サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 7)信頼
マリスは俯いた。肩が震えだしたと思ったらいきなり仰向いて哄笑した。
「友達だって‥‥? 正気? こいつがどういう奴か知ってるの?」
「地球に来た悪い人を追い出すために、ずっと一人でがんばってくれてる人よ」
「"いい人"も追い出しちゃうんだよ? この星に役に立つことを教えに来た連中だって追い出すんだよ、こいつら」
「やりたいことは自分でやんなきゃダメだからよ。地球人が自分で考えないとダメなの。それに悪い人がいい人のふりして来ることだって、いっぱいあるもの!」

「スタージャッジはね、星の住人のことなんかこれっぽっちも考えてないよ。よそから入ってくる奴を追っ払うためなら、住人なんか多少死んだっていいと思ってるんだ」
「そんなことない! そりゃあ誰かが死んじゃったこともあるかもしれないよ。でもそのたびに、マゼランは苦しかったんだよ。それでも一人でお仕事しなきゃいけなくて‥‥。なのにそんなひどいこと言わないでよっ」
陽子は頬を紅潮させ、少し涙ぐんだ瞳でマリスを見据えている。スタージャッジがどういうものか殆ど知らないのに、陽子は戸惑いもせずに僕を擁護しようとしていた。僕は英語と標準語の激しいやりとりを、ただ唖然と聞いている。

過去、僕の作戦行動の巻き添えで死んだ人や動物は確かにいる。もちろん好んでそうしたわけじゃない。命令を守ることや、より大きな益を取るための取捨選択の結果、そうなった。その時感じたものが、陽子の言うような「苦しかった」ってことになるのか、正直僕にはよくわからない。

最初のころはただ言われた通りに任務をこなしていただけだ。そのうち何者かの命が失われるようなトラブルがあると、身体が軋んで、膨大なデータを放り込まれたような重さが頭の中に生ずるようになった。もちろんそれはすぐに元に戻り、あとに引くことはない。そういったことを誰かに聞いて欲しいとも思ったが、それは報告すべき「事実」とも違う気がして、だからそれらのことは、ただ取り出したくない記憶として僕の中に蓄積されている。

でも今は違う。誰かが死んだら、きっと僕は苦しい。命を止められた個体が体験する苦しみも、それを愛する者に生ずる苦しみも、今の僕には予想できる。それは、もし陽子を失ったら‥‥と仮定すれば、簡単にわかることだ。

「お姉ちゃん、もしかしてこいつに洗脳でもされた?」
「マゼランがそんなことする訳ないでしょ?」
「じゃあ、本当にお姉ちゃんの意思でこいつと付き合ってるってワケ?」
「そうよ。あたしはマゼランの友達になったの」
「そう‥‥。お姉ちゃん、その言葉の意味、わかってる?」
「え?」
マリスが薄い唇の両端をにやりと吊り上げた。
「この島を沈めるより、お姉ちゃんを殺した方がボクの目的には合うってことだ」

息を呑んで身体を硬くした陽子を背中に回して、僕はマリスを睨み付けた。
「そんなこと、させると思うか」
奴はせせら笑った。
「ほーら、正解。その子が死んだら、キミがどんな顔するか、楽しみだよ」

「どうして?」
陽子が僕の腕を押さえて言った。
「どうしてそんなにマゼランが憎いの? 貴方、今日初めてマゼランと会ったんでしょう? なのに、おかしいよ。そんなの、何か、おかしいよ」

マリスは僕らに向き直り、両腕を広げた。
「いいかい、お姉ちゃん。今この星でも、この星の医学じゃ治らない病気の人がいるだろ? でもそれ、他の星の進んだ科学が入ってくればあっさり治せるかもしれないんだ。でもこいつが‥‥スタージャッジがいるから、絶対そうはならない」
「それは‥‥そうかもしれないけど‥‥」

「ボクはね、生まれつきの病気だった。身体のあちこちがだんだんに動かなくなってく病気。すごく怖かった。でもどんどん病気は進んでいって、このまま行ったら心臓も止まっちゃうって分かったとき、パパとママはボクを冷凍睡眠させて未来で治してもらおうと考えたんだ。時期が来て目覚めた時、ボクのいた星ではまだボクを治せなかった。ただその時はすでに他の星に行くことが可能になっていて、ボクは技術の進んだ星に行き、こんなふうに治してもらったんだ」

陽子は目を丸くしてマリスの言葉を聞いている。
「そこでボクは知った。その星ではそんな治療法はとうの昔に開発されていたこと。未開の星にはスタージャッジという番人が来て、他の星の技術が入ってこないようにしてることを‥‥。ボクはわかったんだ。ボクの星のスタージャッジが、ボクをパパとママから引き離した。大好きだったお姉ちゃんとも‥‥。全部スタージャッジのせいだ。全部そいつらが悪いんだ!」

マリスが僕に対して激しい憎しみを持ってることを、僕は認識した。それは過去会った犯罪者や違反者たちの敵意とは異なるものだった。それ故に、こいつの言葉は真実なんだろうとも思えた。
未接触惑星保護制度の負の部分を僕らスタージャッジは知ってるつもりだ。それでも"被害者"当人からその事実を突きつけられるなんて推測外だ。僕に言えるのは、ただ一般論でしかなかった。

「マリス。あんたの事象は不幸な事だったとは思う。だが、途上星侵略防止法が無かった時代、多くの未開惑星が不当に搾取されたのは事実だ。大量の住民が殺されたり奴隷にされたりもした。心ない侵入者のために本来あるべき進化から何万サイクルも遅れ、時には滅亡してしまった星もあったんだ。だから未接触惑星保護省は‥‥」

「そんなこと知るか!」
マリスが喚いた。
「ボクが知ってるのは、スタージャッジのせいで、ボクが一人ぼっちになったってことだけだ! ボクはお前たちに復讐しようと思って、いろんな星を回って準備した。ビメイダーやスタージャッジが悪い奴だって知ってる友達とも出会って、助けたり助けてもらったりして、どんどん強く賢くなった。自分が生まれた星がどこかもわからなくなったけど、もういい。ボクはボクと、それぞれの星で困ってる人のために、お前を殺す。破壊されつくしたお前の身体、そして今回だけは特別だよ。苦しみ抜いたお前の記憶も一緒にして、スタージャッジの本部に送ってやる。自分たちがどれだけ悪いことしてるのか、思い知らせてやるんだ! 最初がその子だよ。大事な人を失う気持ちを教えてやるよ、この作り物の、機械人形!」

「‥‥いいかげんにしなさいよ。今の貴方がマゼランより正しいなんて、言わせないわ」
低くて今まで聞いたことがないような陽子の声音に驚いた。陽子は射るような眼差しでマリスを見つめていた。
「マゼランと同じお仕事してた人は貴方や貴方のパパ達を殺そうとしたわけじゃない。もっと悪いことが起こらないようにお仕事してただけ。なのに貴方は自分のためだけにたくさんの人を傷つけたり殺したりしたのよ。マゼランは自分のために誰かを傷つけた事なんて絶対ないわ!」

陽子は手をあげてマリスを指さした。
「貴方は間違ってる。貴方のパパとママが‥‥お姉さんもかわいそうだ!‥‥‥みんな貴方に会えなくなるの、とっても悲しかったと思う。でも未来で元気になって欲しくてそういう道を選んだのに、なのに今こうして生きてる貴方がこんなことしてるなんて!」

