サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 7) 初めての・・・
揺すぶられたり投げられたり転がり落ちたり。
"繭"は遊園地の乗り物みたいな扱いを受けてた様だが、中の僕は楽しみからはほど遠い所にいた。抜け出そうと必死であがいてるけど気ばかり焦って進まない。横倒しになってから既にずいぶんの時間が経ってしまった。

パワーサプライをたぐり寄せようとして、電磁ネットのあちこちをぶち切ってしまったため、駆け回る電流で小さな独房の中はひどいことになっている。有機物の分解をする時しか酸素は必要じゃないから窒息の心配はないが、こんな状況が長く続いたら電子頭脳が熱暴走してしまう。僕にとって呼吸はむしろ高出力なボディの排熱のために必要なんだ。
やっとの思いでパワーサプライを破壊し、サポートシステムを駆動する。いつもの出力が無いのはエネルギー残量が少ないからで仕方が無い。次はクレイ崩しだ。いい方法があるわけもなく、まずは殴りつけるという極めて物理的なやり方で。

暗闇の中には陽子の映像がリフレインしてる。楽しそうな笑顔、笑い転げる声、光を弾く髪、心の内を正直に映し出す大きな瞳‥‥。

ラバードは陽子達をちゃんと解放したのか。あいつは僕と同じく創造主を"殺せない"ビメイダーだし、地球人はラバードを造ったスブール星人とよく似てる。僕の第六感(マイニング)回路も大丈夫だって結論を出してる。だけど‥‥

メアロタンギを眠らせた時、陽子とジョーダン氏は僕を手伝う形になった。なのに陽子を一人にしてしまった僕の失態だ。まさかラバードが人質を取るようなマネをすると思わなかった。ラバードは未接触惑星保護法には違反してるが、犯罪者じゃない。日本風に言えば「刑法犯じゃない」と言えばいいか。

何よりラバードはビメイダーだ。ビメイダーに人質がムダってことも、あいつには分かってるはずなんだ。スタージャッジの任務には「個人の命の保全」は入ってない。ただ、今回はたまたま陽子がHCE10-9を持ってて、僕はどうしてもあの子を守らなきゃならなくて‥‥。HCE10-9を確保するためには陽子を‥‥

HCE10-9を確保するため‥‥?

渾身の力を込めて肘をクレイにぶち込むと、やっとめり込む手応えが戻ってきた。同じ場所に打撃を加えれば、ぼこり、と穴が開き、淡い光が入ってくる。壊れた部分から厚い粘土の殻を少しずつ崩していった。ネットが身体に巻き付いてるおかげで自由が効かず、まだるっこしい。

違う。
エネルギーなんて関係なしに、僕は陽子を傷つけたくなかった。
でも、なぜ‥‥?

スタージャッジはその星の生命と必要以上に関わり合ってはいけない。僕らの存在そのものが、僕らの任務に反してる。

だから初めてだ。僕にとって初めてだった。
こんなに長いこと、他の誰かと一緒に過ごしたことは。

この一日が、僕の何を変えた‥‥

粘土がだいぶ壊れて片腕が自由になってからは早かった。ひな鳥よろしく殻から転がり出る。身体に巻き付いてるネットの残骸をむしり取り、しばし飢えたように息をついた。
僕の居たのは不思議な丸い部屋だった。袋のように床から壁まで一体に繋がってて妙に柔らかい。壁を拳で押してみる。ぐんと突いたら肘まで埋まってしまった。引き抜くのは簡単だったけど、いまいち気色が悪い。グランゲイザーとのチャネルに問題は無い。僕のいるのは太平洋上。海抜四Kmぐらいの場所らしい。

と、天井から声が響いてきた。
〈お目覚めかい?〉
「ラバード!?」
〈ずいぶん手間取ったじゃないか。中で壊れちまったかと心配したよ〉
「あの二人をどうした!?」
さもおかしそうな笑い声がした。
〈ちょっとここでゲームをやってもらってるよ〉
「なんだと! あの人達は解放するって言っただろうがっ」
〈まずは取引が先だろう? さっさと上がってくるんだね〉

声と同時に天井の一部にぽこりと穴があいた。飛び上がってみる。案の定天井も柔らかく、多少握力があれば貼り付ける。まるでヤモリだ。ここから上がって来いって意味なのか?
「う、わ‥‥っ」
手足がいきなり何かにつかまれた。天井が変形してるんだ! そのまま首がもげそうな勢いで上に引き上げられた。がくんと止まった所は、非対称が基調のちょっと酔いそうな部屋の中。腕も脚部も元天井だった物体にくるまれて動かせない。

奥に座っていたラバードががつかつかと歩み寄ってくる。髪はまた新しい形に結い上がり、あちこちにキラキラしたものが編み込まれていた。彼女は僕の顔を覗き込むように身をかがめると、僕の頭にぽんと手を置いた。
「思うままになってくれると、坊やも存外可愛いな」
「ふざけるなっ! 二人をどうしたっ」
怒鳴ってその手を払う。といっても僕にできたのは頭をめちゃくちゃに振っただけだ。ラバードがせせら笑う。
「滑稽だな。そんなに感情的な様子を晒すなど、ビメイダーらしくもない」

‥‥その通りだ。ビメイダーは任務を遂行するために常に最善の手を選び、行動するように作られてる。決して感情にとらわれること無く。いろいろな立場の異星人が絡み合う中で、長期に渡って星の自然な進化を保つスタージャッジの任務をビメイダーが担っているのはその特性が故のことだ。
「そのうえ変身もできないと来た。エネルギー不足なんだろう? 品薄だって話は聞いてるよ」
そんな情報交換のルートもあるのか。スタージャッジをジャマに思ってる奴等は多いから。確かに今の僕は緊急形態になれないどこじゃない。繭からの脱出にかなりパワーを食った。あと数時間もしたらきっと動くことさえできなくなるだろう。

僕が黙っていたので、ラバードは面白くなさそうに奥の椅子に戻った。何か手元で操作すると横の壁の一部分が明るくなり、九分割の画面にいろんな映像が表示される。そのうちの一つが全体に広がった。
表示されたのは入り組んだ通路の集合体。ざらついた画面の感じから考えて、たぶん天井が半透視材で出来てるんだろう。こちらから相手の様子は見えるけど相手からはただの壁にしか見えないという至って行儀の悪い素材だ。ごちゃごちゃした通路がざっと流れ、角の小さな部屋になっている部分がアップになった。
「陽子!?」

