
〈陽子と一緒に居ようと決めた時、僕はあんたの事を思い出した。愛すること、愛されることを知った上での3000年の孤独をどうやって越えたのかと‥‥。僕は今までは孤独の意味を本当には分かってなかった。でも‥‥陽子と共に歩み、陽子が寿命を迎えたあと、自分はどうなるんだろうって‥‥〉
〈考えて、怖かったか〉
〈ああ〉
〈それでもこの道を選んだのはなぜだ?〉
〈選んだというか‥‥。陽子と別れる道なんて、あの時の俺には見えなかったんだ〉
〈そうだろうな。人は"今現在"しか生きられない。未来やましてや過去に生きるなんて無理だからな、その瞬間、その瞬間を生きていくしか無いんだ。まあわたしは、最初からアーリーの物として作られた民生品だったから、お前のような選択を迫られることはなかったが‥‥〉

ラバードさんが背もたれに身体を預けて、天井を見上げました。
〈アーリーは自然主義者だったから、病で死ぬならそれを受け入れる主義で、ボディを換えるなど絶対にしないことはお互いよく判っていた。そして前に話したように、わたしが自由人になったのは彼の死病がわかってから‥‥というより、わかったから覚醒したのだと思う〉
〈自然主義者が‥‥よくあんたを‥‥〉
〈アーリーに言わせれば、わたしも"自然"なんだそうだ。彼は一般的な巨視的な意味での自然に惹かれると同時に、あのつぶつぶゲーム的な"系"のもたらす現象にも惹かれていたから〉
ラバードさんが粒子挙動シミュレーションのインテリアをくいっと顎で示しました。

〈アーリーが死んで、自分も消滅したいと思ったことは何度もあった。でも彼がやり残したことがまだあって、彼の仲間とそれに追われてるうちに気づいた。アーリーの代理ではなく、自分もそうしたいと思っているのだと‥‥。アーリーの仲間は、既にわたしの仲間だったんだと‥‥。
 つぶつぶゲーム的に言えば、アーリーは消えてしまったパターンじゃない。わたしというパターンを動かすルールとしてわたしの中に入り込んでしまったんだ。だからアーリーのために生きようと思う事もやめた。生命が生きることで遺伝子は伝わっていくが、自然人は遺伝子を残すために生きてるわけじゃない。とはいえ‥‥〉

ラバードさんがあたしとマゼランを見比べて、にやっと笑いました。
〈これはわたしとアーリーの一例だ。お前達はお前達のパターンを描くしか無いのさ。ヨーコがどういう道を選ぶかでまた話は変わるわけだし、ヨーコがお前に愛想を尽かして出てくかもしれんしな〉
〈ええええっ!?〉
「そんなことしないってば、ラバードさんっっっ!!!」
ラバードさんったら、また大笑いしてます。
〈しばらくは地球でお前をからかえないかと思うと、つい、な〉
〈しばらくじゃなくて、永久にカミオに居ろ!〉
悪態をついてるマゼランも笑ってます。

「ねえ、マゼラン、今晩お夕食一緒にって博士が仰ってたでしょう? ラバードさんを呼んじゃダメ‥‥」
〈勘弁してくれ。役人は手続きで付き合う奴だけで十分だ〉
ラバードさんが立ち上がります。
〈じゃあわたしは行くぞ。まだやることが色々あるからな〉

「あ‥‥。ラバードさん、地球にはもう来ないの? もう、会えないの?」
〈アミューズメント・プランツのデモ・パークが出来たら招待状を送ってやる。お前に"だけ"な〉
あたしに、ばちん、とウインクしたラバードさんがドアに向かいます。マゼランももうそっちに立ってました。
〈がんばれよ、ラバード〉
〈坊やもだ。最初は慣れない事も多いだろうが、時間はいやになるほどある〉
ラバードさんがさっきあたしにやったみたいに、マゼランの頭をぽんぽんと叩こうとしました。それをマゼランの掌が受け止めます。ラバードさんの大きな目がもっと大きくなりました。

マゼランが手首を回すようにして自分の手を前に持ってきます。上向けたマゼランの掌。その上にラバードさんの掌が重なって‥‥。マゼランからラバードさんへの、尊敬と感謝のサイン‥‥。

マゼランはにっこり笑うと、ラバードさんの手をぽんと跳ね上げるようにして手を降ろしました。
〈また、会おう〉
ラバードさんがにっと笑って応じます。
〈そうだな〉

マゼランがドアを開け、みんな廊下に出ます。あたしはもう一度お辞儀をして、マゼランは軽い敬礼もどき。あたしたちを見たラバードさんはちょっと小首をかしげて笑みを浮かべると、くるりと振り返ると出口の方に歩いて行きました。
「会えて良かったね」
「うん。変な話だけど、あいつに一番会いたいと思ってた」
「ラバードさん、マゼランの友達だよね」
「ああ」

と、マゼランがあたしを見て、いたずらっぽく笑いました。
「ねえ、陽子・ジョーダン。貴女は僕に愛想を尽かす前に、なんでも僕と話して、状況を回避する対策をとることを誓いますか?」
思わず吹き出しちゃいました。
「なに‥‥、それ‥‥っ! 誓います! 文句でもなんでもちゃんと言うわ! マゼランこそ、大事なところであたしの翻訳機とったりしないって約束する? あたしに心配かける勇気を持つって約束できるの?」