「黙れよ」
マリスがとん、と踏み込んできた。慌てて陽子を抱えて跳び退る。
「もしお姉ちゃんが治らない病気だったとしたらどうなのさ? そいつさえ居なかったら、お姉ちゃんは治ったかもしれないのに。それでもそんなことが言える?」
「言えるよ。あたしはマゼランを信じてる。信じていいって"知ってる"の。だから怖くても、我慢するよ」
さらりと言ってのけた陽子の横顔はその場しのぎも策略めいたものもない。なんの根拠もないのに、確固たる確信を持ってる。なぜか僕にはそれが"わかる"。そしてその"確信"は僕の中に染みこんで、僕の中にずっと前からあった疑問を探り当て、それを解きほぐし始めた。

「お姉ちゃんがどれだけ弁護したってムダだよ。そいつは自分が悪いってわかってるんだから。自分たちが正義だなんて、言えるわけない。そうだろ?」
「まあ、正義と思って‥‥やってた訳じゃないからな‥‥」
陽子が目を見開いて僕を見上げた。僕はマリスを見つめたままだ。
「スタージャッジは途上星侵略防止法を遵守する。それが正義かどうかなど考えたことはない。そのせいであんたは大事な人を失って、それがスタージャッジのせいと言うなら、その通りだ。謝れと言うなら謝る。‥‥だけど‥‥」

僕は陽子の髪に手を滑らせその肩を抱き直した。ありがとう、陽子。君が信じてくれる僕を‥‥僕は信じるよ。
「星の住人たちが何も知らないうちに不利な立場に追い込まれないように。試練に対して打ち勝つ力を自ら育むように。そして真に己の知恵と勇気で、星の外に踏み出せるように‥‥。この法律を作った人たちは、心からそう願っていた。僕らが法を守るのは、彼らの思いを受け継いでるからだ。今、わかったよ。彼らの願いが、ずっと僕の願いでもあったんだ」

僕を構成する全てがひどくクリアだ。過去の記憶と経験が、意識の表層に怒濤のように浮かびあがってきては、次々にぱちりぱちりと統合していく。不思議な感じだ。
「マリス。結論は同じだ。自分の復讐のために多くの人を殺し、僕の仲間を殺しているお前を逮捕する。抵抗するなら、お前を倒す」
「面白い。やってみろよ。フォス!」

空からきらきらと物騒な雪が舞った。宙で実体化したマントがそれを受け止める。バチバチという光と音の中、マリスの視界から逃れた一瞬、僕と陽子の唇が触れあった。

「大丈夫だ」
「だいじょうぶよ」
僕らは同時にそう言い、少し笑った。

緊急形態になった僕は陽子を抱いて飛び上がる。さっきから近くで待機していたフリッターがその先にいた。僕は陽子をフリッターに乗せた。
「ゲイザーに到着したら、そのまま待ってて!」

フリッターはぐんと上昇し、僕は森の中に逃げ込む。少し遅れてマリスが追ってきた。
「それで、あの子を逃がしたつもり?」
「お前と僕のことに、陽子は関係無い」
「大ありさ。ボクはどうしたってあの子を手に入れるよ。フォス!」

僕は舌打ちして木々の梢から飛び出し空を振り仰いだ。フリッターの位置はすでに高度20Km。そこに例の女形ロボットが急送に接近していく。もちろん見えてるわけじゃない。フリッターのセンサーがグランゲイザー経由で送られてくるだけだ。

「フォス! 殺さないように、うまく引っ張り出せよ」
マリスが聞こえよがしにそう言った。ヤツはにやにやとして僕を見ていた。

フリッターにロボットがとりついた瞬間、僕は呟く。
「ヴァニッシュ」
一瞬のまばゆい閃光‥‥‥‥‥‥


|2009.02.28 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 8)憎悪
「‥‥フォス‥‥?」
ヤツの笑いが凍り付いた。こいつにとっては大切な存在であったに違いない、ジーナスの母なるロボット‥‥。それを僕は、今、フリッター共々消滅させた。

「‥‥き、さま‥‥、スタージャッジ! 貴様、あの娘と一緒に、フォスをっ!?」
「ああ」
「バカなっ バカな‥‥バカなっ! なぜだ! なぜ!?」
「お前があのロボットに陽子を追わせるのはわかってた。あれを地表で狙うのは、リスクが高過ぎたのさ」

「あの娘を囮にしたのか!? 一緒に殺したのかっ!」
「僕にとれる最善の手を取っただけだ」
「違うっ 貴様はそんなスタージャッジじゃない! そんなことのできるスタージャッジじゃない! そんなスタージャッジのはずがない!」
「お前の見立て違いだ」

マリスは訳の分からない叫び声を上げ、ソードをめちゃくちゃに振り回しながら、地表に降りた僕に向かってきた。子供じみた未熟きわまりない動きだ。左のアームで刃を受け絡めて跳ね飛ばす。背後に回りながらヤツの左肩口、さっきジャンブルが食い込んだ亀裂の部分にアームのエッジを突き込んだ。
喚きながら半回転してこちらを向いた奴の左手先が、ぶわっとぶれた。左腕に仕込んであるらしい武器だ。自分のアーマーもろとも僕のアーマーを抉る。構わずマリスの頭部を横殴りし、掴み取っていたソードで奴の左腕を叩き切った。

マリスが悲鳴を上げて、まろび逃げようとした。その頭上からネットが降ってくる。そして二人の人物も。もう連絡は受けてる。秩序維持省の連中だ。母艦を圏外に置いて、小型ステルス機で駆けつけてくれたってわけだ。

マリスががくりと崩れた。維持省が使うキャストネットは電子機器を不能にする電磁ネットの一種。アーマーは自立してくれなくなったら重しを着てるに等しい。
多環境戦闘防護服に身を包んだ二人の隊員は彼の武装を解かせ、生身となった彼を拘束してネットでくるみ直した。顔を再度確認する。話しかけてもマリスは何も答えない。その顔からは完全に表情が消えていた。糸が切れた操り人形のようにされるがままになっている。

極端なマリスの変化に僕は戸惑っている。今のマリスには、何かを企んでいるような様子が一切感じられない。というか、意志そのものが消えてしまったようだ。陽子を囮にフォスを破壊したことが、そこまでショックだったのか。

二人のうちの一人がこっちに踏み出した。
「スタージャッジ0079。秩序維持省広域特殊犯罪課所属 認識番号13045だ。チェック・ディジットはA5P47G9。協力に感謝する」
ヴォイスの言ったナンバーと一致。僕はエマージェンシーモードを解除した。そのとたん忘れてた痛みが左膝から流れ込んできて、僕はあやうく座り込みそうになった。
「おい。やられてるのか? 大丈夫か?」
「ええ‥‥なんとか‥‥。それよりそいつを早く‥‥」

「きゃっ」
小さな悲鳴にぎょっとして振り返った。
「生命体デス。オソラクコノ星ノにんげんデス」
サポート・アンドロイドが何体か周囲に降りている。その中で森の中に踏み込んだ一人が、物陰に向かって腕を伸ばしていた。

「大丈夫。警察の救護ロボットだよ。静かにしてれば何もしない」
急いで日本語で言う。陽子が腕を掴まれたまま、藪の中から出てきた。アンドロイドは彼女を腕で囲むようにして立ち止まった。逃がさないが保護もするって体勢だ。陽子は目をまん丸にしているが、僕に向かってわかったという風に頷いてくれた。

本当に余計なことをしてくれる。とはいえ彼らも未開惑星にできるだけ痕跡を残すまいとしているのだから、仕方がない。
「巻き込まれた住人は一人のようだな。処理は君に任せる」
「はい」