小部屋の中の陽子はスブール風の不思議な形のソファによじ登り、手を伸ばして天井を真剣に見回している。目元は泣きはらして赤く、白い袖から伸びる包帯で巻かれた細腕が痛々しい。そのうち部屋にジョーダン氏が入ってきて、二人で何か話し始めた。確かにそう緊迫感は感じられないのだが、この親子、その点だけは信用できない。

「ラバード、貴様‥‥」
「おっと、勘違いするなよ。わたしだって置いてくるつもりだったんだ」
「なに?」
「小さい方が固まったお前にしがみついてうるさくてな。引っぺがしてお前だけコンテナに放り込んだんだが、勝手に入って来たんだ。大きい方もだぞ。別にムリヤリ連れてきたんじゃないからな」
「陽子が‥‥」

あぶなっかしくて、明るくて、子供みたいな陽子。
なのにメアロタンギの時も逃げずに手伝ってくれた。ラバードに捕まった時さえ僕の命乞いをして‥‥。陽子のしぐさや言葉や表情や‥‥それらの記憶が不思議な温かさと一緒に浮かんでくる。

‥‥‥‥僕はたぶん、きっと、ずっと、とても、嬉しかったんだ‥‥。

ラバードは妙に寛容な笑みを浮かべて僕を見ていた。
「スタージャッジのくせに星の人間を手なずけたりして、この不心得者が」
「‥‥不心得か‥‥。そうかもな‥‥」
「まあいい。非力な地球人の仲間なぞ何人増えても同じだ。お前が規則だらけのダイヤモンド頭じゃないと分かって好都合だ。じつはな‥‥」

「その前に、ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
「陽子達のいる場所、迷路みたいに見えるんだが‥‥」
「そうだ。せっかくだから知能検査に協力してもらおうと思ってな」
「知能検査だぁ? もうちょっとマシな方法、思いつかないのか!」
「翻訳機も出て無い未開惑星なんだぞ! 迷路が一番手っ取り早いだろうが! ほら、対角の出口にはちゃんと食べ物も用意してある!」

「‥‥わかった。続きを話せ。じつは、なんだ」
「わたしが地球を観光地として開発しようとしてることは知ってるな」
「ああ。スブール星の住人はみんなして紫外線に弱いくせに、ご苦労なこった」
「市場は私の同胞だけじゃない。それに海底やドームを使えばスブール人だって楽しめる」

スクリーンの映像は切り替わり、分割された画面に地球の色々な風景が映し出された。きれいなビーチや高原、一方で大量の車やゴミの山‥‥。
「わたしが初めて訪れた頃はこの星にも素晴らしい場所がたくさんあったのに、どんどん地球人どもが破壊してしまった。残っている自然もこのままではいつか潰されてしまう‥‥」

ラバードの声音は真剣だ。気持ちの上ではわかる。それでも今の地球と似た道を通って、その後良い環境を取り戻した星もあるのだから。
知能の発達した生命は安楽さを求める傾向があり、一個体あたりのエネルギー消費が高くなっていく。その種が星の中で大きな勢力を持っており、かつ科学水準が低くて生じた負担を環境に向けざるを得ない場合、今の地球のような状況に陥り易い。要は精神と科学水準の進化のタイミングの問題だ。
もちろん最悪の状態から脱却出来ず、文明が滅びてしまうこともある。それでもそれがその星の住人が選んだ道であるなら、他からそれを変動させることがあってはならない。

「お前さえ邪魔しなければ、多くの景勝地がわたしの支配下で美しく保てていたはずなのに‥‥」
「その星の在り方も生き方も、星の住人が決めなきゃだめなんだって、何度言ったらわかるんだ」
「もし星の人間が宇宙に飛び出し、自らの意志で他の星の人間と交流を始めれば、地球はスタージャッジの管轄から離れ、お前の任務は終わるんだったな」
「ああ」
「だからお前を捕まえたんだ」
「は?」
「地球の代表者にわたしを紹介しろ。交流してやる。あと本部に報告書を書け。『地球は宇宙の住人になりました』って」

「‥‥あんた、本当にちゃんとした交流をする気が、あるのか?」
「もちろんだとも」
スクリーンに地球の立体映像が現れた。ラバードが指示棒で示しながら説明する。
「まず地球人は全員どっかの大陸に集める。一応この一番広いトコを考えてるが、やたら密集するのが好きな生物だからこっちの狭いほうでもいいかもな。で、残りは環境に応じて、適宜アミューズメント・パークやリゾート・パークに‥‥」
「それがいかんって言うんだ!!」
「なぜだ! いいか。わたしがなぜこんな企画をたてたと思う!? 地球人の娯楽施設を作る能力に敬意を表してだ。遊園地なんぞ作る前にやることがあるような気もするが、こと娯楽に対する地球人達の能力は確かに優れている。だから私のパークができたら大量に雇ってやる。雇用の創出だ! 出来のいい奴はプランナーとして破格で雇ってやろう!」
「だから、そーゆー問題じゃないっつってるだろうが!」

「もうこのダイヤモンド頭! いい加減に説得されろ! わたしがどれだけ苦労してアミューズメント・プランツを開発したと思ってるんだ!」
「アミューズメント・プランツ‥‥? もしかして、フラーメ達が育ててた‥‥?」
「そうだ、見ろこの叡智の結晶を!」
今朝見たばかりの黒々とした芽がスクリーンに映った。それがどんどん成長していく。微速度カメラみたいなもんだろう。それで‥‥。

「‥‥う、うそだろ!?」
芽は大きな木に成長した。きれいに放射状に枝が伸び、それぞれの枝には巨大な実がついている。そのうち幹を中心に枝が回りだした。
「実には乗れるんだ。今日見たあの乗り物を真似て、縦回転するようにしても面白そうだな」
「なんなんだ、これ」
「カミオ星のハウス・プランツを改変したんだ。観光をウリにしているリーライ人の力も借りたんだぞ。ここまでするのは本当に苦労した。でも蒔いて水をやるだけで遊具になる。建築の手間がない上に環境にも優しい。すばらしいだろう? ほらほら、他にはこーゆーのもある」

スクリーンにはいくつかの妙な植物が映しだされた。睡蓮のような花が水上をぐるぐる回りながら移動してる。これは花に乗れるようになってるらしい。マングローブのように入り組んだ植物の根をコブがすごい勢いで移動するものもある。うーん、よく出来てる。楽しそうだ。陽子が見たら喜ぶだろうなぁ‥‥って、だめだめ!