そうです。この前の事件の時、この人、自分が死んじゃうかもしれないのに、あたしに隠してたんです。ばれないようにバレッタとりあげたりして‥‥。マゼランが、うっと詰まりました。
「ご‥‥ごめん。‥‥もうあんなことしません。約束します」
「貴方が行くべき場所ならば、地球から何万光年離れたところへも、あたしを連れて行くって誓いますか?」

マゼランが大きく息を吸って、長く吐き出しました。
柔らかく微笑んで、それがとびっきりの笑顔になっていきます。
「誓います」
あたしの両脇に大きな手が添えられて、あたしの身体が宙高くに持ち上げられました。

「どんな時も、どんな事柄も、どんな空間も、君と分かち合って生きていくことを、僕は誓います」
あたしを見上げるマゼランの顔は、優しく、嬉しそうで、同時にとても真摯なものでした。それが涙でにじんでいきます。
「あたしも‥‥誓います。いつも貴方と一緒にいます」
次の瞬間、あたしは彼の胸の中にいて、ぎゅっと抱きしめられていました。


それぞれに。時にためらいなく、時にとまどいながら、選んできた道が、不思議に重なりあってここまで来ました。この人の幸せが自分の幸せであることも、この人があたしの幸せをいつも考えてくれることも、怖いことや苦しいことすら満ち足りた想いに続くことも、そしてそれが未来へずっと続いていくことも、あたしは知っています。

なぜなら、あたしがそう生きるから。
マゼランがそう生きるから。

あたしは、この人と共に、生きていきます。


     (完)


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 (あとがき)
「スタージャッジは惑星の自然な進化を守るんだ」
と、長谷川裕一少年(今の私の年齢だと高校生は十分に少年)が言ったとき、「平和じゃなくて進化を守るんだ。面白い事を言う人だなぁ」とまだ少女(笑)だった私は思ったのです。

たとえば怪獣が暴れたとして、それが宇宙人の先兵だったら対応してくれるけど、地球在住怪獣だったらスタージャッジは対応できません。当時はそんなヘビーな話をした記憶は無いですし、私としてもその話を書く勇気はございませんが。
実は先日お会いした時にこの話題を振ったところ、先輩、当時からそのシチュエーションも漠然と考えていたそうです。宇宙に連れて行ってなんとかごまかして倒すのかなぁとか‥‥。ひえええ。私が悪うございました。

さて、マゼランのコード「0079」というのは元のアニメのままです。「本部」の具体的な設定があったかどうか定かではありませんが、オーソライズされた機関に所属しているイメージだったんです。光の国の方々はある意味で私的なので、昔の自分達に似てるって理由でえこひいきして人類を守って下さっても問題は発生しませんが、公的機関でそれはマズイ。たぶん全宇宙的にこんな調子でやってるんだろうなぁと考えると、これはこれで大変です。

そういった事に加えて人工知能における意思とは何かとか、多少真面目に考えた結果が第3話とエピローグです。境界条件を満たすもう少しおおざっぱでおおらかな解法が見つかると良かったのですが、済みません、私の限界です。その上、せいぜい5章ぐらいで片付けようとしてたエピローグが、複雑系やらシンクロニシティやら言語学やら趣味丸出しになってきて、会社人としての経験なども加わってどんどん長くなってしまいまして。
で、一度投稿してから読み直して、エピローグなのに長すぎるかなと思いまして、途中を多少削除した短縮版をこちらにはアップしています。ただ長谷川先生含めロングのほうがいいという有り難いコメントを頂きましたので、HTMLは元々の版(ロングバージョン)にしております。

ちなみにロングバージョンで出てくる叡智論は、かなり古い話になりますが、主人のとても尊敬していた上司の方が「エスカレーションと叡智」というコラムを某雑誌に寄稿されたことがあり、それが大変印象に残るものだったのでそこから頂きました。
子供の頃は、単純に科学の発展=進んだ世界と思っておりましたが、さすがにそうはいかないことが判ってきました。なので、嘘でもいいから叡智に満ちた世界がないかなぁということで。

さて、お話を書くときの人称は重要で、一人称だと感情移入させやすくはなりますが、主体の経験や知識しか書けません。だから一人称で書けないことも多いですよね。どっちでもいい時は冒頭の文章がどっちで浮かんでくるかで決めるのですが、一人称で書き始めて先を考えて行ったら書けなくなることがわかって、三人称に戻したことも過去二回ほどありました。
スタージャッジはアニメに沿って書くつもりで三人称で書き始めました。でもなぜかマゼラン視点の文章ばかり浮かんでくる。「いやでも一人称にしたら行き詰まるから!」と思って、無理矢理書いていたのですが‥‥衝動が抑えきれず、陽子が登場する直前ぐらいまで三人称で書いてた物を全部書き直して今回のようになりました。三人称から一人称に方向転換した経験は無かったので、ちょっと不思議な気分でしたし、それが「陽子視点の続きを書きたい。なら締めはマゼラン視点にして、エピローグにちょっとだけ陽子視点を‥‥」と膨らむきっかけになったので、判らないものです。
試しに今三人称でこの二人を書いてみたらどうなるんだろうと、ちょっと興味がわいているのも事実ですが、とりあえずはスタージャッジ・ノベライズ、これを持ちまして完結とさせていただきます。



|2013.04.27 Saturday by 富澤かおる| comments(3) | 戻る |
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