「スター‥‥ジャッジ」
マリスが僕の名を呼んだ。僕はマリスの顔を見たくなかった。そうだ。僕は陽子をフリッターに乗せなかった。彼女をマントで覆って飛び降り、そのまま森の中に隠した。隙を見て逃げるように言ったんだが、また僕を心配したのかもしれない。
「スタージャッジ!」
どうしようもなく目を向けると、マリスがにーっと笑っていた。青白い氷のような瞳。まるでスイッチでも入れたみたいに、彼の「意志」が目覚めている。僕は意味もなく不安になった。

黒いアーマーは地面に転がっている。マリス自身は頑丈な拘束ベルトとキャストネットで包まれてる。特殊犯罪課の腕利きが二人いる。どう考えても、こいつはもう世の中には出て来られないだろう。もういい。もうごめんだ。僕は陽子を連れてさっさと退散しよう。

僕はマリスから視線を引きはがし、維持省の隊員に言った。
「ここで起こった事はあとで全部送信します。頼むからそいつを早く地球から退去させて下さい。そいつの存在によって地球人の生命が危険に晒されています」
「わ‥‥」

ヒューッという甲高い音が響いた。転がった黒いアーマーを中心に光と熱が広がって、マリスと二人の隊員を包んだ。頭脳の奥まで焼き尽くしそうな白さの中で、一人立っていたマリスが、ぱくりと割れたように思った。強烈なエネルギーの余波で、センサーがほとんど役に立たない。とにかく陽子に向き直った。

「遅いよ」

地面に崩れたアンドロイド。
驚愕と恐怖で声も出ない陽子。
骨張った長い指で陽子の喉をわし掴みにし、その身体に腕を回している、モノ。
「動く、な。殺す、のは簡単だよ」

「‥‥マリス‥‥なのか‥‥?」
深海生物のような青白い素肌。手術跡のような引き攣れや、赤や黒の隆起が身体に何本もまとわりついている。細い脚と腕。その左手の先が、無い。
「ドク、ター以外で、本当のボク、を見たのは、君が初めてだよ」

マリスが何かをぷっと吐き出した。同時に陽子を突き飛ばす。陽子の頭上にリングが広がった。
「待てっ!」
伸ばした僕の手のすぐ先に壁が出来た。陽子が何か言おうとした瞬間、彼女を囲った円筒の内部がピカリと光った。大気の中に彼女を構成していた原子だけが散らばっている。

「貰ったよ」
耳障りなノイズだらけの声。振り返ると、老人のようにも胎児のようにも見える顔が歪み、震え、しゃっしゃっという音をあげていた。

「‥‥どこだ‥‥。陽子をどこへやったっっ!」
がむしゃらに掴みかかろうとしたが、マリスはくんと後ろに飛び、今度は自分のための電送リングを投げ上げた。
「またね、スタージャッジ」
マリスが残したのは、ただその言葉だけ。

焼け焦げた大地と、無残な二つの隊員の身体とマリスの抜け殻と、もう動かないアンドロイドと、主を失って動けない何体かのアンドロイドと‥‥

それらに囲まれて僕は、ただ拳を地面に叩き付けていた。

全く不合理に、何かを喚きながら。


|2009.02.28 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 9)命令
ばらまいてあるピットの感度を上げ、各国の気象衛星の記録にハッキングし、拾い上げたデータをメインマシンに放り込み、僕は必死で陽子の行方を探し続けている。奴のシップのサイン。陽子の髪飾りの信号。ほんのちょっとでもいいから‥‥。
僕は自然人たちが言う「神に祈る」気持ちを理解し始めていた。

今のところ地球の磁気圏内にはグランゲイザーと秩序維持省のシップと地球製の衛星以外の飛行物は見つかってない。だが少し前にどでかいフレアが発生したため、地球にはかなり激しい磁気嵐が起きている。大気圏外から何かを探すには最悪のコンディションだ。
マリスが使った電送リングは本来は秩序維持省しか使えないはずの代物だが闇では出回ってる。飛距離はせいぜい数千Km。陽子の髪飾りの信号をわずかにキャッチできた高度1200Kmで、維持省は飛び石――つまり電送の中継器を発見した。残念ながらログを即刻破棄するタイプで、どこから来てどこに飛んだかは不明だ。中継を使ったという事は、奴の跳び先が遠くか、あるいは直進では行けない場所だったという事だ。宙には僕らの船がいた。ということは奴がまだ地球圏にいる可能性は高い。

探索しながら、ようやく身体と装備の修理が終わった頃、ヴォイスからコールが入った。
〈0079。照合が終了しました。貴方が送ってきた機器と同じものが、ボディの切り替え時に不審な点があって本部に転送されたスタージャッジのボディのうち、五体から発見されています〉
機器ってのは僕の膝に打ち込まれてた妨害信号を発信しまくる弾丸のことだ。マリスのナイフやらアーマーの燃えかすは維持省に持って行かれてしまったのだが、これだけは僕の体内に残っていた。
「その五ケース、切り替え前のボディの死因についてはどんな結論が出ていたんですか?」

僕らの自立的な思考と活動が止まった――つまり死んだ――時、僕らの身体はリプレースモードに入る。その時点で初めて使える予備エネルギーを使って、母船に対してボディが死んだことを知らせ、記憶を保ち、かつ周囲の状態を記録する。スタージャッジがリプレースモードに入ったり、母船と一定期間音信不通になったら、母船は最近の記憶のバックアップを新しいボディにインストールしてスタージャッジを復活させる。

生まれ変わったスタージャッジは前の身体を探し、可能な限りのデータを引き出したあと古いボディを消去するが、もし前のボディの"死因"に不審な点がある場合は、記憶やボディを本部に送ることになる。ちなみに古いボディの記憶はあくまでデータとしては参照するが新しいボディには取り込まない規定だ。つまり「死」の記憶を持っているスタージャッジは存在しない。

〈はっきりしたことは不明です。メモリは全て物理的に破壊されていました。事件の直前に正体不明の相手から攻撃を受けているという報告がシップに記録されていますが、どれも短時間です。たぶん反撃する間も報告する間もなく破壊されたのでしょう。うち2件では相手の映像もありますが、今回貴方が送ってきた映像のどれにも合致はしません〉
「他に手がかりは? スタージャッジ不在の期間にそれぞれの星でどんな事件が発生したんですか?」
〈ランダムです。まったく何も発生しなかったケースもあれば、違法な集団の侵入があったケースもある。ある一つのケースでは星の住人にとって甚大な被害が出ました。あと破壊されたボディの損傷が激しいのは共通項です。『銀の鏃』が十数発も見つかったボディもある。貴方の報告通り怨恨が理由とするなら話は通ります。ただリプレースされた本人に対して、その後はなんのアプローチが無い理由は謎です。そちらの状況は?〉

「何も、まだ‥‥」
〈いいでしょう。まあそう焦る必要もないでしょう〉
「‥‥え?」
〈本部は今般の事件について、スタージャッジ0079、貴方の出動を許可しません。貴方は当事者であり、犯人の性向から考えて貴方が出向くのは不適切です。秩序維持省も同様の見解です〉
「なぜです! マリスは地球人を人質にしている。彼女を助けることは僕の任務でしょう!?」
〈スタージャッジの任務に個人の命の保全は含まれません。被害者がHCE10-9を持っていたことで、貴方の関係者と勘違いされたことが幸運でした。犯人は我々への復讐のために多くの地球人を殺害する可能性もあったのに、それがたった一人の命で済むのです〉
「‥‥それは‥‥どういう‥‥?」

〈今後の作戦行動で被害者の救出は偶然に委ねられます。維持省は地球の安全を最優先にする中で、リューカー=ドゥーズの手がかりであるマリスの"記憶の確保"を目的に動きます。チャンスがあるならもちろん助けますが、あえて人質を救出することはしません。本部はその点について既に承認しました。貴方の報告を解析し、犯人のプロファイリングを行った結果、以上が最適な手段です〉