「遊園地に現れたのは本当に調査のためだけだったんだな」
「そうさ。客の様子を見るには地球人が居るときでなければわからんからな。あれだけたくさんのメカがあるし、面倒だから一挙に調べようと思ったのさ」
「やり過ぎだ。大騒ぎだったんだぞ!」
「そうしたらお前が居たんだ。これも運命だよ、スタージャッジ。風はわたしに吹いている。さあ地球の代表に紹介しろ。本部に報告書を送るんだ!」

ああ、ラバード。まったく、この根性は認めるよ。認めるけど‥‥。

「‥‥少し、考えさせてくれないか」
「おお! その気になってきたか! よしよし、一ヶ月でも二ヶ月でもゆっくり考えるがいい。あの部屋はお前のために用意したんだからな!」
げ、あの無気味な部屋! やっぱり僕対策だったのか。衝撃を吸収する材質って一番やっかいなんだよ。ラバードは満面の笑みで、僕のそばに寄ってくる。悪いな、ラバード。あんたの要求、呑めるワケないだろ?
「ラバード。それで‥‥。頼みがあるんだ。陽子達に会わせて欲しい。映像だけじゃ安心できない」

ラバードはまた僕の頭をぽんぽんと叩いて、わははと笑った。
「ほうほう。おやすいご用だ。やっぱりあの小さいのに惚れていたんだな、スタージャッジ」
「‥‥えっ‥‥。惚れ‥‥って、お、れは‥‥」
「ビメイダーとはいえ、そろそろそういうことがわかっていい歳だぞ、坊や」
ラバードは至極まじめな顔でそう言った。

|2006.08.26 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 8) ファースト・キス
「これ、取ってくれよ、ラバード」
「囚人のくせに図に乗るな。らしいカッコでいいだろう?」
「招待するって言ったろ。客じゃなかったのかよ」
「誰が客だ。それにお前は身動きできない方が可愛げがあっていい」
‥‥なんか危ない発言だな〜〜。勘弁してくれ。

ラバードの前を歩かされてる僕は、両腕もろとも上半身を幅広の拘束シートでぴっちりと巻かれていた。スブール星はなぜこーゆーグッズが発達してるんだ。とはいえこうやって素直に陽子のところまで案内してくれるのだから、あまり文句も言えないけど。

基地の上面に出ると雲一つ無い空に月が明るかった。基地といってもそこらでよく売ってる組み立て式の浮遊ステーションだ。長径が150mを越す楕円ボールを半分にしたようなヤツで、居住部や重力エンジンは内部に組み込まれてる。ここは断面の平らな部分。昼間はたぶんドームがかかるようになってるんだろう。

ここは基本的には発着場で、甲板と言った方がいいかな。内部に通じるでかいハッチや例の輸送艇、それにもっとコンパクトな飛行艇もあった。そしてとんがった方の隅に例の迷路の建物が‥‥。こんな場所に50メートル四方もの迷路を用意するなんて、門外漢の僕にはさっぱりわからないや。

ラバードに促されて四メートルほどの高さの迷路の屋根に飛び上がった。屋根はまるで分厚い氷のよう。そしてその下に広がる迷路。なんだかちらちらしてセンサーが混乱しそうだ。
陽子たちは迷路の中央近くの脱出口の下にいるはずだ。この迷路は途中の天井にもいくつか脱出穴があって、うまくすればそこから抜けられるようになっている。だが天井は高くて、脱出口には特殊なロックがかけてあるから、出口までマジメに歩いた方が早いはず、というのがラバードのコメントだった。
だが、ラバードの予想に反し、"氷原"の一角がゆっくりと押し上がっていく。
「ほう。こんな短時間であの錠を開けたというのか?」

ラバードのつぶやきを僕は聞いていなかった。だっと駆け寄る。半透視材を通して、ジョーダン氏の肩の上に立ち、不安定な状態で重い上げ戸を押し上げようとしている陽子が見えた。
「陽子!」
少し上がった扉板と屋根の隙間に靴先を入れ、蹴り開ける。
「‥‥あ。マゼ、ラン‥‥? マゼラン!」
屋根の縁につかまって叫ぶ陽子の頭部は天井面よりまだ下だ。僕は縁にひざまずくと頭を延べた。
「僕の首に手を回すんだ! 親父さんは陽子の足に掴まって」
「うん! パパ!」
そのまま身を起こして立ち上がり陽子を引き上げた。屋根に手をかけたジョーダン氏を肩に掴まらせて引きずりだす。

「マゼラン!」
陽子が僕に飛びついてくる。抱きしめたかったけど、こうぐるぐる巻きにされてちゃ無理。でも肩に回されてる細い腕もくすぐったいような髪の感触もその声も、全てが僕の歓喜を呼び覚ます。
「生きとったのか、宇宙人!」
ジョーダン氏が拘束シートの上からどんと僕の背中を叩いた。その声にも安堵と喜びがあって、僕はまた嬉しくなる。
「ありがとう、親父さん」

「感動の再会はそのくらいにして。そいつらほんとにあの鍵を開けたのか? ほとんど不可能なはずだぞ」
ラバードが近寄って来たのに気がついて、少し後じさりした陽子に訊ねる。
「なんか、鍵みたいなの開けた?」
「これのこと?」
陽子が取り出したのは南京錠みたいな大きな錠前。曲がったヘアピンがまだ刺さっている。
「それ、アイツに投げ返してやって」
頷いた陽子が問題の錠前をラバードに向かって投げる。受け止めたラバードは驚きの眼で錠前をためすがめつ見ている。電子ロックに慣れすぎて、物理的な仕組みの錠が逆に「ブラックボックス」化しちまってるんだ。

ラバードが顔を上げて、僕と陽子達を見やった。
「なかなか面白いな地球人も。だが全てはお前との話がついてからだ、スタージャッジ。無事が判ればもういいだろう。その二人は責任を持って元の場所に帰してやる。お前とは話の続きをしよう」
「そうはいかないよ。やっぱりあの話には乗れない」
ラバードはふふんと笑った。
「まあそう言い出すだろうとは思ったさ。ならばお前はこのままここに留め置きだ。お前の身体が死んで、新しいお前が生まれた時、そいつが古い身体を処分しに来るのは知っている。ならば新しいお前をまた捉えて、徹底的に言い聞かせるだけだ」
「それもイヤだ」
「はん。エネルギーが尽きかけて戦うこともできないお前に、いったい何ができる?」

それが使命だからか、必要だからか。それとも無性に欲しただけなのか。些細な事柄は溶け合って形を失い、僕はただ陽子の名を呼んだ。応えた陽子が僕を見上げる。

「怖い目に遭わせてごめんね。でも、君のことは僕が護るから」
そう囁いて、身をかがめた。

陽子がかすかに息を呑んだ。つややかな唇がわずかに開いたまま動きを止め、驚いたように見開かれていた黒い瞳がそっと閉じた。少女が僕の身体にすがるように少しだけ背伸びをした時、あらゆる感覚が遠く切り離されたように感じた。

そっと触れ合った唇の感触だけが、その時僕の全てを埋めた。

|2006.08.26 Saturday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 9) 交渉決裂
全身が目を覚ます。
センサーからの情報量が倍増して、伝達速度が上がっていく。

陽子が頬を染め、背伸びをやめてうつむいていく様がスローモーションみたいに映る。緊急モードに慣れるまでの一瞬の夢。すでに自由になった手で、その栗色の髪を抱き寄せて頬ずりした。

ありがとう。

君が今、僕のそばにこうしていてくれることに感謝する。

口をあんぐり空けて固まってる親父さん。なんか古代の遺跡みたいですけど。驚かせて済みません。
でも‥‥

向き直ると同時に伸びて来たラバードの髪を右手で掴みとった。高く上げた左腕の周囲にはすでに装甲が装着されてる。それがカシャンと僕の腕を包むと同時に下腕にそって鋭いエッジが現れた。ぐいと引き寄せたワイヤー製の髪をその刃で叩き切る。

「またこの人たちを狙うなら、容赦しない!」
「はん。聞いたふうなことを。誰かを守る戦いなど、したことも無いくせに!」
「なら学習するさ! クラッディング!!」

一瞬で僕の身体は重厚なサポートアーマーと防護マントで覆われた。体内のコントローラーがエントロピー・リミテイション・スティック内の原子と周囲の原子を使って作り上げる装甲。身体の各部で神経経路、エネルギー循環経路と直結し、僕の"意志"という信号に即応する第2の皮膚。ビメイダーだからこそ使いこなせるウェラブル・ウェポンだ。

「ラバード! 住人の許可なく領空内に基地の建設をするのは重大な未接触惑星保護法違反だ! 速やかに退去しろ!」
「スタージャッジを取り押さえろ! 頭さえ残れば破壊しても構わん! 地球人を確保しろ!」

ぞろぞろと大量のフラーメが屋根に上がってきた。あまりの数に陽子が怯えた声をあげる。
「マゼラン、い、いっぱい来たよ! ラグビーボールみたいなのも!」
「大丈夫。僕から離れるな」
陽子は素直に僕の背中に身を寄せた。親父さんはそんな陽子を庇うように僕と背中合わせに立ってる。アーマーにはあちこちに視覚センサーがあるから、今の僕は文字通り背中に目があるんだ。

「いったい どーする気だ」
親父さんが抑えた声で言う。
「やつらをもう少しおびき寄せたい。その状態で屋根を破壊します。陽子は僕に任せて親父さんは背中に掴まって‥‥って、ちょっと!!」
「おお、掴まってやるとも! こーか!」
「それっ く、首締めてますっ!」
「何が『陽子は任せて』だぁああ! よくもワシの娘を!!!!」
「パパっ そんなことやってる場合じゃないでしょ!」
まったくだ。まったくその通り。

「諦めろ、スタージャッジ。そんな調子で逃げ切れるわけがないだろう?」
ドタバタしている僕らを見てラバードが笑った。
「確かに。意外と難しい課題みたいだな」
「だろう? 慣れないことはやめておくんだな」
「違反者と取引する方が、よほど慣れないさ」
ラバードとくだらない会話を続けながら、僕はセンサーでフラーメ達の動きを見ている。陽子と親父さんをかかえた僕の様子に彼らも油断したようで、かなり近寄ってきてる。この数なら、基地の殆どのフラーメがそろってるのかな。そろそろいいか。

「IDカノン!」
グランゲイザーから呼び寄せておいたバズーカを引き下ろし、砲口を真上に向けて支えると、砲弾そっくりのリモート・バルブを装填した。
「耳ふさいで!」
発射された4つのバルブは僕らを取り囲んだフラーメ達の頭上を越えて、屋根の四方にずどんと落ちる。ラバードが高笑いした。
「何処を狙ってる! その上、不発と来たか!」
もう砲口は真下に向け直してある。
「これでいいんだよっ! バイブレーション・シェルッ!」

ファイヤーと言いたいとこだけど、まるで工事現場のクラッシャーみたいな感じだから省略。独特の振動が足下に広がったのを確認すると、陽子を抱き上げ親父さんをとっつかまえる。アーマーの重力サイクロンを逆転させて飛び上がった。IDカノンは脳波でコントロール可能だ。でっかいラジコンと言ったらいいのかな。バルブを戻したカノンは空に待避させた。

「逃がすか‥‥なっ!?」
ラバードが髪を振り立てた瞬間、分厚い氷のように見える迷路の屋根全体に細かいヒビが入り、そのまま崩れ落ちた。迷路の中に大量のフラーメがうようよして、上から見るとちょっと気味が悪い。
振動砲はバルブと連携して物体の共振周波数の振動を送り込むIDカノンの一つの機能。火器でぶっ飛ばすより被害も少ない。いつでも使えるわけじゃないけど今回みたいな一様な材質だとばっちりだ。半透視材は割れやすいしね。

「マゼラン、すごい! 飛んでるの!? 飛んでる!」
「陽子、お願いだから、はしゃがないで!」
「だって、すごいよ、わーい!」
「空が飛べたって、ワシは許さんぞぉおお!」
「うわっ 暴れないで下さい!」
だ、誰かを守る戦いって、難しいな‥‥。

倉庫のような建物のそばに降りたら、一度きちんと立った陽子が急に崩れて、びっくりして抱きとめた。
「どうした?」
「あれ‥‥。ごめん。なんか、へん‥‥」
親父さんが慌てて回ってくると、僕から奪い返すみたいに陽子を抱き取った。
「大丈夫か! 空気が薄いから気をつけろって、あれほど‥‥」
「あっ! ここ、高度が‥‥!」
「さっさと気づけ! ずっとお前を心配して、具合が悪くなるゆとりもなかったんだ、この子は!」
「‥‥済みません。とにかくまず地上に降りないと。あの飛行艇を使いましょう」

甲板に止まっている飛行艇に向き直った時、上空を明るい帯が流れたように見えた。僕達の行く手を遮ったのはラバード。基地上部に渡っている梁のような構造物に髪を巻き付け、テナガザルよろしく飛んできたのだった。
「逃がさないよ、スタージャッジ」