僕は頭が――全身も‥‥麻痺したようになっていた。ヴォイスの言っていることを理解するのが困難で‥‥彼女の言葉を頭の中で何回もリピートして、やっと意味を掴んだ。

「‥‥いやだ‥‥。そんなの‥‥受け入れられない‥‥」
〈なぜですか。指示に不適切、不合理と思われる点があるなら、指摘しなさい〉
「だって‥‥陽子を‥‥。そんな簡単に、人を‥‥人の命を、見捨てて、いいわけがない!」
〈その通りです。ただしその一人を助けるために他の多くの民間人の命を危険にさらすとなれば話は別です。前回もかなり際どい選択を貴方は行いましたが、種々の状況から本部は問責を見送りました。ですが今回は一切許容できません。犯人は手段を選ばない。カミオで行った虐殺行為を地球で行わない保証は何もありません〉

「奴の目的は僕です。他の地球人は関係ない。僕が行けばきっと‥‥」
〈それはあり得ません。犯人の目的は貴方の命ではない。それにマリスは貴方が出てくることを想定しているでしょう。ならばその裏をかいた方がいい。被害者は無いものとして扱います。わずかな犠牲でリスクが回避できるのですから、そうすべきです〉

「‥‥わずか、なんかじゃない‥‥。たった一人だけど‥‥わずかな犠牲なんかじゃないんだ!」
思わずコンソールをぶったたいていた。ヴォイスの答えはない。
「僕は陽子を助けたい。僕の全てを賭けて‥‥。他の被害は出しません。だから‥‥」
〈貴方は本部の命令に背くことはできません。ましてや自分自身を賭ける権利などありません。貴方の所有権は未接触惑星保護省にある。分かっているはずです〉


かろうじて自分の動きを抑えることができた。反動でばらばらになるかと思った。

落ち着け。
今は、落ち着け。
どんな処分を受けようが、僕は、僕の思う最善の手を取る。
たった一人の犠牲者も出さずに、この件を片付けるんだ‥‥。


「‥‥分かりました」
〈それでは次の指示があるまでグランゲイザーで待機するように〉
「はい」
〈それから0079。あなたの最近のバックアップが送られてこないのですが〉

そうだ。ちょうどバックアップをとらなきゃと思ってたとこだったんだ。そこにラバードたちが来て、陽子と出会い、色々起こって‥‥。

‥‥僕は陽子の記憶を媒体に閉じ込めたくなかった。僕の腕に‥‥僕の身体に残ってる陽子の記憶。何も知らない新しいボディが"形だけの記憶"を受け継ぐのが、なんとなくイヤで‥‥

〈トラブルの多い時こそ、頻繁にバックアップしておいて下さい。我々は貴方を失うことを望みません〉
所有している装備をムダにしたくないからですか?と聞き返したくなったが、僕はただ「はい」と答えた。なぜそんな無意味な質問が浮かんだのだろう。


通信を終えると、僕はヴォイスの言葉から必要なデータだけを取り出し、残りを頭から叩き出した。

マリスの本体があの小さな身体なのは間違いないようだ。それがまるで人間に見えるアーマー――スキンというべきか?――を着て、その上に戦闘用のアーマーを着てる。普通の生体が二重のアーマーを着こなすというのはちょっと考えにくいが、たぶん本体のかなりの部分が人造物なのだろう。
その上奴は維持省のキャストネットで縛られたまま、アーマーを分解してエネルギーに変えてた。つまり電磁波以外の情報伝達手段も持ってるってことだ。奴の持ってる全ての装備にジーナスの技術が使われてると思って間違いないだろう。

ヴォイスはスタージャッジたちは反撃する間もなく破壊されたと言ったが、本当にそうだろうか。いやな想像だが、マリスは僕の仲間を母船と通信できない状態にした上で、なぶり殺したんじゃないのか。だいたいいきなり破壊しようと思ったら『銀の鏃』なぞ使わない。自分の破損状況を見てよく判ったけれど、あれには破壊力がほとんど無い。ただ痛みの信号を出すだけなんだ。
スタージャッジが母船とのチャネルを確保できなくなることはあまり無い。僕らとピットと母船は多種多様な方法で伝送路を確保する。たとえば情報をパルス程度のパケットに分割して他人の使ってる電磁波にノイズのように忍び込ませることもできる。とはいえ強力な電磁ネットと分厚い絶縁体でくるまれて、すぐに絶縁体で出来た区画に放り込まれたら‥‥。

スタージャッジが殺された直後、事件が発生することもあれば発生しないこともあった。それはマリスが誰かの依頼で動いた場合とそうでない場合なのか。だとすると今回は依頼主の無いケースだろう。誰かの依頼だったら、僕をこうやって生かしておくはずがない。
だからこそチャンスがあると思えた。マリスは対外的な要素を一切気にせず、僕への憎しみだけで動く。だから陽子も今は無事のはずだ。もし陽子の命を奪うなら、僕の目の前でと考えるからだ。そしてその目的があるから僕のこともあっさりは殺さない。こんな方向で解法を考えたことはないけれど、陽子を助けるためにはどんな考えにもすがるし、どんな手段でも取る。

どんな結果になろうと、必ず陽子だけは‥‥


|2009.05.10 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 10)絶望
夏の北極海は氷のがまき散らされたように見える。大きめな白い塊の上に何者かが立っていて、手招きをした。僕はカプセルから飛び降りて、そいつと同じ氷の上に降りた。僕が一番最初にマリスとして認識した姿だ。長身の地球人もどき。銀の巻き毛、大きな青い瞳。切り落としたはずの左手はしっかり治っていた。

「来たね、スタージャッジ」
「陽子はどこだ」
マリスが手を開いて僕に見せる。そこにピンク色のリボンが載っていた。
「こんなもの渡してたんだ。あの子、本当にただの地球人だったんだね」
奴がそれをポンと投げてよこす。それは正真正銘、僕が作った陽子の髪飾りをだった。
「これでもう君には、あの子がどこに居るか、判らない」

少し前、途切れ途切れだが、ピットのセンサーにこの髪飾りの信号が入った。割り出せたのがこの場所だ。天気がいいから少し判りにくいが、空にはかなり大規模なグローオーロラが発生している。
「キミ、一人で来たのかい? 維持省は?」
「僕一人だ。本部にも維持省にも報告してない」
「へえ。前の威勢はどうしたのさ」
「陽子は? 無事なんだろうな?」
「もちろん。でもちょっと弱ってる。ジャンプもかなり辛かったみたいだし、可哀想にね」
表皮の内側が泡立つような感じがしたが、ここでこいつに怒りをぶつけてもなんにもならない。自分に落ち着けとささやくのは、今日何度めだ?