明るい満月の光に包まれて、幾束にも分かれた金とオレンジのメッシュの髪を揺らめかせ、左手を腰にあてて立ちはだかるその姿は、いつ見てもクールな設計だと思う。髪にちりばめられたアクセサリーが煌めき、いつもより派手な印象だ。彼女の"髪"は、束単位で自在にコントロールできる細いワイヤーだ。地球の神話のメデューサに似てるが、機能的に見ると蛇というより器用なサルの尻尾がたくさんついてると言った方がいいだろう。

そう、こいつは0024の頃から地球に来てた。地表に下りてしまったラバードが目撃されてゴルゴンの三姉妹のモデルになったことは十分に考えられる。0024の名誉のために言っておくが、あの時代はもっと悪質な侵略者が多くて、手が回らなかったことがあったんだ。ただそんな時、彼女は他の侵略者を追い出すために、0024に協力することがあったそうで、ラバードと僕らは「腐れ縁」なのである。

「あとにしようぜ、ラバード。時間はいくらでもあるだろ」
いくら腐れ縁でも、今はこいつとはやり合いたくない。さっきの接触で得たエネルギーでは長時間のアーマー着用は無理だ。僕が陽子の身体に口づければ、浸透圧差で移動する溶媒のようにHCE10-9が僕に流れ込むが、流れが穏やかな分、一度に回収できる量は限られてしまう。でも流量を増やしたら確実に陽子を傷つけるだろう。

とはいえ世の中、思うようには回らない。背の高い女ビメイダーはにっと笑い、予想通りの態度に出た。
「お前と付き合うのも、もう飽きたよ。ここで決着をつ‥‥!」

僕はもう突っ込んでた。早く諦めてもらうしかない。伸びてくる髪束を避けて身体を倒し、床すれすれに飛び込むと細い足を蹴り払う。彼女がそれを避けた時、僕はもう後ろに回ってた。そのまま後ろ髪を掴んでぶん回し、倉庫から離れた大きな柱に思い切り叩きつけた。

ラバードは暫く起き上がってこなかった。ちょっと心配になって近づいたら、一部壊れた柱に体重を預けるように、よたよたと立ち上がった。
「‥‥前から言おうと思っていたがな‥‥、スタージャッジ」
「なんだ?」
「貴様は女性に対する振る舞いがなっていない。わたしは民間のメイド・ビメイダーなんだぞ」
「そんなこと言うなら、もっとおしとやかにし‥‥う、わわっ!!」

上の梁から降ってきた髪が僕の両腕に絡みつく。なんでだ、と思って見たら、ラバードの奴! 柱の中に髪を一部通してたんだ! がくんとつり上げられ、破壊された梁の部材もろともに床に叩き付けられた。こんな乱暴なメイドさんがどこにいるんだよ!

もう一度振り上げられたが上腕のカッターで髪を切って抜け出した。相手からもらった遠心力を利用し、上空高くからラバードに向かって蹴り込む。ラバードが残りの髪束を彼岸花のように広げた。こうなったらもう、ショートカットにしちゃうぞ!

「IDスライサー!」
カノンの翼に鋭いエッジが現れ、遠隔操作の大きなカッターに早変わり。小さな白い機体は月光を柔らかく弾きながら、ラバードと僕の間を舞い降り舞い上がる。ラバードは髪を急停止。よし、と思った刹那、その髪から例のきらきらアクセサリーが飛んだ。
「なっ!?」
防護マントがなびいて剥き出しになっていた脚部に煌めく小さなマシンが大量に張り付き、それが関節部に入ってくる! それもノイズ信号を放出しながらだ!

「トゥインクル・ワームだ! アーマーは使えんぞ!」
床に転がった僕に勝ち誇ったラバードの声が浴びせられる。このやろう。こんなもんで僕を止められると思うなよ。
「サブリメイション・ヒート!」
身体に巻き付けた防護マントが強烈な熱に変換され、ラバードのミニマシンが蒸発した。アーマーの外側もとんでもない温度になるが、熱電素子が熱の拡散を電流に変換する。エネルギーを貯めて内部の僕を護る一石二鳥だ。床から跳ね起きた僕はラバードの懐に飛び込んだ。

「スタージャッジ!」
彼女の髪がまた襲ってくる。今度は避けず、頭部のシートを前方に広げた。これ、マフラーみたいに見えるが、様々な用途の伝導繊維が集まったもので、先端部のフリンジ状の部分が端子だ。導線にはアンテナの役割をするものもあれば、アーマー内部のアース線と直結している線もある。で、そいつをラバードの髪束に突っ込ませ、高電位に引き上げた。
「がっ!」
ラバードが頭を押さえてうずくまる。髪束がぴたっと動きを止め、主の身体にまとわりつくように落ちた。髪から頭に電流を流し込まれるなんて、僕だってかなりイヤだが仕方ない。

僕の右手にはもうジャッジ・スティックが握られてる。地球で言ったら特殊警棒みたいなもんだ。実際はビームサーベルの柄でもあるんだが、それをラバード相手に使う気は無い。頭を抱えるラバードの両腕をスティックもろともに掴み、別の構造物の壁にラバードを押しつけ、喉元をスティックで押え込む。

「もう出て行ってくれよ、ラバード。こんなやり方したって、あんたが損するだけだ」
アーマーを着た僕よりなお背の高いラバードを見上げてそう言った。だが彼女は下目で僕を見据え、また不敵に笑った。
「お前に偉そうなごたくを並べてるヒマがあるのか?」

ラバードの唇がすぼみ三万Hzほどの音が響いた。六本足の爪が固い甲板を蹴る音。リークが背中を駆け降りたような気がした。ばっと陽子達を振り返った瞬間。

足下がいきなりぱくりと開いた。落ちかけて慌てて飛び上がろうとしたが、床から例の牢獄粘土が噴出して僕を覆った。強烈な勢いで床下に引きずり込まれ、かろうじて肘先で床面を捉える。でも、頭部以外は全部が白くくるまれたこの状態では、こうしているだけで精一杯だ。

「抵抗したら襲わせるぞ。大人しくするんだな。もっともいくらもがいたところで抜けられまいが」
メアロタンギはもう陽子たちのすぐそばをぐるぐる回っていた。こんなに近くちゃカノンやスライサーじゃ攻撃できない!
「陽子! 親父さん!」

「パパ、急に動いちゃだめよ。逃げたらだめだよ」
「わかっとる」
驚いたことに、父親の腕から離れた陽子がそっとひざまずき、なんとメアロタンギに話しかけ始めた。
「え、えっとね。今日はアイスクリーム、ないの。ごめんね」
メアロタンギはぐるぐる回るのをやめ、陽子をじっと見ている。
「でも、キャンディならあるんだけど、食べる?」

「陽子。本当に持っとるなら、こっそりパパに渡しなさい」
「うん」
陽子が後ろ手に親父さんに何かを渡した。今度は親父さんが陽子から少し離れる。メアロタンギはそちらに向きを変えた。
「どうかな?」
親父さんの手の動きにつられ、メアロタンギがぎゃおっと口を開けた。親父さんがキャンディをぽんと遠くに投げる。

「こらっ、ミーナッ」
ラバードが怒りの声をあげたが(あのメアロタンギ、ミーナって名前だったのか!)、メアロタンギはだっと走り出し、落ちたキャンディの粒を嘗めとったようだ。親父さんはそこめがけて何粒ものキャンディを投げつけてる。
「この役立たず! フラーメども!」

チャンス!
「クラッド・オフ!!」
装甲を解除する一瞬、僕の本来のボディと装甲の間には隙間ができる。装甲に粘土を押しのけさせるようにして、僕は拘束から飛び出していた。一足飛びに陽子と親父さんのそばに舞い戻る。
「マゼラン!」
陽子を引き寄せ親父さんもろとも二人を背中に抱え込む。
「来るな、フラーメ達! IDスライサー!」
スライサーが僕らの周囲を飛び回り、フラーメ達が怯えて下がる。だが飛行艇に行くにはラバードを突破しなきゃならない。
「こっちへ!」
僕が陽子と親父さんを押しやったのは倉庫の方。中にフラーメの反応は無い。シャッターを押し上げて二人を中に押し入れる。

「スタージャッジ!」
明らかに動揺を含んだラバードのわめき声を聞きながら、シャッターをぴしゃんと閉めた。スライサーだけでしばらくラバードを押しとどめられるか? 再度緊急モードになったとしても、今体内にあるエネルギー量から考えて、着用時間はもうそう長くない。いったいどうしたらいい?


|2006.10.04 Wednesday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 10) 孤独の終焉(END)
「わあっ!?」
薄暗い倉庫の中央。夕日を思わせる赤みがかったライトの中、浮かび上がったのは例のアミューズメント・プランツの一つだった。ランダムな形状は確かに人造物ではない。これは「木」だ。だけど幹の上の方、枝分かれしている部分が球体関節のようになっていて、そこから上がぐるり、ぐるり、とゆっくり旋回している。あちこちにカボチャを思わせる大きな実がついていた。

「すごい! すごーいっ」
陽子はもう木の幹に手を回してる。
「よーしっ」
「あっ 陽子! だめだ、登っちゃだめだよ!」
今にも幹に足をかけようとした陽子を慌てて止めた。
「どうして?」
「それは地球の木じゃない。どんな危険があるかわからないだろ?」
「‥‥でも、素敵な夢の木に見えるよ‥‥」

そうだね。確かに夢の木だ。でも‥‥

スタージャッジの任務と切っても切り離せないジレンマ。この広大な宇宙の様々な知識や技術。それがあればこの星の重大な問題すらすぐに解決するだろう。ただし、極めて局所的に。
だからこそ自分たちの足でそこまで行かなければ‥‥。
「夢の木は、君たち地球人が作らなきゃ。君たちから探しに行かなきゃ。ね?」

「‥‥うん‥‥」
頷いて幹から手は離したものの、陽子は俯いてしまい、僕はちょっと寂しくなる。その肩をぽんぽんと叩いて向きを変えさせたのは親父さんだった。
「あいつの言う通りだ。夢は自分の力でたどり着かんと、色褪せる」

ガツンという音がしてスライサーの飛ぶ音が止まった。シャッターが押し上げられ、フラーメ十数体が飛び込んでくる。
僕は少し飛び出し、手前にいた雌のフラーメの槍を掴むと、相手を思い切り振り飛ばした。遠くの壁まで吹っ飛んでべしゃりと叩きつけられたところに、そいつの槍を投げつける。頭のすぐ脇に槍が深々と突き刺さったのを見た"ウミウシ"フラーメは、震え上がったあげくに絞ったタオルのような形になってしまった。

「僕を怒らせるな! 本気で死にたいか!」
僕は今まで彼らに対してはかなり手加減してた。だからこの乱暴にはびっくりしたらしい。怯えて引いたフラーメ達が入り口のあたりにごしゃっと集まる。それを突き飛ばすように、ラバードが入ってきた。
「ええい! ひるむな!」

困ったフラーメの一人が槍を投げた。親父さんと陽子の上に被さるようにして屈ませる。槍がどすり、と木の幹に刺さった。
「後ろへ!」
親父さんと陽子を押しやるように木の後ろに回り込んだとたん、ラバードの悲鳴と怒声とフラーメの泣き声が入り交じった。たぶん頭を思いっきり殴られたんだろう。もちろん後続の槍は飛んでこない。

「はは‥‥。この木をよほど傷つけたくないんだな。ここにいれば少しは安全そうですよ」
「なに? この木はあの女ボスにとって大事なものなのか?」
親父さんが聞いてくる。
「はい。苦労して作った試作品なんだそうです」
「馬鹿か、お前は。じゃあ話は簡単じゃないか」
「え?」

親父さんが懐から銃を出した。陰から飛び出すと木に向かって銃を構えて怒鳴った。
「こちらの要求を呑まんと、この木に火をつける! そう言え、宇宙人!」

げ! 親父さん、なんて卑怯なことを思いつくんだ。さすが、自然人!‥‥って感心してる場合じゃない。
「ラバード。僕らの安全を確保しないとアミューズメント・プランツを燃やしちまうぞ!」
「くっそぉおお! スタージャッジ! 卑怯だぞ!!」
「どっちがだ! とにかくさっさと地球から退去するんだ!」
「ええい! もったいないが仕方ない! そのツリーは捨てる! フラーメ、ツリーを傷つけても怒らん! 怒らんから、行けっ」

あっ 想定外! どうしよう‥‥。ええと、ええと‥‥そうだっ!
「待て、ラバード! このツリーの特許の問題だがっ!」
「なに!?」
「昨日採取したアミューズメント・プランツの芽はもう本部に送ってあって、綿密な調査中だ。で、今のまま、あんたが侵略法違反とスタージャッジの任務妨害を続けると、この植物のノウハウ、全宇宙向け無料公開技術になっちまうが、いいか?」
「な、なんだとーっ!」

「カミオの連中もリーライ人も商売になるから協力してくれたんだよな?」
「何が言いたい!!」
「該当の技術が途上星の侵略に使用された場合で、著作権者がその犯罪に関わっていた場合、権利は消滅するんだよ。でも、あんたがおとなしく退去してくれれば、僕も考え直す」
「き、脅迫する気か、貴様!!」
「まだあんたは具体的な被害を及ぼしてないし、今すぐ退去するならあの芽、僕の一言ですぐに本部から返してもらえるけど、どうする?」
「きっ貴様という奴は〜〜! この卑怯者! おたんこなす!」

き〜っという書き文字でもしたくなる様子で、ラバードは頭をかきむしっている。陽子と親父さんはびっくりしてそれを見つめていた。
「おばさん、どうしちゃったの?」
お、おば‥‥。僕は思わず吹き出してしまった。
「悪いことすると、あの木の特許の権利が無くなるよって言ったんだ」
「それはむごいことを! お前には寛容というものはないのか、寛容は!」
んなこと言ったって! 親父さんだって、木を燃やすって言ったじゃないですか!