「で、僕はどうしたらいい?」
「なにが?」
「陽子が人質になってる限り、僕はお前に対して何もできない。だから聞いてる」
「素直で正直だね、スタージャッジ」
マリスがくくっと笑う。
「じゃあ‥‥、どうしようかな」
マリスは黒い銃を取り出して僕に向けた。例の『銀の鏃』の銃だ。
「たとえばこいつをキミに何発か撃ち込むけど、じっとしててと言ったら?」
「了解だ」

僕はトリガーボタンに置かれた指とマリスの顔を視界に入れたまま、例の怒濤のような信号に備えた。だがマリスはにっと笑い、何もせずに銃をしまった。
「やめとく。キミ、あの子の事になったら、痛みなんて、すぐ忘れちゃうだろ」
そう言うと、マリスは一歩後ろに下がった。その身体がしゅん、と黒いアーマーに覆われる。
「あのカプセルでついといで。アーマーはダメだよ。いい子にしてたらあの子に会わせてあげる」
あっさりとそう言ったマリスに少し驚きながらも、急いでカプセルを呼び、後を追った。

マリスのアーマーの飛行スピードは驚異的だった。こっちもアーマーだったら、付いていくのはぎりぎりだったろう。高度150Kmぐらい、奴の船とおぼしき塊が降りてきていた。オーロラの中に隠れていたんだ。荷電粒子に打ち叩かれて輝くオーロラは、電磁波が不安定になる危険な空域だけど、外からの探索も極めてやりにくい。

マリスは船体に沿うように回り込む。船は五角錐を寝かせてやや扁平にしたような形で、一般的な可視光の透過コーティングをしてるようだ。たぶんノイズ・キャンセラーもかけてるだろう。内部から発生する電磁波を瞬時に解析して、逆位相をかけて打ち消す機能で、停止か低速で移動している時しか使えない。先日のポーチャーコンビの船も同じ事をやっていた。

上面になっている部分でハッチが開いて、マリスが中に入った。僕もカプセルから出て飛び込む。
「こっち」
マリスはもう戦闘アーマーを解除していた。まったく無防備に、それこそ友達でも案内するように先に立って通路を進んだ。僕が何もしないと‥‥いや、できないと、信じ切っているようだ。内側のハッチが閉じた時、僕とゲイザーとのチャネルは完全に絶たれた。
通路の壁のあちこちに太いパイプのようなものが何本も走っている。通信やエネルギーの伝送路だろう。だが船全体は異様な感じだ。ぶうんという機械のうなり声のような音は聞こえるのに、電磁的には妙に静かで、まるで山の中で地鳴りでも聞いてるようだ。

酸素濃度は調整されてるようだ。この高さだから重力も問題ない。ただ気温が低い。陽子にとってはあまりに寒すぎる。説明できない信号が胸のあたりに居座って、それがどんどん増大して身体から溢れ出しそうだ。ここ半月で覚えたたくさんの精神状態の一つ。不安。でもあまり役に立つものじゃない。

マリスがある場所で立ち止まった。壁に手をふれると壁がすっと開いた。こちらを見やると、中に入るように顎で示す。僕はマリスの脇をすり抜けて、部屋の中にはいった。部屋の中は地球人的には真っ暗だが、一部がぼおっと明るい。その光の中央。部屋の奥の壁の少し手前に陽子がいた。

Y字型の柱に両手を固定され、がっくりと頭を垂れている。浅い呼吸音と鼓動が聞こえた。高温に熱せられた金属線がぐるぐると、その周囲をとり囲んでいる。
「陽子!」
駆け寄ろうとしたら、熱い金属線がすぼまり、蛇のように陽子に絡みつきかけた。ぞっとして立ち止まる。

「ダメだよ、勝手に近寄っちゃ」
その声に振り返った。マリスがピンと指を弾くと金蔵線が元の位置に戻る。
「キミが言うこと聞かなかったり、維持省とか突入してきた時のため。ついでに温めとけるし。アタマいいだろ、ボク」
「陽子を、どうする気だ‥‥」
「安心しなよ、それで焼いた程度じゃ死なないよ。そりゃ、かなり泣き喚くだろうけど」
「なんだと‥‥」
「だめだめ。いい子にしてなきゃダメって言ったろ。まあいいや。自分の手でちゃんと確認しなよ。正真正銘、キミの大事なあの子だって」

マリスがもう一度指を弾いた。金属線が台の部分に収納される。僕はおそるおそる陽子に近づいた。何も起こらないことを確認して、項垂れた頬に触れ、顔を起こす。瞼が震えて、陽子が目を開けた。
「陽子っ」
「‥‥あ‥‥」
陽子の瞳がぼんやりと宙を泳ぐ。
「しっかりしろ、陽子! 僕だ、マゼランだ!」
「まぜ‥‥らん? マゼラン、マ‥‥」
喉にひっかかるような声で僕の名を口にした陽子は、そこで弱々しく咳き込んだ。青ざめた白い顔。かなり衰弱してる。肘から先をクレイで固められているだけで爪先が下についてない。自重が呼吸を妨げてるのか。どれだけこんな状態に置かれてたんだ!?

クレイを壊そうと手を伸ばした時だ。首のあたりにリークが走ったように思った。陽子を背中にして向き直る。次の瞬間。

何かが飛んできて、僕の腹部に入った。勢いよく壁に叩き付けられ、そこから動けない。目の前に黒い足が見えた。
「さあ、感動の再会はここまで」

僕の身体から棒が付き立っていて、棒の先にマリスが立っていた。奴が跳ね揺れると腹の中がかき回された。破損したパーツから溢れた体液が胸もとまでせり上がってくる。奴はにっと笑ってぽんと飛び降りた。
「こ、の‥‥」
銛だか槍だかが僕の身体を貫いて壁に突き刺さっていた。なんとか自由になろうと足掻く。肘をつっぱって上半身を壁から引きはがしたが、マリスの手が僕の胸をまた壁に押し戻した。
「これで、終わり」

胸に熱さを感じた。奴が何か持ってる。でもそれが発熱してるんじゃない。逆だ。僕のエネルギーが奴の手に向かって移動してるんだ!
「ま、さか‥‥。よ‥‥!」
喉にからまった液体を吐き出し、奴の腕を掴む。だが押しのけられない。

「貰ったさ、あの子からも。まさかあんなになるなんて、思わなかったけど」

体内からHCE10-9が流出していく。代わりに恐怖と後悔が僕の頭を黒く埋めていった。


|2009.05.10 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 11)超越
あまりに急激なエネルギーレベルの低下で一瞬身体の全機能が止まったが、幸いすぐに正常状態に戻った。だが出力が一切でない。僕を壁に縫い付けている銛を動かすことすらできない。
「HCE10-9は少し残してあげた。でも今のキミじゃ、それは抜けないと思うよ」
マリスの得意げな声を聞きながら、僕は銛の柄を左手で押しやり、重心を思い切り逆にかけた。こうなったら身体を破壊した方が早い。だがマリスが僕の手を掴んだ。

「キミって無茶苦茶な奴だね。でもそうはさせない」
奴が僕の手をまた別の金属で壁に固定する。こっちは何かノイズのようなものが出てる。手がしびれて自分のものじゃないみたいだ。‥‥これでどうやって陽子を助けたらいい!?

「どうしたのっ ねえ‥‥っ」
大きく傾いたY字の柱の向う側から陽子の不安げな叫び声がしている。そのうちそれが途切れ、苦しそうな喘ぎが聞こえた。マリスは僕から離れると、Y字柱をぽんと飛び越えた。
「お姉ちゃんのおかげで捕まったよ。ボクの欲しかった玩具」
そう言って無造作に柱を殴る。ばらばらとクレイが崩れ、陽子がどさりと床に落ちた。小さな呻き声をあげてうずくまったその背中が‥‥。

自分の目ではっきりと捉えた映像なのに、僕はそれを拒否しようとしていた。誰かが陽子の背中に塗料でもぶちまけたんだ‥‥。きっとそうだ‥‥‥‥と。
そんなこと、あるはずも無いのに。

陽子の小さな背中の右上部が焼けただれていた。焦げた衣類からのぞく血まみれた肌があまりに痛々しかった。HCE10-9の急な流れは、陽子の身体を内から焼き、たぶん肺胞の一部をつぶしたんだ‥‥