「で、どうするんだい、ラバード」
「‥‥‥‥‥‥」
「なあ、早くしないと朝になっちゃうぜ」
「‥‥‥‥わかった。撤収する」
「よかった〜。わかってくれたか!」
「そのかわり、芽をすぐ返せよ」
「ああ。この基地が地球の空域から出たことを確認したらな」
「くっそぉおお、偉そうに! 覚えてろ!」
「何言ってんだ。お互い忘れたいことだって忘れられないじゃないか」
「‥‥まあ、そうか‥‥」

振り返ると親父さんと陽子はゆっくりと旋回する不思議な木をじっと見上げていた。
「夢の木だよね、やっぱり」
「そうだな」

この木はもっと大きくなるんだろうか。あの実に陽子と乗りこんで、のんびりぐるぐる回ってたらさぞかし素敵な気分だろうな‥‥。

ふとそんなことを考えてる自分に気づいて、僕はちょっと驚いていた。

 * * *

「お、あの海岸ならちょうどいいかな。誰もいないし‥‥」
「どこがだ? 何にも見えないぞ」
「僕の目、親父さん達とちょっと違ってるんですよ。大丈夫。任せといて下さい」
「お前に任せると、ろくなことがないだろーが!」
「えー、もう終わり? もうちょっと乗ってたいよ〜」
「だーめ! それよりちゃんと座ってて。着陸するよ」

ラバードから小さな飛行艇を貰い受けた僕は、陽子達と共に地上に戻ってきた。流石に生身の人間を二人抱えてあの高さから飛び降りるわけにはいかない。着陸したのは岩場に囲まれた小さな砂浜。なんの照明も無いから地球人的にはかなり暗い。それでも東の空はうっすらと明るくなってきている。

陽子と親父さんを降ろしてから操縦席に戻ると、飛行艇を海上百mほどの位置にホバリングさせた。この位置を正確にグランゲイザーに伝えなければならない。再度エマージェンシーモードになって陽子達のいる場所まで舞い戻った。

「あ、マゼラン、また変身したの? この姿もかっこいいよね 」
陽子が防護マントの留め具のあたりを撫で、嬉しそうに頬ずりする。なんだかくすぐったいような感じがした。
「変身っていうか単にアーマーを着てるだけなんだけどね。それより飛行艇を始末しないといけないから‥‥」
「始末? 爆破でもするのか?」
「はい。地球外のものですからここに置いておくわけにも‥‥。ラバードはいらないって言ってたし」
「いやはや。お堅いことだ」
僕は片膝をつくと防護マントを大きく広げた。
「二人ともちょっとこの影に入っててください。エネルギー波が少し来ます」
陽子が目を輝かせ、僕の立て膝に抱きつくようにして座り込む。親父さんも不機嫌そうにそれでも影に入ってきた。僕は小さく呟く。
「ヴァニッシュ」

一瞬の眩い光。だがすぐに薄闇に戻る。飛んでくる破片すら無い。密度変化とわずかな熱の波動が届いただけ。グランゲイザーの誇る驚異の主砲だ。衛星軌道の高度から地表の1点を正確に撃てる。計算しつくされた高レベルのエネルギー線で、特に今のように分かり切ったターゲットの場合は、周囲に大きな影響を与えずにそれを消滅させることができる。

「終わりました」
僕の声に顔を上げた親父さんは、さっきまで大きなシルエットのあった空間を仰ぎ見てひゅーっと口笛を吹いた。
「一瞬で、影も形も無し‥‥か。こんなすごい武器を持っていながら、どうして使わなかったんだ?」
「これはどっちかっていうと後始末用で‥‥。基本的には壊したり傷つけたり、あんまりしたくないんですよ。大人しく退去してもらえれば、それに越したことはないんです」

僕は立ち上がり、二人から数歩離れた。
「クラッド・オフ」
武装を解いて向き直る。これで一応任務完了。二人も無事‥‥。

そこでふと気づいた。親父さんの上着を羽織っている陽子に近づき、その上腕にそっと触れる。ラバードにさらわれた時にピンクの上着を無くしちゃったそうで、その代わりも考えてあげなきゃ。
「ねえ、君、これ‥‥。この包帯、もしかして‥‥」
「あの髪の長いおばさんが巻いてくれたのよ」
「えっ‥‥?」
「マゼランが白いので包まれちゃった時ね。おばさんはすぐ髪をほどいてくれたんだけど、たくさんすりむいちゃってて‥‥。気づいたおばさんがびっくりして、これ巻いてくれたの」
「‥‥ラバードが、そんなことを‥‥」
陽子がこっくり頷くと、自分で自分の両腕にそっと触れた。

「だからあたし、マゼランについて行けたんだと思う。でなかったら怖くて円盤乗れなかったかも‥‥」
陽子はちょっと恥ずかしそうな表情を浮かべて俯き、瞳だけで僕を見上げた。
「ごめんね」
「謝ることなんて、なんにもないだろ? 本当はあんな危ないこと、しない方が‥‥」

もし、陽子が来てくれなかったら、どうなってたろう。たぶん僕のこの身体はあの基地で終わりを迎えていたはずだ。輝くようなこの子との記憶と共に。

胸のあたりが何かで一杯になった気がした。でも決して不快じゃなくて‥‥。陽子からのHCE10-9の回収はまだしばらくかかるし、それは大変なことのはずなのに、なんだか無性に嬉しいような。これがラバードが言ってた、惚れてる、つまり、好きということなのかどうかが、僕にはまだよくわからないのだけど。

「ありがとう、陽子」
手を伸ばして陽子の髪に触れた。陽子が顔を上げてにっこりと微笑む。その笑みはもうすぐこの世を照らす朝の光よりずっと眩しい。

と、いきなり僕の眼前に銃が突き出された。
「おっとそこまでだ。娘から離れてもらおうか」
僕は陽子から一歩離れて両手をあげた。
「お、親父さん、そんなもの持ち出さなくたって‥‥」
アミューズメント・プランツを燃やすって言ってた銃だ。