陽子が顔をあげ、僕の姿を認めた。瞳がまん丸に見開かれ、血の気を失った唇がわなないて、何かを叫ぼうとした。
「ストップ、陽子。もうしゃべるな。苦しくなるから」
僕は急いでそう言った。
「大丈夫。僕は君たちとは身体のつくりが違う。このくらい、なんてことない」

陽子は叫ばなかった。でもふらりと立ち上がると僕の方に来ようとする。マリスはそんな彼女を捕まえると、僕を見てにっと笑った。
「はっきり言ってやったら、スタージャッジ。『僕は機械だから、この程度じゃ死にゃしない』って」
マリスは陽子を背中から抱きしめて、髪を撫でている。
「エネルギーをもらうって言ったらさ、この子、キミ以外の人とキスするのやだって必死で逃げたんだ。可愛かったけど哀れだったよ。キスだなんて、そんなことで女の子有頂天にさせて。機械のくせに女の子騙してさ。キミのせいでこの子はこんな目に遭ったんだよ」
「ちが‥‥!」
「陽子。もういい! そいつの言う通りだ。僕は地球の言葉で言ったら一種のロボットだ。人間じゃない」

HCE10-9を奪われる瞬間に陽子が感じただろう恐怖と苦痛が、僕の中に流れ込んできていた。この苦痛は自分の身を守るための予備信号ではなく、今現在のものですらない。それでもそれは僕が知っておかなければならないものだと思った。
流量を抑えずにHCE10-9を取り出したとき、何が起こるのか‥‥どれだけ危険なものが自分の体内にあるのか‥‥陽子は知らなかった。マリスがあの装置を使ったとき‥‥陽子は、どれだけ苦しかったろう‥‥。そしてどれだけ驚いたのだろう‥‥。

「全部、僕のせいだ。僕は作り物のビメイダーで‥‥君を騙してた‥‥。‥‥だからもう、僕のことなんか気にするな。自分のことだけ、考えてくれ」

陽子が人形のように表情を無くした。うつろな瞳のまま視線を落とした。一方、マリスはいかにも楽しそうな笑い声をあげた。投げあげんばかりにして陽子の向きを変えさせると、両腕を掴んでその顔をのぞき込んだ。
「聞いた、お姉ちゃん? わかった? あいつ機械なんだよ。命令通りに動く機械。とうとう白状したね。キミ、ずっと騙されてたんだよ。かわいそうにね。でも、大丈夫。ボク、お姉ちゃんのこと気に入ってるんだ。だからずっと優しくしてあげたろ?」
マリスは陽子を抱きしめたかと思うと、ほおずりし、髪をなで、首筋にキスをする。陽子はただされるがままだ。

陽子と別れる時‥‥。それは僕が陽子の記憶を奪う時だと漠然とそう思っていた。陽子が自らの意志で僕から離れていく‥‥。そんなシチュエーションは想像もしてなかった自分に気づいた。
僕はただ、陽子に嫌われたくなかったんだ。人から好かれるとか嫌われるとか、今まで考えたこともなかったのに、僕はひたすらにこの少女に嫌われたくなかった。ショックを受けてる陽子を目の当たりにして、僕はそのことを思い知った。

でもなんとしても陽子を助けねば。この子を無事地球に送り届け、親父さんや祖父母の元に返してやらなければ、僕は死んでも死にきれない。

マリスは陽子の頬を撫でながら、ひたすら明るく陽子に話しかけている。
「ね、元気出して。もういいでしょ。ボクにキスしてよ、お姉ちゃんから僕にキスするんだ。そうしたらキミを助けてあげる。その傷を治して、キミをパパとママのところに返してあげる。あのいやなスタージャッジの記憶共々、キミの記憶を消してあげるよ」

「‥‥そうしたら、マゼランも助けてくれるの?」
陽子がつぶやくように言った。マリスを見上げると、いきなりその胸元を掴んだ。
「どうしたら、マゼランを助けてくれるの?」

「お姉ちゃん。なに言ってるの? あいつは機械なんだよ機械。キミを騙してたんだって、あいつが自分の口で言ったろ?」
「‥‥マゼラン、自分が人間だなんて‥‥ひとことも言ってないよ。遠くの星から来たって、それだけ‥‥。エネルギーも、あたしが間違えたの。あたしがこうしようって言ったの‥‥。一緒に居たかったから‥‥。マゼラン、誰も騙したり、してないよ」

マリスが身を起こして背を伸ばし、目を細めて、陽子を下目で睨め付けた。
「‥‥お姉ちゃん。もう一回聞くよ。もう死ぬしかないあいつと、キミを助けてやれるボクの、どっちを選ぶの?」
「マゼランが好き。こんな大事なこと‥‥嘘つけない‥‥」
マリスの顔がすっと白くなった。

「やめろっ」
僕の制止の声より早く、マリスは陽子を両手で掴み上げ、ぽんと突き飛ばした。
「陽子っ」
背中から壁に打ちあたった陽子の悲鳴は、もう声になっていなかった。そのまま床に崩れ落ちる。
「キミの望んだことだよ、お姉ちゃん。そいつのそばで、今言ったことを後悔しながら死になよ。お姉ちゃんが死んだら、今度は絶望したスタージャッジをばらばらにしてやる」

奴がそう言った瞬間、ぐらりと船が揺れた。
「なんなんだよ、もう、いいところなのに‥‥。二人とも、今のうちに別れのおしゃべりでもしときなね」
マリスは手を振ると、部屋を出て行った。

僕は思わずほっと息を吐いた。秩序維持省が来たんだ。ある程度時間をおいてから、本部と維持省に連絡を取るようにゲイザーのメインマシンに手配してきた。本当はその時までに陽子の安全を確保するつもりだったが、状況は悪い。でもなんとかできるだろう。
力任せに左腕を引いた。やたらめったら力を入れているうちに、めりめりと音をたてて、金属の入っているあたりから亀裂が入ってきた。思いっきり引くと、前腕の先がちぎれ、腕が自由になった。

「マゼラン?」
見ると陽子が半身を起こし、真っ青な顔で僕を見上げていた。
「やめて‥‥、手が‥‥」
呻きをこらえ、痛みで荒れた息を僕はなんとか整えた。
「‥‥ああ‥‥。驚かせた。ごめん。もうエネルギーが無くて‥‥」
「だめ‥‥待って‥‥」
「もう少しの辛抱だ。必ず助けるから‥‥」
今度は右手を引っ張る。まったく僕の身体の方が脆いなんて‥‥。でも仕方ない。あとは陽子を抱えられさえすれば、それでいい。

「待ってよ」
少し大きな声に驚いた。陽子が壁伝いにこっちに近づいてきていた。
「エネルギー‥‥あたしの‥‥まだ残ってるかもしれない‥‥」
「いいから、じっとしてろ! その傷‥‥」
「自分のこと考えるな、なんて‥‥もう、言わないでよ‥‥。マゼランばっかり‥‥がまんしなくて、いいんだよ」
その言葉に僕は思わず動きを止めて、陽子を見つめ‥‥‥‥次の言葉を無くした。

白い息を吐きながら、陽子は微笑んでいた。青白い顔と血の気のない唇と乱れきった髪で‥‥でも彼女は確かに微笑んでいた。そこには苦痛も怯えも無くて‥‥なぜそんな表情ができるのか、僕にはわからなかった。
「あたし‥‥力、ないけど‥‥でも‥‥試してみようよ、あたしたちの魔法‥‥」

ふと思い出した。彼女とのつきあいの中で、僕が地球人として不自然なことを言ったりやったりした時、陽子はよくいたずらっぽく笑って「そういう時はこうするのよ」教えてくれたものだった。今の陽子の笑顔が、それとかぶった。
「キスしたら‥‥きっとまた‥‥変身できるよ‥‥そうしたら‥‥そんなの壊せるから‥‥」

胸の中にとてつもない暖かさと、凍り付くような恐怖が同居していた。陽子の思いが誘導電流みたいに僕の中に入ってくる。同時に陽子の命が少しずつ、この冷たい空間の中に散じている気がした。
「一人で‥‥。いっつも、一人で‥‥苦しまなくて‥‥いいから‥‥」

陽子が僕の足に触れた時、船が上下に激しく揺れ、陽子の身体を押し上げた。左腕を思い切り伸ばし、華奢な身体を引き寄せる。陽子はひどく穏やかに笑んで、瞳を閉じた。

優しい柔らかさはいつものままで、でもその唇は冷たく‥‥ひたすらに冷たくて、流れ込んでくるエネルギーなどひとしずくもない。マリスは陽子の中のHCE10-9を奪い尽くしていた。その胸に耳を寄せれば聞こえてくるのは浅く淡い呼吸。とくん‥と弱々しい鼓動‥‥。

消えてしまう、このままでは‥‥。

失うのか‥‥。

おれは失うのか、この子を‥‥‥‥

――――いやだ‥‥

――絶対に、いやだ‥‥!



胸の芯が、熱した鉄棒でも刺し込まれたように、熱くなった。
その熱が広がって全身を覆い始めた。
右手が自由になり、腹に刺さっていた銛を抜いた。
僕は陽子を抱えて壁を蹴った。
身体にエネルギーが満ちていた。
理由など考えなかった。


ただ、陽子が助けられれば、それで良かった。


|2009.06.23 Tuesday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 12)圧倒
銛で部屋のドアをぶち破った僕はすぐにグランゲイザーと通信ができることを確認してフリッターを呼んだ。秩序維持省が突入して、外部との通信チャネルを確保したおかげだ。マリスの逮捕も維持省に任せる。とにかくゲイザーに帰って陽子の治療をしなければ。ドアの物陰で、陽子を少し揺すって呼びかけた。
「‥‥マゼ‥ラン?‥‥」
「もう大丈夫だよ。君の魔法が効いたんだ」
陽子が弱々しく微笑み、僕は微笑み返した。そうだ、まさしく魔法だ。今僕を動かしているエネルギーがなんなのか、僕にはわからない。だからこの力は陽子がくれた魔法で、僕はこれで陽子を助ける。

携帯用の酸素パックをつないだフィルムマスクを取り出して陽子の鼻から口までを覆ってから、組んだ足の上で少女を俯けた。背中のむごたらしい傷が辛かった。
「‥‥ごめんよ‥‥ごめん‥‥」
右手だけで不器用に応急処置用のコロイドシートを広げて、その火傷を覆いながら、僕はただそれしか言えなかった。だが陽子はかすかに首を振って言った。
「‥‥よかった。マゼランが助かって‥‥」
「こんな目に遭って‥‥どうして、そこまで‥‥」
脱力したままの少女の身体を起こし、脱いだ上着でくるみながら、思わずそんな問いが出た。陽子が淡く笑った。
「ほんとはあたしも‥‥ちょっと不思議‥‥」
「え?」
「‥‥これが‥‥人を好きになるって‥‥ことだったのね‥‥」
陽子は目を閉じてそうつぶやくと、そのまま僕の胸に倒れこんできた。僕はその身体を抱きしめて、栗色の髪に顔を埋めた。
「僕にもはっきりわかった。君がどれだけ大事か」
「‥‥ありがと‥‥。すごく嬉しい‥‥」
「だからしっかりするんだ。船にいけばこんな怪我、すぐ治る」
「うん‥‥。でももう、だいぶ、ラクになったよ‥‥‥‥」
そんな言葉とは裏腹に、陽子はぐったりと僕にもたれかかったままだ。どう考えても限界に思えた。


陽子を抱え上げて通路に出ると不気味な波動で満ちていた。地球人にとっては頭痛や吐き気がしてくるような状態だろう。僕だって長くいたらどこかのパーツが緩んできそうだ。
マリスが電磁ネットに包まれながらアーマーを爆発させることができたのは音で信号を送ったからだ。電磁嵐同然のオーロラーの中に隠れていられたのも、この船自体が音や弾性波の制御系を持っているからと思われる。当然維持省も同じ結論に達して、通常のエネルギー弾に加えて弾性波弾や音響弾を使って攻撃を仕掛けてるからこんなことになっているわけだ。

大きな揺れの合間を縫って入ってきたハッチに向かって急いだ。だがハッチまでもう少しというところで、とんでもない衝撃が襲ってきて僕らは壁に叩きつけられた。状況を把握するため維持省の作戦周波数を傍受してみる。
〈もう攻撃は不要だ! 墜落させてどうする!〉
〈違います! 敵船の遠隔砲が、自船の上部右舷のあたりを砲撃してるんです!〉
僕たちを逃がすまいとしてるのか。相変わらずむちゃくちゃだ。

〈A隊、ブリッジ突破! いました!〉
〈マリスは船首ブリッジだ! 全員そっちに集まれ!〉
〈スタージャッジと人質は?〉
〈命令違反のビメイダーはほっておけ! それよりマリスだ!〉
ああ、ほっといてくれ。僕らはお先に失礼する。幸運なことにフリッターは弾幕の外だし、戻しかけていたカプセルも無事だ。僕はこの船に入った時の記憶を辿った。下面、中央部少し前よりに大きなハッチがあった。もし格納庫なら、そこを攻撃することはまずないだろう。

幸い思っていた場所にはすぐに辿りついた。読みどおり格納庫で、三機の艦載機もあった。
「飛行機の倉庫‥‥?」
「うん。災害の時でも逃げられるように、出入り口は手動でも開くはずなんだ。どこかにレバーかハンドルが‥‥」

「待てよ、スタージャッジ」
その声にぎょっとした。一機の小型機の陰から、黒いアーマーが現れた。
「その子の命は、ボクがもらう」
「‥‥どうやって‥‥ここに‥‥」
ブリッジで包囲されてたんじゃなかったのか? 維持省はなにやってんだ。僕は作戦周波数にターゲット発見の信号を送り、状況モニターをそのまま送信し続ける形にした。陽子を抱えてこいつと戦うのは圧倒的に不利だ。早く連中に来てもらわないと。

「主要な箇所は電送移動できるようにしてある。当たり前だろ」
ぜんぜん当たり前じゃない。船の中を電送移動する奴なんて話にも聞いたことはない。僕は陽子を背中に回して後退る。僕のシャツを握りしめた手がおののいてる。
「予備のエネルギーを持ってたんだな、スタージャッジ? ボクを油断させるために自分の身体を破壊してみせたとは驚いた。キミはやっぱり最高だよ。だからご褒美だ。その子を失う悲しみを、孤独を、思い知らせてやるよ」
「もううんざりだ! 僕にはもう十分に予測できる。陽子を失う悲しみも、孤独も!」
「そして憎しみも、だ、スタージャッジ。ボクを憎んで生きろ、機械人形!」

「クラッディング!」
陽子を壁際に下ろして飛び出し、打ち込まれたソードを受け止めた。装甲の接続部は左手の破損箇所の少し上なので、武装すると逆に左手も使えて助かる。マリスは体を丸め、僕のボディを蹴って陽子の方に飛ぼうとした。その足首をつかんで床に叩きつけ、だんと床に伸びた黒いアーマーの上から全体重をのせて蹴り込む。奴の喉元を掴み上げ、ぐんと飛行して奥の壁に押しつけた。すでに最高レベルの光弾モードになってるエネルギー銃を奴の右肩に押しつけて撃ちこむ。落ちたソードを奪い取ると、奴のアーマーの脚部に焼夷ゲルをぶちまけ、用意してきたエフェクターを投げつけて跳び退った。ゲルは即時に発熱し始め、エフェクターは周波数を変えながら何種類もの甲高い音の組み合わせをまき散らす。マリスが自分のアーマーを融解させた時の音信号。どうせ変更してるだろうが、偶然でいいから当たってくれ。