あれ? でもぜんぜんエネルギー反応がないぞ。金属反応すらないけど、なに、これ?
「お前のような奴はこうしてやる!」
「わっ」
僕の顔にいきなり冷たい液体が降りかかってた。

「もおっ パパ! ほんとにかけることないでしょっ」
目をぱちくりした僕の顔を陽子がハンカチで拭ってくれる。
「なん‥‥?」
「ウォーターガンよ。遊園地で買ったのね」
「さすがパワーレンジャーの祖国。よくできとる」

これでラバードを脅したってのか。もう、参っちゃうな。

「よーし、帰るぞ、陽子」
親父さんが陽子の右手を引っ張った。
「帰るって、だって、ここどこなの?」
「知らん。早く案内しろ、宇宙人」
「はいはい」
陽子の左側に歩み寄った。親父さんが何か言いたそうにしたが、陽子が右手で親父さん、左手で僕の腕をしっかり捕まえて放さない。

「そういえばね! あの子!」
歩き出しながら、陽子が言う。
「どの子だ」
と親父さん。
「遊園地のあの子よ、あの小さな犬!」
「ああ、そっちか。あの六本足の奴かと思ったぞ」
「もーっっ あの怖い子はもういいよ〜。あの子犬ね、飼い主の人に会えたのよ。人混みではぐれちゃって、向こうも心配して探してたんだって。すっごく喜ばれちゃった!」
「それは良かったね」
と僕。うん、と答えた陽子はとても嬉しそうだった。

僕もとても感謝してると伝えたかった。君がそばにいてくれて、僕は‥‥‥‥。
なんと言ったらいいのだろう。この気持ちを伝える方法を、僕は知りたい。

まだ地平線に潜ったままの太陽の光が、空に淡く映り始めてる。たまには始発の電車など使って帰るのも悪く無いだろう。

トラブルと不思議な安らぎを持って僕の前に現れた二人の地球人と連れだって、僕は小さな浜辺を後にした。2000年の孤独に浸み込み始めた、確かな温もりを感じながら‥‥。

(おしまい)

|2006.10.04 Wednesday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ  あとがき
スタージャッジの初出は1979年の千葉東高校の文化祭。10分程度の予告編が全ての始まりでした。この時長谷川裕一先輩はすでに高校3年。翌年卒業した先輩はプロへの道を歩みつつ、なぜか母校の漫研の活動には参加して(笑)、文化祭までに30分の8mmセルアニメ作品を作り上げたのです。

スタージャッジは脚本、絵コンテはもちろん、かなりの原画と動画も長谷川先輩の手によるものです。絵コンテの描き方も、何コマ撮りにしたらどう動くのかとか、まったくなんのノウハウもない中、先輩が手さぐりで作っちゃったんですよ。周りの人間はただ言われた通りにやってただけ(苦笑)。先輩がよく粘土アニメで遊んでたのも覚えてます。あれで時間の感覚をマスターしてたんでしょうか。

絵の描ける人は原画や動画も描いて(信じられないでしょうけど、私なんか絵は描けないのに参加してたんです、漫研に!)、みんなでちまちまと動画をハンドトレスして彩色して。あ、でも後半のバトルシーンはほとんど先輩が動画まで描いてました。なぜか私、そのあたりばっかりセルにしてたんですが、もうイヤになった(爆笑)。だって大量にトレスして塗ってるのに、撮影すると数十秒なんだもん‥‥。夏休みに真っ黒なカーテンを引いた部屋に籠って1枚1枚撮影して、放送室借りてアテレコして、効果音作って‥‥‥‥いや、よくできたなぁ!!!

当時は120分のVHSやβのテープだって1本4,5千円した時代! 民生用のビデオカメラなんてありません(出てたとしてもコマ撮りはできなかったのでは)。8mmって現像しなきゃ見られないんですよー!(フィルムだからあたりまえ)。なのにたった10分現像するだけでお金かかるし、同じフィルムで上書き撮り直しもできない! ああ当時から考えると、コンピュータでアニメが作れる今は魔法のような時代です(笑)

さて恥ずかしながら私、陽子の声の担当でした(だからあの当時の映像はいつも耳をふさいで見ています(滝汗))、それで感情移入してたのかもしれませんが、先輩の描くマゼランが大好きでした。目や口元も、胸の厚みを感じさせる体つきも、ちょっと丸っこい感じの手も。あと先輩の漫画を読んでる時もそうなんだと思いますが、動くときの重心移動の感覚みたいなのが、なんかしっくりくるんですよ、自分的に。

でも8mmアニメスタージャッジの中で、私の心に一番残っているのは、プレオープニングでラバードの手下を倒したあと、マゼランがふうっとため息をつくシーンでした。まあ2000年以上、僻地惑星にたった一人でいたら嫌気もさすでしょうが、すごくマゼランが可哀想に思えたんですよね。
そこのところが何十年もずーっとひっかかっていて、で、今回ノベライズしたら、こんなになってしまった。。。。一人称で文章が浮かんだのもそのせいだったのかなぁ。でも長谷川キャラとは思えない弱さがマゼランに入っちゃった気がします。その点はごめんなさい。自分が女性だからそこらへんはダメですね。

当時はまだ「ビメイダー」という言葉はまだ無くて、マゼランは宇宙人のサイボーグって設定だったのですが、今回のノベライズにあたり先輩に許可をもらって、ビメイダーということにさせて頂きました。陽子のお母さんやお祖父ちゃんの話とか、エネルギーを急に取っちゃだめとかってのは「オリジナルで続きを書くぞー」というひそかな野望のために私が勝手に入れた設定です。

遊園地にラバードの手下が登場するところまではアニメのままですが、それ以降は大幅に脚色されています。当然、アニメ化する時のいろんな限界でストーリーが制限されてた部分はあって、そこから解放されたせいもあります。でも、アニメで見て楽しくても、それをそのまま小説にしてもうまくいかないんですよね。メディアの違い。当たり前ですけど改めて勉強させて頂きました。でも「考えてみると初めてなんだ。こんなに長いこと、他の誰かと一緒に過ごしたことは」等々の重要なキーワードはもちろんアニメのまま残ってます。

ちなみに長谷川先生、これを読んでスケッチを描いてくださいました。むちゃくちゃ嬉しかったです。興味がおありでしたら先生のサイトまでどうぞ!
スタジオ秘密基地のスタージャッジスケッチ

|2013.01.30 Wednesday by 富澤かおる| comments(2) | 戻る |
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