振り返ると、驚いたことに陽子がだいぶ移動していた。座り込んで壁をなでている。僕はひと跳びで彼女のそばに戻った。陽子が僕を見上げる。
「‥‥これ、模様じゃない、よね‥‥?」
短い弧状の細い棒がいくつか壁に張り付いてる。ランダムで適当に撒き散らしたような状態だが、棒の片方を押すと動く。そしてその先の床は明らかに稼動部。となると、これは‥‥

「そうだよ、それがハッチの鍵。なんの形にすればいいか、わかる?」
近づいてくるマリスの脚部は表面がやや溶けただけでなんともない。エフェクターも失敗だったようだ。右肩は抉れ、装甲の腕が多少ぐらついてる。ただ声音には苦痛の色もない。
「相変わらず凄まじいね、スタージャッジ。やっぱりキミを動けなくなるまで破壊しなきゃ、ダメか」
「俺も今、そう思ってたとこだ」
「いい答えだ。隔壁は全部閉じたから、邪魔はしばらく来ないだろ」

「‥‥マゼランっ」
陽子が僕の腕に手をかける。その髪に例の翻訳髪飾りがあった。なんてこった。上着に入れたやつを見つけたんだ。怯えさせるくらいなら壊しておけば良かったと思いながら、陽子の手を軽く叩いた。
「大丈夫だ。絶対助けるから」
陽子が僕の腕を揺さぶり、泣きそうな顔で首を強く横に振った。
「違うよ。無茶しないで。死なないで! 約束よ!」
僕は黒い瞳を覗き込み、その白い頬をなで、装甲の中だったけど笑ってみせた。
「君と一緒にいるって約束したろ? なら死ぬわけがない」
陽子が泣き笑いのような顔でこくこくと頷いた。

「もういいかな? 見てると妬けるよ。その分、あとがすごく楽しみだけど」
マリスが一歩踏み出してくる。
「言っとくけど、自滅なんて考えるなよ。キミが死んでもその子は殺す‥‥」

マリスがそう言ったときはもう、僕は奴のソードで切り込んでいた。マリスが跳び退る、それを追う。奴は僕を嘲笑うように紙一重のところで切っ先をかわしていく。スピードにもセンサーにも絶対的な自信があるんだろう。全てを無効化されながら、僕もひたすらに斬りつけ、突き続ける。一つには陽子から離れるため、そしてもう一つ。
マリスの動きがもはや惰性のようになってきた時、僕は柄のほとんど終端を掴み直した。ずっと短く持っていた。奴がその間合いに慣れきるように。案の定、地摺りからすくい上げたソードに手ごたえがある。刃が左大腿部に食い込み、黒いアーマーがぐらりとのけぞった。両手で掴んだソードを満身の力をこめて跳ね上げる。だがマリスはその刃を左前腕で受け止めて押し返してきた。

奴のアーマーの出力に逆らっても無駄だ。そのままソードごと手を床について自分の身体を跳ね上げる。力のバランスが崩れて重心の流れた奴の背中に思いっきり膝蹴りを叩き込み、少し跳ね飛んで距離をとった。マリスのソードはもらったまま。僕の装備よりこいつのほうが出来がいい。

一度は床を舐めたマリスだがすぐ跳ね起きてくる。
「いったいキミは何者だい。本当にスタージャッジ? 戦闘用に作られたんじゃないの?」
「戦闘用だろうが工事用だろうが知ったことか。ただ、お前を止めるだけだ」
「ボクら自由人の奴隷の分際で偉そうに!」

「じゃあ貴様はなんだ!」
僕は奴の頭上に思いっきりソードを打ち下ろしていた。もちろん奴はよけたが、もし当たっていたら殺していたかもしれなかった。
「自分の歪んだ欲望のために、何人もの命を奪い、何の関係もない陽子まであんなむごい目に遭わせた貴様は、いったい何様のつもりだ!」
「ボクにはスタージャッジに復讐する権利があるんだ!」

「そんなものあるか! あんたは愛されて育った。愛することも知ってた。それでなんでこんな結論に行き着くんだ! 俺達がいなけりゃあんたの病気は直ったのかもしれない。でも不当に征服されて多くの人が苦しむ可能性の方が高かったんだ! それにたとえ自分が辛い目に遭ったからって、他人を踏みにじるのが自由人のやることか! そんなことが自由の意味なら、そんな自由、無くなっちまえ!」

「だまれ、このくそビメイダー!」
すばらしくスピードの乗った黒い拳が入ってくる。一挙に間合いを詰められた。何度か弾いたところで重いブローが腹部のちょうど破損箇所の上にヒットする。一瞬、信号の流れが止まった。装甲には緩衝材なぞ無い。物理的な衝撃はダイレクトに響く。俯きかけたところに強烈な蹴りが飛んできて僕はふっとび、壁に激突した。もう一度マリスの足が腹部にめり込み、僕は呻いて屈みこんだ。
「腹のキズ、さすがに治ってないみたいだね。そこからバラしてやる」

ああ、治ってない。だけどお前にはわかってない。僕がもう痛みなど一切感じてないことが。
動かない僕に油断した大振りの左が入ってくる。それを掴み取り、相手の勢いも利用して壁に叩きつけた。奴の身体を俯せに床に踏みつけ、掴んだ左腕を背中に回して捻り上げる。足の下からガリゴリといやな響きが伝わってきて、黒いアーマーの肩の可動部が内部本体の肩関節もろともに砕けていく。

手に熱を感じた気がして、とっさに奴の腕を肘から折り曲げ、手先を自身のアーマーに向けさせた。同時に奴の左手先がぶわりと気化する。だが奴の武器が分解したのは僕じゃなく、自分のアーマーの背中部分だ。
僕はもう飛び退いてる。奴は壁の手すりに捉まって立ち上がると、その手すりを折り取った。剥き出しで血まみれの背中はスキンだからともかく、少なくとも左肩は砕けてるだろうに、奴の方も苦痛の声は一切無い。

手すりの棒を即席の槍として、マリスが僕に突き込んでくる。身体を開いてかわした僕に黒い欠片がぶちまけられた。ずん、と腹に届くような低周波数の振動とともに、そいつが灼熱を発して融解する。大きく飛んで距離を取るが、僕の装甲には白熱するマグマに変化した奴のアーマーがまとわりついていた。
「クラッド・オフ!」

いったんアーマーを解除すればマグマも一緒に消滅する。だがそこに矢継ぎ早に繰り出されてくる即席槍。左半身のアーマーを僕にぶちまけてしまったマリスが、鮮やかな槍捌きで未武装の僕を追い詰めようとしている。左半分だけのぞいている大きな瞳のその顔は、何も見ていないかのように無表情だ。だがこっちの動きも半端じゃない。緊急モードでもないのに、どうしたんだ、僕の身体は?

僕は奴の脇をすり抜け壁を駆け上がった。
「クラッディング!」
壁を駆け下り蹴り出して、奴の左脚部を薙ぎ払う。切った感触もないまま奴の左脚が飛ぶ。マリスがぐらりと回転して倒れ込んだ。仰向けた奴の胸部を足で踏みつけると、その右大腿部を無造作にソードで突き刺し、床に縫い止める。そして大きな目を見開いた奴の左顔面に銃をつきつけた。


|2013.02.03 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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